天皇、皇后両陛下が「地方事情視察」のため来県した。来年4月末の退位が決まっており、在位中には最後の機会とみられる。
天皇はかつて「日本では、どうしても記憶しなければならないことが四つある」と述べ、その一つとして「6月23日の沖縄の戦いの終結の日」を挙げている。
皇太子夫妻として1975年7月、初来県した。
「ひめゆりの塔」で献花直後に火炎瓶を投げ付けられた。
その夜、天皇は談話を発表した。
「払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけてこれを記憶し、一人一人、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」
心を寄せ続け、今回で11回目の来県となった。糸満市摩文仁の国立沖縄戦没者墓苑で献花し、遺族らと向き合った。
ちょうど73年前のこの時期に沖縄戦は始まった。
沖縄戦の目的は沖縄の住民を守ることではなく、国体護持、本土防衛のための捨て石作戦だった。
多数の住民を根こそぎ動員で国策に協力させた末に、軍民混在となった戦場で死に追いやった。沖縄戦の教訓は「軍隊は住民を守らない」である。
沖縄戦の教訓と、両陛下が平和を願う姿勢を次代の皇室に継承してほしい。
天皇は96年12月の会見で「沖縄の問題は、日米両国政府の間で十分に話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております」と述べている。
この年の4月に、日米両政府は米軍普天間飛行場の返還を発表している。天皇の発言は基地問題の解決を指すものとみられる。
しかし、その願いとは逆の事態が進行している。
普天間飛行場はいまだに返還されていない。安倍晋三首相は「基地負担の軽減に全力を尽くす」と言いながら、政府は沖縄の民意に反して名護市辺野古で新基地建設を強行している。
これ以上の基地負担を拒否するという県民の訴えを来県中に受け止めてほしい。
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