近代東アジア① アヘン戦争〜ロシアの東方進出
>>1 34:49
同じころ、インドも植民地になった。32:53
インド(India)の貧困層は、海外に流れた。
インド人の貧困,労働者も,クーリー(Coolie)と呼ばれた。
苦力(クーリー)
アメリカ工業発展の労働力とされた中国人、インド人などアジア系労働者。
アメリカ合衆国で黒人奴隷制が廃止され奴隷売買が出来なくなった後に、発展期に入った鉱工業や鉄道建設で労働力となったのが、インド人移民や中国人などの移民であり、彼らは苦力(クーリー)と言われた。
特に中国人移民が多い。
もともとインド人を指す言葉であったクーリーには「苦力」の文字があてられて彼らを指す言葉となった。
中国ではアヘン戦争の結果として締結された1842年の南京条約によって開国し、外国との自由貿易が始まり、さらにアロー戦争(第2次アヘン戦争)の結果として1860年に清朝がイギリス・フランスと締結した北京条約で、中国人の海外渡航が解禁となったため、中国人は安価な労働力として海外に出て行くこととなった。
中国の貧困層は.アメリカに出稼ぎに行きたいと望んだが、貧しくて船賃も出せない状況。
そこに「船賃はいらないから乗ってくれ」という優しい仲介業者が現われる。
優しい仲介業者はたくさん苦力(クーリー)を集めて、彼らの渡航費をすべて払ってくれるという。
ただし、これは.あくまで前払い。
その代わり「おまえたちはアメリカでしっかり働いて、俺たち仲介業者に.利子もつけて借金を返せ」
苦力(クーリー)たちは日の当たらない船底に閉じ込められて太平洋を通り、アメリカ大陸へ渡った。
そして白人の経営する鉱山や、鉄道や農場で働かされて、給料のほとんどは仲介業者がもっていってしまう。
まぁ…マフィア(Mafia)ですよ。
この悪循環は今でも起きている。
今のアメリカの社会問題は、中南米からの貧困層が.北に渡ってきて、メキシコ国境に押し寄せて「国境を開けろ、開けろ」と騒いでいる。
では、金のない貧困層がどうやってメキシコまで来るのか??
旅費はどうしてるんだ?
仲介業者がいるんですよ。主にメキシコのマフィア(Mafia)なんですよ。
18世紀(西暦1701年~1800年までの100年間)
グラン・トリノ - Wikipedia