「平成」が間もなく終わろうとしている。テクノロジーの進化で暮らしが豊かになり、多様な価値観が受け入れられるようになった一方で、数々の事件が起きた時代でもあった。
九州では2003年(平成15年)の鹿児島県議選をめぐる冤罪事件で、多くの人が人生を狂わされた。この事件は私たちに何を残したのか。当時取材した西日本新聞の記者が、再び現地を歩いた。
【画像】志布志事件を巡る主な経過
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警察が壊した生活は、元に戻っただろうか−。そんなことを考えながら、かつて取材で通った山道を10年ぶりに車で登った。向かった先は鹿児島県志布志市・懐(ふところ)。「志布志事件」と呼ばれる選挙買収冤罪(えんざい)事件の舞台になった集落だ。
2003年。わずか6世帯の集落で、全ての家から、逮捕されたり起訴されたりした人が出た。過酷な取り調べによる自白の強要で体に異常を来し、救急車で運ばれた人や自殺しようとした住民もいる。
「犯罪者」のレッテルを貼られて勤め先を解雇され、子どもや親類、友人に絶縁された。
「一度狂わされた人生は、簡単には戻らん」。07年3月の無罪判決確定後も、住民は口々に訴え続けた。
陽の当たる山の中腹に、家々が寄り添うように建つ。懐集落のたたずまいは、今も変わらず穏やかだ。
藤山忠(すなお)さん(70)宅を訪ねた。藤山さんは03年4月17日から任意の取り調べを受け、虚偽の自白を強要された。数万円を受け取った容疑で同年5月13日に逮捕。最終的に4回に分けて計26万円をもらったとして起訴された。勾留は186日に及んだ。
逮捕前だけで140時間の聴取。取調官は机をたたき、いすを蹴飛ばして「他ん衆(ほかんし=他の住民)はみんな認めたど」とうそを告げ、「おまえも認めたら交通違反と同じ罰金で済む」と迫った。「今にも殴られる勢いじゃった」
妻成美さん(68)も03年6月25日に逮捕され、4カ月半勾留された。「まさに拷問。取調官の大声が怖いのよ」
藤山さんは会社を辞めずに済んだが、無罪確定後も取り調べが頭に浮かび不眠に悩んだ。成美さんは2人組の男性を見ると、集落を張り込んだ刑事を思い出して動悸(どうき)がする日が続いた。