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「観光客が行かないところへ行くな」
彼らの言い分は、「日本人がわざわざあんな山中に行くわけがない。何もない場所で山肌や河原の撮影をしているのは、どう考えても怪しい」。
蝶や植物の撮影が目的だ、と伝えても、端から信用してくれません。高いカネ(日本からの渡航費)を払って、わざわざこんなところまで蝶の写真を撮りに来るなんて、常識では考えられない、と。
またそれ以前の問題として、著者が訪れた一帯は「開放地域」ではない、と彼らは言いました。20年ほど前まで、中国各地は外国人が自由に行ける「開放地域」と、立ち入りに許可が必要な「非開放地域」に分かれていました。著者の訪れた場所は、行政上は開放地域である西安市内です。
しかし公安は「あなたの行ったところは西安市内には違いないが、そこは非開放地域なのだ」と言います。
筆者は尋ねました。「どこが開放地域で、どこがそうでないのか教えてほしい」
すると、こんな答えが返ってきました。
「別に線引きがあるわけではない、日本人の観光客が行くところが開放されているのであって、日本人の観光客が行かないところには、日本人は行ってはいけない」
まるで「循環論法」ですが、そう言われてしまえば反論のしようもありません。
実は、この一帯(秦嶺最高峰である太白山の中腹以上)には軍事施設があります。太白山は、中国人にとっては手軽に訪れることのできる観光地ではあるのですが、外国人の入山は厳しく取り締まられているのです。
スパイの疑惑が解け、釈放となるまで3週間もの長い時間がかかったのは、証拠となる、筆者が撮影した写真を当局がチェックできなかったからでした。
持っていたフィルム100本近くは、全て没収されました。もちろん、現像して何が写されているかチェックしようというのです。
当時は「コダクローム」というポジフィルムを使っていました。一般に使われていた「エクタクローム」とは現像方式が異なり、限られた現像所でしか現像できません。東アジアでは、日本、韓国、台湾、香港にしか現像所がありませんでした。
スパイの証拠品を、台湾や、当時まだ返還されていなかった香港に持ち出すわけにもいきません。公安は「自分たちで現像できる」と豪語していたのですが、結局できなかったようです。
筆者がスパイなどではなく、確かに蝶の調査や撮影を行っているということは、最終的に「中国科学院」と、なぜか「大英博物館(現在の大英自然史博物館)」の照会を得て、やっと分かってもらえたとのことでした。
秦嶺山脈のオナガギフチョウが棲む山。ピンク色の花はハナズオウ(筆者撮影)
http://news.livedoor.com/article/detail/14623180/