富士通とNECは大企業病ではない
富士通とNECの社長がそれぞれ、日経 xTECH上で自社は大企業病だと反省の弁を述べていたが、2本のインタビュー記事を
読んで違和感を覚えた。
「富士通は大企業病で保守的」、田中社長の誤算と反省
https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00596/021200001/ 挑戦せず責任を押し付け合い、大企業病NECの復活シナリオ
https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/mag/nc/18/020800015/070900006/ 読者の中でこのインタビュー記事を読み、経営トップが「期待にほど遠い結果」あるいは「期待される分野に人を集めて
投資もしてきた。ところがほとんど伸びなかった」と素直に語ってよいのか、などと思われた方がいたかもしれない。
筆者がひっかかったのはそこではない。富士通とNECは果たして大企業病なのか。そういう疑問が浮かんだ。
(略)
それでは富士通やNECの創業の精神とは何だろう。コンピューター事業の創業に着目し、両社が大企業になった経緯を
大雑把に振り返ってみる。
(略)
やむを得なかったとはいえ両社の企業文化ないし体質を決めたいくつかの要因が黎明期あるいは黄金期にあったことを
忘れてはならない。3点列挙する。
第一は、官公庁の仕事で事業の土台を築いたこと。電電公社を含め官公庁は国産コンピューターを優先して買う方針を採った。
今でも富士通とNECにとって官公庁向け事業は重要である。
第二は、技術や製品の開発に際し米国勢の後追いをしたこと。富士通が採ったIBM互換機という戦術は、IBM製
コンピューターで開発されたアプリケーションソフトを富士通製コンピューターで動くようにするものであった。
第三に、サービスが無償という戦術を採った。コンピューターの新製品を売り込む際、「うちの製品を買ってくれたらSEを
何人付けます」というセールストークを使った。さらに顧客のアプリケーションソフトの開発を請け負った。IBMは独占禁止法との
兼ね合いもあり、SEサービスを有償にするとともにSEは顧客を支援する役割に徹しアプリケーションソフトは顧客が
開発するように仕向けた。
(略)
上記の3点を厳しく総括すると、自ら製品や技術を考案し、コンピューターのプロとして顧客と対等の立場から提案し、
SEサービスやソフトウエアで稼ぐ文化や体質ではなかった。少なくとも黎明期はそうではなかった。
売上高や社員数を見れば間違いなく大企業だが、上記の文化や体質が出発点にあり今でも残っているとしたら、その企業に
「大」の字を冠してよいのだろうか。これが筆者の違和感であり題名に「大企業病ではない」と付けた所以である。
NEC社長はインタビューの中で、問題は「企業としての体質」にあると語り、その体質を「内向きの仕事を一生懸命やらざるを
得なかったり、顧客から言われたことをやればいいという(受け身の)マインドが染み付いていたり」と表現した。
文化や体質をどう変えるのか。大企業病という言葉の発案者によれば、処方箋は創業の精神に還ることだった。
両社のコンピューター事業の創業時に上記3点を帳消しにできる何かがあるのだろうか。
https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00166/022500025/