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【ランキング】六月の花嫁スレを語ろう【基地外】->画像>2枚


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1 :名無しさん@入浴中:2014/07/04(金) 18:15:13.98 ID:GyDDxy8I0
ああ俺は姫に好かれてる自信があるよ。もちろん客としてであって惚れた腫れたしらゃないがな。

また女を知らないと宣言してる恥ずかしい奴が一人出て来ちゃったな。
演技とか感じるとか関係なく普通に愛撫すれば女は濡れるんだよ。

「フランス語」は「フランス語」なんだから
「英語以外じゃあありません

こんな事が言える偉大なランキング爺様について語りましょう



2 :名無しさん@入浴中:2014/07/04(金) 18:24:49.60 ID:GyDDxy8I0
ランキング爺


23 名前: 名無しさん@入浴中 投稿日: 2014/07/04(金) 16:40:16.63 ID:z73Tq2bT0
先日21年ぶりにお店にいってきました。(今野さん以来)
2階の奥の広い部屋しか入ったことがなかったのですが、
先日はトイレの隣の狭い部屋でした。
普段行っている3万円の店とほとんど同じでした。
嬢のレベルとサービスはよかったのですが・・・

3 :名無しさん@入浴中:2014/07/04(金) 18:28:34.48 ID:V5J87Cmt0
ランキング爺 VS サンド田村スレ?

4 :名無しさん@入浴中:2014/07/04(金) 18:36:42.64 ID:GyDDxy8I0

早速出てきたランキング爺
蛇花火みたいなランキング爺

5 :名無しさん@入浴中:2014/07/05(土) 07:27:50.18 ID:/X54Vgyt0
東大の進振りについて逃げ回ってるのランキング爺
ケンブリッジの大学院のカレッジについて逃げ回ってるランキング爺
化学で修士を修了したなんて言ってるランキング爺
しかも、化学について何も言えないランキング爺wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
証拠について何も出せないのはランキング爺

捏造=勝利なんて頭の悪さをむき出しにするのは
ランキング爺ししかいないわなwwww

未だに証拠が出せない奴だからな
姫叩きもランキング爺の仕業で決定

>(668)
>証拠、証拠うるせーなー
>オレは昨日の夜のお前のキチガイぶりでお前が姫叩きをするようなオタだとは確信したよ

>みんなの迷惑だから早く消えろよ
>[ 匿名さん ] - 2010/08/08 10:42

6 :名無しさん@入浴中:2014/07/06(日) 10:03:49.72 ID:I+v+WJyK0
基地害が出てこないとランキング爺、自演ってバレバレwwwwww
自分で証拠が出せないのを必死でごまかすwwwwwwww
専門が化学???修士???ぷぷぷぷぷぷ
またインチキ言いだしたと思ったら

> 水の電気分解の化学式ぐ

ギャグですか?wwwwwwwwwwwww

さすがあ、不朽の迷言
> 「ああ俺は姫に好かれてる自信があるよ。もちろん客としてであって惚れた腫れたしらゃないがな。

とか、

> 「また女を知らないと宣言してる恥ずかしい奴が一人出て来ちゃったな。
> 演技とか感じるとか関係なく普通に愛撫すれば女は濡れるんだよ。

こんなギャグをかましたじゃないですかwww

しかも、基地害とランキング爺共通の大好き「宣言」まで使ってバレバレwwwwww

7 :名無しさん@入浴中:2014/07/07(月) 14:01:43.93 ID:t9ulJy/S0
今日もランキング爺は自演三昧www

8 :名無しさん@入浴中:2014/07/08(火) 10:01:11.45 ID:+7m3xxGz0
基地害の言うことはいつも同じだからバレバレwww
白痴ランキング爺もくださいよ基地害も同一人物ってバレバレwww
化学が専攻なんて言いだす白痴も同一人物www

9 :名無しさん@入浴中:2014/07/10(木) 05:14:14.05 ID:w6HaqXpb0
基地害は今日もスレ荒らしで忙しいらしいwww

10 :名無しさん@入浴中:2014/07/11(金) 08:10:25.38 ID:4qE/GjDg0
> 聞き齧った浅はかな知識ひけらかすようなみっともないことしないけど

ランキング爺のお得意の行動だろうwww
修士出て水の電気分解だとwww
馬鹿丸出しwww

11 :名無しさん@入浴中:2014/07/13(日) 00:28:01.73 ID:2y0Jixca0
文法って分かってない白痴 白痴ランキング爺
しかも、ChiomskyやらHallidayやらときちんと明記されているのに
理解できないからスルー。
知ったか白痴のランキング爺。
低脳むき出し↓

> 小学館から刊行された辞書でも
> 俺様が間違っていると言ったら
> 間違ってる
> 僕チンが一生懸命勉強したことだけが
> 真実だぞ
> ですか?

12 :名無しさん@入浴中:2014/07/14(月) 17:33:10.02 ID:/eTZeHbn0
キチガイは今日も単発IDwww

13 :名無しさん@入浴中:2014/07/14(月) 18:06:25.35 ID:tb1rEEdO0
等質のチショウだからね!

14 :名無しさん@入浴中:2014/07/15(火) 14:33:39.07 ID:VIaaEZfd0
今日も質問から逃げまくりのランキング爺みたいだなwww

15 :名無しさん@入浴中:2014/07/15(火) 17:45:15.56 ID:5ynDzNHo0
>>14
ランキング爺哀れwww

16 :名無しさん@入浴中:2014/07/17(木) 16:01:30.09 ID:CAeTRRL/0
>>15
哀れな知恵遅れの爺をいじめるなよwww

17 :名無しさん@入浴中:2014/07/17(木) 17:07:47.52 ID:U6Bw78FG0
ファック!

18 :名無しさん@入浴中:2014/07/18(金) 11:20:10.01 ID:cIGdQQXT0
 ランキング評論家哀れなり

19 :名無しさん@入浴中:2014/07/19(土) 21:59:41.72 ID:6UF55INF0
今日もランキング爺は化学の話から逃げまくりwww

20 :名無しさん@入浴中:2014/07/21(月) 13:11:55.17 ID:p4HvLAeb0
>>19
ランキング爺なんて、顔真っ赤にして捏造しか言えないのは常識

21 :うふ〜ん:うふ〜ん ID:DELETED
うふ〜ん

22 :名無しさん@入浴中:2014/07/26(土) 23:51:22.89 ID:YchhZrHP0
田村サボるな
カス

23 :名無しさん@入浴中:2014/07/27(日) 10:09:43.60 ID:veeYutJg0

以前からの荒らしと同一人物ですよーって白状しているようなもの

24 :名無しさん@入浴中:2014/07/27(日) 23:53:34.41 ID:I8sANbyy0
↑久々に田村の登場?

25 :名無しさん@入浴中:2014/07/28(月) 09:12:32.64 ID:4I4MxkYt0
六花スレ粘着し、都合が悪くなると自演三昧の低脳ランキング爺
これまで一度も質問に答えたことがなく再度問われるとコピペと言い張る低脳爺
証拠まーだー?逃げ回るしかできない無能爺
サンタフェとそれ以外の奴の区別がつかない白痴ランキング爺
しかも、東大の進振りについて逃げ回ってるのはてめーだろう、白痴
ケンブリッジの大学院のカレッジについて逃げ回ってるのはてめーだろう白痴
化学で修士を修了したなんて言ってるのはてめーだろう白痴
しかも、化学について何も言えない小卒wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
証拠について何も出せないのはてめーだろう白痴
捏造=勝利なんて頭の悪さをむき出しにするのは
ランキング爺ししかいないわなwwww
未だに証拠が出せない奴だからな
姫叩きもランキング爺の仕業で決定

>(668)
>証拠、証拠うるせーなー
>オレは昨日の夜のお前のキチガイぶりでお前が姫叩きをするようなオタだとは確信したよ

>みんなの迷惑だから早く消えろよ
>[ 匿名さん ] - 2010/08/08 10:42

26 :名無しさん@入浴中:2014/07/28(月) 11:05:44.29 ID:LSd0raL30
田村オナスレらしい展開だ
サボるな
ハゲ田村w

27 :名無しさん@入浴中:2014/07/28(月) 11:08:26.98 ID:4I4MxkYt0
>>26
低能↓のような書き込みしてるお前のスレがオナスレっていうんだろう
24 名前: 名無しさん@入浴中 [sage] 投稿日: 2014/05/18(日) 20:01:10.89 ID:GKe1PCj/0
水咲
25 名前: 名無しさん@入浴中 [sage] 投稿日: 2014/05/19(月) 05:55:53.39 ID:XJFlih6Y0
葉月
26 名前: 名無しさん@入浴中 [sage] 投稿日: 2014/05/19(月) 20:30:54.19 ID:XJFlih6Y0
新井
27 名前: 名無しさん@入浴中 [sage] 投稿日: 2014/05/19(月) 23:02:25.35 ID:KPs6apO+0
鳥谷
28 名前: 名無しさん@入浴中 [sage] 投稿日: 2014/05/20(火) 08:25:46.61 ID:CNph/70s0
福田
29 名前: 名無しさん@入浴中 [sage] 投稿日: 2014/05/26(月) 08:05:09.14 ID:pDsE3sX60


28 :名無しさん@入浴中:2014/07/29(火) 10:57:24.47 ID:JpzQPsxM0
田村田
村田村
田村田

29 :名無しさん@入浴中:2014/08/01(金) 11:50:18.91 ID:+NrETyAn0
>>27
基地外ランキング爺のすることは 分かりやすいなw

30 :名無しさん@入浴中:2014/08/02(土) 08:33:34.49 ID:+Xj86+bq0
低脳。また日本語が理解できないのなwwww
お前は目的語を書いていないものを欠陥と一律に言ってる時点で既に白痴だが
それ以前に小学校で習う「文」と「文章」の違いもお前は分かっていないんだなwwwwwwwww

文=文章のことも場合によってはありえる。
しかし、一文でない文章であるなら、文章の結束性(つながり)により照応表現を省略するのは当たり前。


キチガイのお前は、レストランで「お待たせしました」が主語も目的語も省略されてるから
欠陥文章だといって大騒ぎするんだなwwwwww

31 :名無しさん@入浴中:2014/08/02(土) 11:59:25.47 ID:EsKDcBUq0
↑こういうのを聞きかじったうすっぺらな知識って言うんだけど

田村オナスレらしい展開だw w

32 :名無しさん@入浴中:2014/08/04(月) 00:50:32.22 ID:isUpSZko0

悔しくて悔しくて仕方ないようだなwww
自分が理解できないことは「うすっぺら」wwwwww
てめーの髪の方がうすっぺらじゃねーの?wwwwww
てめーの場合はチンコもうすっぺらwwwwww
分厚いのは真性包茎の皮のみじゃwwww

33 :名無しさん@入浴中:2014/08/05(火) 23:10:30.81 ID:j7A4OyDi0
そろそろ田村は過去スレから逃げ帰ってくるかな?

34 :名無しさん@入浴中:2014/08/06(水) 00:23:26.82 ID:Lb5vUGAt0

悔しくて悔しくて仕方ないようだなwww
自分が理解できないことは「うすっぺら」wwwwww
てめーの髪の方がうすっぺらじゃねーの?wwwwww
てめーの場合はチンコもうすっぺらwwwwww
分厚いのは真性包茎の皮のみじゃwwww

35 :名無しさん@入浴中:2014/08/09(土) 17:00:26.83 ID:g7x7q+2t0
> 聞き齧った浅はかな知識ひけらかすようなみっともないことしないけど

ランキング爺のお得意の行動だろうwww
修士出て水の電気分解だとwww
馬鹿丸出しwww

36 :名無しさん@入浴中:2014/08/11(月) 08:24:25.60 ID:adCcU69n0
イカれた言動で袋小路にはまり、
最後は誰にも相手にされない惨めな田村か

37 :名無しさん@入浴中:2014/08/11(月) 11:18:27.03 ID:gr6Vz9d20
サンドイッチうめえw

38 :名無しさん@入浴中:2014/08/11(月) 16:23:36.81 ID:e/BoffqH0
>>36
自己紹介乙
念仏さぼるなよ
死にぞこない爺哀れ

39 :名無しさん@入浴中:2014/08/11(月) 16:27:35.30 ID:e/BoffqH0
>>37
貧乏爺はサンドイッチが永遠の憧れ、哀れwww

40 :名無しさん@入浴中:2014/08/11(月) 19:29:52.00 ID:Ccb7+rMd0
過去スレ追い出されてオナスレに引きこもりの田村wwwww wwwww wwwww wwwww
いつもの負け犬の遠吠えwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
哀れwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww

もうここから出てくるなよwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww

41 :名無しさん@入浴中:2014/08/11(月) 20:25:33.90 ID:f9Nps5Qn0
田村はどうして急に過去スレから消えたんだ?
念仏野郎に負けたこと素直に認めるのか?

42 :名無しさん@入浴中:2014/08/13(水) 08:19:34.44 ID:osTESyy50
を誡むる人かくの如くの徳あり、されば今の世に摂受を行ぜん人は謗人と倶に悪道に堕ちん事疑い無し、南岳大師の四安楽行に云く「若し菩薩有
つて悪人を将護し治罰すること能わず乃至其の人命終して諸悪人と倶に地獄に堕せん」と、此の文の意は若し仏法を行ずる人有つて謗法の悪人を治罰せずし
て観念思惟を専らにして邪正権実をも簡ばず詐つて慈悲の姿を現ぜん人は諸の悪人と倶に悪道に堕つべしと云う文なり、今真言・念仏・禅・律・の謗人をたださず・いつはつて慈悲を現ずる人・此の文の如くなるべし。
爰に愚人意を竊にし言を顕にして云く誠に君を諌めて家を正しくする事・先賢の教へ本文に明白なり外典此くの如し内典是に違うべからず、悪を見ていましめず謗を知
つてせめずば経文に背き祖師に違せん其の禁め殊に重し今より信心を至すべし、但し此経を修行し奉らん事叶いがたし若し其の最要あらば証拠を聞かんと思ふ、聖人
示して云く今汝の道意を見るに鄭重・慇懃なり、所謂諸仏の誠諦得道の最要は只是れ妙法蓮華経の五字なり、檀王の宝位を退き竜女が蛇身を改めしも只此の五字の
致す所なり、夫れ以れば今の経は受持の多少をば一偈一句と宣べ修行の時刻をば一念随

43 :名無しさん@入浴中:2014/08/13(水) 08:32:30.38 ID:osTESyy50
喜と定めたり、凡そ八万法蔵の広きも一部八巻の多きも只是の五字を説かんためなり、霊山の雲の上・鷲峯の霞の中に釈尊要を結び地涌付属を得ることありしも法体
は何事ぞ只此の要法に在り、天台妙楽の六千張の疏・玉を連ぬるも道邃行満の数軸の釈・金を並ぶるも併しながら此の義趣を出でず、誠に生死を恐れ涅槃を欣い信心
を運び渇仰を至さば遷滅無常は昨日の夢・菩提の覚悟は今日のうつつなるべし、只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし。
愚人掌を合せ膝を折つて云く貴命肝に染み教訓意を動ぜり然りと雖も上能兼下の理なれば広きは狭きを括り多は少を兼ぬ、然る処に五字は少く文言は多し首
題は狭く八軸は広し如何ぞ功徳斉等ならんや、聖人云く汝愚かなり捨少取多の執・須弥よりも高く軽狭重広の情・溟海よりも深し、今の文の初後は必ず多きが尊く少きが卑しき

44 :名無しさん@入浴中:2014/08/13(水) 09:23:52.28 ID:osTESyy50
にあらざる事・前に示すが如し、爰に又小が大を兼ね、一が多に勝ると云う事之を談ぜん彼の尼拘類樹の実は芥子・三分が一のせいなりされども五百輛の車を隠す徳あり是小
が大を含めるにあらずや、又如意宝珠は一あれども万宝を雨して欠処之れ無し是れ又少が多を兼ねたるにあらずや、世間のことわざにも一は万が母といへり此等の道理を知らずや、所
詮実相の理の背契を論ぜよ強ちに多少を執する事なかれ、汝至つて愚かなり今一の譬を仮らん、夫れ妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり仏性とは法性なり法性とは菩提なり、所
謂釈迦・多宝・十方の諸仏・上行・無辺行等・普賢・文殊・舎利弗・目連等、大梵天王・釈提桓因・日月・明星・北斗・七星・二十八宿・無量の諸星・天衆・地類・竜神・八
部・人天・大会・閻魔法王・上は非想の雲の上・下は那落の炎の底まで所有一切衆生の備うる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり、されば一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の
仏性が皆よばれて爰に集まる時我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり、例せば篭の内にある鳥の鳴く時・空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる是を見て篭の内の鳥も出でんとするが如し。

45 :名無しさん@入浴中:2014/08/13(水) 09:54:40.94 ID:osTESyy50
爰に愚人云く首題の功徳・妙法の義趣・今聞く所詳かなり但し此の旨趣正しく経文に是をのせたりや如何、聖人云く其の理詳かならん上は文を尋ぬるに及ばざるか然れども請
に随つて之れを示さん法華経第八・陀羅尼品に云く「汝等但能く法華の名を受持せん者を擁護せん福量るべからず」此の文の意は仏・鬼子母神・十羅刹女の法華経の行者を守らんと誓
い給うを讃むるとして汝等法華の首題を持つ人を守るべしと誓ふ、其の功徳は三世了達の仏の智慧も尚及びがたしと説かれたり、仏智の及ばぬ事何かあるべきなれども法華の題名受持の
功徳ばかりは是を知らずと宣べたり、法華一部の功徳は只妙法等の五字の内に篭れり、一部八巻・文文ごとに二十八品・生起かはれども首題の五字は同等なり、譬ば日本の二字の
中に六十余州・島二つ入らぬ国やあるべき篭らぬ郡やあるべき、飛鳥とよべば空をかける者と知り走獣といへば地を・はしる者と心うる一切名の大切なる事蓋し以て是くの如し、天台は名
詮自性・句詮差別とも名者大綱とも判ずる此の謂れなり、又名は物をめす徳あり物は名に応ずる用あり法華題名の功徳も亦以て此くの如し。
愚人云く聖人の言の如くば実に首題の功莫大なり

46 :名無しさん@入浴中:2014/08/13(水) 10:20:44.46 ID:osTESyy50
但し知ると知らざるとの不同あり、我は弓箭に携り兵杖をむねとして未だ仏法の真味を知らず若し然れば得る所の功徳
何ぞ其れ深からんや、聖人云く円頓の教理は初後全く不二にして初位に後位の徳あり一行・一切行にして功徳備わらざるは之れ無し若し汝が言の如くば功徳を知つて植えずんば上は等覚より下は名
字に至るまで得益更にあるべからず、今の経は唯仏与仏と談ずるが故なり、譬喩品に云く「汝舎利弗尚此の経に於ては信を以て入ることを得たり況や余の声聞をや」文の心は大智・舎利
も法華経には信を以て入る其の智分の力にはあらず況や自余の声聞をやとなり、されば法華経に来つて信ぜしかば永不成仏の名を削りて華光如来となり嬰児に乳をふくむるに其の味をしら
ずといへども自然に其の身を生長す、医師が病者に薬を与うるに病者・薬の根源をしらずといへども服すれば任運と病愈ゆ若し薬の源をしらずと云つて医師の与ふる薬を服せずば其の病愈ゆべ
しや薬を知るも知らざるも服すれば病の愈ゆる事以て是れ同じ、既に仏を良医と号し法を良薬に譬へ衆生を病人に譬ふされば如来一代の教法を擣〓和合して妙法一粒の
良薬に丸ぜり豈知るも知らざるも服せん者・煩悩の病愈

47 :名無しさん@入浴中:2014/08/13(水) 10:48:03.40 ID:osTESyy50
えざるべしや病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども服すれば必ず愈ゆ、行者も亦然なり法理をもしらず煩悩をもしらずと
いへども只信ずれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に断じて実報寂光の台にのぼり本有三身の膚を磨かん事疑いあるべからず、されば伝教大師云く「能化所化倶に歴劫無く妙法
経の力即身成仏す」と法華経の法理を教へん師匠も又習はん弟子も久しからずして法華経の力をもつて倶に仏になるべしと云う文なり、天台大師も法華経に付いて玄義・
文句・止観の三十巻の釈を造り給う、妙楽大師は又釈籤・疏記・輔行の三十巻の末文を重ねて消釈す、天台六十巻とは是なり、玄義には名体宗用教の五重玄
を建立して妙法蓮華経の五字の功能を判釈す、五重玄を釈する中の宗の釈に云く「綱維を提ぐるに目として動かざること無く衣の一角を牽くに縷として来らざる無きが如し」と、意は此
の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に功徳として来らざる事なく善根として動かざる事なし、譬ば網の目・無量なれども一つの大綱を引くに動かざる目もなく衣の糸
筋巨多なれども一角を取るに糸筋として来らざることなきが如しと云う義なり、さて文句には如是我聞より作礼而

48 :名無しさん@入浴中:2014/08/13(水) 12:25:59.39 ID:osTESyy50
去まで文文・句句に因縁・約教・本迹・観心の四種の釈を設けたり、次に止観には妙解の上に立てる所の観不思議境の一念三千・是れ本覚の立行・本具の理心なり、今爰に委し
くせず、悦ばしいかな生を五濁悪世に受くといへども一乗の真文を見聞する事を得たり、熈連恒沙の善根を致せる者・此の経にあい奉つて信を取ると見えたり、汝今一念随喜の信を致す函蓋相応感応道交疑い無し。
愚人頭を低れ手を挙げて云く我れ今よりは一実の経王を受持し三界の独尊を本師として今身自り仏身に至るまで此の信心敢て退転無けん、設ひ五逆の雲厚くとも乞ふ提婆達多が成仏を続ぎ十悪の波あ
らくとも願くは王子・覆講の結縁に同じからん、聖人云く人の心は水の器にしたがふが如く物の性は月の波に動くに似たり、故に汝当座は信ずといふとも後日は必ず翻へさ
ん魔来り鬼来るとも騒乱する事なかれ、夫れ天魔は仏法をにくむ外道は内道をきらふ、されば猪の金山を摺り衆流の海に入り薪の火を盛んになし風の求羅をますが如くせば豈好き事にあらずや。夫れ以んみれば末法流布の時・生
を此の土に受け此の経を信ぜん人は如来の在世より猶多怨嫉の難甚しかるべしと見えて候なり、其の故は在世は能化の主

49 :名無しさん@入浴中:2014/08/13(水) 14:13:06.26 ID:osTESyy50
は仏なり弟子又大菩薩・阿羅漢なり、人天・四衆・八部・人非人等なりといへども調機調養して法華経を聞かしめ給ふ猶怨嫉多し、何に況んや末法今の時は教機時刻当来すと
いへども其の師を尋ぬれば凡師なり、弟子又闘諍堅固・白法隠没・三毒強盛の悪人等なり、故に善師をば遠離し悪師には親近す、其の上真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とな
らんには三類の敵人決定せり、されば此の経を聴聞し始めん日より思い定むべし況滅度後の大難の三類甚しかるべしと、然るに我が弟子等の中にも兼て聴聞せしかども大小の難来る時は今始めて驚き肝をけして信心を破りぬ、兼て申さざりけるか経文を先と
して猶多怨嫉況滅度後・況滅度後と朝夕教へし事は是なり・予が或は所を・をわれ或は疵を蒙り・或は両度の御勘気を蒙りて遠国に流罪せらるるを見聞くとも今始めて驚くべきにあらざる物をや。
問うて云く如説修行の行者は現世安穏なるべし何が故ぞ三類の強敵盛んならんや、答えて云く釈尊は法華経の御為に今度・九横の大難に値ひ給ふ、過去の不軽菩薩は法華経の故に杖木瓦石を蒙
り・竺の道生は蘇山に流され法道三蔵は面に火印をあてられ師子尊者は頭をはねられ天台大師は南三・北

50 :名無しさん@入浴中:2014/08/13(水) 14:57:38.49 ID:osTESyy50
七にあだまれ伝教大師は六宗ににくまれ給へり、此等の仏菩薩・大聖等は法華経の行者として而も大難にあひ給へり、此れ等の人人を如説修行の人と云わずん
ばいづくにか如説修行の人を尋ねん、然るに今の世は闘諍堅固・白法隠没なる上悪国悪王悪臣悪民のみ有りて正法を背きて邪法・邪師を崇重すれば国土
に悪鬼乱れ入りて三災・七難盛に起れり、かかる時刻に日蓮仏勅を蒙りて此の土に生れけるこそ時の不祥なれ、法王の宣旨背きがたければ経文に任せて権実二教のいくさを起し忍辱の鎧を著て妙教の
剣を提げ一部八巻の肝心・妙法五字の旗を指上て未顕真実の弓をはり正直捨権の箭をはげて大白牛車に打乗つて権門をかつぱと破りかしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ念仏・真言・禅・律等の八宗・十宗
の敵人をせむるに或はにげ或はひきしりぞき或は生取られし者は我が弟子となる、或はせめ返し・せめをとしすれども・かたきは多勢なり法王の一人は無勢なり今に至るまで軍やむ事なし、法華折伏・破権門理の
金言なれば終に権教権門の輩を一人もなく・せめをとして法王の家人となし天下万民・諸乗一仏乗と成つて妙法独り繁昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝を

51 :名無しさん@入浴中:2014/08/14(木) 07:44:07.34 ID:OtZ8Wyak0
オナスレまで念仏野郎に荒らさた田村wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
哀れな田村糸冬了wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww

52 :名無しさん@入浴中:2014/08/14(木) 08:26:47.90 ID:x10IPfYo0
ならさず雨壤を砕かず、代は羲農の世となりて今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死の理顕れん時を各各御覧ぜよ現世安穏の証文疑い有る可からざる者なり。
問うて云く如説修行の行者と申さんは何様に信ずるを申し候べきや、答えて云く当世・日本国中の諸人・一同に如説修行の人と申し候は諸乗一仏乗と開会しぬれば何れの
法も皆法華経にして勝劣浅深ある事なし、念仏を申すも真言を持つも・禅を修行するも・総じて一切の諸経並びに仏菩薩の御名を持ちて唱るも皆法華経なりと信ずるが如説修行の人と
は云われ候なり等云云、予が云く然らず所詮・仏法を修行せんには人の言を用う可らず只仰いで仏の金言をまほるべきなり我等が本師・釈迦如来は初成道の始より法華を説
かんと思食しかども衆生の機根未熟なりしかば先ず権教たる方便を四十余年が間説きて後に真実たる法華経を説かせ給いしなり、此の経の序分無量義経にして権実のはうじを指て方便真実を
分け給へり、所謂以方便力・四十余年・未顕真実是なり、大荘厳等の八万の大士・施権・開権・廃権等のいはれを心得分け給いて領解して言く法華経已前の歴劫修行等の諸
経は終不得成・無上菩提と申しきり

53 :名無しさん@入浴中:2014/08/14(木) 14:18:52.38 ID:gTHcGDrK0
まあ、水川叩いて辞めさせた報いだね。
散々暴れまわって哀れなもんだ。

54 :名無しさん@入浴中:2014/08/14(木) 16:56:43.04 ID:x10IPfYo0
経は終不得成・無上菩提と申しきり給ひぬ、然して後正宗の法華に至つて世尊法久後・要当説真実と説き給いしを始めとして無二亦無三・除仏方便説・正直捨方便・乃至不
受余経一偈と禁め給へり、是より已後は唯有一仏乗の妙法のみ一切衆生を仏になす大法にて法華経より外の諸経は一分の得益も・あるまじきに末法の今の学者・何れも如来の
説教なれば皆得道あるべしと思いて或は真言・或は念仏・或は禅宗・三論・法相・倶舎・成実・律等の諸宗・諸経を取取に信ずるなり、是くの如き人をば若人不信・毀謗此経・即断一切
世間仏種・乃至其人命終・入阿鼻獄と定め給へり、此等のをきての明鏡を本として一分もたがえず唯有一乗法と信ずるを如説修行の人とは仏は定めさせ給へり。難じて
云く左様に方便権教たる諸経諸仏を信ずるを法華経と云はばこそ、只一経に限りて経文の如く五種の修行をこらし安楽行品の如く修行せんは如説修行の者とは云われ候まじきか如
何、答えて云く凡仏法を修行せん者は摂折二門を知る可きなり一切の経論此の二を出でざるなり、されば国中の諸学者等仏法をあらあら学すと云へども時刻相応の道をしらず
四節・四季・取取に替れり、夏は熱く冬はつめたく

55 :名無しさん@入浴中:2014/08/14(木) 20:06:11.46 ID:x10IPfYo0
春は花さき秋は菓なる春種子を下して秋菓を取るべし秋種子を下して春菓を取らんに豈取らる可けんや、極寒の時は厚き衣は用なり極熱の夏はなにかせん、凉風は夏の用な
り冬はなにかせん、仏法も亦復是くの如し小乗の流布して得益あるべき時もあり、権大乗の流布して得益あるべき時もあり、実教の流布して仏果を得べき時もあり、然るに正像二千年は小乗
権大乗の流布の時なり、末法の始めの五百年には純円・一実の法華経のみ広宣流布の時なり、此の時は闘諍堅固・白法隠没の時と定めて権実雑乱の砌なり、敵有る時は刀杖弓箭を持つ可し敵無き時
は弓箭兵杖何にかせん、今の時は権教即実教の敵と成るなり、一乗流布の時は権教有つて敵と成りて・まぎらはしくば実教より之を責む可し、是を摂折二門の中には法華経の折伏と申すなり、天台云く「法華
折伏・破権門理」とまことに故あるかな、然るに摂受たる四安楽の修行を今の時行ずるならば冬種子を下して春菓を求る者にあらずや、〓の暁に鳴くは用なり宵に鳴くは物怪なり、権実雑乱の時法華経の御敵を責
めずして山林に閉じ篭り摂受を修行せんは豈法華経修行の時を失う物怪にあらずや、

56 :名無しさん@入浴中:2014/08/15(金) 12:31:30.71 ID:Fgzx9r460
>>53
自己紹介乙

57 :名無しさん@入浴中:2014/08/15(金) 12:31:51.53 ID:Fgzx9r460
>>51
自己紹介乙

58 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 10:49:55.24 ID:+5MTfZKG0
過去スレ追い出された田村はオナスレでだけは威勢がいい

59 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 13:25:14.20 ID:H1syPH0D0
されば末法・今の時・法華経の折伏の修行をば誰か経文の如く行じ給へしぞ、誰人にても坐せ諸経は無得道・堕地獄の根源・法華経独り成仏の法なりと音も惜まずよばはり給いて諸宗の人法共に折伏して御覧ぜ
よ三類の強敵来らん事疑い無し。我等が本師・釈迦如来は在世八年の間折伏し給ひ天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年・今日蓮は二十余年の間権理を破す其の間の大難数を知らず、仏の九横の難
に及ぶか及ばざるは知らず、恐らくは天台・伝教も法華経の故に日蓮が如く大難に値い給いし事なし、彼は只悪口・怨嫉計りなり、是は両度の御勘気・遠国に流罪せられ竜口の頚の座・頭の疵等其の外悪口せら
れ弟子等を流罪せられ篭に入れられ檀那の所領を取られ御内を出だされし、是等の大難には竜樹・天台・伝教も争か及び給うべき、されば如説修行の法華経の行者には三類の強敵打ち定んで有る可しと知り給へ、され
ば釈尊御入滅の後二千余年が間に如説修行の行者は釈尊・天台・伝教の三人は・さてをき候ぬ、末法に入つては日蓮並びに弟子檀那等是なり、我等を如説修行の者といはずば釈尊・天台・伝教等の三人も如説修
も・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ、

60 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 13:25:44.93 ID:H1syPH0D0
行の人なるべからず、提婆・瞿伽利・善星・弘法・慈覚・智証・善導・法然・良観房等は即ち法華経の行者と云はれ、釈尊・天台・伝教・日蓮並びに弟
子・檀那は念仏・真言・禅・律等の行者なるべし、法華経は方便権教と云はれ
念仏等の諸経は還つて法華経となるべきか、東は西となり西は東となるとも大地は持つ所の草木共に飛び上りて
天となり天の日月・星宿は共に落ち下りて地となるためしはありとも・いかでか此の理あるべき。
哀なるかな今・日本国の万民・日蓮並びに弟子檀那等が三類の強敵に責められ大苦に値うを見て悦んで笑ふとも昨日は人の上・今日は身
の上なれば日蓮並びに弟子・檀那共に霜露の命の日影を待つ計りぞかし、只今
仏果に叶いて寂光の本土に居住して自受法楽せん時、汝等が阿鼻大城の底に沈みて大苦に値わん時我等何計無慚と思はんずら
ん、汝等何計うらやましく思はんずらん、一期を過ぐる事程も無ければいかに強敵重なると

61 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 13:59:31.77 ID:bZyekxDL0
クネババアに支配されてる朝鮮人は自己紹介の意味がわからないんですね。

62 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 16:18:15.94 ID:+DiHiMpM0
>>61
自己紹介乙
自演乙

63 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 16:33:42.47 ID:hsQodT/K0
リアルに怖い

64 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 22:17:15.96 ID:H1syPH0D0
も・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ縦ひ頚をば鋸にて引き切り・どうをばひしほこを以て・つつき・足にはほだしを打つてきりを以てもむとも、命のかよはんほどは南無
妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と唱えて唱へ死に死るならば釈迦・多宝・十方の諸仏・霊山会上にして御契約なれば須臾の程に飛び来りて手をとり肩に引懸けて霊山へ・はしり給はば二
聖・二天・十羅刹女は受持の者を擁護し諸天・善神は天蓋を指し旛を上げて我等を守護して慥かに寂光の宝刹へ送り給うべきなり、あらう
れしや・あらうれしや。文永十年癸酉五月日 日蓮在御判人々御中へ此の書御身を離さず常に御覧有る可く候顕仏未来記顕仏未来記沙門 日蓮 之を勘う法華経の第
七に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」等云云、予一たびは歎いて云く仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ何なる罪業に依つて仏
の在世に生れず正法の四依・像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと、亦一たびは喜んで云く何なる幸あつて後五百歳に生れて此の真文を拝見することぞや、在世も無益なり前四味の
人は未だ法華経を聞かず正像も又由し無し南三北七並

65 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 22:18:38.76 ID:H1syPH0D0
びに華厳真言等の学者は法華経を信ぜず、天台大師云く「後の五百歳遠く妙道に沾おわん」等云云広宣流布の時を指すか、伝教
大師云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り」等云云末法の始を願楽するの言なり、時代を以て果報を論ずれば竜樹・天親に超過し天台・伝教にも勝るるなり。
問うて云く後五百歳は汝一人に限らず何ぞ殊に之を喜悦せしむるや、答えて云く法華経の第四に云く「如来の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」文、天台大師云
く「何に況や未来をや理・化し難きに在り」文、妙楽大師云く「理在難化とは此の理を明すことは意・衆生の化し難きを知らしむるに在り」文、智度法師云く「俗に良
薬口に苦しと言うが如く此の経は五乗の異執を廃して一極の玄宗を立つ故に凡を斥ぞけ聖を呵し大を排し小を破る乃至此くの如きの徒悉く留難を為す」等云云、伝教大師
云く「代を語れば則ち像の終り末の始・地を尋れば唐の東・羯の西人を原れば則ち五濁の生・闘諍の時なり、経に云く猶多怨嫉・況滅度後と此の言良に以有るなり」等
云云、此の伝教大師の筆跡は其の時に当るに似たれども意は当時を指すなり正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有りの釈は心有るかな、経

66 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 22:19:21.16 ID:H1syPH0D0
に云く「悪魔・魔民・諸天竜・夜叉・鳩槃荼等其の便りを得ん」云云、言う所の等とは此の経に又云わく「若は夜叉・若は羅刹・若は餓鬼・若は富単那・若は吉遮・若は毘陀羅・若は〓駄・若は烏摩勒伽・若は
阿跋摩羅・若は夜叉吉遮・若は人吉遮」等云云、此の文の如きは先生に四味三教・乃至外道・人天等の法を持得して今生に悪魔・諸天・諸人等の身を受けたる者が円実の行者を見聞して留難を至すべき由を説くなり。
疑つて云く正像の二時を末法に相対するに時と機と共に正像は殊に勝るるなり何ぞ其の時機を捨てて偏に当時を指すや、答えて云く仏意測り難し予未だ之を得ず試みに一義
を案じ小乗経を以て之を勘うるに正法千年は教行証の三つ具さに之を備う像法千年には教行のみ有つて証無し末法には教のみ有つて行証無し等云云、法華経を以て之を探るに
正法千年に三事を具するは在世に於て法華経に結縁する者か、其の後正法に生れて小乗の教行を以て縁と為し小乗の証を得るなり、像法に於ては在世の結縁微薄の故に小乗に
於て証すること無く此の人・権大乗を以て縁と為して十方の浄土に生ず、末法に於ては大小の益共に之無し、小乗には教のみ有つて行証無し

67 :名無しさん@入浴中:2014/08/16(土) 23:56:11.83 ID:OfH8hKj90
逃げタム
wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww

68 :名無しさん@入浴中:2014/08/17(日) 00:54:43.81 ID:uA3BstTt0
田村はここに籠ったんだからいいんじゃね?
出てくるとフルボッコだし。

69 :うふ〜ん:うふ〜ん ID:DELETED
うふ〜ん

70 :名無しさん@入浴中:2014/08/17(日) 09:12:36.98 ID:dhkfYzbm0
大乗には教行のみ有つて冥顕の証之無し、其の上正像の時の所立の権小の二宗・漸漸・末法に入て執心弥強盛にして小を以て大を打ち権を以て実を破り国土に大体謗法の者充満するなり、仏教に依つて悪道に
堕する者は大地微塵よりも多く正法を行じて仏道を得る者は爪上の土よりも少きなり、此の時に当つて諸天善神其の国を捨離し但邪天・邪鬼等有つて王臣・比丘・比丘尼等の身心に入住し法華経の行者を罵詈・毀
辱せしむべき時なり、爾りと雖も仏の滅後に於て四味・三教等の邪執を捨て実大乗の法華経に帰せば諸天善神並びに地涌千界等の菩薩・法華の行者を守護せん此の人は守護の力を得て本門の本尊・妙法蓮
華経の五字を以て閻浮堤に広宣流布せしめんか、例せば威音王仏の像法の時・不軽菩薩・我深敬等の二十四字を以て彼の土に広宣流布し一国の杖木等の大難を招きしが如し、彼の二十四字と此の五字と
其の語殊なりと雖も其の意是れ同じ彼の像法の末と是の末法の初と全く同じ彼の不軽菩薩は初随喜の人・日蓮は名字の凡夫なり。
疑つて云く何を以て之を知る汝を末法の初の法華経の行者なりと為すと云うことを、答えて云く法華経に云く「況んや滅度の後をや」又云く「諸の無

71 :名無しさん@入浴中:2014/08/17(日) 09:13:38.58 ID:dhkfYzbm0
智の人有つて悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者あらん」又云
く「数数擯出せられん」又云く「一切世間怨多くして信じ難し」又云く「杖木瓦石をもつて之を打擲す」又云く「悪魔・魔民・諸天竜・夜叉・鳩槃荼等其の便りを得ん」等云云、此の明鏡に付いて仏語を信ぜしめんが為
に、日本国中の王臣・四衆の面目に引き向えたるに予よりの外には一人も之無し、時を論ずれば末法の初め一定なり、然る間若し日蓮無くんば仏語は虚妄と成らん、難じて云く汝は大慢の法師にして大天に過ぎ四禅
比丘にも超えたり如何、答えて云く汝日蓮を蔑如するの重罪又提婆達多に過ぎ無垢論師にも超えたり、我が言は大慢に似たれども仏記を扶け如来の実語を顕さんが為なり、然りと雖も日本国中に日蓮を
除いては誰人を取り出して法華経の行者と為さん汝日蓮を謗らんとして仏記を虚妄にす豈大悪人に非ずや。疑つて云く如来の未来記汝に相当れり、但し五天竺並びに漢土等にも法華経の行者之有るか如何、答えて云く四
天下の中に全く二の日無し四海の内豈両主有らんや、疑つて云く何を以て汝之を知る、答えて云く月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に

72 :名無しさん@入浴中:2014/08/18(月) 15:40:46.82 ID:07NU77Y00
向い末法には東より西に往く、妙楽大師の云く「豈中国に法を失いて之を四維に求むるに非ずや」等云云、天竺に仏法無き証文なり漢土に於て高宗皇帝の時北狄東京を領して今
に一百五十余年仏法王法共に尽き了んぬ、漢土の大蔵の中に小乗経は一向之れ無く大乗経は多分之を失す、日本より寂照等少少之を渡す然りと雖も伝持の人無れ
ば猶木石の衣鉢を帯持せるが如し、故に遵式の云く「始西より伝う猶月の生ずるが如し今復東より返る猶日の昇るが如し」等云云、此等の釈の如くんば天竺漢土に於て仏法を失せること勿論なり、
問うて云く月氏漢土に於て仏法無きことは之を知れり、東西北の三洲に仏法無き事は何を以て之を知る、答えて云く法華経の第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめ
ん」等云云、内の字は三洲を嫌う文なり、問うて曰く仏記既に此くの如し汝が未来記如何、答えて曰く仏記に順じて之を勘うるに既に後五百歳の始に相当れり仏法必ず東土の日本より
出づべきなり、其の前相必ず正像に超過せる天変地夭之れ有るか、所謂仏生の時・転法輪の時・入涅槃の時吉瑞・凶瑞共に前後に絶えたる大瑞なり、仏は此れ聖人の本なり経経の文を見るに

73 :名無しさん@入浴中:2014/08/20(水) 01:34:28.44 ID:tPhoXNkw0
あははははははははははははははははははははいしししししししししししししししししししし
いひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひうふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
えへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへおほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ

74 :名無しさん@入浴中:2014/08/20(水) 07:10:32.46 ID:MWVBNcfD0
ランキング爺の自演と丸分かり

75 :名無しさん@入浴中:2014/08/20(水) 08:40:10.86 ID:7LjuG3w40
ここですか、他のスレから叩き出された田村が籠城してるスレは?

76 :名無しさん@入浴中:2014/08/20(水) 12:03:12.71 ID:s+bqTAIp0
ここだけしか居場所がない嫌われもの田村wwwww wwwww wwwww

77 :名無しさん@入浴中:2014/08/20(水) 13:35:53.67 ID:jqJdSxO+0
善悪に付いて起り起る処の念心の当体を指して是れ妙法の体と説き宣べたる経王なれば成仏の直道とは云うなり、此の
旨を深く信じて妙法蓮華経と唱へば一生成仏更に疑あるべからず、故に経文には「我が滅度の後に於て・応に斯の経
を受持すべし・是の人仏道に於て・決定して疑有る事無けん」とのべたり、努努不審をなすべからず穴賢穴賢、一生成仏の
信心南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経。日蓮 花押/建長七年 三十四歳御作釈迦仏は我等が為には主なり師なり親なり一人し
てすくひ護ると説き給へり、阿弥陀仏は我等が為には主ならず親ならず師ならず、然れば天台大師是を釈して曰く「西方は仏別にして縁異なり仏別な
るが故に隠顕の義成ぜず縁異なるが故に子父の義成ぜず、又此の経の首末に全く此の旨無し眼を閉じて穿
鑿せよ」と実なるかな釈迦仏は中天竺の浄飯大王の太子として十九の御年・家を出で給いて檀特山と申す山に篭らせ給ひ

78 :名無しさん@入浴中:2014/08/20(水) 20:33:08.23 ID:qOhlsYeJ0
仏の御誕生の時は五色の光気・四方に遍くして夜も昼の如し仏御入滅の時には十二の白虹・南北に亘り大日輪光り無くして闇夜の如くなりし、其の後正像
二千年の間・内外の聖人・生滅有れども此の大瑞には如かず、而るに去ぬる正嘉年中より今年に至るまで或は大地震・或は大天変・宛かも仏陀の生滅の時の如し、当に知るべし仏の如
き聖人生れたまわんか、大虚に亘つて大彗星出づ誰の王臣を以て之に対せん、当瑞大地を傾動して三たび振裂す何れの聖賢を以て之に課せん、当に知るべし通途世間の吉凶の大瑞には非
ざるべし惟れ偏に此の大法興廃の大瑞なり、天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云、妙楽の云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云、日蓮
此の道理を存して既に二十一年なり、日来の災・月来の難・此の両三年の間の事既に死罪に及ばんとす今年・今月万が一も脱がれ難き身命なり、世の人疑い有らば委細の事は弟子に之
を問え、幸なるかな一生の内に無始の謗法を消滅せんことを悦ばしいかな未だ見聞せざる教主釈尊に侍え奉らんことよ、願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶くる弟子等をば釈
尊に之

79 :名無しさん@入浴中:2014/08/20(水) 20:35:02.02 ID:qOhlsYeJ0
を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん、但し今夢の如く宝塔品の心を得たり、此の経に云く「若し須弥を接つて他方の無数の仏土に擲げ置
かんも亦未だ為難しとせず乃至若し仏の滅後に悪世の中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為難し」等云云、伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去つて深きに就
くは丈夫の心なり、天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦に敷揚し・叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云、安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を
助けて末法に流通す三に一を加えて三国四師と号く、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。文永十年太歳癸日蓮之を勘う問う妙法蓮華経とは其の体何物ぞや、答う十界の
依正即ち妙法蓮華の当体なり、問う若爾れば我等が如き一切衆生も妙法の全体なりと云わる可きか、答う勿論なり経に云く「所謂諸法・乃至・本末究竟等」云云、妙楽大師釈して云く
「実相は必ず諸法・諸法は必ず十如・十如は必ず十界・十界は必ず身土」と云云、天台云く「十如十界三千の諸法は今経の正体なるのみ」云云、南岳大師云く「云
何なるを名けて妙法蓮華経と為す

80 :名無しさん@入浴中:2014/08/22(金) 07:04:25.04 ID:XXtXKe8y0
> 聞き齧った浅はかな知識ひけらかすようなみっともないことしないけど

ランキング爺のお得意の行動だろうwww
修士出て水の電気分解だとwww
馬鹿丸出しwww

81 :名無しさん@入浴中:2014/08/22(金) 07:06:05.04 ID:XXtXKe8y0
>>1
> ああ俺は姫に好かれてる自信があるよ。もちろん客としてであって惚れた腫れたしらゃないがな。
>
> また女を知らないと宣言してる恥ずかしい奴が一人出て来ちゃったな。
> 演技とか感じるとか関係なく普通に愛撫すれば女は濡れるんだよ。
>
> 「フランス語」は「フランス語」なんだから
> 「英語以外じゃあありません
>
> こんな事が言える偉大なランキング爺様について語りましょう

82 :名無しさん@入浴中:2014/08/22(金) 12:49:25.58 ID:zyogx6MW0
田村は罪を認めたんだから早く謝罪しろw

83 :名無しさん@入浴中:2014/08/24(日) 18:06:58.73 ID:HUb9jV+q0

悔しくて悔しくて仕方ないようだなwww
自分が理解できないことは「うすっぺら」wwwwww
てめーの髪の方がうすっぺらじゃねーの?wwwwww
てめーの場合はチンコもうすっぺらwwwwww
分厚いのは真性包茎の皮のみじゃwwww

84 :名無しさん@入浴中:2014/08/25(月) 18:41:43.26 ID:5ieVv25A0
田村クン、認めちゃったんだから早く謝りなよ。
女々しいよ。

85 :名無しさん@入浴中:2014/08/25(月) 19:22:46.05 ID:e5BN2ukk0

悔しくて悔しくて仕方ないようだなwww
自分が理解できないことは「うすっぺら」wwwwww
てめーの髪の方がうすっぺらじゃねーの?wwwwww
てめーの場合はチンコもうすっぺらwwwwww
分厚いのは真性包茎の皮のみじゃwwww

86 :名無しさん@入浴中:2014/08/25(月) 19:26:57.56 ID:lX98uhYV0
>>85
カス、さっさと死ねや

87 :名無しさん@入浴中:2014/08/25(月) 22:57:35.38 ID:Xvf61RmW0
まあ、田村は大自爆したからね。
言い訳のしようもないよ。

88 :名無しさん@入浴中:2014/08/25(月) 23:20:38.65 ID:B2sfwdPD0
や答う妙とは衆生妙なるが故に法とは即ち是れ衆生法なるが故に」云云、又天台釈して云く「衆生法妙」と云云。
問う一切衆生の当体即妙法の全体ならば地獄乃至九界の業因業果も皆是れ妙法の体なるや、答う法性の妙理に染浄の二法有り染法は熏じて迷と成り浄法は熏じて悟
と成る悟は即ち仏界なり迷は即ち衆生なり、此の迷悟の二法二なりと雖も然も法性真如の一理なり、譬えば水精の玉の日輪に向えば火を取り月輪に向えば水を取る玉の体
一なれども縁に随て其の功同じからざるが如し、真如の妙理も亦復是くの如し一妙真如の理なりと雖も悪縁に遇えば迷と成り善縁に遇えば悟と成る悟は即ち法性なり迷は即ち無
明なり、譬えば人夢に種種の善悪の業を見・夢覚めて後に之を思えば我が一心に見る所の夢なるが如し、一心は法性真如の一理なり夢の善悪は迷悟の無明法性なり、是くの如く
意得れば悪迷の無明を捨て善悟の法性を本と為す可きなり、大円覚修多羅了義経に云く「一切諸の衆生の無始の幻無明は皆諸の如来の円覚の心従り建立す」
云云、天台大師の止観に云く「無明癡惑・本是れ法性なり癡迷を以ての故に法性変じて無明と作る」云云、妙楽大師の釈に云く「理性体無し

89 :名無しさん@入浴中:2014/08/25(月) 23:21:41.73 ID:B2sfwdPD0
全く無明に依る無明体無し全く法性に依る」云云、無明は所断の迷・法性は所証の理なり何ぞ体一なりと云うやと云える不審をば此等の文
義を以て意得可きなり、大論九十五の夢の譬・天台一家の玉の譬誠に面白く思うなり、正く無明法性其の体一なりと云う証拠は法華経に云く「是の法
は法位に住して世間の相常住なり」云云、大論に云く「明と無明と異無く別無し是くの如く知るをば是を中道と名く」云云、但真如の妙理に染浄の二法有りと云う事・証文
之れ多しと雖も華厳経に云く「心仏及衆生是三無差別」の文と法華経の諸法実相の文とには過ぐ可からざるなり南岳大師の云く「心体に染浄の二法を具足して而も異相無
く一味平等なり」云云、又明鏡の譬真実に一二なり委くは大乗止観の釈の如し又能き釈には籤の六に云く「三千理に在れば同じく無明と名け三千果成すれば咸く常楽と称す
三千改むること無ければ無明即明・三千並に常なれば倶体倶
用なり」文、此の釈分明なり。問う一切衆生皆悉く妙法蓮華経の当体ならば我等が如き愚癡闇鈍の凡夫も即ち妙法の当体な
りや、答う当世の諸人之れ多しと雖も二人を出でず謂ゆる権教の人・実教の人なり而も権教方便の念仏等を

90 :名無しさん@入浴中:2014/08/25(月) 23:22:12.70 ID:B2sfwdPD0
信ずる人は妙法蓮華の当体と云わる可からず実教の法華
経を信ずる人は即ち当体の蓮華・真如の妙体是なり涅槃経に云く「一切衆生大乗を信ずる故に大乗の衆生と名く」文、南岳大師の四安楽行に云く「大強精進経に云く衆生と
如来と同共一法身にして清浄妙無比なるを妙法華経と称す」文、又云く「法華経を修行するは此の一心一学に衆果普く備わる一時に具足して次第
入に非ず亦蓮華の一華に衆果を一時に具足するが如し是を一乗の衆生の義と名く」文、又云く「二乗声聞及び鈍根の菩薩は方便道の中の次第修学なり利根の菩薩
は正直に方便を捨て次第行を修せず若し法華三昧を証すれば衆果悉く具足す是を一乗の衆生と名く」文、南岳の釈の意は次第行の三字をば当世の学者は別教なりと料
簡す、然るに此の釈の意は法華の因果具足の道に対して方便道を次第行と云う故に爾前の円・爾前の諸大乗経並びに頓漸大小の諸経なり・証拠は無量義経に云く「次に方等十
二部経・摩訶般若・華厳海空を説いて菩薩の歴劫修行を宣説す」文、利根の菩薩は正直に方便を捨てて次第行を修せず若し法華経を証する時は衆果悉く具足す是を一乗の衆生と名くるなり・此等の文の意を案ずるに三

91 :名無しさん@入浴中:2014/08/25(月) 23:32:42.13 ID:8pV3j8UV0
おーい、田村
念仏野郎はランキング爺なんだろ?
なんで急にその話に触れなくなったんだ?

92 :名無しさん@入浴中:2014/08/25(月) 23:56:23.97 ID:0n+vYYgRO
>>87
初心者スレをうんこAAで荒らす包茎じいさんオッスオッス

http://hissi.org/read.php/soap/20140825/WHZmNjFSbVcw.html?name=all&thread=all
板:ソープ板
日付:2014/08/25
ID:Xvf61RmW0
名前の数:1
スレッド数:2
合計レス数:4

93 :名無しさん@入浴中:2014/08/26(火) 05:44:47.27 ID:vuTJQycI0
乗・五乗・七方便・九法界・四味三教・一切の凡聖等をば大乗の衆生妙法蓮華の当体とは名く可からざるなり、設い仏なりと雖も権教の仏をば仏界の名言を付く可からず権教の三身は未
だ無常を免れざる故に何に況や其の余の界界の名言をや、故に正・像二千年の国王・大臣よりも末法の非人は尊貴なりと釈するも此の意なり、南岳釈して云く「一切衆生・法身の蔵を具足して仏と一にして異り有る
こと無し」、是の故に法華経に云く「父母所生清浄常眼耳鼻舌身意亦復如是」文、又云く「問うて云く仏・何れの経の中に眼等の諸根を説いて名けて如来と為や、答えて云く大強精進経の中に衆生と如来と同じく共に一法身にし
て清浄妙無比なるを妙法蓮華経と称す」文、他経に有りと雖も下文顕れ已れば通じて引用することを得るなり、大強精進経の同共の二字に習い相伝するなり法華経に同共して信ずる者は妙経の体なり不同共の念仏者等は既に仏性
法身如来に背くが故に妙経の体に非ざるなり、所詮妙法蓮華の当体とは法華経を信ずる日蓮が弟子檀那等の父母所生の肉身是なり、正直に方便を捨て但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩業・苦の三道・法
身・般若・解脱の三徳と転じて三観・

94 :名無しさん@入浴中:2014/08/26(火) 18:05:25.38 ID:L8au7Hcc0
>>92
以前から糞爺=包茎爺=良客気どり=ランキング評論家=ランキング爺=愛撫マン=くださいよ厨
とは周知の事実
このキチガイがサンドイッチを妬んで水川を叩き退店させ

95 :名無しさん@入浴中:2014/08/26(火) 20:49:43.17 ID:vuTJQycI0
三諦・即一心に顕われ其の人の所住の処は常寂光土なり、能居所居・身土・色心・倶体倶用・無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事なり是れ即ち法華の当体・自
在神力の顕わす所の功能なり敢て之を疑う可からず之を疑う可からず、問う天台大師・妙法蓮華の当体譬喩の二義を釈し給えり爾れば其の当体譬喩の蓮華の様は如何、答う譬喩の蓮華とは施開廃の三釈委く之を見る
べし、当体蓮華の釈は玄義第七に云く「蓮華は譬えに非ず当体に名を得・類せば劫初に万物名無し聖人理を観じて準則して名を作るが如し」文、又云く「今蓮華の称は是れ喩を仮るに非ず乃ち是れ法華の法門なり法華の法門
は清浄にして因果微妙なれば此の法門を名けて蓮華と為す即ち是れ法華三昧の当体の名にして譬喩に非ざるなり」又云く「問う蓮華定めて是れ法華三昧の蓮華なりや定めて是れ華草の蓮華なりや、答う定めて是れ法蓮華
なり法蓮華解し難し故に草花を喩と為す利根は名に即して理を解し譬喩を仮らず但法華の解を作す中下は未だ悟らず譬を須いて乃ち知る易解の蓮華を以て難解の蓮華に喩う、故に三周の説法有つて上中下根に逗う上根に約すれば
是れ法の名・中下に約すれば

96 :名無しさん@入浴中:2014/08/26(火) 20:50:15.04 ID:vuTJQycI0
是れ譬の名なり三根合論し雙べて法譬を標す是くの如く解する者は誰とか諍うことを為さんや」云云、此の釈の意は至理は名無し聖人理を観じて万物に名を付くる時・因果倶時・不思議
の一法之れ有り之を名けて妙法蓮華と為す此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して闕減無し之を修行する者は仏因・仏果・同時に之を得るなり、聖人此の法を師と為して修行覚道し給えば妙因・妙果・倶
時に感得し給うが故に妙覚果満の如来と成り給いしなり、故に伝教大師云く「一心の妙法蓮華とは因華・果台・倶時に増長す三周各各当体譬喩有り、総じて一経に皆当体譬喩あり別して七譬・三平等・十無上の法門有りて皆
当体蓮華有るなり、此の理を詮ずる教を名けて妙法蓮華経と為す」云云、妙楽大師の云く「須く七譬を以て各蓮華権実の義に対すべし○何者蓮華は只是れ為実施権・開権顕実・七譬皆然なり」文、又劫初に華草有り聖人理を見
て号して蓮華と名く此の華草・因果倶時なること妙法蓮華に似たり故に此の華草同じく蓮華と名くるなり水中に生ずる赤蓮華・白蓮華等の蓮華是なり、譬喩の蓮華とは此の華草の蓮華なり此の華草
を以て難解の妙法蓮華を顕す天台大師の妙法は解し難し譬を仮りて

97 :名無しさん@入浴中:2014/08/26(火) 20:51:04.04 ID:vuTJQycI0
顕れ易しと釈するは是の意なり。
問う劫初より已来何人か当体の蓮華を証得せしや、答う釈尊五百塵点劫の当初此の妙法の当体蓮華を証得して世世番番に成道を唱え能証所証の本理を顕し給えり、今日又・中天竺摩訶陀国に出世して此の蓮華
を顕わさんと欲すに機無く時無し故に一法の蓮華に於て三の草華を分別し三乗の権法を施し擬宜誘引せしこと四十余年なり、此の間は衆生の根性万差なれば種種の草華を施し設けて終に妙法蓮華を施したまわ
ざる故に、無量義経に云く「我先に道場菩提樹下乃至四十余年未だ真実を顕さず」文、法華経に至つて四味三教の方便の権教・小乗・種種の草華を捨てて唯一の妙法蓮華を説き三の華草を開して一の妙法蓮華を顕す時、四味・三教の権人
に初住の蓮華を授けしより始めて開近顕遠の蓮華に至つて二住・三住乃至十住・等覚・妙覚の極果の蓮華を得るなり。
問う法華経は何れの品何れの文にか正しく当体譬喩の蓮華を説き分けたるや、答う若し三周の声聞に約して之を論ぜば方便の一品は皆是当体蓮華を説けるなり、譬喩品・化城喩品には譬喩蓮華を
説きしなり、但方便品にも譬喩蓮華無きに非ず余品にも当体蓮華無きに非ざるなり、問う若し爾らば正く

98 :名無しさん@入浴中:2014/08/26(火) 22:02:55.52 ID:vuTJQycI0
当体蓮華を説きし文は何れぞや答う方便品の諸法実相の文是なり、問う何を以て此の文が当体蓮華なりと云う事を知ることを得るや、答う天台妙楽今の文を引て今経の体を釈せし故なり、又伝
教大師釈して云く「問う法華経は何を以て体と為すや、答う諸法実相を以て体と為す」文、此の釈分明なり当世の学者此の釈を秘して名を顕さず然るに此の文の名を妙法蓮華と曰う義なり、又現証は宝塔品の三身是れ現
証なり、或は涌出の菩薩・竜女の即身成仏是なり、地涌の菩薩を現証と為す事は経文に如蓮華在水と云う故なり、菩薩の当体と聞たり竜女を証拠と為す事は霊鷲山に詣で千葉の蓮華の大いさ車輪の如くなる
に坐しと説きたまう故なり、又妙音・観音の三十三・四身なり是をば解釈には法華三昧の不思議・自在の業を証得するに非ざるよりは安ぞ能く此の三十三身を現ぜんと云云、或は「世間相常住」文、此等は皆当世の
学者の勘文なり、然りと雖も日蓮は方便品の文と神力品の如来一切所有之法等の文となり、此の文をば天台大師も之を引いて今経の五重玄を釈せしなり、殊更此の一文正しき証文なり。
問う次上に引く所の文証・現証・殊勝なり何ぞ神力の一文に執するや、答う此の一文は深意有

99 :名無しさん@入浴中:2014/08/26(火) 22:32:18.50 ID:o6Z7H2Eu0
田村見苦しいな。
叩きは自分の犯行と認めたくせに隠蔽工作か?

100 :名無しさん@入浴中:2014/08/27(水) 15:13:22.94 ID:BMPfFinT0
>>92
以前から糞爺=包茎爺=良客気どり=ランキング評論家=ランキング爺=愛撫マン=くださいよ厨
とは周知の事実
このキチガイがサンドイッチを妬んで水川を叩き退店させ た。

101 :名無しさん@入浴中:2014/08/27(水) 20:09:25.53 ID:c9+eDaL80
る故に殊更に吉なり、問う其の深意如何、答う此の文は釈尊・本眷属地涌の菩薩に結要の五字の当体を付属すと説きたまえる文なる故なり、久遠実成の釈迦如来は我が昔の所願の如き今は
已に満足す、一切衆生を化して皆仏道に入ら令むとて御願已に満足し、如来の滅後・後五百歳中・広宣流布の付属を説かんが為地涌の菩薩を召し出し本門の当体蓮華を
要を以て付属し給える文なれば釈尊出世の本懐・道場所得の秘法・末法の我等が現当二世を成就する当体蓮華の誠証は此の文なり、故に末法今時に於て如来の御使より外に当体蓮華の証
文を知つて出す人都て有る可からざるなり真実以て秘文なり真実以て大事なり真実以て尊きなり、南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経爾前の円の菩薩等の今経に大衆八万有つて具足の道を聞かんと欲す云
云、是なり、問う当流の法門の意は諸宗の人来つて当体蓮華の証文を問わん時は法華経何れの文を出す可きや、答う二十八品の始に妙法蓮華経と題す此の文を出す可きなり、問う何を以て品品の題目は当体蓮華な
りと云う事を知ることを得るや、故は天台大師今経の首題を釈する時・蓮華とは譬喩を挙ぐると云つて譬喩蓮華と釈し給える者をや、答う題目の蓮華は当

102 :名無しさん@入浴中:2014/08/27(水) 20:10:20.43 ID:c9+eDaL80
体譬喩を合説す天台の今の釈は譬喩の辺を釈する時の釈なり、玄文第
一の本迹の六譬は此の意なり同じく第七は当体の辺を釈するなり、故に天台は題目の蓮華を以て当体譬喩の両説を釈する故に失無し、問う何を以て題目の蓮華は当体譬喩合説すと云う事を知ること
を得んや、南岳大師も妙法蓮華経の五字を釈する時「妙とは衆生妙なるに故に法とは衆生法なる故に蓮華とは是れ譬喩を借るなり」文、南岳天台の釈既に譬喩蓮華なりと釈し給う如何、答う南岳の釈も天
台の釈の如し云云、但当体・譬喩合説すと云う事経文分明ならずと雖も南岳天台既に天親・竜樹の論に依て合説の意を判釈せり、所謂法華論に云く「妙法蓮華とは二種の義有り一には出水の義、乃
至泥水を出るをば諸の声聞・如来大衆の中に入つて坐し諸の菩薩の如く蓮華の上に坐して如来無上智慧・清浄の境界を説くを聞いて如来の密蔵を証するを喩うるが故に・二に華開とは諸の衆生・大乗の中に於
て其心怯弱にして信を生ずること能わず故に如来の浄妙法身を開示して信心を生ぜしめんが故なり」文、諸の菩薩の諸の字は法華已前の大小の諸菩薩法華経に来つて仏の蓮華を得ると云う事法華論の文分
明なり、故に知ぬ菩薩処処

103 :名無しさん@入浴中:2014/08/27(水) 20:11:31.64 ID:c9+eDaL80
得入とは方便なり、天台此の論の文を釈して云く今論の意を解せば若し衆生をして浄妙法身を見せしむと言わば此れ妙因の開発するを以つて蓮華と為るなり、若し如来大衆に入るに蓮華の上に坐す
と言わば此は妙報の国土を以て蓮華と為るなり、又天台が当体譬喩合説する様を委細に釈し給う時大集経の我今仏の蓮華を敬礼すと云う文と法華論の今の文とを引証して釈して云く「若し大集に依れば行法の因果を蓮華と為す菩薩上に処すれば即ち是れ
因の華なり仏の蓮華を礼すれば即ち是れ果の華なり、若し法華論に依れば依報の国土を以て蓮華と為す復菩薩・蓮華の行を修するに由つて報・蓮華の国土を得当に知るべし依正因果悉く是れ蓮華
の法なり、何ぞ譬をもつて顕すことをもちいん鈍人の法性の蓮華を解せざる為の故に世の華を挙げて譬と為す亦何の妨げかあるべき」文、又云く若し蓮華に非んば何に由つて遍く上来の諸法を喩えん法譬雙べ弁ずる故に妙
法蓮華と称するなり、次に竜樹菩薩の大論に云く「蓮華とは法譬並びに挙ぐるなり」文、伝教大師が天親・竜樹の二論の文を釈して云く「論の文但妙法蓮華経と名くるに二種の義あり唯蓮華に二種の義有りと謂うには非ず、凡
そ法喩とは相い似

104 :名無しさん@入浴中:2014/08/27(水) 20:40:35.72 ID:oaX0pPVM0
また田村はお得意のコピペかな?
理屈で反論できないから同じこと叫び続けるだけなんだよね。
まさに朝鮮人の手口w w w w

105 :名無しさん@入浴中:2014/08/27(水) 23:13:13.64 ID:xIvBN5gP0
田村哀れwww

106 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 05:48:10.90 ID:cvgK2fNX0
たるを好しと為す若し相い似ずんば何を以てか他を解せしめん、是の故に釈論に法喩並び挙ぐ一心の妙法蓮華は因華・果台・倶時に増長す此の義解し難し喩を仮れば解し易し此の理教を詮ずるを名けて妙法蓮華経と為す」文、此等の論文釈義分明
なり文に在つて見る可し包蔵せざるが故に合説の義極成せり、凡そ法華経の意は譬喩即法体・法体即譬喩なり、故に伝教大師釈して云く「今経は譬喩多しと雖も大喩は是
れ七喩なり此の七喩は即ち法体・法体は即ち譬喩なり、故に譬喩の外に法体無く法体の外に譬喩無し、但し法体とは法性の理体なり譬喩とは即ち妙法の事相の体なり事相即理体なり理体即事相なり故に法譬一体とは云うなり、是を以て論文山家の釈に皆
蓮華を釈するには法譬並べ挙ぐ」等云云、釈の意分明なる故重ねて云わず。
問う如来の在世に誰か当体の蓮華を証得せるや、答う四味三教の時は三乗・五乗・七方便・九法界・帯権の円の菩薩並びに教主乃至法華迹門の教主総じて本門寿量の教主を除くの外は本門の当体蓮華の名をも聞かず何に況ん
や証得せんをや、開三顕一の無上菩提の蓮華尚四十余年には之を顕さず、故に無量義経に終不得成無上菩提とて迹門開三顕一の蓮華は爾前

107 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 05:48:58.40 ID:cvgK2fNX0
に之を説かずと云うなり、何に況んや開近顕遠・本地難思・境智冥合・本有無作の当体蓮華をば迹化
弥勒等之を知る可きや、問う何を以て爾前の円の菩薩・迹門の円の菩薩は本門の当体蓮華を証得せずと云う事を知ることを得ん、答う爾前の円の菩薩は迹門の蓮華を知らず迹門の円の菩薩は本門の蓮華を知らざるな
り、天台云く「権教の補処は迹化の衆を知らず迹化の衆は本化の衆を知らず」文、伝教大師云く「是直道なりと雖も大直道ならず」云云、或は云く「未だ菩提の大直道を知らざるが故に」云云此の意なり、爾前迹門の菩薩は一
分断惑証理の義分有りと雖も本門に対するの時は当分の断惑にして跨節の断惑に非ず未断惑と云わるるなり、然れば菩薩処処得入と釈すれども二乗を嫌うの時一往得入の名を与うるなり、
故に爾前迹門の大菩薩が仏の蓮華を証得する事は本門の時なり真実の断惑は寿量の一品を聞きし時なり、天台大師・涌出品の五十小劫・仏の神力の故に・諸の大衆をして半日の如しと謂わしむの文を釈して云く「解者は短に即
して長・五十小劫と見る惑者は長に即して短・半日の如しと謂えり」文、妙楽之を受けて釈して云く「菩薩已に無明を破す之を称して解と為す大衆仍お

108 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 05:49:46.74 ID:cvgK2fNX0
賢位に居す之を名けて惑と為す」文、釈の意分明なり爾前迹門
の菩薩は惑者なり地涌の菩薩のみ独り解者なりと云う事なり、然るに当世天台宗の人の中に本迹の同異を論ずる時・異り無しと云つて此の文を料簡するに解者の中に迹化の衆入りたりと云うは大なる僻見なり経の文・釈の義分明なり
何ぞ横計を為す可けんや、文の如きは地涌の菩薩五十小劫の間如来を称揚するを霊山迹化の衆は半日の如く謂えりと説き給えるを天台は解者惑者を出して迹化の衆は惑者の
故に半日と思えり是れ即ち僻見なり、地涌の菩薩は解者の故に五十小劫と見る是れ即ち正見なりと釈し給えるなり、妙楽之を受けて無明を破する菩薩は解者なり未だ無明を破せざる菩薩は惑者なりと釈し
給いし事文に在つて分明なり、迹化の菩薩なりとも住上の菩薩は已に無明を破する菩薩なりと云わん学者は無得道の諸経を有得道と習いし故なり、爾前迹門の当分に妙覚の位有りと雖も本門寿量の真仏に望むる時は
惑者仍お賢位に居ると云わるる者なり権教の三身未だ無常を免れざる故は夢中の虚仏なるが故なり、爾前と迹化の衆とは未だ本門に至らざる時は未断惑の者と云われ彼に至る時正
しく初住に叶うなり、妙楽の釈に云く「

109 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 09:15:27.33 ID:dkfQ65ge0
なんだここにも日蓮の文章のコピペしてる奴が来てるのか

110 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 16:55:20.82 ID:Lo+HkgE+0
以前から糞爺=包茎爺=良客気どり=ランキング評論家=ランキング爺=愛撫マン=くださいよ厨
とは周知の事実
このキチガイがサンドイッチを妬んで水川を叩き退店させ た。

111 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 18:13:44.35 ID:jsPMonxI0
>>110
おーい、田村
なんでその中にブサオタも柏崎も念仏野郎も入ってないの?
説明してみwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww

112 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 20:33:36.83 ID:3AaUGVVr0
困った田村はお得意の忍法話題そらしの術でドロンかな?

113 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 20:55:39.45 ID:cvgK2fNX0
開迹顕本皆初住に入る」文、仍賢位に居すの釈之を思い合すべし、爾前迹化の衆は惑者未だ無明を破せざる仏菩薩なりと云う事真実なり真
実なり、故に知ぬ本門寿量の説顕れての後は霊山一会の衆皆悉く当体蓮華を証得せしなり、二乗・闡提・定性・女人・悪人等も本仏の蓮華を証得するなり、伝教大師一大事の
蓮華を釈
して云く「法華の肝心・一大事の因縁は蓮華の所顕なり、一とは一実相なり大とは性広博なり事とは法性の事なり一究竟事は円の理教智行、円の身・若・達なり一乗・三乗・定性・不
定性・内道・外道・阿闡・阿顛・皆悉く一切智地に到る是の一大事仏の知見を開示し悟入して一切成仏す」女人・闡提・定性・二乗等の極悪人霊山に於て当体蓮華を証得するを云うなり。問う末法今時
誰れ人か当体蓮華を証得せるや、答う当世の体を見るに大阿鼻地獄の当体を証得する人
之れ多しと雖も仏の蓮華を証得せるの人之れ無し其の故は無得道の権教方便を信仰して法華の当体真実の蓮華を毀謗する故なり、仏説いて云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば則ち一切世間の
仏種を断ぜん乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」文、天台云く「此の経は〓く六道の仏種を開く若此の経

114 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 21:13:47.37 ID:cvgK2fNX0
を謗せば義・断ずるに当るなり」文、日蓮云く此の経は是れ十界の仏種に通ず若し此の経を謗せば義是れ十界の
仏種を断ずるに当る是の人無間に於て決定して堕在す何ぞ出ずる期を得んや、然るに日蓮が一門は正直に権教の邪法・邪師の邪義を捨てて正直に正法・正師の正義を信ずる故に当体蓮華を証得して常寂光
の当体の妙理を顕す事は本門寿量の教主の金言を信じて南無妙法蓮華経と唱うるが故なり、問う南岳・天台・伝教等の大師法華経に依つて一乗円宗の教法を弘通し給うと雖も未だ南無妙法蓮華経と唱えたまわ
ざるは如何、若し爾らば此の大師等は未だ当体蓮華を知らず又証得したまわずと云うべきや、答う南岳大師は観音の化身・天台大師は薬王の化身なり等云云、若し爾らば霊山に於
て本門寿量の説を聞きし時は之を証得すと雖も在生の時は妙法流布の時に非ず、故に妙法の名字を替えて止観と号し一念三千・一心三観を修し給いしなり、但し此等の大師等も南無妙法蓮華経と唱うる事を
自行真実の内証と思食されしなり、南岳大師の法華懺法に云く「南無妙法蓮華経」文、天台大師の云く「南無平等大慧一乗妙法蓮華経」文、又云く「稽首妙法蓮華経」云云、又「帰命妙法蓮華経」云

115 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 21:15:08.39 ID:cvgK2fNX0
云、伝教大師の最後臨終の十生願の記に云く「南無妙法蓮華経」云云、問う文証分明なり何ぞ是くの如く弘通したまわざるや、答う此れに於て二意有り一には時の至らざるが故に二には付属に非ざるが故なり、凡そ妙法の五字は末法流布の大白法
なり地涌千界の大士の付属なり是の故に南岳・天台・伝教等は内に鑑みて末法の導師に之を譲りて弘通し給わざりしなり。当体義抄送状当体義抄送状問う当体の蓮華解し難し故に譬喩を仮
りて之を顕すとは経文に証拠有るか、答う経に云く「世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し地より而も涌出す」云云、地涌の菩薩の当体蓮華なり、譬喩は知るべし以上後日に之を改め書す
べし、此の法門は妙経所詮の理にして釈迦如来の御本懐・地涌の大士に付属せる末法に弘通せん経の肝心なり、国主信心あらん後始めて之を申す可き秘蔵の法門なり、日蓮最
蓮房に伝え畢んぬ。日蓮花押/文永十年 五十二歳御作与富木常忍夫れ小大定めなし一寸の物を一尺の物に対しては小と云い五尺の男に対しては六尺七尺の男を大の男と云う、外道の法
に対しては一切の大小の仏教を皆大乗と云う大法東漸通指仏教以為大法等と釈する是なり、仏教に入つても鹿苑十二年

116 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 21:49:17.14 ID:cvgK2fNX0
の説・四阿含経等の一切の小乗経をば諸大乗経に
対して小乗経と名けたり、又諸大乗経には大乗の中にとりて劣る教を小乗と云う華厳の大乗経に其余楽小法と申す文あり、天台大師はこの小法というは常の小乗経にはあらず十地の大法に対して十住・十
行・十回向の大法を下して小法と名くと釈し給へり、又法華経第一の巻・方便品に若以小乗化・乃至於一人と申す文あり天台妙楽は阿含経を小乗と云うのみにあらず華厳経の別教・方等般若の通別の大乗を
も小乗と定め給う、又玄義の第一に会小帰大・是漸頓泯合と申す釈をば智証大師は初め華厳経より終り般若経にいたるまで四教八教の権教諸大乗経を漸頓と釈す泯合とは八教を会して一大円教に合すとこそ・ことはられ
て候へ、又法華経の寿量品に楽於小法・徳薄垢重者と申す文あり、天台大師は此経文に小法と云うは小乗経にもあらず又諸大乗経にもあらず久遠実成を説かざる華厳経の円乃至方等般若法華経の迹
門十四品の円頓の大法まで小乗の法なり、又華厳経等の諸大乗経の教主の法身・報身・毘盧遮那盧舎那・大日如来等をも小仏なりと釈し給ふ、此の心ならば涅槃経・大日経等の一切の大小権実顕密の諸経は皆小乗
経・八宗の中には

117 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 21:51:43.75 ID:cvgK2fNX0
倶舎宗・成実宗・律宗を小乗と云うのみならず華厳宗・法相宗・三論宗・真言宗等の諸大乗宗を小乗宗として唯天台の一宗計り実大乗宗なるべし、彼彼の大乗宗の所依の経経には絶えて二乗作仏・久遠実成の
最大の法をとかせ給はず、譬えば一尺二尺の石を持つ者をば大力といはず一丈二丈の石を持つを大力と云うが如し、華厳経の法界円融四十一位・般若経の混同無二・十八空乾慧地等の十地・瓔珞経の五十二位仁王経
の五十一位薬師経の十二の大願雙観経の四十八願大日経の真言印契等此等は小乗経に対すれば大法秘法なり、法華経の二乗作仏久遠実成に対すれば小乗の法なり、一尺二尺を一丈二丈に対するが如し、又
二乗作仏・久遠実成は法華経の肝用にして諸経に対すれば奇たりと云へども法華経の中にてはいまだ奇妙ならず一念三千と申す法門こそ奇が中の奇妙が中の妙にて華厳大日経等に分絶たるのみならず、八宗の祖師の中にも
真言等の七宗の人師名をだにもしらず天竺の大論師竜樹菩薩・天親菩薩は内には珠を含み外には書きあらはし給はざりし法門なり、雨衆が三徳・米斉が六句の先仏の教を盗みとれる様に華厳宗の澄観・真言
宗の善無畏等は天台大師の一念三千の法門を盗み取つて

118 :名無しさん@入浴中:2014/08/28(木) 21:59:27.32 ID:cvgK2fNX0
我が所依の経の心仏及衆生の文の心とし心実相と申す文の神とせるなり、かくのごとく盗み取つて我が宗の規模となせるが又還つて天台宗を下し華厳宗・真
言宗には劣れる法なりと申す、此等の人師は世間の盗人にはあらねども仏法の盗人なるべし、此等をよくよく尋ね明むべし。
又世間の天台宗の学者並びに諸宗の人人の云く法華経は但二乗作仏・久遠実成計りなり等云云、今反詰して云く汝等が承伏に付いて但二乗作仏と久遠実成計り法華経にかぎつて諸経になくば此れなり
とも豈奇が中の奇にあらずや、二乗作仏・諸経になくば仏の御弟子・頭陀第一の迦葉・智慧第一の舎利弗・神通第一の目連等の十大弟子・千二百の羅漢・万二千の声聞・無数億の二乗界・過去遠遠劫より未
来無数劫にいたるまで法華経に値いたてまつらずば永く色心倶に滅して永不成仏の者となるべし豈大なる失にあらずや、又二乗界・仏にならずば迦葉等を供養せし梵天・帝釈・四衆・八部・比丘・
比丘尼等の二界・八番の衆はいかんがあるべき、又久遠実成が此の経に限らずんば三世の諸仏・無常遷滅の法に堕しなん、譬えば天に諸星ありとも日月ましまさずんば・いかんがせん地に草木ありとも大地なく
ばいか

119 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 00:31:46.24 ID:DK7+0Zpk0
以前から念仏糞爺=包茎爺=良客気どり=ランキング評論家=ランキング爺=愛撫マン=くださいよ厨
とは周知の事実
このキチガイがサンドイッチを妬んで水川を叩き退店させ た。

120 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 01:16:28.80 ID:HNbou4HN0
生臭坊主

121 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 06:30:29.08 ID:2S1JXo3T0
んがせん、是は汝が承伏に付いての義なり実をもつて勘へ申さば二乗作仏なきならば九界の衆生・仏になるべからず、法華経の心は法爾のことはりとして一切衆生に十界
を具足せり、譬えば人・一人は必ず四大を以てつくれり一大かけなば人にあらじ、一切衆生のみならず十界の依正の二法・非情の草木・一微塵にいたるまで
皆十界を具足せり、二乗界・仏にならずば余界の中の二乗界も仏になるべからず又余界の中の二乗界・仏にならずば余界の八界・仏になるべからず、譬えば父母ともに持ちたる者・
兄弟九人あらんか二人は凡下の者と定められば余の七人も必ず凡下の者となるべし、仏と経とは父母の如し九界の衆生は実子なり声聞・縁覚の二人・永不成仏の者となるならば菩薩・六凡の七人あに得
道をゆるさるべきや、今此の三界は皆是我が有なり其の中の衆生は悉く是吾子なり乃至唯我一人のみ能く救護を為すの文をもつて知るべし、又菩薩と申すは必ず四弘誓願をおこす第一衆生無辺誓願度の願・成就せずば
第四の無上菩提誓願証の願も成就すべからず、前四味の諸経にては菩薩・凡夫は仏になるべし二乗は永く仏になるべからず等云云、而るをかしこげなる菩薩もはかなげなる六凡も共に思

122 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 06:31:35.42 ID:2S1JXo3T0
へり我等仏になるべし
二乗は仏にならざれば・かしこくして彼の道には入ざりけると思ふ、二乗はなげきをいたき此の道には入るまじかりし者をと恐れかなしみしが・今法華経にして二乗を仏になし給へる時二乗・仏になるのみならず・かの九界
の成仏をも・ときあらはし給へり、諸の菩薩・此の法門を聞いて思はく我等が思ひは・はかなかりけり爾前の経経にして二乗仏にならずば我等もなるまじかりける者なり、二乗を永不成仏と説き給ふは二乗一人計りな
げくべきにあらざりけり我等も同じなげきにてありけりと心うるなり。
又寿量品の久遠実成が爾前の経経になき事を以て思ふに爾前には久遠実成なきのみならず仏は天下第一の大妄語の人なるべし、爾前の大乗第一たる華厳経・大日経等に始めて正覚を成じ我昔道場に坐す等
云云、真実甚深・正直捨方便の無量義経と法華経の迹門には我先に道場にして・我始め道場に坐すと説れたり、此等の経文は寿量品の然るに我実に成仏してより已来無量無辺なりの文より思い見ればあに大妄語にあらずや、仏の一身

123 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 08:13:03.18 ID:o0aJ7Pva0
>>119
慌てて念仏糞爺追加した田村wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
バカ丸出しwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
で、なんでブサオタ柏崎だけ意図的にスルーしてんだ?wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww

124 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 11:08:26.47 ID:pbFeuAYS0
田村はまた自爆か
懲りないやつだ

125 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 20:47:06.89 ID:2S1JXo3T0
すでに大妄語の身なり一身に備えたる六根の諸法あに実なるべきや、大冰の上に造れる諸舎は春をむかへては破れざるべしや水
中の満月は実に体ありや、爾前の成仏往生等は水中の星月の如し爾前の成仏往生等は体に随ふ影の如し、本門寿量品をもつて見れば寿量品
の智慧をはなれては諸経は跨節・当分の得道共に有名無実なり、天台大師此の法門を道場にして独り覚知し玄義十巻・文句十巻・止観十巻等かきつけ給うに諸経に
二乗作仏・久遠実成絶えてなき由を書きをき給ふ、是は南北の十師が教相に迷つて三時・四時・五時・四宗・五宗・六宗・一音・半満・三教四教等を立てて教の浅深勝劣に迷いし此等の非義
を破らんが為にまず眼前たる二乗作仏・久遠実成をもつて諸経の勝劣を定め給いしなり、然りと云つて余界の得道をゆるすにはあらず、其の後華厳宗の五教・法相宗の三時・真言宗の顕密・五蔵・十住心・義釈の四句等は南三北七の十師の義よりも尚〓れる教相なり。
此等は他師の事なれば・さてをきぬ又自宗の学者が天台・妙楽・伝教大師の御釈に迷うて爾前の経経には二乗作仏・久遠実成計りこそ無けれども余界の得道は有りなんど申す人人・一人二人ならず日本国に弘まれ

126 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 20:48:07.50 ID:2S1JXo3T0
り、他宗の人人・是に便を得て弥天台宗を失ふ此等の学者は譬えば野馬の蜘蛛の網にかかり渇る鹿の陽炎をおふよりもはかなし・例せば頼朝の右大将家は泰衡を討たんが為に泰衡を誑して義経を討たせ、太政入道清盛は源氏
を喪して世をとらんが為に我が伯父平馬介忠正を切る義朝はたぼらかされて慈父為義を切るが如し、此等は墓なき人人のためしなり、天台大師法華経より外の経経には二乗作仏・久遠実
成は絶えてなしなんど釈し給へば菩薩の作仏・凡夫の往生はあるなんめりとうち思いて我等は二乗にも・あらざれば爾前の経経にても得道なるべし此の念い心中にさしはさめり、其の中にも観経の九品往生はねがひやすき事なれば法華経をば
なげすて念仏申して浄土に生れて観音・勢至・阿弥陀仏に値いたてまつて成仏を遂ぐべし云云、当世の天台宗の人人を始として諸宗の学者皆此くの如し実義をもつて申さば一切衆生の成仏のみならず六道を出で十方の浄土
に往生する事はかならず法華経の力なり、例せば日本国の人・唐土の内裏に入らん事は必ず日本の国王の勅定によるべきが如し・穢土を離れて浄土に入る事は必ず法華経の力なるべし、例せば民の女・乃至関白大臣の女に至るま

127 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 20:48:50.63 ID:2S1JXo3T0

大王の種を下せば其の産る子・王となりぬ、大王の女なれども臣下の種を懐姙せば其の子王とならざるが如し、十方の浄土に生るる者は三乗・人天・畜生等までも皆王の種姓と成つて生るべし皆仏
となるべきが故なり、阿含経は民の女の民を夫とし華厳・方等・般若等は臣の女の臣を夫とせるが如し、又華厳経・方等・般若・大日経等の円教の菩薩等は大王の女の臣下を夫とせるが如し、皆浄土に生るべき法
にはあらず、又華厳・阿含・方等・般若等の経経の間に六道を出づる人あり是は彼彼の経経の力には非ず過去に法華経の種を殖えたりし人・現在に法華経を待たずして機すすむ故に爾前の経経を縁として過去の法華経の種を発得
して成仏往生をとぐるなり、例せば縁覚の無仏世にして飛花落葉を観じて独覚の菩提を証し孝養父母の者の梵天に生るるが如し・飛花落葉・孝養父母等は独覚と梵天との修因にはあらねどもかれを縁として過去の修因を引きおこし
彼の天に生じ独覚の菩提を証す、而るに尚過去に小乗の三賢・四善根にも入らず有漏の禅定をも修せざる者は月を観じ花を詠じ孝養父母の善を修すれども独覚ともならず色天にも生ぜず、過去に法華経の種を殖ざる人
は華厳経の席に侍

128 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 22:44:22.43 ID:2S1JXo3T0
りしかども初地・初住にものぼらず、鹿苑説教の砌にても見思をも断ぜず観経等にても九品の往生をもとげず、但大小の賢位のみに入つて聖位には・のぼらずして法華経に来つて始めて仏種を心田
に下して一生に初地・初住等に登る者もあり、又涅槃の座へさがり乃至・滅後・未来までゆく人もあり、過去に法華経の種を殖たる人人は結縁の厚薄に随つて華厳経を縁として初地初住に登る人
もあり、阿含経を縁として見思を断じて二乗と成る者もあり、観経等の九品の行業を縁として往生する者もあり、方等・般若も此れをもつて知んぬべし、此等は彼彼の経経の力にはあらず偏に法華経の力なり譬えば民の女に王の
種を下せるを人しらずして民の子と思ひ大臣等の女に王の種を下せるを人しらずして臣下の子と思へども大王より是を尋ぬれば皆王種となるべし、爾前にして界外へ至る人を法華経より之を尋ぬれば皆法華経の得道なるべし、又過
去に法華経の種を殖えたる人の根鈍にして爾前の経経に発得せざる人人は法華経にいたりて得道なる、是は爾前の経経をば・めのととしてきさき腹の太子・王子と云うが如くなるべし、又仏の滅後にも正法一千年が間は在世の如くこそ
なけれども過去に法華経

129 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 22:45:29.01 ID:2S1JXo3T0
の種を殖えて法華・涅槃経にて覚りをとぐる者もありぬ現在・在世にて種を下せる人人も是多し。
又滅後なれども現に法華経ましませば外道の法より小乗経にうつり小乗経より権大乗にうつり権大乗より法華経にうつる人人・数をしらず、竜樹菩薩・無著菩薩・世親論師等是なり、像法一千年には正法のほどこそ無けれども又過去・
現在に法華経の種を殖えたる人人も少少之有り、而るを漸漸に仏法澆薄になる程に宗宗も偏執・石の如くかたく我慢・山の如く高し、像法の末に成りぬれば仏法によつて諍論・興盛して仏法の合戦ひまなし、世間の罪よりも仏法の失に依つて無間地獄に堕つる者・数をしらず。
今は又末法に入つて二百余歳・過去現在に法華経の種を殖えたりし人人も・やうやくつきはてぬ、又種をうへたる人人は少少あるらめども世間の大悪人・出生の謗法の者数をしらず国に充満せり、譬えば大火の中の小水・大水
の中の小火・大海の中の水・大地の中の金なんどの如く悪業とのみなりぬ、又過去の善業もなきが如く現在の善業もしるしなし、或は弥陀の名号をもつて人を狂はし法華経をすてしむれば背上向下のとがあり、或は禅宗を立てて教
外と称し仏教をば真の法にあらずと蔑如して

130 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 22:46:21.15 ID:2S1JXo3T0
増上慢を起し、或は法相・三論・華厳宗を立てて法華経を下し、或は真言宗大日宗と称して法華経は釈迦如来の顕教にして真言宗に及ばず等云云、而るに自然に法門に迷う者もあり或は師師
に依つて迷う者もあり、或は元祖・論師・人師の迷法を年久しく真実の法ぞと伝へ来る者もあり、或は悪鬼・天魔の身に入りかはりて悪法を弘めて正法ぞと思ふ者もあり、或ははづかの小乗一途の小法をしりて大法を行ずる人はし
からずと我慢して我が小法を行ぜんが為に大法秘法の山寺をおさへとる者もあり、或は慈悲魔と申す魔・身に入つて三衣一鉢を身に帯し小乗の一法を行ずるやからはづかの小法を持ちて国中の棟梁たる比叡山・竜象の如くなる智者ども
を一分我が教にたがへるを見て邪見の者・悪人なんどうち思へり、此の悪見をもつて国主をたぼらかし誑惑して正法の御帰依をうすうなしかへつて破国破仏の因縁となせるなり、彼の〓己・妲己・褒〓と申せし后は心もおだやかに・みめかた
ちも人にすぐれたりき、愚王これを愛して国をほろぼす因縁となす、当世の禅師・律師・念仏者なんど申す聖一・道隆・良観・道阿弥・念阿弥なんど申す法師どもは鳩鴿が糞土を食するが如し西施が呉王をたぼらかしし

131 :名無しさん@入浴中:2014/08/29(金) 23:42:16.26 ID:2S1JXo3T0
に似たり、或は我が小乗の臭糞・驢乳の戒を持て。/文永十一年 五十三歳御作 法華止観同異決日蓮 撰当世天台の教法を習学するの輩多く観心修行を貴んで法華本迹二門を捨つと見えた
り、今問う抑観心修行と言うは天台大師の摩訶止観の説己心中所行法門の一心三観・一念三千の観に依るか、将又・世流布の達磨の禅観に依るか、若し達磨の禅観に依るといわば教禅は未顕真実妄語方
便の禅観なり法華経妙禅の時には正直捨方便と捨てらるる禅なり、祖師達磨禅は教外別伝の天魔禅なり、共に是れ無得道妄語の禅なり仍て之を用ゆ可からず、若し天台の止観一心三観に依るとならば止観一部の廃立・天台の本意に背く可
からざるなり、若し止観修行の観心に依るとならば法華経に背く可からず止観一部は法華経に依つて建立す一心三観の修行は妙法の不可得なるを感得せんが為なり、故に知んぬ法華経を捨てて但だ観を正とするの輩は大謗法・大邪見・天
魔の所為なることを、其の故は天台の一心三観とは法華経に依つて三昧開発するを己心証得の止観とは云う故なり。
問う天台大師・止観一部並びに一念三千・一心三観・己心証得の妙観は併しながら法華経に依ると云う証拠如何、答う予反詰して云

132 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 06:30:15.89 ID:aivaTamG0
く法華経に依らずと見えたる証文如何、人之を出して云く「此の止観は天台智者・己心中所行の法門を説く或は又故に止観に至つて正く観法を明かす並に三千を以て指南と為す乃ち是
れ終窮究竟の極説なり故に序の中に説己心中所行法門と云えり良に以有るなり」文、難じて云く此の文は全く法華経に依らずと云う文に非ず既に説己心中所行の法門と云うが故なり天台の所
行の法門は法華経なるが故に此の意は法華経に依ると見えたる証文なり但し他宗に対するの時は問答大綱を存す可きなり、所謂云う可し若し天台の止観・法華経に依らず
といわば速かに捨つ可きなりと、其の故は天台大師兼ねて約束して云く「修多羅と合せば録して之を用いよ文無く義無きは信受す可からず」云云、伝教大師の云く「仏説に依憑して口伝を信ず
ること莫れ」文、竜樹の大論に云く「修多羅に依るは白論なり修多羅に依らざるは黒論なり」文、教主釈尊云く「依法不依人」文、天台は法華経に依り竜樹を高祖にしながら経文に違し我が言を飜じて外道邪見の法
に依つて止観一部を釈する事全く有る可からざるなり、問う正しく止観は法華経に依ると見えたる文之有りや、答う余りに多きが故に少少之を出さん止観に云

133 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 06:31:08.22 ID:aivaTamG0
く「漸と不定とは置いて論ぜず今経に依つて更に円頓を明かさん」文、弘決に
云く「法華経の旨を攅て不思議・十乗・十境・待絶滅絶・寂照の行を成ず」文、止観大意に云く「今家の教門は竜樹を以て始祖と為す慧文は但内観を列ねて視聴するのみ南岳天台に及んで復法華三昧陀羅尼を発するに因つて義門を
開拓して観法周備す、○若し法華を釈するには弥弥須く権実本迹を暁了すべし方に行を立つ可し此の経独り妙と称することを得・方に此に依つて以て観意を立つ可し、五方便及び十乗軌行と言うは即ち円頓止観全く法華に依る円頓止
観は即ち法華三昧の異名なるのみ」文、文句の記に云く「観と経と合すれば他の宝を数うるに非ず方に知んぬ止観一部は是れ法華三昧の筌〓なり若し斯の意を得れば方に経旨に会う」云云、唐土の人師行満の釈せる学天
台宗法門大意に云く「摩訶止観一部の大意は法華三昧の異名を出でず経に依つて観を修す」文、此等の文証分明なり、誰か之を論ぜん、問う天台四種の釈を作るの時・観心の釈に至つて本迹の釈を捨つと見えたり、又法華経は漸機
の為に之を説き・止観は直達の機の為に之を説くと如何、答う漸機の為に説けば劣り頓機の為に説けば勝るとならば今の

134 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 06:32:10.04 ID:aivaTamG0
天台宗の意は華厳・真言等の経は法華経に勝れたりと云う可きや、今の天台宗の浅〓さは真言は事理倶密の教なる
故に法華経に勝れたりと謂えり、故に止観は法華に勝ると云えるも道理なり道理なり。次に観心の釈の時本迹を捨つと云う難は法華経何れの文・人師の釈を本と為して仏教を捨てよと見えたるや設
い天台の釈なりとも釈尊の金言に背き法華経に背かば全く之を用ゆ可からざるなり、依法不依人の故に竜樹・天台・伝教元よりの御約束なるが故なり、其上天台の釈の意は迹の大教起れば爾前の大教亡じ本の大教興れ
ば迹の大教亡じ観心の大教興れば本の大教亡ずと釈するは本体の本法をば妙法不思議の一法に取り定めての上に修行を立つるの時、今像法の修行は観心修行を詮と為るに迹を尋ぬれば迹広し本を尋ぬれば本高うして極
む可からず、故に末学機に叶い難し但己心の妙法を観ぜよと云う釈なり、然りと雖も妙法を捨てよとは釈せざるなり若し妙法を捨てば何物を己心と為して観ず可きや、如意宝珠を捨て瓦石を取つて宝と為す可きか、悲しいかな当
世天台宗の学者は念仏・真言・禅宗・等に同意するが故に天台の教釈を習い失つて法華経に背き大謗法の罪を得るなり、若し止観を法華経

135 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 09:18:43.25 ID:2jLMX7+c0
匿名掲示板でしかものが言えない田村は逃亡か。
社会のゴミは早く死ねよ。

136 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 12:02:01.57 ID:aivaTamG0
に勝ると云わば種種の過之有り止観は天台の道場所得の己証なり、法華経は釈尊の道場所得の大法なり是一釈尊は妙覚果満の仏なり天台は住前未証なれば名字・観行・相似には過ぐ可からず四十二重の劣なり
是二法華は釈尊乃至諸仏出世の本懐なり止観は天台出世の己証なり是三法華経は多宝の証明あり来集の分身は広長舌を大梵天に付く皆是真実の大白法なり是四止観は天台の説法なり是くの如き等の種種の相違之有れども
仍お之を略するなり、又一つの問答に云く所被の機・上機なる故に勝ると云わば実を捨てて権を取れ天台云く「教弥弥権なれば位弥弥高し」と釈し給う故なり所被の機下劣なる故に劣ると云わば権を捨てて実を取れ、天台の釈には教弥弥
実なれば位弥弥下しと云う故なり、然而して止観は上機の為に之を説き法華は下機の為に之を説くと云わば止観は法華に劣れる故に機を高く説くと聞えたり実にさもや有るらん、天台大師は霊山の聴衆として如来出世の本懐を宣べたもう
と雖も時至らざるが故に妙法の名字を替えて止観と号す迹化の衆なるが故に本化の付属を弘め給わず正直の妙法を止観と説きまぎらかす故に有のままの妙法ならざれば帯権の法に似たり、故に知んぬ天台弘通の所化の

137 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 12:23:38.68 ID:aivaTamG0
機は在世帯権の円機の如し、本化弘通の所化の機は法華本門の直機なり、止観・法華は全く体同と云わん尚人師の釈を以て仏説に同ずる失甚
重なり、何に況や止観は法華経に勝ると云う邪義を申し出すは但是れ本化の弘経と迹化の弘通と・像法と末法と迹門の付属と本門の付属とを末法の行者に云い顕わさせん為の仏天の
御計いなり、爰に知んぬ当世天台宗の中に此の義を云う人は祖師天台の為には不知恩の人なり豈其の過を免れんや、夫れ天台大師は昔霊山に在ては薬王と名け・今漢土に在ては天台と名け・日本国の中にては伝教と名く三世の弘通倶に妙法と名く、是く
の如く法華経を弘通し給う人は在世の釈尊より外は三国に其の名を聞かず有り難く御坐します大師を其の末学其の教釈を悪く習うて失無き天台に失を懸けたてまつる豈大罪に非ずや。
今問う天台の本意は何法ぞや碩学等の云く「一心三観是なり」今云く一実円満の一心三観とは誠に甚深なるに似たれども尚以て行者修行の方法なり三観とは因の義なるが故なり慈覚大師の釈に云く
「三観とは法体を得せしめんが為の修観なり」云云、伝教大師云く「今止観修行とは法華の妙果を成ぜんが為なり」云云、故に知んぬ一心三観とは果地・果

138 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 12:25:04.90 ID:aivaTamG0
徳の法門を成ぜんが為の能観の心なることを何に況や三観とは言
説に出でたる法なる故に如来の果地・果徳の妙法に対すれば可思議の三観なり。
問う一心三観に勝れたる法とは何なる法ぞや、答う此の事誠に一大事の法門なり唯仏与仏の境界なるが故に我等が言説に出す可からざるが故に是を申す可らざるなり、是を以て経文には「我が法は妙にして思い難し言を以て
宣ぶ可からず」云云妙覚果満の仏すら尚不可説・不思議の法と説き給う何に況や等覚の菩薩已下乃至凡夫をや、問う名字を聞かずんば何を以て勝法有りと知ることを得んや、答う天台己証の法とは是なり、当世の学者は血
脈相承を習い失う故に之を知らざるなり故に相構え相構えて秘す可く秘す可き法門なり、然りと雖も汝が志神妙なれば其の名を出すなり一言の法是なり伝教大師の一心三観一言に伝うと書き給う是なり、問う未
だ其の法体を聞かず如何、答う所詮一言とは妙法是なり、問う何を以て妙法は一心三観に勝れたりと云う事を知ることを得るや、答う妙法は所詮の功徳なり三観は行者の観門なる故なり此の妙法を仏説いて言く「道場所得法・我法妙難
思・是法非思量・不可以言宣」云云、天台の云く「妙は不可思議・言

139 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 12:40:00.65 ID:aivaTamG0
て曰く大通結縁の者を退大取小の謗法・名字即の者と申すは私の義にあらず天台大師の文句第三の巻に云く「法を聞いて未だ度せず而して世世に相い値うて今に声聞地に住する者有り即ち彼の時の
結縁の衆なり」と釈し給いて侍るを、妙楽大師の疏記第三に重ねて此の釈の心を述べ給いて云く「但全く未だ品に入らず、倶に結縁と名づくるが故に」文・文の心は大通結縁の者は名字即の者となり、又天台大師の玄
義の第六に大通結縁の者を釈して云く「若しは信若しは謗因つて倒れ因つて起く喜根を謗ずと雖も後要らず度を得るが如し」文・文の心は大通結縁の者の三千塵点を経るは謗法の者なり例せば勝意比丘が喜根菩薩を謗
ぜしが如しと釈す五十展転の人は五品の初めの初随喜の位と申す釈もあり、又初随喜の位の先の名字即と申す釈もあり疏記第十に云く「初めに法会にして聞く是れ初品なるべし第五十人は必ず随喜の位の初めに在る人なり」
文・文の心は初会聞法の人は必ず初随喜の位の内・第五十人は初随喜の位の先の名字即と申す釈なり。
其の上五種法師にも受持・読・誦・書写の四人は自行の人大経の九人の先の四人は解無き者なり解説は化他後の五人は解有る人と証し給へり、疏

140 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 12:59:16.45 ID:aivaTamG0
記第十に五種法師を釈するには「或は全く未だ品に入らず」又云く「一向
未だ凡位に入らず」文・文の心は五種法師は観行五品と釈すれども又五品已前の名字即の位とも釈するなり、此等の釈の如くんば義理を知らざる名字即の凡夫が随喜等の功徳も経文の一偈・一句・一念随喜の者・五十展転
等の内に入るかと覚え候、何に況や此の経を信ぜざる謗法の者の罪業は譬喩品に委くとかれたり持経者を謗ずる罪は法師品にとかれたり、此の経を信ずる者の功徳は分別功徳品・随喜功徳品に説けり謗法と申すは違
背の義なり随喜と申すは随順の義なりさせる義理を知らざれども一念も貴き由申すは違背随順の中には何れにか取られ候べき、又末代無智の者のわづかの供養随喜の功徳は経文には載せられざるか如何、其の上天台妙楽の釈の心は他の人師ありて
法華経の乃至童子戯・一偈・一句・五十展転の者を爾前の諸経のごとく上聖の行儀と釈せられたるをば謗法の者と定め給へり、然るに我が釈を作る時機を高く取りて末代造悪の凡夫を迷はし給わんは自語相違にあらずや故に妙楽大師五十展転の人を
釈して云く「恐らくは人謬りて解せる者初心の功徳の大なる事を測らず而して功を上位に推り此の初心を蔑

141 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 13:06:10.32 ID:aivaTamG0
る故に今彼の行浅く功深き事を示して以て経力を顕わす」文・文の心は謬つて法華経を説かん人の此の経は利智精進・上根上智の人のためといはん事を仏をそれて下根下智末代の無智の者のわづかに浅き
随喜の功徳を四十余年の諸経の大人上聖の功徳に勝れたる事を顕わさんとして五十展転の随喜は説かれたり、故に天台の釈には外道小乗権大乗までたくらべ来て法華経の最下の功徳が勝れたる由を釈せり、所以に阿竭
多仙人は十二年が間恒河の水を耳に留め耆兎仙人は一日の中に大海の水をすいほす此くの如き得通の仙人は小乗・阿含経の三賢の浅位の一通もなき凡夫には百千万倍劣れり、三明六通を得たりし小乗の舎利弗・目
連等は華厳・方等・般若等の諸大乗経の未断三惑の一通もなき一偈・一句の凡夫には百千万倍劣れり華厳・方等・般若経を習い極めたる等覚の大菩薩は法華経を僅かに結縁をなせる未断三惑・無悪不造の末代の凡夫には百
千万倍劣れる由釈の文顕然也、而るを当世の念仏宗等の人我が身の権教の機にて実経を信ぜざる者は方等般若の時の二乗のごとく自身をはぢしめてあるべき処に敢えて其の義なし、あまつさへ世間の道俗の中に僅かに観
音品・自我偈なんどを読み適父母孝養

142 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 13:56:32.22 ID:aivaTamG0
なんどのために一日経等を書く事あればいゐさまたげて云く善導和尚は念仏に法華経をまじうるを雑行と申し百の時は希に一二を得千の時は希に三五を得ん乃至千中無一と仰せられたり、何に況や智
慧第一の法然上人は法華経等を行ずる者をば祖父の履或は群賊等にたとへられたりなんどいゐうとめ侍るは是くの如く申す師も弟子も阿鼻の焔をや招かんずらんと申す。
問うて云く何なるすがた並に語を以てか法華経を世間にいゐうとむる者には侍るや・よにおそろしくこそおぼえ候へ、答えて云く始めに智者の申され候と御物語候いつるこそ法華経をいゐうとむる悪知識の語に
て侍れ、末代に法華経を失うべき者は心には一代聖教を知りたりと思いて而も心には権実二経を弁へず身には三衣一鉢を帯し或は阿練若に身をかくし或は世間の人にいみじき智者と思はれて而も法華経
をよくよく知る由を人に知られなんとして世間の道俗には三明六通の阿羅漢の如く貴ばれて法華経を失うべしと見えて候。
問うて云く其の証拠如何、答えて云く法華経勧持品に云く「諸の無智の人悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん我等皆当に忍ぶべし」文妙楽大師此の文の心を釈して云く「初めの一行は通じて邪人

143 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 13:57:11.49 ID:aivaTamG0
を明す、即ち俗衆なり」文文の心は此の一行は在家の俗男俗女が権教の比丘等にかたらはれて敵をすべしとなり、経に云く「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為得たりと謂い我慢の心充満せ
ん」文・妙楽大師此の文の心を釈して云く「次の一行は道門増上慢の者を明す」文・文の心は悪世末法の権教の諸の比丘我れ法を得たりと慢じて法華経を行ずるものの敵となるべしといふ事なり、経に云く「或は阿
練若に納衣にして空閑に在つて自ら真の道を行ずと謂いて人間を軽賤する者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説き世に恭敬せらるる事六通の羅漢の如くならん是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿
練若に仮りて好んで我等が過を出さん而も是くの如き言を作さん此の諸の比丘等は利養を貪るを為つての故に外道の論義を説き自ら此の経典を作りて世間の人を誑惑す名聞を求むるを為つての故に分別し
て是の経を説くと、常に大衆の中に在りて我等を毀らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん」已
上妙楽大師此の文を釈して云く「三に七行は僣聖増上慢の者を明す」文経並

144 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 14:48:17.81 ID:iL4M9Cnu0
↑ あらし ↑ すべてーー勘違いーー↑ あらし ↑

*** ここは、嬢の情報の場!!! ***

145 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 17:45:50.14 ID:aivaTamG0
に釈の心は悪世の中に多くの比丘有つて身には三衣一鉢を帯し阿練若に居して行儀は大迦葉等の三明六通の羅漢のごとく在家の諸人にあふがれて一言を吐けば如来の金言のごとくをもはれて法華経を行ずる人をいゐやぶらんがために国王大臣等に向ひ奉つて此の人は
邪見の者なり法門は邪法なりなんどいゐうとむるなり。上の三人の中に第一の俗衆の毀よりも第二の邪智の比丘の毀は猶しのびがたし又第二の比丘よりも第三の大衣の阿練若の僧は甚し、此の三人は当世の権教を手本とする文字の法師並に諸経論の言語道断
の文を信ずる暗禅の法師並に彼等を信ずる在俗等四十余年の諸経と法華経との権実の文義を弁へざる故に、華厳・方等・般若等の心仏衆生・即心是仏・即往十方西方等の文と法華経の諸法実相・即往十方西方の文と語の同じきを以て義理のかはれるを知らず
或は諸経の言語道断・心行所滅の文を見て一代聖教には如来の実事をば宣べられざりけりなんどの邪念をおこす、故に悪鬼・此の三人に入つて末代の諸人を損じ国土をも破るなり故に経文に云く「濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有らん悪鬼其の身に入つて我を罵詈し
毀辱せん乃至仏の方便随宜所説の法を知らず」文・文の心は濁悪世

146 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 17:47:24.04 ID:aivaTamG0
の時比丘我が信ずる所の教は仏の方便随宜の法門ともしらずして権実を弁へたる人出来すれば詈り破しなんどすべし、是偏に悪鬼の身に入りたるをしらずと云うなり、され
ば末代の愚人の恐るべき事は刀杖・虎狼・十悪・五逆等よりも三衣・一鉢を帯せる暗禅の比丘と並に権経の比丘を貴しと見て実経の人をにくまん俗侶等なり。故に涅槃経二十二に云く「悪象等に於ては心に恐怖する事無かれ悪知識に於ては怖
畏の心を生ぜよ何を以ての故に是悪象等は唯能く身を壊りて心を破ること能わず悪知識は二倶に壊るが故に乃至悪象の為に殺されては三趣に至らず悪友の為に殺されては必ず三趣に至らん」文 此文の心を章安大師宣べて云く「
諸の悪象等は但是れ悪縁にして人に悪心を生ぜしむる事能わず悪知識は甘談詐媚巧言令色もて人を牽いて悪を作さしむ悪を作すを以ての故に人の善心を破る之を名づけて殺と為す即ち地獄に堕す」文、文の心は悪知識と申すは甘くかたらひ
詐り媚び言を巧にして愚癡の人の心を取つて善心を破るといふ事なり、総じて涅槃経の心は十悪・五逆の者よりも謗法闡提のものをおそるべしと誡めたり闡提の人と申すは法華経・涅槃経を云いうとむる者と見えたり、当世の念仏者等・

147 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 20:35:17.88 ID:aivaTamG0
法華経を知り極めたる由をいふに因縁・譬喩をもて釈しよくよく知る由を人にしられて然して後には此の経のいみじき故に末代の機のおろかなる者及ばざる由をのべ強き弓重き鎧かひなき人の用にたたざる
由を申せば無智の道俗さもと思いて実には叶うまじき権教に心を移して僅かに法華経に結縁しぬるをも飜えし又人の法華経を行ずるをも随喜せざる故に師弟倶に謗法の者となる。
之れに依つて謗法の衆生国中に充満して適仏事をいとなみ法華経を供養し追善を修するにも念仏等を行ずる謗法の邪師の僧来て法華経は末代の機に叶い難き由を示す、故に施主も其の説を実と信じてある間
訪るる過去の父母夫婦兄弟等は弥地獄の苦を増し孝子は不孝謗法の者となり聴聞の諸人は邪法を随喜し悪魔の眷属となる、日本国中の諸人は仏法を行ずるに似て仏法を行ぜず適・仏法を知る智者は国の人
に捨てられ守護の善神は法味をなめざる故に威光を失ひ利生を止此の国をすて他方に去り給い、悪鬼は便りを得て国中に入り替り大地を動かし悪風を興し一天を悩し五穀を損ず故に飢渇出来し人の五根には鬼神
入つて精気を奪ふ是を疫病と名く一切の諸人善心無く多分は悪道に堕つることひとへに悪知識の教を信ずる

148 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 20:35:51.55 ID:aivaTamG0
故なり、仁王経に云く「諸の悪比丘多く名利を求め国王太子王子の前に於て自ら破仏法の因縁破国の
因縁を説かん其の王別えずして此の語を信聴し横に法制を作りて仏戒に依らず是れを破仏破国の因縁と為す」文、文の心は末法の諸の悪比丘国王大臣の御前にして国を安穏ならしむる様にして終に国を損じ仏法を弘む
る様にして還つて仏法を失うべし、国王大臣此の由を深く知し食さずして此の言を信受する故に国を破り仏教を失うと云う文なり、此の時日月度を失ひ時節もたがひて夏はさむく冬はあたたかに秋は悪風吹き赤き日
月出で望朔にあらずして日月蝕し或は二つ三つ等の日出来せん大火大風彗星等をこり飢饉疫病等あらんと見えたり、国を損じ人を悪道にをとす者は悪知識に過ぎたる事なきか。
問うて云く始めに智者の御物語とて申しつるは所詮後世の事の疑わしき故に善悪を申して承らんためなり、彼の義等は恐ろしき事にあるにこそ侍るなれ一文不通の我等が如くなる者はいかにしてか法華経に信をとり候べき又心ねをば何様に思い定
め侍らん、答えて云く此の身の申す事をも一定とおぼしめさるまじきにや其の故はかやうに申すも天魔波旬・悪鬼等の身に入つて人の善き法門を破りや・す

149 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 21:30:37.85 ID:aivaTamG0
らんとおぼしめされ候はん一切は賢きが智者にて侍るにや。問うて云く若しかやうに疑い候はば我身は愚者にて侍り万の智者の御語をば疑いさて信ずる方も無くして空く一期過し侍るべきにや、答えて云く仏の遺言に依法不依人と説かせ給いて候へば経の如くに
説かざるをば何にいみじき人なりとも御信用あるべからず候か、又依了義経不依不了義経と説かれて候へば愚癡の身にして一代聖教の前後浅深を弁えざらん程は了義経に付かせ給い候へ、了義経不了義経も多く候阿含小乗経は不了義経・華厳・方等
・般若・浄土の観経等は了義経、又四十余年の諸経を法華経に対すれば不了義経・法華経は了義経、涅槃経を法華経に対すれば法華経は了義経・涅槃経は不了義経、大日経を法華経に対すれば大日経は不了義経・法華経は了義経なり、故に四十
余年の諸経並に涅槃経を打ち捨てさせ給いて法華経を師匠と御憑み候へ法華経をば国王・父母・日月・大海・須弥山・天地の如くおぼしめせ、諸経をば関白・大臣・公卿・乃至万民・衆星・江河・諸山・草木等の如くおぼしめすべし、我等が身は末代造悪
の愚者・鈍者・非法器の者、国王は臣下よりも人をたすくる人父母は他人よりも子をあはれむ者日月は衆

150 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 21:31:29.96 ID:aivaTamG0
星より暗を照らす者法華経は機に叶わずんば況や余経は助け難しとおぼしめせ、又釈迦如来と阿弥陀如来・薬師如来・多宝仏・観音・勢至・普賢・文
殊等の一切の諸仏・菩薩は我等が慈悲の父母此の仏菩薩の衆生を教化する慈悲の極理は唯法華経にのみとどまれりとおぼしめせ、諸経は悪人・愚者・鈍者・女人・根欠等の者を救ふ秘術をば未だ説き顕わさずとおぼしめせ法華経の一切経に勝れ候故は但
此の事に侍り、而るを当世の学者・法華経をば一切経に勝れたりと讃めて、而も末代の機に叶わずと申すを皆信ずる事豈謗法の人に侍らずや、只一口におぼしめし切らせ給い候へ所詮法華経の文字を破りさきなんどせんには法華経の心やぶるべ
からず、又世間の悪業に対して云いうとむるとも人人用ゆべからず只相似たる権経の義理を以て云いうとむるにこそ人はたぼらかさるれとおぼしめすべし。
問うて云く或智者の申され候しは四十余年の諸経と八箇年の法華経とは成仏の方こそ爾前は難行道・法華経は易行道にて候へ、往生の方にては同事にして易行道に侍り法華経を書き読みても十方の浄土・阿弥陀仏の国へも生るべし観経等の諸
経に付いて弥陀の名号を唱えん人も往生を遂ぐべし只機縁の有無

151 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 21:33:05.56 ID:aivaTamG0
に随つて何をも諍ふべからず、但し弥陀の名号は人ごとに行じ易しと
思いて日本国中に行じつけたる事なれば法華経等の余行よりも易きにこそと申されしは如何、答えて云く仰せの法門はさも侍るらん又世間の人も多くは道理と思いたりげに侍り但し身には此の義に不審あり、其の故は前に申せしが如く末代の凡夫は智
者と云うともたのみなし世こぞりて上代の智者には及ぶべからざるが故に愚者と申すともいやしむべからず経論の証文顕然ならんには抑無量義経は法華経を説くが為の序分なり、然るに始め寂滅道場より今の常在霊山の無量義経に至るまで其
の年月日数を委く計へ挙げれば四十余年なり、其の間の所説の経を挙るに華厳・阿含・方等・般若なり所談の法門は三乗・五乗・所習の法門なり修行の時節を定むるには宣説菩薩歴劫修行と云ひ随自意随他意を分つには是を随他意と宣
べ四十余年の諸経と八箇年の所説との語同じく義替れる事を定めるには文辞一と雖ど義各異るととけり成仏の方は別にして往生の方は一つなるべしともおぼえず華厳・方等・般若・究竟最上の大乗経・頓悟・漸悟の法門・皆未顕真実と
説かれたり此の大部の諸経すら未顕真実なり何に況や浄土の三部経等の往生極楽

152 :名無しさん@入浴中:2014/08/30(土) 23:13:51.81 ID:aivaTamG0
ばかり未顕真実の内にもれんや其の上・経経ばかりを出すのみにあらず既に年月日数を出すをや、然れば華厳・方等・般若等の随他意の観経の往生極楽に同じて易行道と定めて而も易行の中に取つても猶観経の念仏往生は易行なりと之
を立てられば権実雑乱の失・大謗法たる上一滴の水
漸漸に流れて大海となり一塵積つて須弥山となるが如く漸く権経の人も実経にすすまず実経の人も権経におち権経の人次第に国中に充満せば法華経随喜の心も留り国中に王なきが如く人の神を失え
るが如く法華・真言の諸の山寺荒れて諸天善神・竜神等・一切の聖人国を捨てて去らば悪鬼便りを得て乱れ入り悪風吹いて五穀も成らしめず疫病流行して人民をや亡さんずらん、此の七八年が前までは諸行は永く往生すべからず善導和尚の千中無
一と定めさせ給いたる上選択には諸行を抛てよ行ずる者は群賊と見えたりなんど放語を申し立てしが、又此の四五年の後は選択集の如く人を勧めん者は謗法の罪によつて師檀共に無間地獄に堕つべしと経に見えたりと申す法
門出来したりげに有りしを、始めは念仏
者こぞりて不思議の思いをなす上念仏を申す者無間地獄に堕つべしと申す悪人外道ありなんどののしり候しが念

153 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 08:44:19.74 ID:gaq4KVHi0
仏者・無間地獄に堕つべしと申す語に智慧つきて各選択集を委く披見する程にげにも謗法の書とや見なしけん千中無一の悪義を留めて諸行往生の由を念仏者毎に之を立つ、然りと雖も唯口にのみゆるして心
の中は猶本の千中無一の思いなり在家の愚人は内心の謗法なるをばしらずして諸行往生の口にばかされて念仏者は法華経をば謗ぜざりけるを法華経を謗ずる由を聖道門の人の申されしは僻事なりと思へるにや、一
向諸行は千中無一と申す人よりも謗法の心はまさりて候なり失なき由を人に知らせて而も念仏計りを亦弘めんとたばかるなり偏に天魔の計りごとなり。
問うて云く天台宗の中の人の立つる事あり天台大師爾前と法華と相対して爾前を嫌うに二義あり、一には約部四十余年の部と法華経の部と相対して爾前は〓なり法華は妙なりと之を立つ二には約教・教に〓妙を立て華厳
・方等・般若等の円頓速疾の法門をば妙と歎じ華厳・方等・般若等の三乗歴別の修行の法門をば前三教と名づけて〓なりと嫌へり円頓速疾の方をば嫌わず法華経に同じて一味の法門とせりと申すは如何、答えて云く此の
事は不審にもする事侍るらん然る可しとをぼゆ天台妙楽より已来今に論有る事に侍り天台の三大部六十

154 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 08:45:19.37 ID:gaq4KVHi0
巻総じて五大部の章疏の中にも約教の時は爾前の円を嫌う文無し、只約部の時ばかり爾前の円を押
ふさねて嫌へり、日本に二義あり園城寺には智証大師の釈より起つて爾前の円を嫌ふと云い山門には嫌はずと云う互に文釈あり倶に料簡あり然れども今に事ゆかず、但し予が流の義には不審晴れておぼえ候、其の故
は天台大師四教を立て給うに四の筋目あり、一には爾前の経に四教を立つ二には法華経と爾前と相対して爾前の円を法華の円に同じて前三教を嫌う事あり、三には爾前の円をば別教に摂して前三教と嫌ひ法華の円
をば純円と立つ四には爾前の円をば法華に同ずれども但法華経の二妙の中の相待妙に同じて絶待妙には同ぜず、此の四の道理を相対して六十巻をかんがうれば狐疑の冰解けたり一一の証文は且つは秘し且つは繁き故
に之を載せず、又法華経の本門にしては爾前の円と迹門の円とを嫌う事不審なき者なり、爾前の円をば別教に摂して約教の時は前三為〓後一為妙と云うなり此の時は爾前の円は無量義経の歴劫修行の内に入りぬ、又伝
教大師の註釈の中に爾前の八教を挙げて四十余年未顕真実の内に入れ或は前三教をば迂回と立て爾前の円をば直道と云い無量義経をば大直道と云う委細に

155 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 08:46:12.55 ID:gaq4KVHi0
見る可し。問うて云く法華経を信ぜん人は本尊並に行儀並に常の所行は何にてか候べき、答えて云く第一に本尊は法華経八巻一巻一品或は題目を書いて本尊と定む可しと法師品並に神力品に見えたり、又たへたらん人は釈迦如
来・多宝仏を書いても造つても法華経の左右に之を立て奉るべし、又たへたらんは十方の諸仏・普賢菩薩等をもつくりかきたてまつるべし、行儀は本尊の御前にして必ず坐立行なるべし道場を出でては行住坐臥をえらぶべから
ず、常の所行は題目を南無妙法蓮華経と唱うべし、たへたらん人は一偈・一句をも読み奉る可し助縁には南無釈迦牟尼仏・多宝仏・十方諸仏・一切の諸菩薩・二乗・天人・竜神・八部等心に随うべし愚者多き世と
なれば一念三千の観を先とせず其の志あらん人は必ず習学して之を観ずべし。問うて云く只題目計を唱うる功徳如何、答えて云く釈迦如来・法華経をとかんとおぼしめして世に出で・ましまししかども四十余年の程は法
華経の御名を秘しおぼしめして御年三十の比より七十余に至るまで法華経の方便をまうけ七十二にして始めて題目を呼び出させ給へば諸経の題目に是を比ぶべからず、其の上法華経の肝心たる方便・寿量の一念三千・久遠実
成の

156 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 09:31:50.55 ID:gaq4KVHi0
法門は妙法の二字におさまれり、天台大師・玄義十巻を造り給う第一の巻には略して妙法蓮華経の五字の意を宣べ給う、第二の巻より七の巻に至るまでは又広く妙の一字を宣べ八の巻より九の巻に至るまでは法
蓮華の三字を釈し第十の巻には経の一字を宣べ給へり、経の一字に華厳・阿含・方等・般若・涅槃経を収めたり妙法の二字は玄義の心は百界千如・心仏衆生の法門なり止観十巻の心は一念三千・百界千如・三千世
間・心仏衆生・三無差別と立て給う、一切の諸仏菩薩十界の因果・十方の草木・瓦礫等・妙法の二字にあらずと云う事なし、華厳・阿含等の四十余年の経経・小乗経の題目には大乗経の功徳を収めず又大乗経にも往
生を説く経の題目には成仏の功徳をおさめず又王にては有れども王中の王にて無き経も有り仏も又経に随つて他仏の功徳をおさめず平等意趣をもつて他仏自仏とをなじといひ或は法身平等をもて自仏・他仏同じといふ、実に
は一仏に一切仏の功徳をおさめず今法華経は四十余年の諸経を一経に収めて十方世界の三身円満の諸仏をあつめて釈迦一仏の分身の諸仏と談ずる故に一仏・一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収まれり、故に妙法蓮華
経の五字を唱うる功徳莫大なり

157 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 10:26:37.54 ID:D4/hGLkI0
このコピペ坊主を通報して規制しろ

158 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 10:54:15.02 ID:gaq4KVHi0
諸仏・諸経の題目は法華経の所開なり妙法は能開なりとしりて法華経の題目を唱うべし。問うて云く此の法門を承つて又智者に尋ね申し候えば法華経のいみじき事は左右に及ばず候但し器量ならん人は唯
我が身計りは然る可し、末代の凡夫に向つてただちに機をも知らず爾前の教を云いうとめ法華経を行ぜよと申すはとしごろの念仏なんどをば打ち捨て又法華経には未だ功も入れず有にも無にもつかぬようにてあ
らんずらん、又機も知らず法華経を説かせ給はば信ずる者は左右に及ばず若し謗ずる者あらば定めて地獄に堕ち候はんずらん、
其の上仏も四十余年の間・法華経を説き給はざる事は若但讃仏乗・衆生没在苦の故なりと在世の機すら猶然なり何に況や末代の凡夫をや、されば譬喩品には「仏舎利弗に告げて言わく無智の人の中に此
の経を説くことなかれ」云云此等の道理を申すは如何が候べき、答えて云く智者の御物語と仰せ承り候へば所詮末代の凡夫には機をかがみて説け左右なく説いて人に謗ぜさする事なかれとこそ候な
れ、彼人さやうに申され候はば御返事候べきやうは抑若但讃仏乗・乃至無智人中等の文を出し給はば又一経の内に凡有所見・我深敬汝等等と説いて不軽菩薩の杖木瓦石をも

159 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 11:18:42.88 ID:gaq4KVHi0
つて・うちはられさせ給いしをば顧みさせ給はざりしは如何と申させ給へ。問うて云く一経の内に相違の候なる事こそよに得心がたく侍ればくわしく承り候はん、答えて云く方便品等には機をかがみて此の経を説くべしと見え不軽品には謗ず
とも唯強いて之を説くべしと見え侍り一経の前後水火の如し、然るを天台大師会して云く「本已に善有るは釈迦小を以て之を将護し本未だ善有らざるは不軽大を以て之を強毒す」文・文の心は本と善根ありて今生の内に得
解すべき者の為には直に法華経を説くべし、然るに其の中に猶聞いて謗ずべき機あらば暫く権経をもてこしらえて後に法華経を説くべし、本と大の善根もなく今も法華経を信ずべからずなにとなくとも悪道に堕ちぬべき故に但押して法
華経を説いて之を謗ぜしめて逆縁ともなせと会する文なり、此の釈の如きは末代には善無き者は多く善有る者は少し故に悪道に堕ちんこと疑い無し、同くは法華経を強いて説き聞かせて毒鼓の縁と成す可きか然らば法華経を説い
て謗縁を結ぶべき時節なる事諍い無き者をや、又法華経の方便品に五千の上慢あり略開三顕一を聞いて広開三顕一の時仏の御力をもて座をたたしめ給ふ後に涅槃経並に四依の辺にして今生に

160 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 11:19:41.30 ID:gaq4KVHi0
悟を得せしめ給うと、諸法無行経に喜根菩薩・勝意比丘に向つて大乗の法門を強いて説ききかせて謗ぜさせしと、此の二の相違をば天台大師会して云く「如来は悲を以ての故に発遣し喜根は慈を以ての故に強説す」文・文の心は仏は悲の故に後のたの
しみをば閣いて当時法華経を謗じて地獄にをちて苦にあうべきを悲み給いて座をたたしめ給いき、譬えば母の子に病あると知れども当時の苦を悲んで左右なく灸を加へざるが如し、喜根菩薩は慈の故に当
時の苦をばかへりみず後の楽を思いて強いて之を説き聞かしむ、譬えば父は慈の故に子に病あるを見て当時の苦をかへりみず後を思ふ故に灸を加うるが如し、又仏在世には仏法華経を秘し給いしかば四十余年の間等覚
不退の菩薩名をしらず、其の上寿量品は法華経八箇年の内にも名を秘し給いて最後にきかしめ給いき末代の凡夫には左右なく如何がきかしむべきとおぼゆる処を妙楽大師釈して云く「仏世は当機の故に簡ぶ末代は結縁の故に
聞かしむ」と釈し給へり文の心は仏在世には仏一期の間多くの人不退の位にのぼりぬべき故に法華経の名義を出して謗ぜしめず機をこしらへて之を説く仏滅後には当機の衆は少く結縁の衆多きが故に多分に就いて左右なく法

161 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 11:20:57.13 ID:gaq4KVHi0
華経を説くべしと云う釈なり是体の多くの品あり又末代の師は多くは機を知らず機を知らざらんには強いて但実教を説くべきかされば天台大師の釈に云く「等しく是れ見ざれば但大を説くに咎無し」文・文の心は機をも知らざれば大を説くに失な
しと云う文なり又時の機を見て説法する方もあり皆国中の諸人・権経を信じて実経を謗し強に用いざれば弾呵の心をもて説くべきか時に依つて用否あるべし。
問うて云く唐土の人師の中に一分一向に権大乗に留つて実経に入らざる者はいかなる故か候、答えて云く仏世に出でましまして先ず四十余年の権大乗・小乗の経を説き後には法華経を説いて言わく「若以小乗化・乃至於一人・我則
堕慳貪・此事為不可」文文の心は仏但爾前の経許りを説いて法華経を説き給はずば仏慳貪の失ありと説かれたり、後に属累品にいたりて仏右の御手をのべて三たび諌めをなして三千大千世界の外・八方・四百万億那由佗の国
土の諸菩薩の頂をなでて未来には必ず法華経を説くべし、若し機たへずば余の深法の四十余年の経を説いて機をこしらへて法華経を説くべしと見えたり、後に涅槃経に重ねて此の事を説いて仏滅後に四依の菩薩ありて法を説
くに又法の四依あり実経をつ

162 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 12:12:31.93 ID:gaq4KVHi0
いに弘めずんば天魔としるべきよしを説かれたり故に如来の滅後後の五百年・九百年の間に出で給いし竜樹菩薩・天親菩薩等〓く如来の聖教を弘め給うに天親
菩薩は先に小乗の説一切有部の人・倶舎論を造つて阿含十二年の経の心を宣べて一向に大乗の義理を明さず次に十地論・摂大乗論・釈論等を造つて四十余年の権大乗の
心を宣べ後に仏性論・法華論等を造りて粗実大乗の義を宣べたり竜樹菩薩亦然なり天台大師・唐土の人師として一代を分つに大小・権実顕然なり余の人師は僅かに義理を説け
ども分明ならず又証文たしかならず但し末の論師並に訳者・唐土の人師の中に大小をば分つて大にをいて権実を分たず或は語には分つといへども心は権大乗のをもむきを出でず此等
は不退諸菩薩・其数如恒沙・亦復不能知とおぼえて候なり。
疑つて云く唐土の人師の中に慈恩大師は十一面観音の化身牙より光を放つ、善導和尚は弥陀の化身口より仏をいだすこの外の人師通を現じ徳をほどこし三昧を発得する人世に
多しなんぞ権実二経を弁へて法華経を詮とせざるや、答えて云く阿竭多仙人外道は十二年の間耳の中に恒河の水をとどむ婆籔仙人は自在天となりて三目を現ず、唐土の道士の中にも

163 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 12:13:32.46 ID:gaq4KVHi0
張階は霧をいだし鸞巴は雲をはく第六天の魔王は仏滅後に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・阿羅漢・辟支仏の形を現じて四十余年の経を説くべしと見えたり通力をもて智者愚者をばしるべ
からざるか、唯仏の遺言の如く一向に権経を弘めて実経をつゐに弘めざる人師は権経に宿習ありて実経に入らざらん者は或は魔にたぼらかされて通を現ずるか、但し法門をもて邪正をただすべし
利根と通力とにはよるべからず。文応元年太歳庚申五月二十八日日 蓮 花 押 鎌倉名越に於て書き畢んぬ/文応元年七月 三十九歳御作
与北条時頼書 於鎌倉旅客来りて嘆いて曰く近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘・遍く天下に満ち広く地上に迸る牛馬巷に斃れ骸骨路に充てり死を招くの輩既に大半に超え悲まざるの族敢て
一人も無し、然る間或は利剣即是の文を専にして西土教主の名を唱え或は衆病悉除の願を持ちて東方如来の経を誦し、或は病即消滅不老不死の詞を仰いで法華真実の妙文を
崇め或は七難即滅七福即生の句を信じて百座百講の儀を調え有るは秘密真言の教に因て五瓶の水を灑ぎ有るは坐禅入定の儀を全して空観の月を澄し、若くは七鬼神の号を書して千
門に押し若くは五大力の形を図して

164 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 12:42:21.14 ID:gaq4KVHi0
万戸に懸け若くは天神地祇を拝して四角四堺の祭祀を企て若くは万民百姓を哀んで国主・国宰の徳政を行う、然りと雖も唯肝胆を摧くのみにして弥飢疫に逼られ乞客目に溢れ死人眼に満てり、臥せる屍を観と為し並べる尸
を橋と作す、観れば夫れ二離璧を合せ五緯珠を連ぬ三宝も世に在し百王未だ窮まらざるに此の世早く衰え其の法何ぞ廃れたる是れ何なる禍に依り是れ何なる誤に由るや。
主人の曰く独り此の事を愁いて胸臆に憤〓す客来つて共に嘆く屡談話を致さん、夫れ出家して道に入る者は法に依つて仏を期するなり而るに今神術も協わず仏威も験しなし、具に当世の体を覿るに愚にして後生の疑を発す、然れ
ば則ち円覆を仰いで恨を呑み方載に俯して慮を深くす、倩ら微管を傾け聊か経文を披きたるに世皆正に背き人悉く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り聖人は所を辞して還りたまわず、是れを以て魔来り
鬼来り災起り難起る言わずんばある可からず恐れずんばある可からず。客の曰く天下の災・国中の難・余独り嘆くのみに非ず衆皆悲む、今蘭室に入つて初めて芳詞を承るに神聖去り辞し

165 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 12:43:14.56 ID:gaq4KVHi0
災難並び起るとは何れの経に出でたるや其の証拠を聞かん。主人の曰く其の文繁多にして其の証弘博なり。金光明経に云く「其の国土に於て此の経有りと雖も未だ甞て流布せしめず捨離
の心を生じて聴聞せん事を楽わず亦供養し尊重し讃歎せず四部の衆・持経の人を見て亦復た尊重し乃至供養すること能わず、遂に我れ等及び余の眷属無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを
得ざらしめ甘露の味に背き正法の流を失い威光及以び勢力有ること無からしむ、悪趣を増長し人天を損減し生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん、世尊我等四王並びに諸の眷属及び薬叉等斯くの如き事を見
て其の国土を捨てて擁護の心無けん、但だ我等のみ是の王を捨棄するに非ず必ず無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん、既に捨離し已りなば其の国当に種種の災禍有つて国位を喪失すべし
、一切の人衆皆善心無く唯繋縛殺害瞋諍のみ有つて互に相讒諂し枉げて辜無きに及ばん、疫病流行し彗星数ば出で両日並び現じ薄蝕恒無く黒白の二虹不祥の相を表わし星流れ地動き井の内に声を発し暴
雨・悪風・時節に依らず常に飢饉に遭つて苗実成らず、多く他方の怨賊有つて国内を侵掠し人民諸の苦悩

166 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 12:43:59.89 ID:gaq4KVHi0
を受け土地所楽の処有ること無けん」已上。大集経に云く「仏法実に隠没せば鬚髪爪皆長く諸法も亦忘失せん、当の時虚空の中に大なる声あつて地を震い一切皆遍く動かんこと猶水上輪の如くならん・城壁破れ落ち下り屋宇悉く〓れ圻け樹林の根・枝・葉
・華葉・菓・薬尽きん唯浄居天を除いて欲界の一切処の七味・三精気損減して余り有ること無けん、解脱の諸の善論当の時一切尽きん、所生の華菓の味い希少にして亦美からず、諸有の井泉池・一切尽く枯涸
し土地悉く鹹鹵し〓裂して丘〓と成らん、諸山皆〓燃して天竜雨を降さず苗稼も皆枯死し生ずる者皆死し尽き余草更に生ぜず、土を雨らし皆昏闇に日月も明を現ぜず四方皆亢旱して数ば諸悪瑞を現じ、十不善業の道・貪瞋癡倍増して衆生父母に於ける
之を観ること〓鹿の如くならん、衆生及び寿命・色力・威楽減じ人天の楽を遠離し皆悉く悪道に堕せん、是くの如き不善業の悪王・悪比丘我が正法を毀壊し天人の道を損減し、諸天善神・王の衆生を悲愍する者此の濁悪の国を棄てて皆悉く余方に向わん」已上。

167 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 15:25:32.29 ID:gaq4KVHi0
仁王経に云く「国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る賊来つて国を刧かし百姓亡喪し臣・君・太子・王子・百官共に是非を生ぜん、天地怪異し二十八宿・星道・日月時を失い度を失い多く賊起ること有らん」と、亦云く
「我今五眼をもつて明に三世を見るに一切の国王は皆過去の世に五百の仏に侍えるに由つて帝王主と為ることを得たり、是を為つて一切の聖人羅漢而も為に彼の国土の中に来生して大利益を作さん、若し王の福尽きん
時は一切の聖人皆為に捨て去らん、若し一切の聖人去らん時は七難必ず起らん」已上。薬師経に云く「若し刹帝利・潅頂王等の災難起らん時所謂人衆疾疫の難・他国侵逼の難・自界叛逆の難・星宿変怪の難・日月
薄蝕の難・非時風雨の難・過時不雨の難あらん」已上。
仁王経に云く「大王吾が今化する所の百億の須弥・百億の日月・一一の須弥に四天下有り、其の南閻浮提に十六の大国・五百の中国・十千の小国有り其の国土の中に七つの畏る可き難有り一切の国王是を難と為すが故に、云
何なるを難と為す日月度を失い・時節返逆し・或は赤日出で・黒日出で・二三四五の日出で・或は日蝕して光無く・或は日輪一重・二三四五重輪現ずるを一の難

168 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 15:26:29.89 ID:gaq4KVHi0
と為すなり、二十八宿度を失い金星・彗星・輪星・鬼星・火星・水
星・風星・〓星・南斗・北斗・五鎮の大星・一切の国主星・三公星・百官星・是くの如き諸星各各変現するを二の難と為すなり、大火国を焼き万姓焼尽せん或は鬼火・竜火・天火・山神火・人火・樹木火・賊火あらん是くの如く変怪す
るを三の難と為すなり、大水百姓を〓没し・時節返逆して・冬雨ふり・夏雪ふり・冬時に雷電霹?し・六月に氷霜雹を雨らし・赤水・黒水・青水を雨らし土山石山を雨らし沙礫石を雨らす江河逆に流れ山を浮べ石を流す是くの如く変ずる時を四の難と為すなり、
大風・万姓を吹殺し国土・山河・樹木・一時に滅没し、非時の大風・黒風・赤風・青風・天風・地風・火風水風あらん是くの如く変ずるを五の難と為すなり、天地・国土・亢陽し炎火洞燃として・百草亢旱し・五穀登らず・土地赫燃と万姓滅尽せん是くの如く
変ずる時を六の難と為すなり、四方の賊来つて国を侵し内外の賊起り、火賊水賊・風賊・鬼賊ありて・百姓荒乱し・刀兵刧起らん・是くの如く怪する時を七の難と為すなり」大集経に云く「若し国王有つて無量世に於て施戒慧を修すとも我が法の滅せ
んを見て捨てて擁護せず

169 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 15:27:09.69 ID:gaq4KVHi0
んば是くの如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失して其の国当に三の不祥の事有るべし、一には穀貴・二には兵革・三には疫病なり、一切の善神悉く之を捨離せば其の王教令すとも人随従せず常に隣国の侵〓する所と為らん、
暴火横に起り悪風雨多く暴水増長して人民を吹〓し内外の親戚其れ共に謀叛せん、其の王久しからずして当に重病に遇い寿終の後・大地獄の中に生ずべし、乃至王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡守・宰官も亦復た是くの如くならん」已上。
夫れ四経の文朗かなり万人誰か疑わん、而るに盲瞽の輩迷惑の人妄に邪説を信じて正教を弁えず、故に天下世上・諸仏・衆経に於て捨離の心を生じて擁護の志無し、仍て善神聖人国を捨て所を去る、是を以て悪鬼外道災を成し難を致す。
客色を作して曰く後漢の明帝は金人の夢を悟つて白馬の教を得、上宮太子は守屋の逆を誅して寺塔の構を成す、爾しより来た上一人より下万民に至るまで仏像を崇め経巻を専にす、然れば則ち叡山・南都・園城・東寺・四海・一州・五畿・七道・仏経は
星の如く羅なり堂宇雲の如く布けり、〓子の族は則ち鷲頭の月を観じ鶴勒の流は亦鶏足の風を伝う、誰か一代の教を褊し三宝の跡を廃すと謂んや若し其

170 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 17:21:53.48 ID:gaq4KVHi0
の証有らば委しく其の故を聞かん。主人喩して曰く仏閣甍を連ね経蔵軒を並べ僧は竹葦の如く侶は稲麻に似たり崇重年旧り尊貴日に新たなり、但し法師は諂曲にして人倫を迷惑し王臣は不覚に
して邪正を弁ずること無し、仁王経に云く「諸の悪比丘多く名利を求め国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん、其の王別えずして此の語を信聴し横に法制を作つて仏戒に依らず是を破仏・破国の因縁と為す」已上。
涅槃経に云く「菩薩悪象等に於ては心に恐怖すること無かれ悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ・悪象の為に殺されては三趣に至らず悪友の為に殺されては必ず三趣に至る」已上。法華経に云く「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に
未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の心充満せん、或は阿練若に納衣にして空閑に在り自ら真の道を行ずと謂いて人間を軽賤する者有らん、利養に貪著するが故に白衣の与めに法を説いて世に恭敬せらるること六通の羅漢の如くならん、乃至
常に大衆の中に在つて我等を毀らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん、濁劫悪世の中には多く

171 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 17:24:55.88 ID:gaq4KVHi0
諸の恐怖有らん悪鬼其の身に入つて我を罵詈
し毀辱せん、濁世の悪比丘は仏の方便・随宜所説の法を知らず悪口して顰蹙し数数・擯出せられん」已上。
涅槃経に云く「我れ涅槃の後・無量百歳・四道の聖人悉く復た涅槃せん、正法滅して後像法の中に於て当に比丘有るべし、持律に似像して少く経を読誦し飲食を貪嗜して其の身を長養し袈裟を著すと雖も猶猟師の細めに視て徐に行くが如く猫
の鼠を伺うが如し、常に是の言を唱えん我羅漢を得たりと外には賢善を現し内には貪嫉を懐く唖法を受けたる婆羅門等の如し、実には沙門に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛にして正法を誹謗せん」已上。
文に就て世を見るに誠に以て然なり悪侶を誡めずんば豈善事を成さんや。客猶憤りて曰く、明王は天地に因つて化を成し聖人は理非を察して世を治む、世上の僧侶は天下の帰する所なり、悪侶に於ては明王信ず可か
らず聖人に非ずんば賢哲仰ぐ可からず、今賢聖の尊重せるを以て則ち竜象の軽からざるを知んぬ、何ぞ妄言を吐いて強ちに誹謗を成し誰人を以て悪比丘と謂うや委細に聞かんと欲す。主人の曰く、後鳥羽院の御宇に法然と云うもの有り選
択集を作る則ち一代の聖教を破し〓く

172 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 17:28:46.31 ID:gaq4KVHi0
十方の衆生を迷わす、其の選択に云く道綽禅師・聖道浄土の二門を立て聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文、初に聖道門とは之に就いて二有り乃至之に準じ之を思うに応に密大及以び実大をも
存すべし、然れば則ち今の真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論・此等の八家の意正しく此に在るなり、曇鸞法師往生論の注に云く謹んで竜樹菩薩の十住毘婆沙を案ずるに云く菩薩・阿毘跋致を求むるに二種の道有り一
には難行道二には易行道なり、此の中難行道とは即ち是れ聖道門なり易行道とは即ち是れ浄土門なり、浄土宗の学者先ず須らく此の旨を知るべし設い先より聖道門を学ぶ人なりと雖も若し浄土門に於て其の志有らん者は須らく聖道を
棄てて浄土に帰すべし又云く善導和尚・正雑の二行を立て雑行を捨てて正行に帰するの文、第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経を除いて已外・大小乗・顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名く、第三
に礼拝雑行とは上の弥陀を礼拝するを除いて已外一切の諸仏菩薩等及び諸の世天等に於て礼拝し恭敬するを悉く礼拝雑行と名く、私に云く此の文を見るに須く雑を捨てて専を修すべし豈百即百生の専修正行を捨てて堅く千中無

173 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 20:51:48.52 ID:gaq4KVHi0
一の雑修雑行を執せんや行者能く之を思量せよ、又云く貞元入蔵録の中に始め大般若経六百巻より法常住経に終るまで顕密の大乗経総じて六百三十七部二千
八百八十三巻なり、皆須く読誦大乗の一句に摂すべし、当に知るべし随他の前には暫く定散の門を開くと雖も随自の後には還て定散の門を閉ず、一たび開いて以後永く閉じざるは唯是
れ念仏の一門なりと、又云く念仏の行者必ず三心を具足す可きの文、観無量寿経に云く同経の疏に云く問うて曰く若し解行の不同・邪雑の人等有つて外邪異見の難を防がん或は行くこと一
分二分にして群賊等喚廻すとは即ち別解・別行・悪見の人等に喩う、私に云く又此の中に一切の別解・別行・異学・異見等と
言うは是れ聖道門を指す已上、又最後結句の文に云く「夫れ速かに生死を離れんと欲せば二種の勝法の中に且く聖道門を閣きて選んで浄土門に入れ、浄土門に入らんと欲せば正雑
二行の中に且く諸の雑行を抛ちて選んで応に正行に帰すべし」已上。
之に就いて之を見るに曇鸞・道綽・善導の謬釈を引いて聖道・浄土・難行・易行の旨を建て法華真言惣じて一代の大乗六百三十七部二千八百八十三巻・一切の諸
仏菩薩及び諸の世天等を

174 :名無しさん@入浴中:2014/08/31(日) 20:52:37.78 ID:gaq4KVHi0
以て皆聖道・難行・雑行等に摂して、或は捨て或は閉じ或は閣き或は抛つ此の四字を以て多く一切を迷わし、剰え三国の聖僧十方の仏弟を以て皆
群賊と号し併せて罵詈せしむ、近くは所依の浄土の三部経の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経の第二の「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至
其の人命終つて阿鼻獄に入らん」の誡文に迷う者なり、是に於て代末代に及び人・聖人に非ず各冥衢に容つて並びに直道を忘る悲いかな瞳矇を〓たず痛いかな徒に邪信を催す、故に上国王
より下土民に至るまで皆経は浄土三部の外の経無く仏は弥陀三尊の外の仏無しと謂えり。
仍つて伝教・義真・慈覚・智証等或は万里の波涛を渉つて渡せし所の聖教或は一朝の山川を廻りて崇むる所の仏像若しくは高山の巓に華界を建てて以て安置し若しくは深谷の底に蓮宮
を起てて以て崇重す、釈迦薬師の光を並ぶるや威を現当に施し虚空地蔵の化を成すや益を生後に被らしむ、故に国王は郡郷を寄せて以て灯燭を明にし地頭は田園を充てて以て供養に備う。
而るを法然の選択に依つて則ち教主を忘れて西土の仏駄を貴び付属を抛つて東方の如来を閣き唯四巻三部の教典を専にして空しく一

175 :名無しさん@入浴中:2014/09/01(月) 18:25:55.69 ID:RbIkGRMG0
代五時の妙典を抛つ是を以て弥陀の堂に非ざれば皆供仏の志を止め念仏の者に非ざれば早く施僧の懐いを忘る、故に仏閣零落して瓦松の煙老い僧房荒廃して庭草の露深し、然りと雖も各護惜の心を捨てて
並びに建立の思を廃す、是を以て住持の聖僧行いて帰らず守護の善神去つて来ること無し、是れ偏に法然の選択に依るなり、悲いかな数十年の間百千万の人魔縁に蕩かされて多く仏教に迷えり、傍を好んで正を忘る善神怒を
為さざらんや円を捨てて偏を好む悪鬼便りを得ざらんや、如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには。
客殊に色を作して曰く、我が本師釈迦文浄土の三部経を説きたまいて以来、曇鸞法師は四論の講説を捨てて一向に浄土に帰し、道綽禅師は涅槃の広業を閣きて偏に西方の行を弘め、善導和尚は雑行
を抛つて専修を立て、慧心僧都は諸経の要文を集めて念仏の一行を宗とす、弥陀を貴重すること誠に以て然なり又往生の人其れ幾ばくぞや、就中法然聖人は幼少にして天台山に昇り十七にして六十巻に渉り並びに八
宗を究め具に大意を得たり、其の外一切の経論・七遍反覆し章疏伝記究め看ざることなく智は日月に斉しく徳は先師に越えたり、然りと雖も猶出離の趣に迷

176 :名無しさん@入浴中:2014/09/01(月) 18:26:58.44 ID:RbIkGRMG0
いて涅槃の旨を弁えず、故に〓く覿悉く鑑み深く思い遠く慮り遂に
諸経を抛ちて専ら念仏を修す、其の上一夢の霊応を蒙り四裔の親疎に弘む、故に或は勢至の化身と号し或は善導の再誕と仰ぐ、然れば則ち十方の貴賤頭を低れ一朝の男女歩を運ぶ、爾しより来た春秋推移り星霜相
積れり、而るに忝くも釈尊の教を疎にして恣に弥陀の文を譏る何ぞ近年の災を以て聖代の時に課せ強ちに先師を毀り更に聖人を罵るや、毛を吹いて疵を求め皮を剪つて血を出す昔より今に至るまで此くの如き悪言未だ見ず惶る可
く慎む可し、罪業至つて重し科条争か遁れん対座猶以て恐れ有り杖に携われて則ち帰らんと欲す。
主人咲み止めて曰く辛きことを蓼の葉に習い臭きことを溷厠に忘る善言を聞いて悪言と思い謗者を指して聖人と謂い正師を疑つて悪侶に擬す、其の迷誠に深く其の罪浅からず、事の起りを聞け委しく其の趣を談ぜん、釈尊説
法の内一代五時の間に先後を立てて権実を弁ず、而るに曇鸞・道綽・善導既に権に就いて実を忘れ先に依つて後を捨つ未だ仏教の淵底を探らざる者なり、就中法然は其の流を酌むと雖も其の源を知らず、所以は何ん大
乗経の六百三十七部二千八百八十三巻・並び

177 :名無しさん@入浴中:2014/09/01(月) 18:28:09.89 ID:RbIkGRMG0
に一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て捨閉閣抛の字を置いて一切衆生の心を薄んず、是れ偏に私曲の詞を展べて全く仏経の説を見ず、妄語の至り悪口の科言うても比無
し責めても余り有り人皆其の妄語を信じ悉く彼の選択を貴ぶ、故に浄土の三経を崇めて衆経を抛ち極楽の一仏を仰いで諸仏を忘る、誠に是れ諸仏諸経の怨敵聖僧衆人の讎敵なり、此の邪教広く八荒に弘まり周く十方に遍
す、抑近年の災難を以て往代を難ずるの由強ちに之を恐る、聊か先例を引いて汝が迷を悟す可し、止観第二に史記を引いて云く「周の末に被髪・袒身・礼度に依らざる者有り」弘決の第二に此の文を釈するに左伝を引いて
曰く「初め平王の東に遷りしに伊川に髪を被にする者の野に於て祭るを見る、識者の曰く、百年に及ばじ其の礼先ず亡びぬ」と、爰に知んぬ徴前に顕れ災い後に致ることを、又阮藉が逸才なりしに蓬頭散帯す後に公卿の子孫
皆之に教いて奴苟相辱しむる者を方に自然に達すと云い〓節兢持する者を呼んで田舎と為す是を司馬氏の滅する相と為す已上。
又慈覚大師の入唐巡礼記を案ずるに云く、「唐の武宗皇帝・会昌元年勅して章敬寺の鏡霜法師をして諸寺に於て弥陀念仏の教を伝え令む寺毎に三日

178 :名無しさん@入浴中:2014/09/02(火) 17:58:50.40 ID:IGU6+Db00
巡輪すること絶えず、同二年回鶻国の軍兵等唐の堺を侵す、同三年河北の節度使忽ち乱を起す、其の後大蕃国更た命を拒み回鶻国重ねて地を奪う、凡そ兵
乱秦項の代に同じく災火邑里の際に起る、何に況んや武宗大に仏法を破し多く寺塔を滅す乱を撥ること能わずして遂に以て事有り」已上取意。
此れを以て之を惟うに法然は後鳥羽院の御宇・建仁年中の者なり、彼の院の御事既に眼前に在り、然れば則ち大唐に例を残し吾が朝に証を顕す、
汝疑うこと莫かれ汝怪むこと莫かれ唯須く凶を捨てて善に帰し源を塞ぎ根を截べし。客聊か和ぎて曰く未だ淵底を究めざるに数ば其の趣を知る但し華洛
より柳営に至るまで釈門に枢〓在り仏家に棟梁在り、然るに未だ勘状を
主人の曰く、予少量為りと雖も忝くも大乗を学す蒼蝿驥尾に附して万里を渡り碧蘿松頭に懸りて千尋を延ぶ、弟子一仏の子と生れて諸経の王に事う、何ぞ仏法の衰微を見て心情の哀惜を起さざらんや。
其の上涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊ぶる者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処
せば是れ我が弟子・真の声聞なり」と、余・善比丘の身為らずと

179 :名無しさん@入浴中:2014/09/02(火) 17:59:53.57 ID:IGU6+Db00
雖も「仏法中怨」の責を遁れんが為に唯大綱を撮つて粗一端を示す。
其の上去る元仁年中に延暦興福の両寺より度度奏聞を経・勅宣・御教書を申し下して、法然の選択の印板を大講堂に取り上げ三世の仏恩を報ぜんが為に之を焼失せしむ、
法然の墓所に於ては感神院の犬神人に仰せ付けて破却せしむ其の門弟・隆観・聖光・成覚・薩生等は遠国に配流せらる、其の後未だ御勘気を許されず豈未だ勘状を進らせずと云わんや。
客則ち和ぎて曰く、経を下し僧を謗ずること一人には論じ難し、然れども大乗経六百三十七部二千八百八十三巻並びに一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て捨閉閣抛の
四字に載す其の詞勿論なり、其の文顕然なり、此の瑕瑾を守つて其の誹謗を成せども迷うて言うか覚りて語るか、賢愚弁ぜず是非定め難し、但し災難の起りは選択に因るの由、其の
詞を盛に弥よ其の旨を談ず、所詮天下泰平国土安穏は君臣の楽う所土民の思う所なり、夫れ国は法に依つて昌え法は人に因つて貴し国亡び人滅せば仏を誰か崇む可き法を誰か信
ず可きや、先ず国家を祈りて須く仏法を立つべし若し災を消し難を止むるの術有らば聞かんと欲す。進らせず上奏に及ばず汝賤身を以て輙く莠言を吐く

180 :名無しさん@入浴中:2014/09/02(火) 18:58:56.71 ID:IGU6+Db00
其の義余り有り其の理謂れ無し。主人の曰く、余は是れ頑愚にして敢て賢を存せず唯経文に就いて聊か所存を述べん、抑も治術の旨内
外の間其の文幾多ぞや具に挙ぐ可きこと難し、但し仏道に入つて数ば愚案を廻すに謗法の人を禁めて正道の侶を重んぜば国中安穏にして天下泰平ならん。
即ち涅槃経に云く「仏の言く唯だ一人を除いて余の一切に施さば皆讃歎す可し、純陀問うて言く云何なるをか名けて唯除一人と為す、仏の言く此の経の中に説
く所の如きは破戒なり、純陀復た言く、我今未だ解せず唯願くば之を説きたまえ、仏純陀に語つて言く、破戒とは謂く一闡提なり其の余の在所一切
に布施すれば皆讃歎すべく大果報を獲ん、純陀復た問いたてまつる、一闡提とは其の義何ん、仏言わく、純陀若し比丘及び比丘尼・優婆塞・優婆夷有つて〓悪の言
を発し正法を誹謗し是の重業を造つて永く改悔せず心に懺悔無らん、是くの如き等の人を名けて一闡提の道に趣向すと為す、若し四重を犯し五逆罪を作り自ら定
めて是くの如き重事を犯すと知れども而も心に初めより怖畏懺悔無く肯て発露せず彼の正法に於て永く護惜建立の心無く毀呰・軽賤して言に過咎多からん、是くの如き
等の人を亦

181 :名無しさん@入浴中:2014/09/02(火) 19:00:47.11 ID:IGU6+Db00
た一闡提の道に趣向すと名く、唯此くの如き一闡提の輩を除いて其の余に施さば一切讃歎せん」と。又云く「我れ往昔を念うに閻浮提に於て大国の王と作れり名を仙予と曰いき、大乗経
典を愛念し敬重し其の心純善に〓悪嫉〓有ること無し、善男子我爾の時に於て心に大乗を重んず婆羅門の方等を誹謗するを聞き聞き已つて即時に其の命根を断ず、善男子是の因縁を以て
是より已来地獄に堕せず」と、又云く「如来昔国王と為りて菩薩の道を行ぜし時爾所の婆羅門の命を断絶す」と、又云く「殺に三有り謂く下中上なり、下とは蟻子乃至一切の畜生なり唯だ菩薩の
示現生の者を除く、下殺の因縁を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具に下の苦を受く、何を以ての故に是の諸の畜生に微善根有り是の故に殺す者は具に罪報を受く、中殺とは凡夫の人より阿那
含に至るまで是を名けて中と為す、是の業因を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具に中の苦を受く・上殺とは父母乃至阿羅漢・辟支仏・畢定の菩薩なり阿鼻大地獄の中に堕す、善男子若し能く一闡
提を殺すこと有らん者は則ち此の三種の殺の中に堕せず、善男子彼の諸の婆羅門等は一切皆是一闡提なり」已上。仁王経に云く「仏波斯匿王に告げたまわく・

182 :名無しさん@入浴中:2014/09/02(火) 21:52:52.90 ID:KPBqCki50
自分でたてたオナスレからも駆逐された田村wwwww wwwww wwwww
哀れwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
惨めwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
水川叩きの報いwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww

183 :名無しさん@入浴中:2014/09/03(水) 10:40:12.26 ID:7yDh7HwL0
田村の母ちゃん、でべそ

184 :名無しさん@入浴中:2014/09/03(水) 15:59:40.97 ID:E8L28ilY0
田村の母ちゃん売春婦

185 :名無しさん@入浴中:2014/09/03(水) 20:24:52.15 ID:+RDFOI7g0
田村のかあちゃん脳梅毒w

186 :名無しさん@入浴中:2014/09/04(木) 21:15:55.09 ID:xmnnymVK0
是の故に諸の国王に付属して比丘・比丘尼に付属せず何を以ての故に王のごとき威力無ければなり」已上。涅槃経に云く「今無上の正法を以て諸王・大臣・宰相・及び四部の衆に付属す、正法を毀る者をば大臣四部の衆当に苦治すべし」と。
又云く「仏の言く、迦葉能く正法を護持する因縁を以ての故に是の金剛身を成就することを得たり善男子正法を護持せん者は五戒を受けず威儀を修せず応に刀剣・弓箭・鉾槊を持すべし」と、又云く「若し五戒を受持せん者有らば名けて大乗の
人と為す事を得ず、五戒を受けざれども正法を護るを為て乃ち大乗と名く、正法を護る者は当に刀剣器仗を執持すべし刀杖を持すと雖も我是等を説きて名けて持戒と曰わん」と。
又云く「善男子・過去の世に此の拘尸那城に於て仏の世に出でたまうこと有りき歓喜増益如来と号したてまつる、仏涅槃の後正法世に住すること無量億歳なり余の四十年仏法の末、爾の時に一の持戒の比丘有り名を覚徳と
曰う、爾の時に多く破戒の比丘有り是の説を作すを聞きて皆悪心を生じ刀杖を執持し是の法師を逼む、是の時の国王名けて有徳と曰う是の事を聞き已つて護法の為の故に即便ち説法者の所に往至して是の破戒の諸の悪比丘と極めて共

187 :名無しさん@入浴中:2014/09/04(木) 21:17:09.27 ID:xmnnymVK0
に戦闘す、爾の時に説法者厄害を免ることを得たり王・爾の時に於て身に刀剣鉾槊の瘡を被り体に完き処は芥子の如き許りも無し、爾の時に覚徳尋いで王を讃めて言く、善きかな善きかな王今真に是れ正法を護る者なり当来の
世に此の身当に無量の法器と為るべし、王是の時に於て法を聞くことを得已つて心大に歓喜し尋いで即ち命終して阿〓仏の国に生ず而も彼の仏の為に第一の弟子と作る、其の王の将従・人民・眷属・戦闘有りし者・歓喜有りし者・一切
菩提の心を退せず命終して悉く阿〓仏の国に生ず、覚徳比丘却つて後寿終つて亦阿〓仏の国に往生することを得て彼の仏の為に声聞衆中の第二の弟子と作る、若し正法尽きんと欲すること有らん時当に是くの如く受持し擁護すべし、迦葉・
爾の時の王とは即ち我が身是なり、説法の比丘は迦葉仏是なり、迦葉正法を護る者は是くの如き等の無量の果報を得ん、是の因縁を以て我今日に於て種種の相を得て以て自ら荘厳し法身不可壊の身を成す、仏迦葉菩薩に告げた
まわく、是の故に法を護らん優婆塞等は応に刀杖を執持して擁護すること是くの如くなるべし、善男子・我涅槃の後濁悪の世に国土荒乱し互に相抄掠し人民飢餓せん、爾の時に多く飢餓の為の

188 :名無しさん@入浴中:2014/09/04(木) 21:18:02.64 ID:xmnnymVK0
故に発心出家するもの有らん是くの如きの人を名けて禿人と為す、是の禿人の輩正法を護持するを見て駈逐して出さしめ若くは殺し若くは害せん、
是の故に我今持戒の人・諸の白衣の刀杖を持つ者に依つて以て伴侶と為すことを聴す、刀杖を持すと雖も我是等を説いて名けて持戒と曰
わん、刀杖を持すと雖も命を断ずべからず」と。法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば即ち一切世間の仏種を断ぜん、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」已上。夫れ経文顕然なり私の詞何ぞ加えん、凡そ法華経の如くんば
大乗経典を謗ずる者は無量の五逆に勝れたり、故に阿鼻大城に堕して永く出る期無けん、涅槃経の如くんば設い五逆の供を許すとも謗法の施を許さず、蟻子を殺す者は必ず三悪道に落つ、謗法を禁ずる者は不退の位に登る、所謂覚徳
とは是れ迦葉仏なり、有徳とは則ち釈迦文なり。法華涅槃の経教は一代五時の肝心なり其の禁実に重し誰か帰仰せざらんや、而るに謗法の族正道を忘るの人・剰え法然の選択に依つて弥よ愚癡の盲瞽を増す、是を以て或は彼の遺体を忍
びて木画の像に露し或は其の妄説を信じて莠言を模に彫り之を海内に弘め之を〓外に翫ぶ、仰ぐ所は則ち其の家風施す所は

189 :名無しさん@入浴中:2014/09/05(金) 19:20:53.17 ID:ogQiRbcb0
則ち其の門弟なり、然る間或は釈迦の手指を切つて弥陀の印相に結び或は東方如来の鴈宇を改めて西土教主の鵝王を居え、或は四百余回の如法経を止めて西方浄土の三部経と成し或は天台大師の講を停めて善導講
と為す、此くの如き群類其れ誠に尽くし難し是破仏に非ずや是破法に非ずや是破僧に非ずや、此の邪義則ち選択に依るなり。嗟呼悲しいかな、如来誠諦の禁言に背くこと、哀なるかな愚侶迷惑の〓語に
随うこと、早く天下の静謐を思わば須く国中の謗法を断つべし。客の曰く、若し謗法の輩を断じ若し仏禁の違を絶せんには彼の経文の如く斬罪に行う可きか、若し然らば殺害相加つて罪業何んが為んや。
則ち大集経に云く「頭を剃り袈裟を著せば持戒及び毀戒をも、天人彼を供養す可し、則ち我を供養するに為りぬ、是れ我が子なり若し彼を〓打する事有れば則ち我が子を打つに為りぬ、若し彼を罵辱せば則ち我を毀辱す
るに為りぬ」料り知んぬ善悪を論ぜず是非を択ぶこと無く僧侶為らんに於ては供養を展ぶ可し、何ぞ其の子を打辱して忝くも其の父を悲哀せしめん、彼の竹杖の目連尊者を害せしや永く無間の底に沈み、提婆達多の蓮華比
丘尼を殺せしや久しく阿鼻の焔に咽ぶ、先証斯れ明か

190 :名無しさん@入浴中:2014/09/05(金) 20:41:13.63 ID:ogQiRbcb0
なり後昆最も恐あり、謗法を誡むるには似たれども既に禁言を破る此の事信じ難し如何が意得んや。主人の云く、客明に経文を見て猶斯の言を成す心の及ばざるか理の通ぜざるか、全く仏子を禁むるには非ず唯偏に謗法を
悪むなり、夫れ釈迦の以前仏教は其の罪を斬ると雖も能忍の以後経説は則ち其の施を止む、然れば則ち四海万邦一切の四衆其の悪に施さず皆此の善に帰せば何なる難か並び起り何なる災か競い来らん。
客則ち席を避け襟を刷いて曰く、仏教斯く区にして旨趣窮め難く不審多端にして理非明ならず、但し法然聖人の選択現在なり諸仏・諸経・諸菩薩・諸天等を以て捨閉閣抛と載す、其の文顕然なり、〓れに因つて聖人国を
去り善神所を捨てて天下飢渇し世上疫病すと、今主人広く経文を引いて明かに理非を示す、故に妄執既に飜えり耳目数朗かなり、所詮国土泰平・天下安穏は一人より万民に至るまで好む所なり楽う所なり、早く一闡
提の施を止め永く衆僧尼の供を致し・仏海の白浪を収め法山の緑林を截らば世は羲農の世と成り国は唐虞の国と為らん、然して後法水の浅深を斟酌し仏家の棟梁を崇重せん。
主人悦んで曰く、鳩化して鷹と為り雀変じて蛤と為る、悦しきかな汝蘭室の友

191 :名無しさん@入浴中:2014/09/05(金) 21:03:47.35 ID:ogQiRbcb0
に交りて麻畝の性と成る、誠に其の難を顧みて専ら此の言を信ぜば風和らぎ浪静かにして不日に豊年ならん、但し人の心は時に随つて移り物
の性は境に依つて改まる、譬えば猶水中の月の波に動き陳前の軍の剣に靡くがごとし、汝当座に信ずと雖も後定めて永く忘れん、若し先ず国土を安んじて現当を祈らんと欲せば速に情慮を回らし〓で対治を加えよ、所以は
何ん、薬師経の七難の内五難忽に起り二難猶残れり、所以他国侵逼の難・自界叛逆の難なり、大集経の三災の内二災早く顕れ一災未だ起らず所以兵革の災なり、金光明経の内の種種の災過一一起ると雖も他方の
怨賊国内を侵掠する此の災未だ露れず此の難未だ来らず、仁王経の七難の内六難今盛にして一難未だ現ぜず所以四方の賊来つて国を侵すの難なり加之国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱ると、今
此の文に就いて具さに事の情を案ずるに百鬼早く乱れ万民多く亡ぶ先難是れ明かなり後災何ぞ疑わん・若し残る所の難悪法の科に依つて並び起り競い来らば其の時何んが為んや、帝王は国家を基として天下を治め人臣は
田園を領して世上を保つ、而るに他方の賊来つて其の国を侵逼し自界叛逆して其の地を掠領せば豈驚かざら

192 :名無しさん@入浴中:2014/09/05(金) 21:05:18.63 ID:ogQiRbcb0
んや豈騒がざらんや、国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か、就中人の世に在るや各後生を恐る、是を以て或は邪教
を信じ或は謗法を貴ぶ各是非に迷うことを悪むと雖も而も猶仏法に帰することを哀しむ、何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を宗めんや、若し執心飜らず亦曲意猶存せば早く有為の郷
を辞して必ず無間の獄に堕ちなん、所以は何ん、大集経に云く「若し国王有つて無量世に於て施戒慧を修すとも我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば是くの如く種ゆる所の無量の善根
悉く皆滅失し、乃至其の王久しからずして当に重病に遇い寿終の後大地獄に生ずべし・王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡主・宰官も亦復是くの如くならん」と。
仁王経に云く「人仏教を壊らば復た孝子無く六親不和にして天竜も祐けず疾疫悪鬼日に来つて侵害し災怪首尾し連禍縦横し死して地獄・餓鬼・畜生に入らん、若し出て人と為らば兵奴の果報
ならん、響の如く影の如く人の夜書くに火は滅すれども字は存するが如く、三界の果報も亦復是くの如し」と。
法華経の第二に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終

193 :名無しさん@入浴中:2014/09/05(金) 23:42:11.90 ID:N4VimW+30
田村はトンズラするならみんなに謝ってからにしろよな

194 :名無しさん@入浴中:2014/09/06(土) 13:59:36.21 ID:OGCzfhGv0
字は存するが如く、三界の果報も亦復是くの如し」と。法華経の第二に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と、同第七の巻不軽品に云く「千
劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く」と、涅槃経に云く「善友を遠離し正法を聞かず悪法に住せば是の因縁の故に沈没して阿鼻地獄に在つて、受くる所の身形・縦横八万四千由延ならん」と。
広く衆経を披きたるに専ら謗法を重んず、悲いかな皆正法の門を出でて深く邪法の獄に入る、愚なるかな各悪教の綱に懸つて鎮に謗教の網に纒る、此の朦霧の迷彼の盛焔の底に沈む豈愁え
ざらんや豈苦まざらんや、汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや、国に衰微無く土に破
壊無んば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん、此の詞此の言信ず可く崇む可し。客の曰く、今生後生誰か慎まざらん誰か和わざらん、此の経文を披いて具に仏語を承るに誹謗の科至つて重く毀法の罪誠に深し、
我一仏を信じて諸仏を抛ち三部経を仰いで諸経を閣きしは、是れ私曲の思に非ず則ち先達の詞に随いしなり、十方の諸人も亦復是くの如くなるべし、今の

195 :名無しさん@入浴中:2014/09/06(土) 14:00:54.41 ID:OGCzfhGv0
世には性心を労し来生には阿鼻に堕せんこと文明かに理詳かなり疑う可からず、弥よ貴公の慈誨を仰ぎ益愚客の癡心を開けり、速に対治を回して早く泰平を致し先ず生前を安じて更に没後を扶けん、唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ。
立正安国論奥書文応元年太歳庚申之を勘う正嘉より之を始め文応元年に勘え畢る。去ぬる正嘉元年太歳丁巳八月二十三日戌亥の尅の大地震を見て之を勘う、其の後文応元年太歳庚申七
月十六日を以て宿屋禅門に付して故最明寺入道殿に奉れり、其の後文永元年太歳甲子七月五日大明星の時弥此の災の根源を知る、文応元年太歳庚申より文永五年太歳戊辰後の正月十八
日に至るまで九ケ年を経て西方大蒙古国自り我が朝を襲う可きの由牒状之を渡す、又同六年重ねて牒状之を渡す、既に勘文之に叶う、之に準じて之を思うに未来亦然る可きか、此の書は徴有る
文なり是れ偏に日蓮が力に非ず法華経の真文の感応の至す所か。文永六年太歳己巳十二月八日之を写す。安国論御勘由来正嘉元年太歳丁巳八月廿三日戌亥の時前代に超え大に地振す、同二
年戊午八月一日大風・同三年己未大飢饉・正元元年己未大疫病同二年庚申四季に亘つて大疫已まず万民既に大半

196 :名無しさん@入浴中:2014/09/06(土) 14:02:12.89 ID:OGCzfhGv0
に超えて死を招き了んぬ、而る間国主之に驚き内外典に仰せ付けて種種の御祈祷有り、爾りと雖も一分の験も無く還つて飢疫等を増長す。
日蓮世間の体を見て粗一切経を勘うるに御祈請験無く還つて凶悪を増長するの由道理文証之を得了んぬ、終に止むこと無く勘文一通を造り作して其の名を立正安国論と号す、文応元年庚申七月十六日辰時屋戸野入道に付けて
古最明寺入道殿に奏進申し了んぬ此れ偏に国土の恩を報ぜんが為なり、其勘文の意は日本国・天神七代・地神五代百王百代・人王第卅代欽明天皇の御宇に始めて百済国より仏法此の国に渡り桓武天
皇の御宇に至つて其の中間五十余代・二百六十余年なり、其の間一切経並びに六宗之れ有りと雖も天台真言の二宗未だ之れ有らず、桓武の御宇に山階寺の行表僧正の御弟子に最澄と云う小僧有り後に伝教
大師と号す、已前に渡る所の六宗並に禅宗之を極むと雖も未だ我が意に叶わず、聖武天皇の御宇に大唐の鑒真和尚渡す所の天台の章疏・四十余年を経て已後始めて最澄之を披見し粗仏法の玄旨を覚り了んぬ、最澄・
天長地久の為に延暦四年叡山を建立す桓武皇帝之を崇め天子本命の道場と号し六宗の御帰依を捨て一向に天台円宗に帰伏し給う。同延

197 :名無しさん@入浴中:2014/09/06(土) 21:29:06.74 ID:Oiqvol130
チョン田村は悪いことしたら謝罪することを朝鮮人売春婦のお袋から教わらなかったのか???

198 :名無しさん@入浴中:2014/09/06(土) 21:35:50.47 ID:AnCAiK6C0
桓武天皇は伝教に密教を学んで来いと命じたんだろ!
だから最澄は空海にお願いして経の解説本を借りようとして断られたんだろ?

199 :名無しさん@入浴中:2014/09/06(土) 21:46:03.33 ID:OGCzfhGv0
暦十三年に長岡の京を遷して平安城を建つ、同延暦廿一年正月十九日高雄寺に於て南都七大寺の六宗の碩学・勤操・長耀等の十四人を召し合せ勝負を決談す、六宗の明匠・一問答にも及ばず口を閉ずること鼻の
如し華厳宗の五教・法相宗の三時・三論宗の二蔵・三時の所立を破し了んぬ但自宗を破らるるのみに非ず皆謗法の者為ることを知る、同じき廿九日皇帝勅宣を下して之を詰る、十四人謝表を作つて皇帝に捧げ奉る、其
の後代代の皇帝叡山の御帰依は孝子の父母に仕うるに超え黎民の王威を恐るるに勝れり、或御時は宣明を捧げ或御時は非を以て理に処す等云云、殊に清和天皇は叡山の恵亮和尚の法威に依つて位に即き帝王の外祖
父・九条右丞相は誓状を叡山に捧げ、源の右将軍は清和の末葉なり鎌倉の御成敗是非を論ぜず叡山に違背す天命恐れ有る者か。
然るに後鳥羽院の御宇・建仁年中に法然・大日とて二人の増上慢の者有り悪鬼其の身に入つて国中の上下を誑惑し代を挙げて念仏者と成り人毎に禅宗に趣く、存の外に山門の御帰依浅薄なり国中の法華真言の学者
棄て置かれ了んぬ、故に叡山守護の天照太神・正八幡宮・山王七社・国中守護の諸大善神法味を〓わずして威光を失い国土を捨て去

200 :名無しさん@入浴中:2014/09/06(土) 23:20:15.83 ID:AnCAiK6C0
全国の寺の鎮守神として八幡神が勧請されるようになり、八幡神が全国に広まることとなった。後に、本地垂迹においては阿弥陀如来が八幡神の本地仏とされた。

201 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 09:47:53.04 ID:gYiG4toq0
り了んぬ、悪鬼便りを得て災難を致し結句他国より此の国を破る可き先相勘うる所なり、又其の後文永元年甲子七月五日彗星東方に出で余光大体一国土に及ぶ、此れ又世始まりてより已来無き所
の凶瑞なり内外典の学者も其の凶瑞の根源を知らず、予弥よ悲歎を増長す、而るに勘文を捧げて已後九ケ年を経て今年後の正月大蒙古国の国書を見るに日蓮が勘文に相叶うこと宛かも符契の如し、
仏記して云く「我が滅度の後一百余年を経て阿育大王出世し我が舎利を弘めん」と、周の第四昭王の御宇・大史蘇由が記に云く「一千年の外・声教此の土に被らしめん」と、聖徳太子の記に云く「我が
滅度の後二百余年を経て山城の国に平安城を立つ可し」と、天台大師の記に云く「我が滅後二百余年の已後東国に生れて我が正法を弘めん」等云云、皆果して記文の如し。
日蓮正嘉の大地震同じく大風同じく飢饉・正元元年の大疫等を見て記して云く他国より此の国を破る可き先相なりと、自讃に似たりと雖も若し此の国土を毀壊せば復た仏法の破滅疑い無き者なり。
而るに当世の高僧等謗法の者と同意の者なり復た自宗の玄底を知らざる者なり、定めて勅宣御教書を給いて此の凶悪を祈請するか、仏神弥よ瞋恚

202 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 09:49:01.65 ID:gYiG4toq0
を作し国土を破壊せん事疑い無き者なり。日蓮復之を対治するの方之を知る叡山を除いて日本国には但一人なり、譬えば日月の二つ無きが如く聖人肩を並べざるが故なり、若し此の事妄言ならば日蓮が持つ所の法華経守護の十羅刹の治罰之
を蒙らん、但偏に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず、復禅門に対面を遂ぐ故に之を告ぐ之を用いざれば定めて後悔有る可し、恐恐謹言。文永五年太歳戊辰四月五日法鑒御房 日蓮 花押/正元元年 三十八歳御作
夫れ以んみれば偶十方微塵の三悪の身を脱れて希に閻浮日本の爪上の生を受け亦閻浮日域・爪上の生を捨てて十方微塵・三悪の身を受けんこと疑い無き者なり、然るに生を捨てて悪趣に堕つるの縁・一に非ず或は妻子眷属の哀憐に依り
或は殺生悪逆の重業に依り或は国主と成つて民衆の歎きを知らざるに依り或は法の邪正を知らざるに依り或は悪師を信ずるに依る、此の中に於ても世間の善悪は眼前に在り愚人も之を弁うべし仏法の邪正・師の善悪に於ては証果の聖人・尚之
を知らず況や末代の凡夫に於ておや。しかのみならず仏日・西山に隠れ余光・東域を照してより已来・四依の慧灯は日に減じ三蔵の法流は月に濁る実教に迷える論師は真理の月に

203 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 12:03:14.66 ID:gYiG4toq0
雲を副え権経に執する訳者は実経の珠を砕きて権経の石と成す、何に況や震旦の人師の宗義其の誤り無からんや何に況や日本辺土の末学誤りは多く実は少き者か、随つて其の教を学する人数は竜鱗よりも多く得道の者は麟角よりも希なり、或は権
教に依るが故に或は時機不相応の教に依るが故に或は凡聖の教を弁えざるが故に或は権実二教を弁えざるが故に或は権教を実教と謂うに依るが故に或は位の高下を知らざるが故に、凡夫の習い仏法に就て生死の業を増すこと其の縁・一に非ず。
中昔・邪智の上人有つて末代の愚人の為に一切の宗義を破して選択集一巻を造る、名を鸞・綽・導の三師に仮つて一代を二門に分ち実経を録して権経に入れ法華真言の直道を閉じて浄土三部の隘路を開く、亦浄土三部の義にも順ぜずして権実の
謗法を成し永く四聖の種を断じて阿鼻の底に沈む可き僻見なり、而るに世人之に順うこと譬えば大風の小樹の枝を吹くが如く門弟此の人を重んずること天衆の帝釈を敬うに似たり。
此の悪義を破らんが為に亦多くの書有り所謂・浄土決義鈔・弾選択・摧邪輪等なり、此の書を造る人・皆碩徳の名一天に弥ると雖も恐くは未だ選択集謗法の根源を顕わさず故に還つて悪法の流布を増す、

204 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 12:03:59.89 ID:gYiG4toq0
譬えば盛なる旱〓の時に小雨を
降せば草木弥枯れ兵者を打つ刻に弱兵を先んずれば強敵倍力を得るが如し。
予此の事を歎く間・一巻の書を造つて選択集謗法の縁起を顕わし名づけて守護国家論と号す、願わくば一切の道俗一時の世事を止めて永劫の善苗を種えよ、今経論を以て邪正を直す信謗は仏説に任せ敢て自義を存する事無かれ。
分ちて七門と為す、一には如来の経教に於て権実二教を定むることを明し、二には正像末の興廃を明し、三には選択集の謗法の縁起を明し、四には謗法の者を対治すべき証文を出すことを
明し、五には善知識並に真実の法には値い難きことを明し、六には法華涅槃に依る行者の用心を明し、七には問に随つて答うることを明す。
大文の第一に如来の経教に於て権実二教を定むることを明すとは此れに於て四有り、一には大部の経の次第を出して流類を摂することを明し、二には諸経の浅深を明し、三には大小乗を定むることを明し、四には且らく権を捨てて実に就くべきことを明す。
第一に大部の経の次第を出して流類を摂することを明さば、問うて云く仏最初に何なる経を説きたまうや、答えて云く華厳経なり、問うて云く其の証如何、答えて云く六十華厳経の

205 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 12:49:49.43 ID:gYiG4toq0
離世間浄眼品に云く「是の如く我聞く一時・仏・摩竭提国・寂滅道場に在つて始めて正覚を成ず」と、法華経の序品に放光瑞の時・弥勒菩薩・十方世界の諸仏の五時の次第を見る時文殊師
利菩薩に問うて云く大自在天並に余の諸の天衆・眷属百千万・恭敬合掌し礼して我に転法輪を請ずと」此等の説は法華経に華厳経の時を指す文なり、故に華厳経の第一に云く毘沙門天王略月天子略日天子略釈提桓因略大梵略摩醯首羅等略已上。
涅槃経に華厳経の時を説いて云く「既に成道し已つて梵天勧請すらく唯願わくば如来当に衆生の為に広く甘露の門を開き給うべし、乃至・梵王復言く世尊・一切衆生に凡そ三種有り所謂・利根・中根
・鈍根なり利根は能く受く唯願わくば為に説き給え、仏言く梵王諦に聴け我今当に一切衆生の為に甘露の門を開くべし」亦三十三に華厳経の時を説いて云く「十二部経・修多羅の中の微細の義を我先に已に諸の菩薩の為に説くが如し」。
此くの如き等の文は皆諸仏・世に出で給いて一切経の初めには必ず華厳経を説き給いし証文なり。
問うて云く無量義経に云く「初めに四諦を説き、乃至・次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く」此くの如き文は般若経の後に華厳

206 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 17:10:35.18 ID:gYiG4toq0
経を説くと相違如何、答えて云く浅深の次第なるか或は後分の華厳経なるか、法華経の方便品に一代の次第浅深を列ねて云く「余乗有ること無し華厳経なり若は二般若経なり若は三方等経なり」と此の意なり。
問うて云く華厳経の次に何の経を説き給うや、答えて云く阿含経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く法華経の序品に華厳経の次の経を説いて云く「若し人・苦に遭うて老病死を厭うには為に涅
槃を説く」方便品に云く「即・波羅奈に趣き、乃至・五比丘の為に説く」涅槃経に華厳経の次の経を定めて云く「即・波羅奈国に於て正法輪を転じて中道を宣説す」此等の経文は華厳経より後に阿含経を説くなり。
問うて云く阿含経の後に何の経を説き給うや、答えて云く方等経なり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く無量義経に云く「初に四諦を説き乃至・次に方等十二部経を説く」涅槃経に云く「修多羅より方等を出す」
問うて云く方等とは天竺の語・此には大乗と云う華厳・般若・法華・涅槃等は皆方等なり何ぞ独り方等部に限り方等の名を立つるや、答えて云く実には華厳・般若・法華等皆方等なり然りと雖も今方等部に於て別して方等の名を
立つること

207 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 17:11:24.60 ID:gYiG4toq0
は私の義に非ず無量義経・涅槃経の文に顕然たり、阿含の証果は一向小乗なり次に大乗を説く方等より已後皆大乗と云うと雖も大乗の始なるが故に初に従つて方等部を方等と云うなり、例せば十八界の十半
は色なりと雖も初に従つて色境の名を立つるが如し。
問うて云く方等部の諸経の後に何の経を説き給うや、答えて云く般若経なり、問うて云く何を以て之を知るや答えて云く涅槃経に云く「方等より般若を出す」
問うて云く般若経の後には何の経を説き給うや、答えて云く無量義経なり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く仁王経に云く「二十九年中」無量義経に云く「四十余年」問うて云く無量義経には般若経の後に華厳経を列ね涅槃
経には般若経の後に涅槃経を列ぬ、今の所立の次第は般若経の後に無量義経を列ぬる相違如何、答えて云く涅槃経第十四の文を見るに涅槃経已前の諸経を列ねて涅槃経に対して勝劣を論じ而も法華経を挙げず、第九の巻に於て
法華経は涅槃経より已前なりと之を定め給う、法華経の序品を見るに無量義経は法華経の序分なり、無量義経には般若の次に華厳経を列ぬれども華厳経を初時に遣れば般若経の後は無量義経なり。
問うて云く無量義経の後

208 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 17:12:41.17 ID:gYiG4toq0
に何の経を説き給うや、答えて云く法華経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く法華経の序品に云く「諸の菩薩の為に大乗経の無量義・教菩薩法・仏所護念と名
づくるを説き給う、仏此の経を説き已つて結跏趺坐し無量義処三昧に入る」
問うて云く法華経の後に何の経を説き給うや、答えて云く普賢経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く普賢経に云く「卻て後・三月我当に般涅槃すべし、乃至・如来昔・耆闍崛山及び
余の住処に於て已に広く一実の道を分別し今も此の処に於てす」
問うて云く普賢経の後に何の経を説き給うや、答えて云く涅槃経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く普賢経に云く「卻て後・三月我当に般涅槃すべし」涅槃経三十に云く「如来何が故
ぞ二月に涅槃し給うや、亦・如来は初生・出家・成道・転法輪皆八日を以てす何ぞ仏の涅槃独り十五日なるやと云う」と大部の経大概是くの如し此より已外諸の大小乗経は次第不定なり、或は阿含経よ
り已後に華厳経を説き法華経より已後に方等般若を説く皆義類を以て之を収めて一処に置くべし。
第二に諸経の浅深を明さば、無量義経に云く「初

209 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 19:28:26.12 ID:gYiG4toq0
に四諦を説き阿含次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説き菩薩の歴劫修行を宣説す」亦云く「四十余年には未だ真実を顕わさず」又云く「無量義経は尊く過上無し」此等の文の如くんば四十余年の諸経は無量義経に劣ること疑い無き者なり。
問うて云く密厳経に云く「一切経の中に勝れたり」大雲経に云く「諸経の転輪聖王なり」金光明経に云く「諸経の中の王なり」と此等の文を見るに諸大乗経の常の習なり何ぞ一文を瞻て無量義経は四十余年の諸経に勝ると云うや、答えて云く教主釈
尊若し諸経に於て互に勝劣を説かずんば・大小乗の差別・権実の不同有るべからず、若し実に差別無きに互に差別浅深等を説かば諍論の根源・悪業起罪の因縁なり、爾前の諸経の第一は縁に随つて不定なり或は小乗の諸経に対して第一と或は報
身の寿を説くに諸経の第一なり或は俗諦・真諦・中諦等を説くに第一なりと一切の第一に非ず、今の無量義経の如きは四十余年の諸経に対して第一なり。
問うて云く法華経と無量義経と何れが勝れたるや、答えて云く法華経勝れたり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く無量義経には未だ二乗作仏と久遠実成とを明さず故に法華経に嫌われて今説の中に入るなり。

210 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 19:30:22.53 ID:gYiG4toq0
問うて云く法華経と涅槃経と何れが勝れたるや、答えて云く法華経勝るるなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く涅槃経に自ら如法華中等と説き更無所作と云う、法華経に当説を指して難信難解と云わざるが故なり。
問うて云く涅槃経の文を見るに涅槃経已前をば皆邪見なりと云う如何、答えて云く法華経は如来出世の本懐なる故に「今者已満足・今正是其時・然善男子我実成仏已来」等と説く、但し諸経の勝劣に於ては仏自ら「我
所説経典無量千万億」なりと挙げ了つて「已説・今説・当説」等と説く時、多宝仏・地より涌現して皆是真実と定め分身の諸仏は舌相を梵天に付け給う是くの如く諸経と法華経との勝劣を定め了んぬ、此の外・釈迦
一仏の所説なれば先後の諸経に対して法華経の勝劣を論ずべきに非ざるなり、故に涅槃経に諸経を嫌う中に法華経を入れず法華経は諸経に勝るる由・之を顕わす故なり、但し邪見の文に至つては法華経を覚知せ
ざる一類の人・涅槃経を聞いて悟を得る故に迦葉童子・自身並に所引を指して涅槃経より已前を邪見等と云うなり経の勝劣を論ずるには非ず。
第三に大小乗を定むることを明さば、問うて云く大小乗の差別如何、答えて云く常途の説の如くん

211 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 20:40:39.59 ID:gYiG4toq0
ば阿含部の諸経は小乗なり華厳・方等・般若・法華・涅槃等は大乗なり、或は六界を明すは小乗・十界を明すは大乗な
り、其の外・法華経に対して実義を論ずる時・法華経より外の四十余年の諸大乗経は皆小乗にして法華経は大乗なり。
問うて云く諸宗に亘て我所拠の経を実大乗と謂い余宗所拠の経を権大乗と云うこと常の習いなり末学に於ては是非定め難し、未だ聞知せず法華経に対して諸大乗経を小乗と称する証文如何、答えて云く宗宗の立義互
に是非を論ず就中末法に於て世間出世に就て非を先とし是を後とす自ら是非を知らず愚者の歎くべき所なり、但し且く我等が智を以て四十余年の現文を観るに此の言を破する文無ければ人の是非を信用すべからざ
るなり、其の上・法華経に対して諸大乗経を小乗と称することは自答を存すべきに非ず、法華経の方便品に云く「仏は自ら大乗に住し給えり、乃至・自ら無上道大乗平等の法を証しき若し小乗を以て化すること乃至一人に於て
せば我即ち慳貪に堕せん、此の事は為て不可なり」此の文の意は法華経より外の諸経を皆小乗と説けるなり、亦寿量品に云く「小法を楽う」と此等の文は法華経より外の四十余年の諸経を皆小乗と説けるなり、天台・妙楽

212 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 21:48:15.07 ID:gYiG4toq0
の釈に於て四十余年の諸経を小乗なりと釈すとも他師之を許すべからず故に但経文を出すなり。第四に且らく権経を閣いて実経に就くことを明さば、問うて云く証文如何、答えて云く十の
証文有り法華経に云く「但大乗経典を受持することを楽て乃至余経の一偈をも受けざれ」是一涅槃経に云く「了義経に依つて不了義経に依らざれ」四十余年を不了義経と云う、是二法華経に云く「此の経は持
ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり是の如き人は諸仏の歎めたもう所なり、是れ則ち勇猛なり是れ則ち精進なり是を戒を持ち頭陀を行ずる者と名く」末代に於て四十余年の持戒無し、唯法華経を持つを持戒と為す是三
涅槃経に云く「乗に緩なる者に於ては乃ち名けて緩と為す戒緩の者に於ては名けて緩と為さず菩薩摩訶薩・此の大乗に於て心懈慢せずんば是を奉戒と名づく正法を護らんが為に大乗の水を以
て而も自ら澡浴す是の故に菩薩・破戒を現ずと雖も名づけて緩と為さず」此の文は法華経の戒を流通する文なり是四法華経第四に云く「妙法華経・乃至・皆是真実」此
の文は多宝の証明なり是五法華経第八普賢菩薩の誓に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せ

213 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 21:49:45.76 ID:gYiG4toq0
ざらしめん」是六法華経第七に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に於て断絶せしむること無けん」釈迦如来の誓なり是七法華経第四に多宝並に十方諸仏来集の意趣を説いて云く「法をして久しく住せしめんが故に此に来至し給えり」是八法華経第七に法華経
を行ずる者の住処を説いて云く「如来の滅後に於て応に一心に受持・読・誦・解説・書写して説の如く修行すべし所在の国土に乃至・若は経巻所住の処若は園の中に於ても若は林の中に於ても若は樹の下に於ても若は僧坊に於て
も若は白衣の舎にても若は殿堂に在つても若は山谷曠野にても是の中に皆塔を起て供養すべし所以は何ん当に知るべし是の処は即ち是れ道場なり諸仏此に於
て阿耨多羅三藐三菩提を得給う」是九法華経の流通たる涅槃経の第九に云く「我涅槃の後正法未だ滅せず余の八十年・爾時に是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし是の時当に諸の悪比丘有るべ
し是の経を抄掠して分つて多分と作し能く正法の色香美味を滅す是の諸の悪人復是の如き経典を読誦すと雖も如来深密の要義を滅除して世間荘厳の文を安置し無義の語を飾り前を抄て後に著け後を抄て前に著け前後を中に著け中を前後に著けん当に知るべし是くの

214 :名無しさん@入浴中:2014/09/07(日) 21:50:43.50 ID:gYiG4toq0
如き諸の悪比丘は是魔の伴侶なり、乃至・譬えば牧牛女の多く水を乳に加うるが如く諸の悪比丘も亦復是の如し雑るに世語を以てし錯りて是の経を定む多くの衆生をして正説・正写・正取・尊重・讃歎・供養・恭敬することを得ざらしむ是の悪比丘は利養の為の故に是の経を
広宣流布すること能わず分流すべき所少く言うに足らず彼の牧牛の貧窮の女人展転して乳を売るに乃至糜と成して乳味無きが如し、是の大乗経典・大涅槃経も亦復是の如く展転薄淡にして気味有ること無し気味無しと雖も猶余経に勝る是れ一千倍なること彼の乳味の諸
の苦味に於て千倍勝ると為すが如し何を以ての故に是の大乗経典・大涅槃経は声聞の経に於て最上首為り」是十。
問うて云く不了義経を捨てて了義経に就くとは、大円覚修多羅了義経・大仏頂如来密因修証了義経是の如き諸大乗経は皆了義経なり依用と為す可きや、答えて云く了義・不了義は所対に随つて不同なり二乗菩薩等の所説の不了義に対すれば一代の仏説皆了義なり仏
説に就て小乗経は不了義・大乗経は了義なり大乗に就て又四十余年の諸経は不了義経・法華・涅槃・大日経等は了義経なり而るに円覚・大仏頂等の諸経は小乗及び歴劫修行の不了義経に対すれば了

215 :名無しさん@入浴中:2014/09/08(月) 19:03:18.29 ID:ParvgRLp0
義経なり法華経の如き了義には非ざるなり。問うて云く華厳・法相・三論等の天台真言より已外の諸宗の高祖・各其の依憑の経経に依つて其の経経の深義を極めたりと欲えり是れ爾る可しや如何、答えて云く華厳
宗の如きは華厳経に依つて諸経を判じて華厳経の方便と為すなり、法相宗の如きは阿含・般若等を卑しめ華厳・法華・涅槃を以て深密経に同じ同じく中道教と立つると雖も亦法華・涅槃は一類の一乗を説くが
故に不了義経なり深密経には五性各別を論ずるが故に了義経と立つるなり、三論宗の如きは二蔵を立てて一代を摂し大乗に於て浅深を論ぜず而も般若経を以て依憑と為す、此等の諸宗の高祖・多分は四依の
菩薩なるか定めて所存有らん是非に及ばず。然りと雖も自身の疑を晴らさんが為に且らく人師の異解を閣いて諸宗の依憑の経経を開き見るに華厳経は旧訳は五十・六十・新訳は八十・四十・其の中に法華涅槃の如く一代聖教を集め
て方便と為すの文無し、四乗を説くと雖も其の中の仏乗に於て十界互具・久遠実成を説かず但し人師に至つては五教を立てて先の四教に諸経を収めて華厳経の方便と為す、法相宗の如きは三時教を立つる時・法華等を以て深密経に同
ずと雖も深密経五巻

216 :名無しさん@入浴中:2014/09/08(月) 20:15:56.83 ID:ParvgRLp0
を開き見るに全く法華等を以て中道の内に入れず。三論宗の如きは二蔵を立つる時・菩薩蔵に於て華厳法華等を収め般若経に同ずと雖も新古の大般若経を開き見るに全く大般若を以て法華涅槃に同ずるの文無し
華厳は頓教・法華は漸教等とは人師の意楽にして仏説に非ざるなり。
法華経の如きは序分無量義経に慥に四十余年の年限を挙げ華厳・方等・般若等の大部の諸経の題名を呼んで未顕真実と定め正宗の法華経に至つて一代の勝劣を定むる時・我が所説の経典・無量千万億・已説・今
説・当説の金言を吐いて、而も其の中に於て此の法華経は最も難信難解なりと説き給う時・多宝仏・地より涌出し妙法蓮華経皆是真実と証誠し分身の諸仏十方より悉く一処に集つて舌を梵天に付け給う。
今此の義を以て余推察を加うるに唐土・日本に渡れる所の五千七千余巻の諸経・以外の天竺・竜宮・四王天・過去の七仏等の諸経並に阿難の未結集の経・十方世界の塵に同ずる諸経の勝劣・浅深・難易・掌中に在
り無量千万億の中に豈釈迦如来の所説の諸経を漏らす可けんや已説・今説・当説の年限に入らざる諸経之れ有るべきや願わくば末代の諸人且らく諸宗の高祖の弱文・無義を閣きて釈迦多宝十方諸仏の強文有

217 :名無しさん@入浴中:2014/09/08(月) 20:49:58.32 ID:ParvgRLp0
義を信ず可し、何に況や諸宗の末学・偏執を先と為し末代の愚者人師を本と為して経論を抛つ者に依憑すべきや、故に法華の流通たる雙林最後の涅槃経に仏・迦葉童子菩薩に遺言して言
く「法に依つて人に依らざれ義に依つて語に依らざれ智に依つて識に依らざれ了義経に依つて不了義経に依らざれ」と云云。
予世間を見聞するに自宗の人師を以て三昧発得智慧第一と称すれども無徳の凡夫として実経に依つて法門を信ぜしめず不了義の観経等を以て時機相応の教と称し了義の法華涅槃を閣い
て譏つて理深解微の失を付け如来の遺言に背いて「人に依つて法に依らざれ・語に依つて義に依らざれ・識に依つて智に依らざれ・不了義経に依つて了義経に依らざれ」と談ずるに非ずや、請い願
わくば心有らん人は思惟を加えよ如来の入滅は既に二千二百余の星霜を送れり文殊・迦葉・阿難・経を結集して已後・四依の菩薩重ねて出世し論を造り経の意を申ぶ末の論師に至つて漸く誤り
出来す亦訳者に於ても梵漢未達の者・権教宿習の人有つて実の経論の義を曲げて権の経論の義を存せり、之に就て亦唐土の人師・過去の権教の宿習の故に権の経論心に叶う間・実経の義を用
いず或は少し自義に違う文有れ

218 :名無しさん@入浴中:2014/09/08(月) 22:29:29.83 ID:ParvgRLp0
ば理を曲げて会通を構え以て自身の義に叶わしむ、設い後に道理と念うと雖も或は名利に依り或は檀那の帰依に依つて権宗を捨てて実宗に入らず、世間の道俗亦無智の故に理非
を弁えず但・人に依つて法に依らず設い悪法たりと雖も多人の邪義に随つて一人の実説に依らず、而るに衆生の機多くは流転に随う設い出離を求むとも亦多分は権経に依る、但恨む
らくは悪業の身・善に付け悪に付け生死を離れ難きのみ、然りと雖も今の世の一切の凡夫設い今生を損すと雖も上に出す所の涅槃経第九の文に依つて且らく法華・涅槃を信ぜよ其
の故は世間の浅事すら展転多き時は虚は多く実は少し況や仏法の深義に於てをや、如来の滅後二千余年の間・仏法に邪義を副え来り万に一も正義無きか一代の聖教多
分は誤り有るか、所以に心地観経の法爾無漏の種子・正法華経の属累の経末・婆沙論の一十六字・摂論の識の八九・法華論と妙法華経との相違・涅槃論の法華煩
悩所汚の文・法相宗の定性無性の不成仏・摂論宗の法華経の一称南無の別時意趣・此等は皆訳者人師の誤りなり、此の外に亦四十余年の経経に於て多くの誤
り有るか設い法華涅槃に於て誤有るも誤無きも四十余年の諸経を捨てて法華涅槃に随

219 :名無しさん@入浴中:2014/09/09(火) 22:13:02.02 ID:aBuzb/SJ0
可し其の証上に出し了んぬ況や誤り有る諸経に於て信心を致す者・生死を離るべきや。大文の第二に正像末に就て仏法の興廃有ることを明すとは、之に就て二有り、一には爾前四十余年の内の諸経と浄
土の三部経と末法に於て久住・不久住を明す、二には法華涅槃と浄土の三部経並に諸経との久住・不久住を明す。
第一に爾前四十余年の内の諸経と浄土の三部経と末法に於て久住・不久住を明すとは、問うて云く如来の教法は大小・浅深・勝劣を論ぜず但時機に依つて之を行ぜば定めて利益有るべきなり、然るに賢劫・
大術・大集等の諸経を見るに仏滅後二千余年已後は仏法皆滅して但・教のみ有つて行証有るべからず、随つて伝教大師の末法灯明記を開くに我延暦二十年辛巳一千七百五十歳一説なり延暦二十年よ
り已後亦四百五十余歳なり既に末法に入れり、設い教法有りと雖も行証無けん、然るに於ては仏法を行ずる者・万が一も得道有り難きか、然るに雙観経の「当来の世・経道滅尽せんに我慈悲哀愍を以て特り
此の経を留め止住せんこと百歳ならん其れ衆生の斯の経に値うこと有らん者は意の所願に随つて皆得道す可し」等の文を見るに釈迦如来一代の聖教皆滅尽の後・唯特り雙観経の念仏のみを

220 :名無しさん@入浴中:2014/09/09(火) 22:15:40.55 ID:aBuzb/SJ0
留めて衆生を利益す可しと見え了んぬ。
此の意趣に依つて粗浄土家の諸師の釈を勘うるに其の意無きに非ず、道綽禅師は「当今末法は是れ五濁悪世なり唯浄土の一門のみ通入すべき路なり」と書し、善導和尚は「万年に三宝滅して此の経のみ
住すること百年なり」と宣べ、慈恩大師は「末法万年に余経悉く滅し弥陀の一教利物偏に増さん」と定め、日本国の叡山の先徳慧心僧都は一代聖教の要文を集めて末代の指南を教ゆる往生要集の序に云
く「夫れ往生極楽の教行は濁世末代の目足なり道俗貴賤誰か帰せざる者あらん但し顕密の教法は其の文一に非ず事理の業因其の行惟れ多し利智精進の人は未だ難しと為ず予が如き頑魯の者豈敢てせ
んや」乃至・次下に云く「就中念仏の教は多く末代経道滅尽の後の濁悪の衆生を利する計りなり」と、総じて諸宗の学者も此の旨を存す可し殊に天台一宗の学者誰か此の義に背く可けんや如何、答えて云く爾前
四十余年の経経は各時機に随つて而も興廃有るが故に多分は浄土の三部経より已前に滅尽有る可きか、諸経に於ては多く三乗現身の得道を説く故に末代に於ては現身得道の者之少きなり十方の往生浄土は多
くは末代の機に蒙らしむ、之に就て西方極楽は

221 :名無しさん@入浴中:2014/09/09(火) 22:17:13.39 ID:aBuzb/SJ0
娑婆隣近なるが故に最下の浄土なるが故に日輪東に出で西に没するが故に諸経に多く之を勧む、随つて浄土の祖師のみ独り此の義を勧むるのみに非ず
天台妙楽等も亦爾前の経に依るの日は且らく此の筋あり、亦独り人師のみに非ず竜樹・天親も此の意有り、是れ一義なり、亦仁王経等の如きは浄土の三部経より尚久く末法万年の後・八千年住す可しとなり、故に爾前の諸経に於ては一定すべからず。
第二に法華涅槃と浄土の三部経との久住・不久住とを明さば、問うて云く法華・涅槃と浄土の三部経と何れが先に滅すべきや、答えて云く法華涅槃より已前に浄土の三部経は滅す可きなり、問うて云く何を
以て之を知るや、答えて云く無量義経に四十余年の大部の諸経を挙げ了つて「未顕真実」と云う故に雙観経等の「特り此の経を留む」の言は皆方便なり虚妄なり、華厳・方等・般若・観経等の速疾歴劫の往生
成仏は無量義経の実義を以て之を検うるに無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐれども終に無上菩提を成ずることを得ず、乃至・険き逕を行くに留難多きが故にと云う経なり、往生成仏倶に別時意趣なり、大集・雙観経等
の住滅の先後は皆随宜の一説なり、法華経に来らざる已前は彼の外道の説に同じ

222 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 13:31:19.78 ID:DtwwsgZE0
田村は水川叩きを誤魔化しきれずに逃亡か
念仏野郎GJ

223 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 20:05:19.46 ID:lAzY2ViA0
、譬えば江河の大海に趣かず民臣の大王に随わざるが如し、身を苦しめ行を作すとも法華涅槃に至らずんば一分の利益無く有因無果の外道なり、在世滅後倶に教有つて人無く行有つて証無
きなり諸木は枯るると雖も松柏は萎まず衆草は散ると雖も鞠竹は変ぜず法華経も亦復是くの如し釈尊の三説・多宝の証明・諸仏の舌相偏に令法久住に在るが故なり。
問うて云く諸経滅尽の後特り法華経のみ留る可き証文如何、答えて云く法華経の法師品に釈尊自ら流通せしめて云く「我が所説の経典無量千万億已に説き今説き当に説かん而も其の中
に於て此の法華経最も為れ難信難解なり」と云云、文の意は一代五十年の已今当の三説に於て最第一の経なり、八万聖教の中に殊に未来に留めんと欲して
説き給えるなり、故に次の品に多宝如来は地より涌出し分身の諸仏は十方より一処に来集し釈迦如来は諸仏を御使として八方・四百万億那由佗の世界に充満せる菩薩・二乗・人天・八部
等を責めて多宝如来並に十方の諸仏・涌出来集の意趣は偏に令法久住の為なり、各三説の諸経滅尽の後・慥に未来五濁難信の世界に於て此の経を弘めんとの誓言を立てよと云える時に二
万の菩薩・八十万億那由佗の菩薩・各

224 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 20:06:04.41 ID:lAzY2ViA0
誓状を立てて云く「我身命を愛せず但無上道を惜む」と、千世界の微塵の菩薩・文殊等皆誓つて云く「我等仏の滅後に於て、乃至・当に広く此の経を説
くべし」と云云、其の後・仏十喩を挙げ給う、其の第一の喩は川流江河を以て四十余年の諸経に譬え法華経を以て大海に譬う、末代濁悪の無慚無愧の大旱〓の時・四味の川流江河は渇ると
雖も法華経の大海は減少せず等と説き了つて、次下に正しく説いて云く「我滅度の後・後の五百歳の中に広宣流布し閻浮提に於て断絶せしむること無けん」と定め了んぬ。
倩文の次第を案ずるに我滅度後の次の後の字は四十余年の諸経滅尽の後の後の字なり、故に法華経の流通たる涅槃経に云く「応に無上の仏法を以て諸の菩薩に付すべし諸の菩薩は善
能く問答するを以てなり是くの如き法宝は則ち久住することを得・無量千世にも増益熾盛にして衆生を利安すべし」已上此の如き等の文は法華涅槃は無量百歳にも絶ゆ可からざる経なり、此の
義を知らざる世間の学者・大集権門の五五百歳の文を以て此の経に同じ浄土の三部経より已前に滅尽す可しと存ずる立義は一経の先後起尽を忘れたるなり。
問うて云く上に挙ぐる所の曇鸞・道綽・善導・慧心等の諸

225 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 20:07:01.03 ID:lAzY2ViA0
師は皆法華・真言等の諸経に於て末代不相応の釈を作る之に依つて源空並に所化の弟子・法華・真言等を以て雑行と立て難行道
と疎み、行者をば群賊・悪衆・悪見の人等と罵り、或は祖父が履に類し聖光房の語或は絃歌等にも劣ると云う南無房の語其の意趣を尋ぬれば偏に時機不相応の義を存するが故なり、此等
の人師の釈をば如何に之を会すべきや、答えて云く釈迦如来一代五十年の説教・一仏の金言
に於て権実二教を分ち権経を捨てて実経に入らしむる仏語顕然たり、此に於て若但讃仏乗・衆生没在苦の道理を恐れ且らく四十二年の権経を説くと雖も若以小乗化・乃至於一人我則堕
慳貪の失を脱れんが為に入大乗為本の義を存し本意を遂げ法華経を説き給う。
然るに涅槃経に至つて我滅度せば必ず四依を出して権実二教を弘通せしめんと約束し了んぬ、故に竜樹菩薩は如来の滅後八百年に出世して十住毘婆沙等の権論を造りて華厳・方等・般
若等の意を宣べ大論を造りて般若法華の差別を分ち、天親菩薩は如来の滅後・九百年に出世して倶舎論を造りて小乗の意を宣べ唯識論を造りて方等部の意を宣べ最後に仏性論を造りて
法華涅槃の意を宣べ了教不了教を分ちて敢て仏の遺言に違わず、

226 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 20:22:10.68 ID:lAzY2ViA0
末の論師並に訳者の時に至つては一向に権経に執するが故に実経を会して権経に入れ権実雑乱の失・出来せり、亦人師の
時に至つては各依憑の経を以て本と為すが故に余経を以て権経と為す是より弥仏意に背く。
而るに浄土の三師に於ては鸞・綽の二師は十住毘婆沙論に依つて難易・聖浄の二道を立つ若し本論に違して法華真言等を以て難易の内に入れば信用に及ばじ、随つて浄土論註並に安楽
集を見るに多分は本論の意に違わず、善導和尚は亦浄土の三部経に依つて弥陀称名等の一行一願の往生を立つる時・梁・陳・隋・唐の四代の摂論師総じて一代聖教を以て別時意趣と定む
、善導和尚の存念に違するが故に摂論師を破する時・彼の人を群賊等に譬う順次生の功徳を賊するが故に其の所行を難行と称することは必ず万行を以て往生の素懐を遂ぐる故に此の人を責む
る時に千中無一と嫌えり、是の故に善導和尚も雑行の言の中に敢えて法華真言等を入れず。
日本国の源信僧都は亦叡山第十八代の座主・慈慧大師の御弟子なり多くの書を造れることは皆法華を弘めんが為なり、而るに往生要集を造る意は爾前四十余年の諸経に於て往生・成仏の
二義有り成仏の難行に対して往生易行の義を

227 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 20:23:06.24 ID:lAzY2ViA0
存し往生の業の中に於て菩提心観念の念仏を以て最上と為す、故に大文第十の問答料簡の中・第七の諸行勝劣門に於ては念仏を以て最勝と為し次下に爾前最勝の念仏を以
て法華経の一念信解の功徳に対して勝劣を判ずる時・一念信解の功徳は念仏三昧より勝るる百千万倍なりと定め給えり、当に知るべし往生要集の意は爾前最上の念仏を以て法華
最下の功徳に対して人をして法華経に入らしめんが為に造る所の書なり、故に往生要集の後に一乗要決を造つて自身の内証を述ぶる時・法華経を以て本意と為すなり。
而るに源空並に所化の衆此の義を知らざるが故に法華真言を以て三師並に源信所破の難聖雑並に往生要集の序の顕密の中に入れて三師並に源信を法華真言の謗法の人と為す、其
の上日本国の一切の道俗を化して法華真言に於て時機不相応の旨を習わしめ在家出家の諸人に於て法華真言の結縁を留む豈仏の記し給う所の「悪世中比丘邪智心諂曲」の人に非ずや、亦則ち一切世間の仏種を断ずの失を免る可けんや。
其の上・山門・寺門・東寺・天台並に日本国中に法華真言を習う諸人を群賊・悪衆・悪見の人等に譬うる源空が重罪何れの劫にか其の苦果を経尽す可きや、法華経の法師品に持経者

228 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 20:24:02.69 ID:oZrzrBZz0

虚しいね。

229 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 22:14:51.89 ID:eP12KI2+0
りお王子、クサチビ、田村は3大キモ客だが、店を傾かせたのは田村だけだな

230 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 22:48:32.14 ID:lAzY2ViA0
を罵る罪を説いて云く「若し悪人有つて不善の心を以て一劫の中に於て現に仏前に於て常に仏を毀罵せん其の罪尚軽し若し人・一つの悪言を以て在家出家の法華経を読誦
する者を毀〓せん其の罪甚だ重し」已上経文一人の持者を罵る罪すら尚是くの如し況や書を造り日本国の諸人に罵らしむる罪をや、何に況や此の経を千中無一と定めて法華経
を行ずる人に疑を生ぜしむる罪をや、何に況や此の経を捨てて観経等の権経に遷らしむる謗法の罪をや、願わくば一切の源空が所化の四衆頓に選択集の邪法を捨てて忽に法華経に遷り今度阿鼻の炎を脱れよ。
問うて云く正しく源空が法華経を誹謗する証文如何、答えて云く法華経の第二に云く「若し人信ぜずして斯の経を毀謗せば則一切世間の仏種を断ぜん」経文不信の相貌は人をして
法華経を捨てしむればなり、故に天親菩薩の仏性論の第一に此の文を釈して云く「若し大乗に憎背する者此は是れ一闡提の因なり衆生をして此の法を捨てしむるを為の故に」論文謗法の相貌は此の法を捨て
しむるが故なり、選択集は人をして法華経を捨てしむる書に非ずや閣抛の二字は仏性論の憎背の二字に非ずや、亦
法華経誹謗の相貌は四十余年の諸経の如く小善成

231 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 22:49:11.97 ID:lAzY2ViA0
仏を以て別時意趣と定むる等なり。
故に天台の釈に云く「若し小善成仏を信ぜずんば則世間の仏種を断ずるなり」妙楽重ねて此の義を宣べて云く「此の経は遍く六道の仏種を開す若し此の経を謗ぜば義・断に当るなり」釈迦多宝十方の
諸仏・天親・天台・妙楽の意の如くんば源空は謗法の者なり所詮選択集の意は人をして法華真言を捨てしめんと定めて書き了んぬ謗法の義疑い無き者なり。
大文の第三に選択集謗法の縁起を出さば、問うて云く何れの証拠を以て源空を謗法の者と称するや、答えて云く選択集の現文を見るに一代聖教を以て二つに分つ一には聖道・難行・雑行・二には浄土
・易行・正行なり、其の中に聖・難・雑と云うは華厳・阿含・方等・般若・法華・涅槃・大日経等なり取意浄・易・正とは浄土の三部経の称名念仏等なり取意聖・難・雑の失を判ずるには末代の凡夫之を
行ぜば百の時に希に一二を得・千の時に希に三五を得ん或は千が中に一も無し或は群賊・悪衆・邪見・悪見・邪雑の人等と定むるなり、浄・易・正の得を判ずるには末代の凡夫之を行ぜば十は即十生し百は即百生せん等なり謗法の邪義是なり。
問うて云く一代聖教を聖道・浄土・難行・易行・正行・雑行と

232 :名無しさん@入浴中:2014/09/10(水) 22:50:20.11 ID:lAzY2ViA0
分ち其の中に難・聖・雑を以て時機不相応と称すること源空一人の新義に非ず曇鸞・道綽・善導の三師の義なり、此亦此等の人師の私の
案に非ず其の源は竜樹菩薩の十住毘婆沙論より出でたり、若し源空を謗法の者と称せば竜樹菩薩並に三師を謗法の者と称するに非ずや、答えて云く竜樹菩薩並に三師の意は法華已
前の四十余年の経経に於て難易等の義を存す、而るに源空より已来竜樹並に三師の難行等の語を借りて法華真言等を以て難・雑等の内に入れぬ、所化の弟子・師の失を知らずして此の邪義を
以て正義と存じ此の国に流布せしむるが故に国中の万民悉く法華・真言に於て時機不相応の想を作す、其の上世間を貪る天台真言の学者世の情に随わんが為に法華真言に於て
時機不相応の悪言を吐いて選択集の邪義を扶け、一旦の欲心に依つて釈迦多宝並に十方諸仏の御評定の「令法久住・於閻浮提広宣流布」の誠言を壊り一切衆生をして三世十方
の諸仏の舌を切る罪を得せしむ、偏に是れ悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為得たりと謂い、乃至・悪鬼其の身に入り仏の方便随宜所説の法を知らざる故なり。
問うて云く竜樹菩薩並に三師は法華真言等を以て難・聖・雑の中に入れ

233 :名無しさん@入浴中:2014/09/11(木) 18:09:34.92 ID:ZoR2d/Ok0
ざりしを源空私に之を入るるとは何を以て之を知るや、答えて云く遠く余処に証拠を尋ぬ可きに非ず即選択集に之を見たり、問うて云く其の証文如何、答えて云く選択集の第一篇に云く道綽禅師・聖道浄土の二門を立て而して聖道を捨てて正しく浄
土に帰するの文と約束し了つて、次下に安楽集を引いて私の料簡の段に云く「初に聖道門とは之に就て二有り・一には大乗・二には小乗なり大乗の中に就て顕密権実等の不同有りと雖も今此の集の意は唯顕大及以び権大を存す故に歴劫迂回の
行に当る之に準じて之を思うに応に密大及以び実大をも存すべし」已上選択集の文なり、此の文の意は道綽禅師の安楽集の意は法華已前の大小乗経に於て聖道浄土の二門を分つと雖も我私に法華・真言等の実大・密大を以て四十余年の権大
乗に同じて聖道門と称す「準之思之」の四字是なり、此の意に依るが故に亦曇鸞の難易の二道を引く時亦私に法華真言を以て難行道の中に入れ善導和尚の正雑二行を分つ時も亦私に法華真言を以て雑行の内に入る総じて選択集の十六段に
亘つて無量の謗法を作す根源は偏に此の四字より起る誤れるかな畏しきかな。爰に源空の門弟・師の邪義を救つて云く諸宗の常の習い設い経論
 

234 :名無しさん@入浴中:2014/09/11(木) 18:10:28.86 ID:ZoR2d/Ok0
の証文無しと雖も義類の同じきを聚めて一処に置く而も選択集の意は法華真言等を集めて雑行の内に入れ正行に対して之を捨つ偏に経の法体を嫌うに非ず但風勢無き末代の衆
生を常没の凡夫と定め此の機に易行の法を撰ぶ時・称名の念仏を以て其の機に当て易行の法を
以て諸教に勝ると立つ権実浅深の勝劣を詮ずるに非ず、雑行と云うも嫌つて雑と云うに非ず雑と云うは不純を雑と云う其の上諸の経論並に諸師も此の意無きに非ず故に叡山の先徳の往生要集の意偏に是の義なり。
所以に往生要集の序に云く「顕密の教法は其の文一に非ず事理の業因其の行惟れ多し利智精進の人は未だ難しと為ず予が如き頑魯の者豈敢てせんや是の故に念仏の一門に依る」と云云、此の序の意は慧心先徳も法華真言等を破
するに非ず但偏に我等頑魯の者の機に当つて法華真言は聞き難く行じ難きが故に我身鈍根なるが故なり敢て法体を嫌うに非ず、其の上序より已外正宗に至るまで十門有り大文第八の門に述べて云く「今念仏を勧むること是れ余の種種の
妙行を遮するに非ず只是れ男女・貴賤・行住坐臥を簡ばず時処諸縁を論ぜず之を修するに難からず乃至・臨終には往生を願求するに其の便宜を得ること念仏には如かず」

235 :名無しさん@入浴中:2014/09/11(木) 18:11:03.63 ID:ZoR2d/Ok0
已上此等の文を見るに源空の選択集と源信の往生要集と一巻三巻の不同有りと雖も一代聖教の中には易行を撰んで末代の愚人を救わんと欲する意趣は但同じ事なり、源空上人・法
華真言を難行と立てて悪道に堕せば慧心先徳も亦此の失を免るべからず如何、答えて云く汝・師の謗法の失を救
わんが為に事を源信の往生要集に寄せて謗法の上に弥重罪を招く者なり其の故は釈迦如来五十年の説教に総じて先き四十二年の意を無量義経に定めて云く「険逕を行くに留難多き故に」と無量義経の已後を定めて云く「大直道を
行くに留難無きが故に」と仏自ら難易・勝劣の二道を分ちたまえり、仏より外等覚已下末代の凡師に至るまで自義を以て難易の二道を分ち此の義に背く者は外道魔王の説に同じきか、随つて四依の大士・竜樹菩薩の十住毘婆沙論に
は法華已前に於て難易の二道を分ち敢て四十余年已後の経に於て難行の義を存せず、其の上若し修し易きを以て易行と定めば法華経の五十展転の行は称名念仏より行じ易きこと百千万億倍なり、若し亦勝を以て易行と定
めば分別功徳品に爾前四十余年の八十万億劫の間の檀・戒・忍・進・念仏三昧等先きの五波羅蜜の功徳を以て法華経の一念信解の功徳に比

236 :名無しさん@入浴中:2014/09/12(金) 09:03:32.41 ID:dBxfyIib0
田村はミンクスレでもバカにされてるwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww

237 :名無しさん@入浴中:2014/09/12(金) 20:30:53.95 ID:5mWy2eiQ0
するに一念信解の功徳は念仏三昧等の先きの五波羅蜜に勝るる事百千万億倍なり、難易・勝劣と云い行浅功深と云い観経等の念仏三昧を法華経に比するに難行の中の極難行・劣が中の極劣なり。
其の上悪人愚人を扶くること亦教の浅深に依る阿含十二年の戒門には現身に四重五逆の者に得道を許さず、華厳方等般若雙観経等の諸経は阿含経より教深き故に勧門の時は重罪の者を摂すと雖も猶戒
門の日は七逆の者に現身の受戒を許さず、然りと雖も決定性の二乗・無性の闡提に於て誡勧共に之を許さず、法華涅槃等には唯五逆七逆謗法の者を摂するのみに非ず亦定性無性をも摂す、就中末法に於ては
常没の闡提之多し豈観経等の四十余年の諸経に於て之を扶く可けんや無性の常没・決定性の二乗は但法華涅槃等に限れり、四十余年の経に依る人師は彼の経の機と取る此の人は未だ教相を知らざる故なり。
但し往生要集は一往序分を見る時は法華真言等を以て顕密の内に入れて殆ど末代の機に叶わずと書すと雖も文に入つて委細に一部三巻の始末を見るに、第十の問答料簡の下に正しく諸行の勝劣を定むる時・観
仏三昧・般舟三昧・十住毘婆沙論・宝積・大集等の爾前の経論を引いて一切の万行に対して念仏

238 :名無しさん@入浴中:2014/09/12(金) 20:32:04.34 ID:5mWy2eiQ0
三昧を以て王三昧と立て了んぬ、最後に一つの問答有り爾前の禅定・念仏三昧を以て法華経の一念信解に対す
るに百千万億倍劣ると定む、復問を通ずる時念仏三昧を万行に勝るると云うは爾前の当分なりと云云、当に知るべし慧心の意は往生要集を造つて末代の愚機を調えて法華経に入れんが為なり、例せば仏の四十余
年の経を以て権機を調え法華経に入れ給うが如し。
故に最後に一乗要決を造る其の序に云く「諸宗の権実は古来の諍いなり倶に経論に拠て互いに是非を執す、余寛弘丙午の歳冬十月病中に歎いて云く仏法に遇うと雖も仏意を了せず若し終に手を空うせば後悔何ぞ追わ
ん、爰に経論の文義・賢哲の章疏或は人をして尋ねしめ或は自ら思択し全く自宗他宗の偏党を捨つる時・専ら権智実智の深奥を深ぐるに終に一乗は真実の理・五乗は方便の説を得る者なり、既に今生の蒙を開く何ぞ夕死の恨を
残さんや」已上此の序の意は偏に慧心の本意を顕すなり、自宗他宗の偏党を捨つるの時浄土の法門を捨てざらんや一乗は真実の理と得る時専ら法華経に依るに非ずや、源信僧都は永観二年甲申の冬十一月往
生要集を造り寛弘二年丙午の冬十月の比・一乗要決を作る其の中間二十余年なり権を先

239 :名無しさん@入浴中:2014/09/12(金) 21:08:44.03 ID:5mWy2eiQ0
にし実を後にする宛も仏の如く亦竜樹・天親・天台等の如し、汝往生要集を便りとして師の謗法の失を救わんと欲すれども敢
えて其の義類に似ず義類の同じきを以て一処に聚むとならば何等の義類同なるや、華厳経の如きは二乗界を隔つるが故に十界互具無し方等・般若の諸経は亦十界互具を許さず観経等の往生極楽も亦方便の往生
なり成仏往生倶に法華経の如き往生に非ず皆別時意趣の往生成仏なり。
其の上源信僧都の意は四威儀に行じ易き故に念仏を以て易行と云い四威儀に行じ難きが故に法華を以て難行と称せば天台・妙楽の釈を破する人なり所以に妙楽大師の末代の鈍者無智の者等の法華経を行ずるに
普賢菩薩並に多宝十方の諸仏を見奉るを易行と定めて云く「散心に法華を誦し禅三昧に入らず坐立行・一心に法華の文字を念ぜよ」已上此の釈の意趣は末代の愚者を摂せんが為なり散心とは定心に対する語なり誦
法華とは八巻一巻一字一句一偈題目一心一念随喜の者五十展転等なり坐立行とは四威儀を嫌わざるなり一心とは定の一心に非ず理の一心に非ず散心の中の一心なり念法華文字とは此の経は諸経の文字に似ず
一字を誦すと雖も八万宝蔵の文字を含み一切諸仏の功徳を納むるなり天台

240 :名無しさん@入浴中:2014/09/12(金) 21:09:59.63 ID:5mWy2eiQ0
大師玄義の八に云く「手に巻を執らざれども常に是の経を読み口に言声無けれども〓く衆典を誦し仏・説法せざれども恒に梵音を聞き心に思惟
せざれども普く法界を照す」已上此の文の意は手に法華経一部八巻を執らざれども是の経を信ずる人は昼夜十二時の持経者なり口に読経の声を出さざれども法華経を信ずる者は日日時時念念に一切経を読む者なり。
仏の入滅は既に二千余年を経たり然りと雖も法華経を信ずる者の許に仏の音声を留めて時時・刻刻・念念に我死せざる由を聞かしむ心に一念三千を観ぜざれども〓く十方法界を照す者なり此等の徳は偏に法華経を行ずる者に備わるな
り、是の故に法華経を信ずる者は設い臨終の時・心に仏を念ぜず口に経を誦せず道場に入らざれども心無くして法界を照し音無くして一切経を誦し巻軸を取らずして法華経八巻を拳る徳之有り是れ豈権教の念仏者の臨終正念を期して・十念の
念仏を唱えんと欲する者に・百千万倍勝るる易行に非ずや、故に天台大師文句の十に云く「都て諸教に勝るるが故に随喜功徳品と云う」妙楽大師の法華経は諸経より浅機を取る而るを人師此の義を弁えざる故に法華経の機を深く取る事を破
して云く「恐らくは人謬つて解する者初

241 :名無しさん@入浴中:2014/09/12(金) 22:37:52.68 ID:5mWy2eiQ0
心の功徳の大なることを測らずして功を上位に推り此の初心を蔑る故に今彼の行は浅く功は深きことを示して以て経力を顕す」已上以顕経力の釈の意趣は法華経は観経等の権経に勝れたるが故に行は浅く功は深し浅機
を摂むる故なり、若し慧心の先徳・法華経を以て念仏より難行と定め愚者頑魯の者を摂せずと云わば恐らくは逆路伽耶陀の罪を招かざらんや、恐人謬解の内に入らざらんや。
総じて天台・妙楽の三大部の本末の意には法華経は諸経に漏れたる愚者・悪人・女人・常没闡提等を摂し給う他師仏意を覚らざる故に法華経を諸経に同じ或は地住の機を取り或は凡夫に於ても別時意趣の義を存す、此等の邪
義を破して人天四悪を以て法華経の機と定む、種類相対を以て過去の善悪を収む人天に生ずる人豈過去の五戒十善無からんや等と定め了んぬ、若し慧心此の義に背かば豈天台宗を知れる人ならんや、而るを源空深く此の義に
迷うが故に往生要集に於て僻見を起し自ら失ち他をも誤る者なり、適宿善有つて実教に入りながら一切衆生を化して権教に還らしめ剰え実教を破せしむ豈悪師に非ずや、彼の久遠下種・大通結縁の者の如き五百・三千の塵劫を経
るが如きは法華の大教を捨てて爾前の権

242 :名無しさん@入浴中:2014/09/12(金) 22:38:36.21 ID:5mWy2eiQ0
小に遷るが故に後に権経を捨てて六道を回りぬ不軽軽毀の衆は千劫阿鼻地獄に堕つ、権師を信じ実経を弘むる者に誹謗を作したるが故なり。
而るに源空我が身唯実経を捨てて権経に入るのみに非ず人を勧めて実経を捨てて権経に入らしめ亦権人をして実経に入らしめず剰え実経の行者を罵るの罪永劫にも浮び難からんか。
問うて云く十住毘婆沙論は一代の通論なり難易の二道の内に何ぞ法華・真言・涅槃を入れざるや、答えて云く一代の諸大乗経に於て華厳経の如きは初頓後分有り初頓の華厳は二乗の成不成を論ぜず方等部の諸経には一向に二乗・無
性闡提の成仏を斥う般若部の諸経も之に同じ総じて四十余年の諸大乗経の意は法華・涅槃・大日経等の如くには二乗・無性の成仏を許さず、此等を以て之を〓うるに爾前法華の相違は水火の如し滅後の論師・竜樹・天親も
亦倶に千部の論師なり所造の論に通別の二論有り通論に於ても亦二有り四十余年の通論と一代五十年の通論となり、其の差別を分つに決定性の二乗・無性闡提の成不成を以て論の権実を定むるなり、而るに大論は竜樹菩薩の
造・羅什三蔵の訳なり此の論にも亦二乗作仏を許さず之を以て知んぬ法華已前の諸大乗経の意を申べたる論なるこ

243 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 05:19:47.32 ID:pW7BF31a0
とを。問うて云く十住毘婆沙論の何処に二乗作仏を許さざるの文出でたるや、答えて云く十住毘婆沙論の第五に云く「若し声聞地及び辟支仏地に堕する是を菩薩の死と名く則ち一切の利を失す若し地獄に堕すとも是の如き畏れを生ぜじ若
し二乗地に堕すれば則ち大怖畏と為す地獄の中に堕すとも畢竟して仏に至ることを得・若し二乗地に堕すれば畢竟して仏道を遮す」已上此の文二乗作仏を許さず宛も浄名等の「於仏法中以如敗種」の文の如し。
問うて云く大論は般若経に依つて二乗作仏を許さず法華経に依つて二乗作仏を許すの文如何、答えて云く大論の一百に云く「問うて云く更に何の法か甚深にして般若に勝れたる者あれば而も般若を以て阿難に属累し余経を以て菩薩に
属累するや、答えて云く般若波羅蜜は秘密の法に非ず而るに法華等の諸経は阿羅漢の受決作仏を説く所以に大菩薩能く受けて持用す譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」と、亦九十三に云く「阿羅漢の成仏は論義者の知る
所に非ず唯仏のみ能く了し給う」已上此等の文を以て之を思うに論師の権実は宛も仏の権実の如し而るを権経に依る人師猥りに法華等を以て観経等の権説に同じ法華・涅槃等の義を仮りて浄土三部経の徳と作

244 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 07:35:57.24 ID:pW7BF31a0
し決定性の二乗・無性の闡提・常没の往生を許す権実雑乱の失脱れ難し、例せば外典の儒者・内典を賊みて外典を荘るが如し謗法の失免れ難きか仏自ら権実を分ち給う其の詮を探るに決定性の二乗・無性有情
の成・不成是なり、而るに此の義を弁えざる訳者・爾前の経経を訳する時・二乗の作仏・無性の成仏を許す此の義を知る訳者は爾前の経を訳する時・二乗の作仏無性の成仏を許さず、之に依つて仏意を覚らざる人師も
亦爾前の経に於て決定性・無性の成仏を明すと見て法華と爾前と同じき思いを作し或は爾前の経に於て決定無性を嫌う文を見・此の義を以て了義経と為し法華・涅槃を以て不了義経と為す共に仏意を覚らず権実二
経に迷えり、此等の誤りを出さば但源空一人に限るのみに非ず天竺の論師並に訳者より唐土の人師に至るまで其の義有り、所謂地論師・摂論師の一代の別時意趣・善導・懐感の法華経の一称南無仏の別時意趣・
此等は皆権実を弁えざるが故に出来する所の誤りなり、論を造る菩薩・経を訳する三蔵・三昧発得の人師猶以て是くの如し况や末代の凡師に於てをや。
問うて云く汝末学の身として何ぞ論師並に訳者人師を破するや、答えて云く敢て此の難を致すこと勿れ摂論師並

245 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 07:37:17.08 ID:pW7BF31a0
に善導等の釈は権実二教を弁えずして猥りに法華経を以て別時意趣と立つ故に天台妙楽の釈と水火を作す
間・且らく人師の相違を閣いて経論に付て是非を〓うる時権実の二教は仏説より出でたり天親・竜樹重ねて之を定む、此の義に順ずる人師をば且らく之を仰ぎ此の義に順ぜざる人師をば且らく之を用いず敢て自義を以て是
非を定むるに非ず但相違を出す計りなり。
大文の第四に謗法の者を対治すべき証文を出さば、此れに二有り、一には仏法を以て国王大臣並に四衆に付属することを明し、二には正しく謗法の人・王地に処るをば対治す可き証文を明す、第一に仏法を以て国王大
臣並に四衆に付属することを明さば、仁王経に云く「仏・波斯匿王に告わく、乃至・是の故に諸の国王に付属して比丘・比丘尼・清信男・清信女に付属せず何を以ての故に王の威力無きが故に、乃至・此
の経の三宝をば諸の国王・四部の弟子に付属す」已上大集経二十八に云く「若し国王有つて我が法の滅せんことを見て捨てて擁護せずんば無量世に於て施戒慧を修すとも悉く皆滅失し其の国に三種の不
祥の事を出さん、乃至・命終して大地獄に生ぜん」已上仁王経の文の如くならば仏法を以て先ず国王に付属し次に

246 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 07:38:25.39 ID:pW7BF31a0
四衆に及ぼす王位に居る君・国を治むる臣は仏法を以て先と為し国を治む可きなり、大集経の文の
如くならば王臣等・仏道の為に無量劫の間・頭目等の施を施し八万の戒行を持ち無量の仏法を学ぶと雖も国に流布する所の法の邪正を直さざれば国中に大風・旱〓・大雨の三災起りて万民を逃脱せしめ王臣定めて三
悪に堕せん、又雙林最後の涅槃経の第三に云く「今正法を以て諸王・大臣・宰相・比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷に付属す、乃至・法を護らざる者をば禿居士と名く」又云く「善男子・正法を護持せん者は五戒を受け
ず威儀を修せずして応に刀剣・弓箭・鉾槊を持つべし」又云く「五戒を受けざれども正法を護るを為て乃ち大乗と名く正法を護る者は応に刀剣・器杖を執持すべし」云云四十余年の内にも梵網等の戒の如くならば国
王大臣の諸人等も一切刀杖・弓箭・矛斧闘戦の具を畜うることを得ず、若し此を畜うる者は定めて現身に国王の位・比丘・比丘尼の位を失い後生は三悪道の中に堕つ可しと定め了んぬ。
而るに今の世は道俗を択ばず弓箭・刀杖を帯せり梵網経の文の如くならば必ず三悪道に堕せんこと疑無き者なり、涅槃経の文無くんば如何にしてか之を救わん亦涅槃経の先後の文の

247 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 10:41:54.07 ID:pW7BF31a0
くならば弓箭・刀杖を帯して悪法の比丘を治し正法の比丘を守護せん者は先世の四重五逆を滅して必ず無上道を証せんと定め給う。亦金光明経の第六に云く「若し人有つて其
の国土に於て此の経有りと雖も未だ嘗て流布せず捨離の心を生じ聴聞せんことを楽わず亦供養し尊重し讃歎せず四部の衆の持経の人を見て亦復尊重し乃至供養す
ること能わず、遂に我等及び余の眷属・無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ざらしめん甘露の味に背き正法の流れを
失い威光及以び勢力有ること無く悪趣を増長し人天を損減し生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん世尊・我等四王並に諸の眷属及び薬叉等斯くの如き事を見て其の国土を捨てて擁護の心
無からん但我等のみ是の王を捨棄するに非ず亦無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん既に捨離し已りなば其の国当に種種の災禍有つて国位を喪失すべし一切の人衆皆善
心無けん唯繋縛殺害瞋諍のみ有つて互に相讒諂し枉げて辜無きに及ばん、疫病流行し彗星数数出で両日並び現じ薄蝕恒無く黒白の二虹不祥の相を表わし星流れ地
動き井の内に声を発し暴雨悪風時節に依らず常に飢饉に遭いて苗実も成らず多く他方の怨賊有つて国内を侵掠

248 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 10:42:27.12 ID:pW7BF31a0
し人民諸の苦悩を受け土地所楽の処有る事無けん」已上。
此の経文を見るに世間の安穏を祈るとも而も国に三災起らば悪法流布する故なりと知る可し而るに当世は随分国土の安穏を祈ると雖も去る正嘉元年には大地・大に動じ同二年に大雨大風苗
実を失えり定めて国を喪うの悪法此の国に有るかと勘うるなり、選択集の或る段に云く「第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経を除いて已外・大小顕密の諸経に於て受
持読誦する悉く読誦雑行と名く」と書き了つて次に書いて云く「次に二行の得失を判ぜば法華真言等の雑行は失・浄土の三部経は得なり」次下に善導和尚の往生礼讃の十即十生・百即百生・千中無一
の文を書き載せて云く「私に云く此の文を見るに弥よ雑を捨てて専を修すべし豈百即百生の専修正行を捨てて堅く千中無一の雑修雑行を執せんや行者能く之を思量せよ」已上、此等の
文を見るに世間の道俗豈諸経を信ず可けんや、次下に亦書して法華経等の雑行と念仏の正行と勝劣難易を定めて云く「一には勝劣の義・二には難易の義なり初
に勝劣の義とは念仏は是れ勝・余行は是れ劣なり次に難易の義とは念仏は修し易く諸行は修し難し」と、亦次下に法華真言等の失を定めて

249 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 10:43:17.55 ID:pW7BF31a0
云く「故に知んぬ諸行は機に非ず時を失う念仏往生のみ機に当り時を得たり」亦次下に法華・真言等の雑行の門を閉じて云く「随他の前には暫らく定散の門を開くと雖も随自の後には還つて定散の門を閉ず
一度開て以後永く閉じざるは唯・是れ念仏の一門なり」已上最後の述懐に云く「夫れ速に生死を離れんと欲せば二種の勝法の中に且らく聖道門を閣いて撰んで浄土門に入れ浄土門に入らんと欲せ
ば正雑二行の中に且らく諸の雑行を抛つて撰んで応に正行に帰すべし」已上門弟此の書を伝えて日本六十余州に充満するが故に門人・世間無智の者に語つて云く「上人は智慧第一の身と為て此の書を
造り真実の義と定め法華真言の門を閉じて後に開くの文無く抛つて後に還て取るの文無し」等と立つる間世間の道俗一同に頭を傾け其の義を訪う者には仮字を以て選択の意を宣べ或は法然上人の物語を
書す間・法華真言に於て難を付けて或は去年の暦・祖父の履に譬え或は法華経を読むは管絃より劣ると是くの如き悪書・国中に充満するが故に法華真言等国に在りと雖も聴聞せんことを楽わず偶
行ずる人有りと雖も尊重を生ぜず一向念仏者・法華経の結縁を作すをば往生の障と成ると云う故に捨離の意を生ず、

250 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 11:33:58.82 ID:pW7BF31a0
此の故に諸天・妙法を聞くことを得ず法味を甞めざれば威光勢力有ること無し四天王並に眷属・此の国を捨て日本国守護の善神捨離し已るが故に、正嘉元年に大地大に震い同二年に春の大雨苗を失い
夏の大旱〓に草木を枯し秋の大風に菓実を失い飢渇忽に起りて万民を逃脱せしむること金光明経の文の如し豈選択集の失に非ずや、仏語虚しからざる故に悪法の流布有り既に国に三災起れり而も此の悪義を対
治せずんば仏の所説の三悪を脱がる可けんや、而るに近年より予「我身命を愛せず但無上道を惜む」の文を瞻る間・雪山常啼の心を起し命を大乗の流布に替え強言を吐いて云く選択集を信じて後世を願わん人は
無間地獄に堕つ可しと、爾時に法然上人の門弟選択集に於て上に出す所の悪義を隠し或は諸行往生を立て或は選択集に於て法華真言を破らざる由を称し、或は在俗に於て選択集の邪義を知らしめざる為に妄
語を構えて云く日蓮は念仏を称うる人は三悪道に堕せんと云うと。
問うて云く法然上人の門弟・諸行往生を立つるに失有りや否や、答えて云く法然上人の門弟と称し諸行往生を立つるは逆路伽耶陀の者なり当世も亦諸行往生の義を立つ而も内心には一向に念仏往生の義を存し外には諸行

251 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 11:34:46.59 ID:pW7BF31a0
不謗の由を聞かしむるなり、抑此の義を立つる者は選択集の法華真言等に於て失を付け捨閉閣抛・群賊邪見悪見邪雑人・千中無一等の語を見ざるや否や。
第二に正しく謗法人の王地に処るを対治す可き証文を出さば、涅槃経第三に云く「懈怠にして戒を破し正法を毀る者をば王者・大臣・四部の衆応に苦治すべし善男子是の
諸の国王及び四部の衆は当に罪有るべきや不や・不なり・世尊・善男子是の諸の国王及び四部の衆は尚罪有ること無し」と、又第十二に云く「我往昔を念うに閻浮提に於て大国の
王と作り名を仙予と曰いき大乗経典を愛念し敬重し其の心純善にして麁悪嫉妬慳〓有ること無かりき、乃至善男子我爾の時に於て心に大乗を重んず婆羅門の方等を誹謗するを聞き・聞き已つて
即時に其の命根を断ちき善男子是の因縁を以て是より已来地獄に堕せず」已上。問うて云く梵網経の文を見るに比丘等の四衆を誹謗するは波羅夷罪なり而るに源空が謗法の失を顕わすは豈阿鼻の業に非
ずや、答えて曰く涅槃経の文に云く「迦葉菩薩・世尊に言さく如来何が故ぞ彼当に阿鼻地獄に堕すべしと記するや、善男子・善星比丘は多く眷属有り皆善星は是れ阿羅漢なり是れ
道果を得つと謂えり我・

252 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 12:18:52.98 ID:pW7BF31a0
彼が悪邪の心を壊らんと欲するが故に彼の善星は放逸を以ての故に地獄に堕せりと記す」已上此の文に放逸とは謗法の名なり源空も亦彼の善星の如く謗法を以ての故に無間に堕すべし所化の衆此の邪義を知ら
ざるが故に源空を以て一切智人と号し或は勢至菩薩或は善導の化身なりと云う彼が悪邪の心を壊らんが為の故に謗法の根源を顕わす梵網経の説は謗法の者の外の四衆なり仏誡めて云く「謗法の人を見て其の
失を顕わさざれば仏弟子に非ず」と、故に涅槃経に云く「我涅槃の後其の方面に随い持戒の比丘有つて威儀具足し正法を護持せば法を壊ぶる者を見て即ち能く駈遣し呵責し徴治せよ当に知るべし是人は福を
得んこと無量にして称計す可からず」亦云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり若し能く駈遣し呵責し挙処せば
是我弟子真の声聞なり」已上。予仏弟子の一分に入らんが為に此の書を造り謗法の失を顕わし世間に流布す願わくば十方の仏陀此の書に於て力を副え大悪法の流布を止め一切衆生の謗法を救わしめたまえ。
大文の第五に善知識並に真実の法に値い難きことを明さば之に付いて三有り、一には受け難き人身値い難

253 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 12:54:29.78 ID:pW7BF31a0
き仏法なることを明し、二には受け難き人身を受け値い難き仏法に値うと雖も悪知識に値うが故に三悪道に堕するを明し、三には正く末代凡夫の為の善知識を明す。
第一に受け難き人身値い難き仏法なることを明さば、涅槃経三十三に云く「爾の時に世尊・地の少土を取つて之を爪上に置き迦葉に告げて言く、是の土多きや十方世界の地土多きや、迦葉菩薩・仏に白して言く、世尊・爪
上の土は十方所有の土に比べず善男子・人有り身を捨てて還つて人身を得・三悪の身を捨てて人身を受くることを得・諸根完く具して中国に生れ正信を具足して能く道を修習し道を修習し已つて能く正道を修し正
道を修し已つて能く解脱を得・解脱を得已つて能く涅槃に入るは爪上の土の如く、人身を捨て已つて三悪の身を得・三悪の身を捨てて三悪の身を得・諸根具せずして辺地に生じ邪倒の見を信じ邪道を修
習し解脱常楽の涅槃を得ざるは十方界の所有の地土の如し」已上経文此の文は多く法門を集めて一具と為せり人身を捨てて還つて人身を受くるは爪上の土の如し人身を捨てて三悪道に堕るは十方の土の如し三悪の
身を捨てて人身を受くるは爪上の土の如く三悪の身を捨てて三悪の身を得るは十方の土の如し人身

254 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 12:56:02.56 ID:pW7BF31a0
を受くるは十方の土の如く人身を受けて六根欠けざるは爪上の土の如し人身を受けて六根を欠けざれども辺地に生ずるは十方の土の如く中国に生ずるは
爪上の土の如し中国に生ずるは十方の土の如く仏法に値うは爪上の土の如し、又云く「一闡提と作らず善根を断ぜず是の如き等の涅槃の経典を信ずるは爪上の土の如し乃至・一
闡提と作りて諸の善根を断じ是の経を信ぜざる者は十方界所有の地土の如し」已上経文此の文の如くんば法華涅槃を信ぜずして一闡提と作るは十方の土の如く法華涅槃を信ずるは爪
上の土の如し・此の経文を見て弥感涙押え難し今日本国の諸人を見聞するに多分は権教を行ず設い身口は実教を行ずと雖も心には亦権教を存ず。
故に天台大師摩訶止観の五に云く「其の癡鈍なる者は毒気深く入つて本心を失う故に既に其れ信ぜざれば則ち手に入らず、乃至・大罪聚の人なり、乃至・設い世を厭う者も下劣の乗を翫び
枝葉に攀付し狗・作務に狎れ〓猴を敬うて帝釈と為し瓦礫を崇んで是れ明珠なりとす此黒闇の人豈道を論ず可けんや」已上、源空並に所化の衆深く三毒の酒に酔うて大通結縁の本心を失う
法華涅槃に於て不信の思を作し一闡提と作り観経等の下劣の乗に依て

255 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 14:13:14.45 ID:pW7BF31a0
方便称名の瓦礫を翫び法然房の〓猴を敬うて智慧第一の帝釈と思い法華涅槃の如意珠を捨てて如来の聖教を褊するは権実二教を弁えざるが故なり。
故に弘決の第一に云く「此の円頓を聞いて崇重せざる者は良に近代大乗を習う者の雑濫に由るが故なり」大乗に於て権実二教を弁えざるを雑濫と云うなり、故に末代に於て法華経を信ずる者は爪上の
土の如く法華経を信ぜずして権教に堕落する者は十方の微塵の如し、故に妙楽歎いて云く「像末は情澆く信心寡薄にして円頓の教法蔵に溢れ函に満れども暫くも思惟せず便ち瞑目に至る
徒に生じ徒に死す一に何ぞ痛しきや」已上此の釈は偏に妙楽大師・権者たるの間遠く日本国の当代を鑒みて記し置く所の未来記なり。
問うて云く法然上人の門弟の内にも一切経蔵を安置し法華経を行ずる者有り何ぞ皆謗法の者と称せんや、答えて云く一切経を開き見て法華経を読み難行道の由を称し選択集の悪義を扶
けんが為なり経論を開くに付て弥謗法を増すこと例せば善星の十二部経・提婆達多が六万蔵の如し智者の由を称するは自身を重くし悪法を扶けんが為なり。第二に受け難き人身を受け値い難
き仏法に値うと雖も悪知識に値うが故に三悪道に堕することを

256 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 14:14:17.80 ID:pW7BF31a0
明さば仏蔵経に云く「大荘厳仏の滅後に五比丘あり一人は正道を知つて多億の人を度し四人は
邪見に住す此四人命終の後阿鼻地獄に堕つ仰ぎ伏し伏に臥し左脇に臥し右脇に臥すこと各九百万億歳なり、乃至・若し在家出家の此の人に親近せしもの並に諸の
檀越凡そ六百四万億の人あり此の四師と倶に生じ倶に死して大地獄に在つて諸の焼煮を受く大劫若し尽くれば是の四悪人及び六百四万億の人・此の阿鼻
地獄より他方の大地獄の中に転生す」已上涅槃経三十三に云く「爾時に城中に一の尼乾有り名を苦得と曰う、乃至・善星・苦得に問う答えて曰く我
食吐鬼の身を得・善星諦に聴け、乃至・爾の時に善星即ち我所に還つて是の如き言を作す世尊・苦得尼乾は命終の後に三十三天に生ぜんと、乃至・爾時に如来即ち迦葉
と善星の所に往き給う善星比丘遥に我来るを見・見已つて即ち悪邪の心を生ず悪心を以ての故に生身に陥ち入つて阿鼻地獄に堕す」已上善星比丘は仏の菩薩たりし時の子なり仏に
随い奉り出家して十二部経を受け欲界の煩悩を壊り四禅定を獲得せり然りと雖も悪知識たる苦得外道に値い仏法の正義を信ぜざる
身に阿鼻地獄に堕す苦岸等の四比丘に親近せし六百四万億の人は四

257 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 14:53:35.65 ID:pW7BF31a0
師と倶に十方の大阿鼻地獄を経るなり、今の世の道俗は選択集を貴ぶが故に源空の影像を拝して一切経難行の邪義を読む例せば尼乾の所化の弟子が尼乾の遺骨を礼して
三悪道に堕せしが如く願わくば今の世の道俗選択集の邪正を知つて後に供養恭敬を致せ爾らずんば定めて後悔有らん。
故に涅槃経に云く「菩薩摩訶薩悪象等に於て心に怖畏すること無く悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ何を以ての故に是の悪象等は唯能く身を壊りて心を壊る能わず悪知識は二倶に壊る故に、是の
悪象等は唯一身を壊り悪知識は無量の善身無量の善心を壊る是の悪象等は唯能く不浄の臭き身を破壊す悪知識は能く浄身及以び浄心を壊る是の悪象等は能く肉身を壊り悪知識は法身を壊る悪象の為に殺されては三趣に至らず悪友の為に殺されては
必ず三趣に至る是の悪象等は但身の怨と為り悪知識は善法の怨と為らん是の故に菩薩常に当に諸の悪知識を遠離すべし」已上。
請い願わくば今の世の道俗設い此の書を邪義と思うと雖も且らく此の念を抛つて十住毘婆沙論を開き其の難行の内に法華経の入不入を〓がえ選択集の準之思之の四字を案じて後に是非を致せ謬つ
て悪知識を信じ邪法を習い此の生を空うすること莫れ。

258 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 14:54:41.64 ID:pW7BF31a0
第三に正しく末代の凡夫の為の善知識を明さば、問うて云く善財童子は五十余の善知識に値いき其の中に普賢・文殊・観音・弥勒等有り常啼・班足・妙荘厳・阿闍世等は曇無竭・普明・耆婆・二子夫
人に値い奉りて生死を離れたり此等は皆大聖なり仏・世を去つて後是の如きの師を得ること難しとなす滅後に於て亦竜樹・天親も去りぬ南岳・天台にも値わず如何が生死を離る可きや、答えて云く末代に於て真実
の善知識有り所謂法華涅槃是なり、問うて云く人を以て善知識と為すは常の習いなり法を以て知識と為すに証有りや、答えて云く人を以て知識と為すは常の習いなり然りと雖も末代に於て真の知識無ければ法を以
て知識と為すに多くの証有り、摩訶止観に云く「或は知識に従い或は経巻に従い上に説く所の一実の菩提を聞く」已上此の文の意は経巻を以て善知識と為す、法華経に云く「若し法華経を閻浮
提に行じ受持すること有らん者は応に此の念を作すべし皆是れ普賢威神の力なり」已上此の文の意は末代の凡夫法華経を信ずるは普賢の善知識の力なり、又云く「若し是の法華経を受持し読誦し正憶念し修
習し書写すること有らん者は当に知るべし是の人は即ち釈迦牟尼仏を見るなり仏口より此

259 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 15:15:23.23 ID:pW7BF31a0
の経典を聞くが如し当に知るべし是の人は釈迦牟尼仏を供養するなり」已上此の文を見るに法華経は即ち釈迦牟尼仏なり法
華経を信ぜざる人の前には釈迦牟尼仏入滅を取り此の経を信ずる者の前には滅後為りと雖も仏の在世なり。
又云く「若し我成仏して滅度の後十方の国土に於て法華経を説く処有らば我が塔廟是の経を聴かんが為の故に其の前に涌現し為に証明
を為さん」已上此の文の意は我等法華の名号を唱えて多宝如来本願の故に必ず来りたまう、又云く「諸仏の十方世界に在つて法を説くを尽く還し一処に集めたまう」已
上釈迦多宝十方の諸仏・普賢菩薩等は我等が善知識なり若し此の義に依らば我等は亦宿善・善財・常啼・班足等にも勝れたり彼は権経の知識に値い我等は実経の知
識に値えばなり彼は権経の菩薩に値い我等は実経の仏菩薩に値い奉ればなり。
涅槃経に云く「法に依つて人に依らざれ智に依つて識に依らざれ」已上依法と云うは法華涅槃の常住の法なり不依人とは法華涅槃に依らざる人なり設い仏菩薩為りと雖も法華涅槃に依ら
ざる仏菩薩は善知識に非ず況や法華涅槃に依らざる論師・訳者・人師に於てをや、依智とは仏に依る不依識とは等覚已下なり、今の世の世

260 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 15:16:16.57 ID:pW7BF31a0
間の道俗・源空の謗法の失を隠さんが為に徳を天
下に挙げて権化なりと称す依用すべからず、外道は五通を得て能く山を傾け海を竭すとも神通無き阿含経の凡夫に及ばず羅漢を得・六通を現ずる二乗は華厳・方等・般若の凡夫に及ばず華厳・方等
・般若の等覚の菩薩も法華経の名字・観行の凡夫に及ばず設い神通智慧有りと雖も権教の善知識をば用うべからず、我等常没の一闡提の凡夫法華経を信ぜんと欲するは仏性を顕わさんが為の先表なり。
故に妙楽大師の云く「内薫に非ざるよりは何ぞ能く悟を生ぜん故に知んぬ悟を生ずる力は真如に在り故に冥薫を以て外護と為すなり」已上法華経より外の四十余年の諸経に
は十界互具無し十界互具を説かざれば内心の仏界を知らず内心の仏界を知らざれば外の諸仏も顕われず故に四十余年の権行の者は仏を見ず設い仏を見ると雖も他仏を見るなり、二
乗は自仏を見ざるが故に成仏無し爾前の菩薩も亦自身の十界互具を見ざれば二乗界の成仏を見ず故に衆生無辺誓願度の願も満足せず故に菩薩も仏を見ず凡夫も亦十界互具を知らざるが故
に自身の仏界も顕われず、故に阿弥陀如来の来迎も無く諸仏如来の加護も無し譬えば盲人の自身の影を見ざるが如し。

261 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 19:05:49.18 ID:pW7BF31a0
今法華経に至つて九界の仏界を開くが故に四十余年の菩薩・二乗・六凡始めて自身の仏界を見る此の時此の人の前に始めて仏菩薩二乗立ち給う此の時に二乗菩薩始めて成仏し凡夫も始
めて往生す、此の故に在世滅後の一切衆生の誠の善知識は法華経是なり、常途の天台宗の学者は爾前に於て当分の得道を許せども自義に於ては猶当分の得道を許さず然りと雖も此の書に於ては其
の義を尽くさず略して之を記すれば追つて之を記すべし。
大文の第六に法華涅槃に依る行者の用心を明さば、一代教門の勝劣・浅深・難易等に於ては先の段に既に之を出す、此の一段に於ては一向に後世を念う末代常没の五逆謗法一闡提等の
愚人の為に之を注す、略して三有り、一には在家の諸人正法を護持するを以て生死を離れ悪法を持つに依つて三悪道に堕す可きことを明し、二には但法華経の名字計りを唱えて三悪道を離る可きことを明し
、三には涅槃経は法華経の為の流通と成ることを明す。
第一に在家の諸人正法を護持するを以て生死を離れ悪法を持つに依つて三悪道に堕す可きことを明さば、涅槃経第三に云く「仏・迦葉に告わく能く正法を護持するの因縁を以ての故に是の金
剛身を成就することを得た

262 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 19:06:35.92 ID:pW7BF31a0
り」と亦云く「時に国王有り名を有徳と曰う、乃至・法を護らんが為の故に、乃至・是の破戒の諸の悪比丘と極めて共に戦闘す、乃至・王是の時に於て法を聞くことを得已つて心大に
歓喜し尋で即ち命終して阿〓仏の国に生ず」已上此の文の如くならば在家の諸人別の智行無しと雖も謗法の者を対治する功徳に依つて生死を離る可きなり。
問うて云く在家の諸人仏法を護持す可き様如何、答えて云く涅槃経に云く「若し衆生有つて財物に貪著せば我当に財を施し然して後に是の大涅槃経を以て之を勧め読ましむべし、乃至・先に
愛語を以て其の意に随い然る後に漸く当に是の大乗大涅槃経を以て之を勧めて読ましむべし若し凡庶の者には当に威勢を以て之に逼りて読ましむべし若し〓慢の者には我当に其れが為に僕使と
作り其の意に随順し其れをして歓喜せしめ然して後に復当に大涅槃を以て之を教導すべし、若し大乗経を誹謗する者有らば当に勢力を以て之を摧きて伏せしめ既に摧伏し已つて然して後に勧めて大涅槃を読まし
むべし、若し大乗経を愛楽する者有らば我躬ら当に往いて恭敬し供養し尊重し讃歎すべし」已上。
問うて云く今の世の道俗偏に選択集に執して法華涅槃に於ては自身不相応

263 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 20:25:01.97 ID:pW7BF31a0
の念を作すの間・護惜建立の心無く偶邪義の由を称する人有れば念仏誹謗の者と称して悪名を天下に雨らす斯れ等は如何、答えて云く自答を存す可きに非ず仏自ら此の事を記して云く、仁王経に云く「大王我が滅
度の後・未来世の中の四部の弟子諸の小国の王・太子・王子乃ち是れ三宝を住持して護る者転更に三宝を滅破せんこと師子の身中の虫の自ら師子を食うが如くならん外道には非ざるなり多く我仏法を壊り大罪過
を得ん正法衰薄し民に正行無く漸く悪を為すを以て其の寿日に減じて百歳に至らん人仏法を壊りて復孝子無く六親不和にして天神も祐けず疾疫悪鬼日に来りて侵害し災怪首尾し連禍縦横して地獄餓鬼畜
生に入らん」亦次下に云く「大王未来世の中の諸の小国の王四部の弟子自ら此の罪を作らん破国の因縁、乃至・諸の悪比丘多く名利を求め国王太子王子の前に於て自ら破仏法の因縁破国の因縁を説かん其の王
別えずして此の語を信聴し、乃至・其の時に当つて正法将に滅せんこと久しからず」已上。
余選択集を見るに敢て此の文の未来記に違わず、選択集は法華真言等の正法を定めて雑行難行と云い末代の我等に於ては時機相応せず之を行ずる者は千が中に一も無く仏還つて法華等を

264 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 20:26:12.46 ID:pW7BF31a0
説くと雖も法華真言の諸行の門を閉じて念仏の一門を開く末代に於て之を行ずる者を群賊等と定め当世の一切の道俗に此の書を信ぜしめ此の義を以て如来の金言と思えり、此の故に世間の道俗に仏法建立の意無く法華真言
の正法の法水忽ちに竭き天人減少して三悪日に増長する偏に選択集の悪法に催されて起る所の邪見なり、此の経文を仏記して「我滅度後」と云えるは正法の末八十年像法の末八百年末法の末八千年なり選
択集の出る時は像法の末・末法の始なれば八百年の内なり仁王経の記する所の時節に当れり、諸の小国王の王とは日本国の王なり中下品の善は粟散王是なり「如師子身中虫」とは仏弟子の源空是なり諸
悪比丘とは所化の衆是なり「説破仏法因縁破国因縁」とは上に挙る所の選択集の語是なり「其王不別信聴此語」とは今の世の道俗邪義を弁えずして猥りに之を信ずるなり。
請い願わくば道俗法の邪正を分別して其の後正法に就て後生を願え今度人身を失い三悪道に堕して後に後悔すとも何ぞ及ばん。
第二に但法華経の題目計りを唱えて三悪道を離る可きことを明さば、法華経の第五に云く「文殊師利是の法華経は無量の国中に於て乃至名字をも聞くことを得べからず」第八に云く「汝

265 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 22:25:20.72 ID:pW7BF31a0
等但能く法華名を受持する者
を擁護する福量る可らず」提婆品に云く「妙法華経の提婆品を聞いて浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は地獄餓鬼畜生に堕ちず」大般涅槃経名字功徳品に云く「若し善男子善女人有つて是の経の
名を聞いて悪趣に生ずと云わば是の処有ること無けん」涅槃経は法華経の流通たるが故に引けるなり。
問うて云く但法華の題目を聞くと雖も解心無くば如何にして三悪趣を脱れんや、答えて云く法華経流布の国に生れて此の経の題名を聞き信を生ずるは宿善の深厚なるに依れり設い今生は悪人無智なり
と雖も必ず過去の宿善有るが故に此の経の名を聞いて信を致す者なるが故に悪道に堕せず。
問うて云く過去の宿善とは如何、答えて云く法華経の第二に云く「若し此の経法を信受すること有らん者は是の人は已に曾て過去の仏を見たてまつり恭敬し供養し亦此の法を聞けるなり」法師品に云く「
又如来滅度の後若し人有つて妙法華経の乃至・一偈一句を聞いて一念も随喜せん者は、乃至・当に知るべし是の諸人等已に曾て十万億の仏を供養せしなり」流通たる涅槃経に云く「若し衆生有つ
て熈連河沙等の諸仏に於て菩提心を発し乃ち能く是の悪世に於て是の如き経典

266 :名無しさん@入浴中:2014/09/13(土) 22:27:00.97 ID:pW7BF31a0
を受持して誹謗を生ぜず善男子若し能く一恒沙等の諸仏世尊に於て菩提心を発すこと有つて然る後に乃ち能く悪世の中に於て是の法を謗せず是の典を愛敬せん」已上経文。
此等の文の如くんば設い先に解心無くとも此の法華経を聞いて謗ぜざるは大善の所生なり、夫れ三悪の生を受くること大地微塵より多く人間の生を受くるは爪上の土より少し、乃至
四十余年の諸経に値うことは大地微塵よりも多く法華涅槃に値うことは爪上の土より少し上に挙ぐる所の涅槃経の三十三の文を見るに設い一字一句なりと雖も此の経を信ずる者は宿縁多幸なり。
問うて云く設い法華経を信ずと雖も悪縁に随わば何ぞ三悪道に堕せざらんや、答えて云く解心無き者権教の悪知識に遇うて実教を退せば悪師を信ずる失に依つて必ず三悪道に堕
す可きなり、彼の不軽・軽毀の衆は権人なり大通結縁の者の三千塵点を経しは法華経を退して権教に遷りしが故なり、法華経を信ずる輩は法華経の信を捨てて権人に随わんより
外は世間の悪業に於ては法華の功徳に及ばざる故に三悪道に堕つ可からざるなり。
問うて云く日本国は法華涅槃有縁の地なりや否や、答えて云く法華経第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流

267 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 09:23:01.71 ID:FOy/6yYP0
布せしめ断絶せざらしむ」七の巻に云く「広宣流布して閻浮提に於て断絶せしむること無けん」涅槃経第九に云く「此の大乗経典大涅槃経も亦復是の如し南方の諸の菩薩の為の故に当に広く流
布すべし」已上経文三千世界広しと雖も仏自ら法華涅槃を以て南方流布の処と定む、南方の諸国の中に於ては日本国は殊に法華経の流布す可き処なり。
問うて云く其の証如何、答えて云く肇公の法華翻経の後記に云く羅什三蔵・須利耶蘇摩三蔵に値い奉りて法華経を授かる時の語に云く「仏日西山に隠れ遺耀東北を照す〓の典東北の諸国に有
縁なり汝慎んで伝弘せよ」已上東北とは日本なり西南の天竺より東北の日本を指すなり、故に慧心の一乗要決に云く「日本一州円機純一なり朝野遠近同じく一乗に帰し緇素貴賤悉く成仏を期す」
已上願わくば日本国の道俗選択集の久習を捨てて法華涅槃の現文に依り肇公慧心の日本記を恃みて法華修行の安心を企てよ。
問うて云く法華経修行の者何の浄土を期す可きや、答えて云く法華経二十八品の肝心たる寿量品に云く「我常に此の娑婆世界に在り」亦云く「我常に此処に住し」
亦云く「我が此土は安穏」文此の文の如くんば本地久成の円仏は此の世界に在り此の

268 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 10:27:02.03 ID:FOy/6yYP0
土を捨てて何の土を願う可きや、故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思う可し何ぞ煩しく他処を求めんや
、故に神力品に云く「若は経巻所住の処若は園中に於ても若は林中に於ても若は樹下に於ても若は僧坊に於ても若は白衣舎にても若は殿堂に在つても若は山谷曠野にても、乃至・当に知るべし是の
処は即ち是道場なり」涅槃経に云く「善男子是の大涅槃微妙の経典流布せらるる処は当に知るべし其の地は即ち是れ金剛なり此の中の諸人も亦金剛の如し」已上法華涅槃を信ずる行者は余処に
求む可きに非ず此の経を信ずる人の所在の処は即ち浄土なり。
問うて云く華厳・方等・般若・阿含・観経等の諸経を見るに兜率・西方・十方の浄土を勧む其の上・法華経の文を見るに亦兜率・西方・十方の浄土を勧む何ぞ此等の文に違して但此の瓦礫〓棘の
穢土を勧むるや、答えて云く爾前の浄土は久遠実成の釈迦如来の所現の浄土にして実には皆穢土なり、法華経は亦方便寿量の二品なり寿量品に至つて実の浄土を定むる時此の土は即ち浄土と
定め了んぬ、但し兜率・安養・十方の難に至つては爾前の名目を改めずして此の土に於て兜率安養等の名を付く、例せば此の経に三乗の名有りと雖も三乗有ら

269 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 11:43:22.83 ID:FOy/6yYP0
ざるが如し「不須更指観経等也」の釈の意是なり、法華経に結縁無き衆生の当世西方浄土を願うは瓦礫の土を楽う者なり、法華経を信ぜざる衆生は誠に分添の浄土無き者なり。
第三に涅槃経は法華経流通の為に之を説き給うことを明さば、問うて云く光宅の法雲法師並に道場の慧観等の碩徳は法華経を以て第四時の経と定め無常の熟蘇味と立つ、天台智者大師は法華涅槃同
味と立つと雖も亦〓拾の義を存す二師共に権化なり互に徳行を具せり何を正として我等の迷心を晴らす可きや、答えて曰く設い論師訳者為りと雖も仏教に違して権実二教を判ぜずんば且らく疑を加う可し何に況や唐土の人師たる天台・南岳・
光宅・慧観・智儼・嘉祥・善導等の釈に於てをや、設い末代の学者為りと雖も依法不依人の義を存し本経本論に違わずんば信用を加う可し。
問うて云く涅槃経の第十四巻を開きたるに五十年の諸大乗経を挙て前四味に譬え涅槃経を以て醍醐味に譬う諸大乗経は涅槃経より劣ること百千万倍なりと定め了んぬ、其の上迦葉童子の領解に云く「我今日
より始て正見を得たり此よりの前は我等悉く邪見の人と名く」と此の文の意は涅槃経已前の法華等の一切の衆典を皆邪見と云うなり、当に知るべし法

270 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 11:43:55.62 ID:FOy/6yYP0
華経は邪見の経にして未だ正見の仏性を明らめず、故に天親菩
薩の涅槃論に諸経と涅槃と勝劣を定むる時・法華経を以て般若経に同じて同じく第四時に摂したり豈正見の涅槃経を以て邪見の法華経の流通と為んや如何、答て云く法華経の現文を見るに仏の本懐残すこと無し、方
便品に云く「今正しく是れ其時なり」寿量品に云く「毎に自ら是の念を作す何を以てか衆生をして無上道に入ることを得・速かに仏身を成就することを得せしめん」と神力品に云く「要を以て之を言えば如来の一切の所有の法
、乃至・皆此の経に於て宣示顕説す」已上此等の現文は釈迦如来の内証は皆此の経に尽くし給う其の上多宝並に十方の諸仏来集の庭に於て釈迦如来の已今当の語を証し法華経に如く経無しと定め了んぬ、而るに多宝
諸仏・本土に還るの後に但釈迦一仏のみ異変を存じて還つて涅槃経を説いて法華経を卑まば誰人か之を信ぜん、深く此の義を存ぜよ、随つて涅槃経の第九を見るに法華経を流通して説いて云く「是の経・世に出ること彼の
菓実の一切を利益し安楽する所多きが如く能く衆生をして仏性を見わさしむ法華の中の八千の声聞の記〓を授かるを得て大菓実を成ずるが如く秋収冬蔵して更に所作無きが

271 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 11:45:20.64 ID:FOy/6yYP0
如し」と。此の文の如くんば法華経邪見ならば涅槃経も豈に邪見に非ずや、法華経は大収・涅槃経は〓拾なりと見え了んぬ、涅槃経は自ら法華経より劣るの由を称す法華経の当説の文敢て相違無し、但し迦葉の領解並に第十四の文は
法華経を下す文に非ず迦葉の自身並に所化の衆今始めて法華経の所説の常住仏性・久遠実成を覚る故に我が身を指して此より已前は邪見なりと云う、法華経已前の無量義経に嫌わるる諸経を涅槃経に重ねて之を挙げて嫌う
なり法華経を嫌うには非ざるなり、亦涅槃論に至つては此等の論は書付くるが如く天親菩薩の造・菩提流支の訳なり経文に違すること之多し涅槃論も亦本経に違す当に知るべし訳者の誤りなり信用に及ばず。
問うて云く先の教に漏れたる者を後の教に之を承け取つて得道せしむるを流通と称せば阿含経は華厳経の流通と成る可きや、乃至法華経は前四味の流通と成る可きや如何、答えて曰く前四味の諸経は菩薩人天等の得道を許すと雖も
決定性の二乗・無性闡提の成仏を許さず、其の上仏意を探りて実を以て之を〓うるに亦菩薩人天等の得道も無し十界互具を説かざるが故に久遠実成無きが故に、問うて云く証文如何、答えて云く法華経方便品に云く「若し小乗

272 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 12:25:44.03 ID:FOy/6yYP0
を以て化すること乃至一人に於てせば我則ち慳貪に堕せん此の事は為て不可なり」已上此の文の意は今選択集の邪義を破せんが為に余事を以て詮と為ず故に爾前得道の有無の実義は之を出さず追つて之を
〓うべし、但し四十余年の諸経は実に凡夫の得道無きが故に法華経は爾前の流通と為らず法華経に於て十界互具・久遠実成を顕わし了んぬ故に涅槃経は法華経の為に流通と成るなり。
大文の第七に問に随つて答うとは、若し末代の愚人上の六門に依つて万が一も法華経を信ぜば権宗の諸人或は自惑に依り或は偏執に依つて法華経の行者を破せんが為に多く四十余年並に涅槃等の諸経を引いて之
を難ぜん、而るに権教を信ずる人は之多く或は威勢に依り或は世間の資縁に依り人の意に随つて世路を亘らんが為に或は権教には学者多く実教には智者少し是非に就て万が一も実教を信ずる者有るべからず、是の故
に此の一段を撰んで権人の邪難を防がん。
問うて云く諸宗の学者難じて云く「華厳経は報身如来の所説・七処・八会・皆頓極頓証の法門なり、法華経は応身如来の所説・教主既に優劣有り、所説の法門に於て何ぞ浅深無からん随つて対告衆も法慧・功徳林・金剛幢等
なり永く二乗を雑えず、法

273 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 12:26:18.07 ID:FOy/6yYP0
華経は舎利弗等を以て対告衆と為す」華厳宗難、法相宗の如きは解深密経を以て依憑と為し難を加えて云く「解深密経は文殊観音等を以て対告衆と為す勝義生菩薩の領解には一代を有・空・中と詮す其の
中の中とは華厳・法華・涅槃・深密等なり法華経の信解品の五時の領解は四大声聞なり菩薩と声聞と勝劣天地なり」、浄土宗の如きは道理を立てて云く「我等は法華等の諸経を誹謗するに非ず彼等の諸経は正には大人の為傍には凡
夫の為にす断惑証理・理深の教にして末代の我等之を行ずるに千人の中に一人も彼の機に当らず在家の諸人多分は文字を見ず亦華厳法相等の名を聞かず況や其の義を知らんや、浄土宗の意は我等凡夫は但口に任せて六字の名号を
称すれば現在に阿弥陀如来二十五の菩薩等を遣わし身に影の随う如く百重千重に行者を囲繞して之を守り給う、故に現世には七難即滅・七福即生し乃至臨終の時は必ず来迎有つて観音の蓮台に乗じ須臾の間に浄土に至り業に随つて蓮
華開け法華経を聞いて実相を覚る何ぞ煩しく穢土に於て余行を行じて何の詮か有る但万事を抛つて一向に名号を称せよ」と云云、禅宗等の人云く「一代聖教は月を指す指・天地日月等も汝等が妄心より出でたり十方の浄土も

274 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 12:27:23.47 ID:FOy/6yYP0
執心
の影像なり釈迦十方の仏陀は汝が覚心の所変・文字に執する者は株を守る愚人なり我が達磨大師は文字を立てず方便を仮らず一代聖教の外に仏迦葉に印して此の法を伝う法華経等は未だ真実を宣べず」已上。
此等の諸宗の難一に非ず如何ぞ法華経の信心を壊らざる可しや、答て云く法華経の行者は心中に「四十余年已今当皆是真実・依法不依人」等の文を存し而も外に語に之を出さず難に随て之を問うべし抑所立の宗義は何の経に依るや、
彼経を引かば引くに随つて亦之を尋ねよ、一代五十年の間の説の中に法華経より先か後か同時なるか亦先後不定なるかと、若し先と答えば未顕真実の文を以て之を責めよ敢えて彼の経の説相を尋ぬること勿れ、後と答えば当説の文を以
て之を責めよ、同時と答えば今説の文を以て之を責めよ、不定と答えば不定の経は大部の経に非ず一時一会の説にして亦物の数に非ず其の上不定の教と雖も三説を出でず、設い百千万の義を立つと雖も四十余年の文を載せて虚妄と称せ
ざるより外は用うべからず、仏の遺言に不依不了義経と云うが故なり。亦智儼・嘉祥・慈恩・善導等を引いて徳を立て難ずと雖も法華涅槃に違する人師に於ては用うべからず依法不依人の金言を仰

275 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 12:32:06.80 ID:HCXtGhwx0
このやろう
立正安国論は禁止だ

276 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 13:44:23.58 ID:FOy/6yYP0
ぐが故なり。亦法華経を信ぜん愚者の為に二種の信心を立つ、一には仏に就て信を立て二には経に就て信を立つ、仏に就て信を立つとは権宗の学者来り難じて云わん善導和尚は三昧発得の人師・本地弥陀の化身なり慈恩大師は十一
面観音の化身亦筆端より舎利を雨らす此等の諸人は皆彼彼の経経に依つて皆証有り何ぞ汝彼の経に依らず亦彼の師の義を用いざるや、答えて云く汝聞け一切の権宗の大師先徳並に舎利弗・目連・普賢・文殊・観音乃至阿弥陀・薬
師・釈迦如来・我等並に十方の諸人の前に集まりて説いて法華経は汝等が機に叶わず念仏等の権経の行を修して往生を遂げ後に法華経を覚ると云わん是の如き説を聞くと雖も敢えて用う可からず、其の故は四十余年の諸の経には法華
経の名字を呼ばず何れの処にか機の堪不堪を論ぜん、法華経に於ては釈迦多宝十方諸仏一処に集りて撰定して云く法をして久住せしむ如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめ断絶せざらしむ、此の外に今仏出来して法華経を
末代不相応と定めば既に法華経に違す知んぬ此の仏は涅槃経に出す所の滅後の魔仏なり之を信用す可からず、其の已下の菩薩・声聞・比丘等は亦言論するに及ばず此等は不審無し涅槃経に記する

277 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 13:45:12.81 ID:FOy/6yYP0
所の滅後の魔の所変の菩薩等な
り、其の故は法華経の座は三千大千世界の外四百万億阿僧祇の世界なり其の中に充満せる菩薩・二乗・人天・八部等皆如来の告勅を蒙むり各各所在の国土に法華経を弘む可きの由之を願いぬ、善導等若し権者ならば何ぞ竜樹・天親
等の如く権教を弘めて後に法華経を弘めざるや法華経の告勅の数に入らざるや何ぞ仏の如く権教を弘めて後に法華経を弘めざるや、若し此の義無くんば設い仏為りと雖も之を信ず可からず今は法華経の中の仏を信ず故に仏に就て信を立つと云うなり。
問うて云く釈迦如来の所説を他仏之を証するを実説と称せば何ぞ阿弥陀経を信ぜざるや、答えて云く阿弥陀経に於ては法華経の如き証明無きが故に之を信ぜず、問うて云く阿弥陀経を見るに釈迦如来の所説の一日七日の念仏を六方の諸
仏舌を出し三千を覆うて之を証明せり何ぞ証明無しと云うや、答えて云く阿弥陀経に於ては全く法華経の如き証明無く但釈迦一仏舎利弗に向つて説いて言く我一人阿弥陀経を説くのみに非ず六方の諸仏舌を出し三千を覆うて阿弥陀経を説
くと云う此等は釈迦一仏の説なり敢えて諸仏来りたまわず、此等の権文は四十余年の間は教主も権仏の始覚の仏なり仏権なるが

278 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 13:45:46.56 ID:FOy/6yYP0
故に所説も亦権なり故に四十余年の権仏の説は之を信ず可からず、今の法華涅槃は久遠実成の
円仏の実説なり十界互具の実言なり亦多宝十方の諸仏来りて之を証明し給う故に之を信ずべし阿弥陀経の説は無量義経の未顕真実の語に壊れ了ぬ全く釈迦一仏の語にして諸仏の証明には非ざるなり。
二に経に就て信を立つとは、無量義経に四十余年の諸経を挙げて未顕真実と云う、涅槃経に云く「如来は虚妄の言無しと雖も若し衆生・虚妄の説に因つて法利を得と知れば宜しきに随つて方便して則ち為に之を説き給う」又云く「了
義経に依つて不了義経に依らざれ」已上是の如きの文一に非ず皆四十余年の自説の諸経を虚妄・方便・不了義・魔説と称す是れ皆人をして其の経を捨てて法華涅槃に入らしめんが為なり、而るに何の恃み有つて妄語の経を留めて行儀を
企て得道を期するや、今権教の情執を捨て偏に実経を信ず故に経に就て信を立つと云うなり。問うて云く善導和尚も人に就て信を立て行に就て信を立つ何の差別有らんや、答えて云く彼は阿弥陀経等の三部に依つて之
を立て一代の経に於て了義不了義経を分たずして之を立つ、故に法華涅槃の義に対して之を難ずる時は其の義壊れ了んぬ。守護国家論

279 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 15:39:29.87 ID:FOy/6yYP0
/正元二年 三十九歳御作国土に大地震・非時の大風・大飢饉・大疫病・大兵乱等の種
種の災難の起る根源を知りて対治を加う可きの勘文。
金光明経に云く「若し人王有りて其の国土に於て此の経有りと雖も未だ嘗て流布せず捨離の心を生じて聴聞せんことを楽わず亦供養し尊重し讃歎せず四部の衆の持経の人を見て亦復尊重し乃至供養すること能わず遂に我等及び余
の眷属無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ず甘露の味に背き正法の流を失い威光及以び勢力有ること無らしむ悪趣を増長し人天を損減し生死の河に墜ちて涅槃の路に背かん、世尊・我等四王並に諸の眷属及び薬叉
等斯くの如き事を見て其の国土を捨てて擁護の心無けん但我等是の王を捨棄するのみに非ず亦無量の国土を守護する諸天善神有らんも皆悉く捨去せん既に捨離し已れば其の国に当に種種の災禍有つて国位を喪失すべし、一切の
人衆皆善心無けん唯繋縛・殺害・瞋諍のみ有つて互に相讒諂し枉げて辜無きに及ばん、疫病流行し彗星数ば出で両日並び現じ薄蝕恒無く黒白の二虹不祥の相を表わし星流れ地動き井の内に声を発し暴雨・悪風・時節に依らず常
に飢饉に遭い苗実も成らず多く他方の怨賊有つて国内を侵

280 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 18:24:04.39 ID:FOy/6yYP0
掠し人民諸の苦悩を受け土地に所楽の処有ること無けん」と。
大集経に云く「若し国王有つて我が法の滅せんを見て擁護せずんば無量世に於て施戒慧を修すとも悉く皆滅失して其の国の中に三種の不祥の事を出さん、乃至命終して大地獄に生ぜん」と。
仁王経に云く「大王・国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱ると、亦云く大王・我今五眼をもつて明に三世を見るに一切の国王は皆過去世に五百の仏に侍うるに由つて帝王主と為ることを得たり、是をもつて一切の聖人羅漢
而も為に彼の国土の中に来生して大利益を作さん若し王の福尽きん時は一切の聖人皆捨て去ることを為さん若し一切の聖人去らん時は七難必ず起る」と。
仁王経に云く「大王吾今化する所の百億の須弥・百億の日月・一一の須弥に四天下有り其の南閻浮提に十六の大国五百の中国十千の小国有り其の国土の中に七つの
畏る可き難有り一切の国王是の難の為の故に、云何なるを難と為す日月度を失い時節返逆し或は赤日出で黒日出で二三四五の日出づ或は日蝕して光無く或は日輪一重二三
四五重輪現ずるを一の難と為すなり、二十八宿度を失い金星・彗星・輪星・鬼星・火星・水星・風星・〓星・南斗・北斗・五

281 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 18:25:32.85 ID:FOy/6yYP0
鎮の大星・一切の国主星・三公星・百宦星是くの如き諸星
各各変現するを二の難と為すなり、大火・国を焼き万姓焼尽し或は鬼火・竜火・天火・山神火・人火・樹木火・賊火是くの如く変怪するを三の難と為すなり、大水・百姓を漂没して時節返
逆し冬雨ふり夏雪ふり冬時に雷電霹靂し六月に冰霜雹を雨らし赤水・黒水・青水を雨らし・土山・石山を雨らし沙礫石を雨らし江河逆まに流れ山を浮かべ石を流す是くの如く変ずる時を四
の難と為すなり、大風万姓を吹殺し国土の山河樹木・一時に滅没して非時の大風・黒風・赤風・青風・天風・地風・火風・水風・是くの如く変ずる時を五の難と為すなり、天地国土亢陽し炎火洞然
として百草亢旱し五穀登らず土地赫然として万姓滅尽せん是くの如く変ずる時を六の難と為すなり、四方の賊来りて国を侵し内外の賊起り火賊・水賊・風賊・鬼賊あつて百姓荒乱し刀兵劫起せん是くの如く怪する時を七の難と為すなり」と。
法華経に云く「百由旬の内をして諸の衰患無からしめん」と。涅槃経に云く「是の大涅槃微妙の経典・流布せらるる処は当に知るべし其の地は即ち是れ金剛なり是の中の諸人亦金剛の如し」と。
仁王経に云く「是の経は常に千の光明

282 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 18:27:08.15 ID:FOy/6yYP0
を放ちて千里の内をして七難起らざらしむと、又云く諸の悪比丘多く名利を求め国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説く其の王別えずして此の語を信聴し横に法制を作
り仏戒に依らず是を破仏破国の因縁と為す」と。今之を勘うるに法華経に云く「百由旬の内諸衰患なからしむ」と仁
王経に云く「千里の内に七難不起らしむ」と、涅槃経に云く「当に知るべし其の地は即ち是れ金剛、是の中の諸人亦金剛の如し」と文。
疑つて云く今此の国土に種種の災難起ることを見聞するに所謂建長八年八月自り正元二年二月に至るまで大地震非時の大風・大飢饉・大疫病等種種の災難連連として今に絶えず大体国土の人数
尽く可きに似たり、之に依つて種種の祈請を致す人之多しと雖も其の験無きか、正直捨方便・多宝の証明・諸仏出舌の法華経の文の令百由旬内・雙林最後の遺言の涅槃経の其地
金剛の文、仁王経の千里の内に七難不起の文皆虚妄に似たり如何。答えて云く今愚案を以て之を勘うるに上に挙ぐる所の諸大乗経・国土に在り而も祈請と成らずして災難起ることは少し其の故有るか、所謂金光明経
に云く其の国土に於て此の経有りと雖も未だ嘗つて流布せず捨離の心を生

283 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 20:35:15.92 ID:FOy/6yYP0
じて聴聞せんことを楽わず我等四王皆悉く捨て去り其の国当に種種の災禍有るべし、大集経に云く「若し国王有つて我が法の滅せんを見て捨てて擁護せざれば其の国内三種の不祥を出さん」と、仁王経に云く
「仏戒に依らざる是を破仏破国の因縁と為す若し一切の聖人去る時は七難必ず起らん」已上、此等の文を以て之を勘うるに法華経等の諸大乗経・国中に在りと雖も一切の四衆捨離の心を生じて聴聞し供養する
の志を起さざる故に国中の守護の善神・一切の聖人此の国を捨て去り守護の善神聖人等無きが故に出来する所の災難なり。
問うて曰く国中の諸人・諸大乗経に於て捨離の心を生じて供養する志を生ぜざる事は何の故より之起るや。
答えて曰く仁王経に曰く「諸の悪比丘多く名利を求め国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん其の王別えずして此の語を信聴し横に法制を作りて仏戒に依らず」と、法華経に云く「悪世の中の比丘は邪智にして
心諂曲に未だ得ざるをこれ得たりと謂い我慢の心充満せん是の人悪心を懐き国王・大臣・婆羅門・居士及び余の諸の比丘に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん悪鬼其の身に入る」等と云

284 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 20:35:56.29 ID:FOy/6yYP0
云。此等の文を以て之を思うに諸の悪比丘国中に充満して破国・破仏法の因縁を説く国王並に国中の四衆弁えずして信聴を加うるが故に諸大乗経に於て捨離の心を生ずるなり。
問うて曰く諸の悪比丘等国中に充満して破国・破仏戒等の因縁を説くことは仏弟子の中に出来す可きか外道の中に出来す可きか。
答えて曰く仁王経に云く「三宝を護る者にして転た更に三宝を滅し破らんこと師子の身中の虫の自ら師子を食うが如し外道には非ず」文。
此の文の如くんば仏弟子の中に於て破国破仏法の者出来す可きか、問うて曰く諸の悪比丘正法を壊るに相似の法を以て之を破らんか当に亦悪法を以て之を破るべしとせんか、答えて曰く小乗を以て権大乗を破し権
大乗を以て実大乗を破し師弟共に謗法破国の因縁を知らざるが故に破仏戒・破国の因縁を成して三悪道に堕するなり。
問うて曰く其の証拠如何、答えて曰く法華経に云く仏の方便・随宜所説の法を知らずして悪口して顰蹙し数数擯出せられんと。
涅槃経に云く我涅槃の後当に百千無量の衆生有つて誹謗して是の大涅槃を信ぜざるべし三乗の人も亦復是くの如く無上の大涅槃経を憎悪せん已上。
勝意比丘の喜根菩薩を謗じて三悪道に堕ち

285 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 20:36:49.96 ID:FOy/6yYP0
し尼思仏等の不軽菩薩を打つて阿鼻の炎を招くも皆大小権実を弁えざるより之起れり十悪五逆は愚者皆罪為ることを知る故に輙く破国・破仏法の因縁を成ぜず、故に仁
王経に云く「其の王別えずして此の語を信聴す」と、涅槃経に云く「若し四重を犯し五逆罪を作り自ら定めて是くの如き重事を犯すと知り而も心に初より怖畏・懺悔無くして肯て発露せず」已上。
此くの如き等の文は謗法の者は自他共に子細を知らざる故に重罪を成して国を破し仏法を破するなり。
問うて曰く若爾らば此の国土に於て権教を以て人の意を取り実教を失う者之有るか如何、答えて曰く爾なり、問うて曰く其の証拠如何、答えて曰く法然上人所造等の選択集是れなり今其の文を出して上の経文に合せ
其の失を露顕せしめん若し対治を加えば国土を安穏ならしむ可きか、選択集に云く「道綽禅師・聖道浄土の二門を立て聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文・初に聖道門とは之に就て二有り一には大乗二には小乗なり
大乗の中に就いて顕密・権実等の不同有りと雖も今此の集の意は唯顕大及以び権大を存す故に歴劫迂回の行に当る之に準じて之を思うに密大及以び実大を存すべし、然れば則ち今真言・仏心・天台・華厳・三

286 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 23:43:37.55 ID:FOy/6yYP0
論・法相・地論・摂論此等の八家の意正しく此れに在るなり、曇鸞法師の往生論の注に云く「謹んで竜樹菩薩の十住毘婆沙を案ずるに云く菩薩・阿毘跋致を求むるに二種の道有り
一には難行道二には易行道なり、此の中に難行道とは即ち是れ聖道門なり易行道とは即ち是れ浄土門なり、浄土宗の学者先ず須く此の旨を知るべし設い先ず聖道門を学する人と雖も
若し浄土門に於て其の志有らん者は須く聖道を棄てて浄土に帰すべし」文、又云く「善導和尚正雑二行を立て雑行を捨てて正行に帰するの文、第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経を
除いて已外・大小乗・顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名く、第三に礼拝雑行とは上の弥陀を礼拝するを除いて已外一切諸余の仏菩薩等及び諸の世天等に於て礼拝恭敬するを悉く礼拝雑行と名く」
私に云く此の文を見るに須く雑を捨てて専を修すべし豈百即百生の専修正行を捨てて堅く千中無一の雑修雑行を執せんや行者能く之を思量せよと。又云く貞元入蔵録の中・始め大般若経六百巻より法常住経に終るまで顕密の
大乗経総じて六百三十七部二千八百八十三巻なり皆須く読誦大乗の一句に摂すべし当に知るべし随他の前には暫く定散の門

287 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 23:44:13.92 ID:FOy/6yYP0
を開くと雖も随自の後には還つて定散の門を閉づ一たび開きて以後永く閉じざるは唯是れ念仏の一門なり文、又最
後結句の文に云く「夫れ速に生死を離れんと欲せば二種の勝法の中に且く聖道門を閣て選んで浄土門に入れ浄土門に入らんと欲せば正雑二行の中に且く諸の雑行を抛て選んで正行に帰すべし、」已上選択集の文なり。
今之を勘うるに日本国中の上下万人深く法然上人を信じて此の書を〓ぶ故に無智の道俗此の書の中の捨閉閣抛等の字を見て浄土の三部経・阿弥陀仏より外は諸経・諸仏・菩薩・諸天善神等に於て捨閉閣抛等の思を作し彼の仏経
等に於て供養受持等の志を起さず還つて捨離の心を生ず故に古の諸大師等の建立せし所の鎮護国家の道場零落せしむと雖も護惜建立の心無し護惜建立の心無きが故に亦読誦供養の音絶え守護の善神も法味を嘗めざるが故に国
を捨てて去り四依の聖人も来らざるなり、偏に金光明・仁王等の一切の聖人去る時は七難必ず起らん我等四王皆悉く捨去せん既に捨離し已れば其の国当に種種の災禍有るべしの文に当れり豈諸悪比丘多く名利を求め、悪世の中の比
丘は邪智にして心諂曲の人に非ずや。
疑つて云く国土に於て選択集を流布せしむるに依つて災

288 :名無しさん@入浴中:2014/09/14(日) 23:44:53.07 ID:FOy/6yYP0
難起ると云わば此の書無き已前は国中に於て災難無かりしか、答えて曰く彼の時も亦災難有り云く五常を破り仏法を失いし者之有りしが故なり所謂周の宇文・元嵩等是なり、
難じて曰く今の世の災難五常を破りしが故に之起ると云わば何ぞ必ずしも選択集流布の失に依らんや、答えて曰く仁王経に云く「大王・未来の世の中に諸の小国王・四部の弟子諸の悪比丘横に法制を作りて仏戒に依らず亦復仏像の形
・仏塔の形を造作することを聴さず七難必ず起らん」と、金光明経に云く「供養し尊重し讃歎せず其の国に当に種種の災禍有るべし」涅槃経に云く「無上の大涅槃経を憎悪す」等と云云、豈弥陀より外の諸仏諸経等を供養し礼
拝し讃歎するを悉く雑行と名くると云うに当らざらんや、難じて云く仏法已前国に於て災難有るは何ぞ謗法の者の故ならんや、答えて云く仏法已前に五常を以て国を治むるは遠く仏誓を以て国を治むるなり礼義を破る
は仏の出したまえる五戒を破るなり、問うて云く其の証拠如何、答えて曰く金光明経に云く「一切世間の所有る善論は皆此の経に因る」と、法華経に云く「若し俗間の経書・治世の語言・資生の業等を説かんも皆正法に
順ず」と普賢経に云く「正法をもつて国を

289 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 07:23:26.08 ID:vcQ3vFkO0
治め人民を邪枉せず是れを第三懺悔を修すと名く」と、涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説なり外道の説に非ず」と、止観に云く「若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」と、弘
決に云く「礼楽前に駈せて真道後に啓く」と、広釈に云く「仏三人を遣して且く震旦を化す五常以て五戒の方を開く昔は大宰・孔子に問うて云く三皇五帝は是れ聖人なるか孔子答えて云く聖人に非ず
又問う夫子是れ聖人なるか亦答う非なり又問う若し爾らば誰か聖人なる、答えて云く吾聞く西方に聖有り釈迦と号く」文。
此等の文を以て之を勘うるに仏法已前の三皇五帝は五常を以て国を治む夏の桀・殷の紂・周の幽等の礼義を破りて国を喪すは遠く仏誓の持破に当れり。
疑つて云く若し爾らば法華真言等の諸大乗経を信ずる者は何ぞ此の難に値えるや、答えて曰く金光明経に云く「枉げて辜無きに及ばん」と、法華経に云く「横に其の殃に羅る」等と云云、此等の
文を以て之を推するに法華真言等を行ずる者も未だ位深からず信心薄く口に誦すれども其の義を知らず一向名利の為に之を誦す先生の謗法の失未だ尽きず外に法華等
を行じて内に選択の心を存す此の災難の根源等を知らざる者は此の難を

290 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 07:24:27.48 ID:vcQ3vFkO0
免れ難きか。疑つて云く若し爾らば何ぞ選択集を信ずる謗法者の中に此の難に値わざる者之有りや、答えて曰く業力不定なり順現業は法華経に云く此の人現世に白癩の病乃至諸の悪重病を得んと、仁王経
に云く「人仏教を壊らば復孝子無く六親不和にして天神祐けず
疾疫悪鬼日に来りて侵害し災怪首尾し連禍せん」と、涅槃経に云く「若し是の経典を信ぜざる者有らば若は臨終の時或は荒乱に値い刀兵競い起り帝王の暴虐・怨家の讎隙に侵逼せられん」已
上、順次生業は法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば其の人命終して阿鼻獄に入らん」と、仁王経に云く「人仏教を壊らば死して地獄餓鬼畜生に入らん」已上、順後業等は之を略す。
問うて曰く如何にして速かに此の災難を留む可きや、答えて曰く速に謗法の者を治す可し若し爾らずんば無尽の祈請有りと雖も災難を留む可からざるなり、問うて曰く如何が対治す可き、答えて曰く治方
亦経に之有り涅槃経に曰く仏言く唯一人を除いて余の一切に施せ正法を誹謗して是の重業を造る唯此くの如き一闡提の輩を除いて其の余の者に施さば一切讃歎すべし已上、此の文の如んば施を留め
て対治す可しと見えたり此の外にも亦治方是れ

291 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 07:25:18.92 ID:vcQ3vFkO0
多く具に出すに暇あらず、問うて曰く謗法の者に於て供養を留め苦治を加うるは罪有りや不や、答えて曰く涅槃経に云く、今無上の正法を以て諸王・大臣・宰
相・比丘・比丘尼に付属す正法を毀る者は王者・大臣・四部の衆当に苦治すべし尚罪有ること無けん已上。
問うて曰く汝僧形を以て比丘の失を顕すは罪業に非ずや、答えて曰く涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せざれば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり若し能く駈
遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」已上、予此の文を見るが故に仏法中怨の責を免れんが為に見聞を憚からずして法然上人並に所化の衆等の阿鼻大城に堕つ可き由を称す、此の道理を聞
き解く道俗の中に少少は廻心の者有り若し一度高覧を経ん人は上に挙ぐる所の如く之を行ぜずんば大集経の文の若し国王有つて我が法の滅せんを見て捨てて擁護せざれば無量世に於て施戒慧を
修すとも悉く皆滅失して其の国の内に三種の不祥を出さん乃至命終して大地獄に生ぜんとの記文を免かれ難きか、仁王経に云く「若し王の福尽きん時は七難必ず起らん」と、
此の文に云く「無量世に於て施戒慧を修すとも悉く皆滅失す」等と

292 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 10:01:43.26 ID:vcQ3vFkO0
云云、此の文を見るに且く万事を閣いて先ず此の災難の起る由を勘う可きか若し爾からざれば弥亦重ねて災難起る可きか、愚勘是くの如し取捨は人の意に任す。念仏者追放宣旨事念仏者・追放せしむる宣旨・御教書・五篇に集列する勘文状
/正元元年 三十八歳御作夫れ以みれば仏法流布の砌には天下静謐なり神明仰崇の界には国土豊饒なり、之に依つて月氏より日域に覃んで君王より人民に至るまで此の義改むること無き職として然り。爰に後鳥羽院の御宇に源空法師と云う者あり道俗
を欺くが故に専修を興して顕密の教理を破し男女を誑かすが故に邪義を構えて仏神の威光を滅し常に四衆を誘うて云く、浄土三部の外は衆経を棄置すべし唱名一行の外は余行を廃退すべし矧んや神祇冥道の恭敬に於ておや況や孝養報恩の事善に於てお
や之を信ぜざる者は本願を疑うなりと、爰に頑愚の類は甚深の妙典を軽慢し無智の族は神明の威徳を蔑如す、就中止観・遮那の学窓に臨む者は出離を抑ゆる癡人なり三論・法相の稽古を励む者は菩提を塞ぐ誑人なりと云云。
之に依つて仏法・日に衰え迷執・月に増す然る間・南都北嶺の明徳・奏聞を経て天聴に達するの刻・源空が過咎遁れ難きの間・遠流の宣を蒙むり配所の境

293 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 10:02:58.05 ID:vcQ3vFkO0
に赴き畢んぬ、其の後門徒猶勅命を憚からずして弥専修を興すること殆ど先代に超えたり違勅の至
り責めても余り有り故に重ねて専修を停廃し源空の門徒を流罪すべきの由・綸言頻に下る又関東の御下知・勅宣に相添う。門葉等は遁るべきの術を失い或は山林に流浪し或は遠国に逃隠す、爾してより華夷・称名を抛ちて男女・正説に帰す
る者なり然るに又近来先規を弁えざるの輩・仏神を崇めざるの類・再び専修の行を企て猶邪悪を増すこと甚し。日蓮不肖なりと雖も且は天下の安寧を思うが為・且は仏法の繁昌を致さんが為に強ちに先賢の語を宣説し称名の行を停廃せんと欲し又
愚懐の勘文を添え頗る邪人の慢幢を倒さんとす、勘注の文繁くして見難し知り易からしめんが為に要を取り諸を省き略して五篇を列ぬ、委細の旨は広本に在くのみ。奏状篇詮を取りて之を注す委くは広本に在り南都の奏状に云く。一、謗人謗法の事
右源空・顕密の諸宗を軽んずること土の如く沙の如く智行の高位を蔑ろにすること蟻の如く螻の如し、常に自讃して曰く広く一代聖教を見て知れるは我なり能く八宗の精微を解する者は我なり我諸行を捨つ況や余人に於ておやと、愚癡の道・俗・
之を仰ぐこと仏の如く弟子の偏執

294 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 10:03:40.65 ID:vcQ3vFkO0
遥に其の師に超え檀那の邪見弥本説に倍し一天四海漸く以て〓し事の奇特を聞くに驚かずんば有る可からず其の中殊に法華の修行を以て専修の讐敵となす、或は此の経を読む者は皆地獄に堕すと云い或は其の
行を修せん者は永く生死に留まると云い或は僅に仏道の結縁を許し或は都て浄土の正因を嫌う、然る間・本八軸十軸の文を誦し千部万部の功を積める者も永く以て廃退し剰え前非を悔ゆ、捨つる所の本行の宿習は実に深く企つる所の念仏の薫習
は未だ積まず中途に天を仰いで歎息する者多し、此の外・般若・華厳の帰依・真言・止観の結縁・十の八九皆棄置す之を略す。一、霊神を蔑如する事右我が朝は本是れ神国なり百王彼の苗裔を承けて四海其の加護を仰ぐ、而るに専修の輩永く
神明を別えず権化・実類を論ぜず宗廟・祖社を恐れず若し神明を憑まば魔界に堕すと云云。実類の鬼神に於ては置いて論ぜざるか権化の垂迹に至つては既に是れ大聖なり、上代の高僧皆以て帰伏す行教和尚・宇佐の宮に参るに釈迦三尊の影・月の
如くに顕れ仲算大徳・熊野山に詣るに飛滝千仭の水・簾の如くに巻く、凡そ行基・護命・増利・聖宝・空海・最澄・円珍等は皆神社に於て新に霊異を感ず是くの若きは源空に及ば

295 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 17:57:05.22 ID:vcQ3vFkO0
ざるの人か又魔界に堕つ可きの類か之を略す。山門の奏状に云く。一、一向専修の党類・神明に向背する不当の事。右我が朝は神国なり神道を敬うを以て国の勤めと為す謹んで百神の本を討ぬるに諸仏の
迹に非ること無し、所謂伊勢大神宮・八幡・加茂・日吉・春日等は皆是れ釈迦・薬師・弥陀・観音等の示現なり各宿習の地を卜め専ら有縁の儀を調う乃至其の内証に随いて彼の法施を資け念誦・読経・神に依つて事異なり
世を挙げて信を取り人毎に益を被る、而るに今専修の徒・事を念仏に寄せて永く神明を敬うこと無し、既に国の礼を失い仍神を無するの咎あり、当に知るべし有勢の神祇定めて降伏の眸を回らして睨みたまわん之を略す。
一、一向専修和漢の例快からざる事右慈覚大師の入唐巡礼記を按ずるに云く唐の武宗皇帝会昌元年章敬寺の鏡霜法師に勅令して諸寺に於て弥陀念仏の教を伝え寺毎に三日巡輪して絶えず同じく二年廻鶻国の軍兵
等・唐の界を侵す同じく三年河北の節度使・忽ち乱を起す其の後大蕃国更に命を拒む廻鶻国重ねて地を奪いぬ、凡そ兵乱秦項の代に同じく災火邑里の際に起る何に況や武宗大に仏法を破し多く寺塔を滅す撥乱すること能わずして遂に
以て事有り已上取意、

296 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 17:58:15.81 ID:vcQ3vFkO0
是れ則ち恣に浄土の一門を信じて護国の諸教を仰がざるに依つてなり而るに吾朝一向専修を弘通してより以来・国衰微に属し俗多く艱難す已上之を略す、又云く音の哀楽を以て国の盛衰を知る詩の序に云く
治世の音は安んじて以て楽しむ其の政和げばなり乱世の音は怨んで以て怒る其の政乖けばなり亡国の音は哀んで以て思う其の民困めばなりと云云、近代念仏の曲を聞くに理世撫民の音に背き已に哀慟の響を成す是れ亡国の音なる可し是四、已上奏状。
山門の奏状詮を取る此の如し。又大和の荘の法印俊範・宝地房の法印宗源・同坊の永尊竪者後に僧都と云う並に題者なり等源空が門徒を対治せんが為に各各子細を述ぶ其の文広本に在り、又諸宗の明徳面面に書を作りて選択集を破し専修を対治する書籍世に伝う。
宣旨篇南都北嶺の訴状に依つて専修を対治し行者を流罪す可きの由度度の宣旨の内今は少を載せ多を省く委くは広本に在り。永尊竪者の状に云く弾選択等上送せられて後・山上に披露す弾選択に於ては人毎に之を翫び顕選択は
諸人之を謗ず法然上人の墓所は感神院の犬神人に仰付て之を破郤せしめ畢んぬ其の後奏聞に及んで裁許を蒙り畢んぬ、七月の上旬に法勝寺の御八講の次山門より南都に触

297 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 17:59:37.66 ID:vcQ3vFkO0
れて云く清水寺・祇園の辺・南都山門の末寺たる
の処に専修の輩身を容れし草菴に於ては悉く破郤せしめ畢んぬ其の身に於ては使庁に仰せて之を搦め取らるるの間・礼讃の声黒衣の色・京洛の中に都て以て止め畢んぬ、張本三人流罪に定めらると雖も逐電の間未だ配所に向わず山門今に訴え申し候なり。
此の十一日の僉議に云く法然房所造の選択は謗法の書なり天下に之を止め置く可からず仍つて在在所所の所持並に其の印板を大講堂に取り上げ三世の仏恩を報ぜんが為に焼失すべきの由奏聞仕り候い畢んぬ重ねて仰せ下され候か、恐恐。
嘉禄三年十月十五日専修念仏の張本成覚法師・讃岐の大手嶋に経回すと云云実否分明ならず慥に〓知を加えらる可きの由・山門の人人申す相尋ね申さしめ給う可きの由殿下の御気色候う所なり仍つて執達件の如し。嘉禄三年十月二十日 参議範輔在り判
修理権亮殿関東より宣旨の御返事隆寛律師の事、右大弁宰相家の御奉書披露候い畢んぬ、件の律師去る七月の比・下向せしむ鎌倉近辺に経回すると雖も京都の制符に任せ念仏者を追放せらるるの間奥州の方へ流浪せしめ畢んぬ云云、
早く在所を尋ね捜して仰せ下さるるの旨に任せ対馬の嶋に追遣可きなり、此の旨を以

298 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 22:28:58.84 ID:vcQ3vFkO0
て言上せしむ可きの状鎌倉殿の仰せに依つて執達件の如し。嘉禄三年十月十五日 武蔵守在り判相模守在り判掃部助殿修理亮殿専修念仏の事、停廃の宣下重畳の上偸かに尚興
行するの条更に公家の知しめす所にあらず偏に有司の怠慢たり早く先符に任せて禁遏せらる可し、其の上衆徒の蜂起に於ては宜く制止を加えしめ給うべし天気に依つて言上件の如し、信盛・頓首恐惶謹言
嘉禄三年六月二十九日 左衛門権佐信盛奉進上 天台座主大僧正御房政所右弁官下す 延暦寺早く僧の隆寛・幸西・空阿弥陀仏の土縁を取り進すべき事の書・権大納言源朝臣雅親勅を宣奉す
るに件の隆寛等の坐せらるること配流宜く彼の寺に仰せて度縁を取り進せしむ可し、者れば宜く承知して宣に依つて之を行うべし違失ある可からず。嘉禄三年七月六日左太史小槻宿禰在り判
左少弁藤原朝臣在り判 大政官の符・五畿内の諸国司まさに宜く専修念仏の興行を停廃し早く隆寛・幸西・空阿弥陀仏等の遺弟の留まる処に禁法を犯す所の輩を捉え搦むべきの事。
弘仁聖代の格条眼に在り左大臣勅を宣奉し宜く五畿七道に課せて興行の道を停廃し違犯の身を捉え搦むべし、者れば諸国司宜く承知して宣に依つて之を行え符到らば奉行を

299 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 22:29:33.59 ID:vcQ3vFkO0
致せ。嘉禄三年七月十七日修理右宮城使正四位下行右中弁藤原朝臣修理東大寺大仏長官正五位下左大史兼備前権介小槻宿禰専修念仏興行の輩停止す可きの由五畿七道に宣
下せられ候い畢んぬ、且つは御存知有る可く候、者れば綸言此の如し之を悉にせよ、頼隆・誠恐頓首謹言。
嘉禄三年七月十三日 右中弁頼隆在り判進上 天台座主大僧正御房政所隆寛対馬の国に改めらる可きの由宣下せられ畢んぬ、其の由御下知有る可きの旨仰せ下さる所
に候なり此の趣を以て申し入れしめ給う可きの状件の如し。右中弁頼隆在り判中納言律師御房隆寛律師専修の張本たるに依つて山門より訴え申すの間・陸奥に配流せられ畢んぬ而
るに衆徒尚申す旨有り仍つて配所を改めて対馬の嶋に追い遣らる可きなり、当時東国の辺に経回すと云云不日に彼の島に追い遣らる可きの由関東に申さる可し、者れば殿下の御気色に依つて執達件の如し。
嘉禄三年九月二十六日 参議在り判修理権亮殿専修念仏の事、京畿七道に仰せて永く停止せらる可きの由・先日宣下せられ候い畢んぬ、而るに諸国に尚其の聞え有りと云云、宣旨
の状を守りて沙汰致す可きの由・地頭・守護所等に仰付けらる可きの由・山門訴え申し候御下知有る

300 :名無しさん@入浴中:2014/09/15(月) 22:30:58.24 ID:vcQ3vFkO0
可く候、此の旨を以て沙汰申さしめ給う可きの由殿下の御気色候所なり、仍つて執達件の如し。
嘉禄三年十月十日 参議在り判武蔵守殿嵯峨に下されし院宣近頃破戒不善の輩厳禁に拘わらず猶専修念仏を企つるの由其の聞え有り、而るに先師法眼存日の時・清涼寺の辺に多く以て
止住すと云云、遺跡を相継ぎて若し同意有らば彼の寺の執務縦い相承の理を帯すとも免許の義有る可からざるなり、早く此の旨を存して禁止せしめ給う可し院宣此くの如し仍つて執達件の如し。
建保七年二月四日 按 察 使在り判治部卿律師御房謹んで請う 院宣一紙右当寺四至の内に破戒不善の専修念仏の輩法に任せて制止ある可く候更に以て芳心有る可からず候、若し猶寺家の力に拘わらずんば事の由を申し上ぐ可く候、謹んで請くる所件の如し。
建保七年閏二月四日 権律師良暁左弁官下す 綱所まさに諸寺の執務人に下知して専修念仏の輩を糾断せしむべき事。右・左大臣勅を宣奉す、専修念仏の行は諸宗衰微の基なり、仍つて去る建永二年の春厳制五箇条の裁許
を以てせる官符の施行先に畢んぬ、傾く者は進んでは憲章を恐れず退いては仏勅を憚からず或は梵宇を占め或は聚洛に交わる破戒の沙門・党を道場に結んで偏に

301 :名無しさん@入浴中:2014/09/16(火) 05:37:51.90 ID:LScYgElM0
今按の佯を以てす仏号を唱えんが為に妄りに邪音を作し将に蕩して人心を放逸にせんとす、見聞満座の処には賢善の形を現ずと雖も寂寞破〓の夕には
流俗の睡りに異ならず是れ則ち発心の修善に非ず濫行の奸謀を企つるなり豈仏陀の元意僧徒の所行と謂わんや。
宜しく有司に仰せて慥に糾断せしむべし若し猶違犯の者は罪科の趣き一に先符に同じ但し道心修行の人をして以て仏法違越の者に濫ぜしむること莫れ更に弥陀の教
説を忽せにするに非ず只釈氏の法文を全からしめんとなり、兼ては又諸寺執務の人・五保監行の輩聞知して言わずんば与同罪曾つて寛宥せざれ、者れば宜しく承知して宣旨に依つて之を行うべし。
建保七年閏二月八日 太史小槻宿禰在り判謹んで請く 綱所宣旨一通載せらるるはまさに諸寺の執務人に下知して専修念仏の輩を糾断せしむべき事。右宣旨の状に任せ諸寺に告げ触る可きの状謹んで請くる所件の如し。
建保七年閏二月二十二日之を行う。頃年以来無慚の徒・不法の侶・如如の戒行を守らず処処の厳制を恐れず恣に念仏の別宗を建て猥りに衆僧の勤学を謗ず、しかのみならず内には妄執を
凝らして仏意に乖き外には哀音を引いて人心を蕩かす遠近併ら専修の一行に帰

302 :名無しさん@入浴中:2014/09/16(火) 05:38:24.78 ID:LScYgElM0
し緇素殆んど顕密の両教を褊す仏法の衰滅而も斯に由る自由の奸悪誠に禁じても余り有り。
是を以て教雅法師に於ては本源を温ねて遠流し此の外同行の余党等慥かに其の行を帝土の中に停廃し悉く其の身を洛陽の外に追郤せよ但し或は自行の為或は化他の為に至心専念・如法修行の輩に於ては制の限りに在らず。
天福二年六月晦日 藤原中納言権弁奉る天福二年文暦と改む四条院の御宇後堀河院の太子なり、武蔵前司入道殿の御時。祇園の執行に仰せ付けらるる山門の下知状。大衆の僉議に云く専修念仏者・天
下に繁昌す是れ則ち近年山門無沙汰の致す所なり、件の族は八宗仏法の怨敵なり円頓行者の順魔なり、先ず京都往返の類・在家称名の所に於ては例に任せ犬神人に仰せて宜しく停止
せしむべし云云、者れば大衆僉議の旨斯くの如し早く先例に任せ犬神人等に仰せ含めて専修念仏者を停止せしめ給う可し云云、恐恐謹言。延応二年五月十四日 公文勾当審賢
四条院の御宇武蔵前司殿の御時。謹上 祇園の執行法眼御房逐つて申す、去る夜・大衆僉議して先ず此の異名に於て殊に犬神人に付けて之を責む可きの由仰せ含めぬ仍つ
て実名之を獻ず、専修念仏の張本の事・唯仏・鏡仏・智願・定真・円

303 :名無しさん@入浴中:2014/09/16(火) 18:24:43.73 ID:LScYgElM0
真・正阿弥陀仏・名阿弥陀仏・善慧・道弁・真如堂狼藉の張本なり已上、唐橋油小路並に八条大御堂六波羅の総門の向いの堂・已上・当時興行の所なり。延暦寺 別院雲居寺早く一向専修の悪行を禁断す可き事
右頃年以来、愚蒙の結党・〓〓の会衆を名けて専修と曰い〓閭に旁ねし心に一分の慧解無く口に衆罪の悪言を吐き言を一念十声の悲願に寄せて敢て三毒五蓋の重悪を憚からず盲瞑の輩是非を弁えず唯情に順ずるを以
て多く愚誨に信伏す、持戒修善の人を笑うて之を雑行と号し鎮国護王の教を謗りて之を魔業と称す諸善を擯棄し衆悪を選択し罪を山岳に積み報を泥梨に招く毒気深く入つて禁じても改むること無く偏に欲楽を嗜んで自ら止
むこと能わず、猶蒼蝿の唾の為に黏さるるが如く、何ぞ狂狗の雷を逐うて走るに異ならん、恣ままに三寸の舌を振いて衆生の眼目を抜き五尺の身を養わんが為に諸仏の肝心を滅す、併ら只仏法の怨魔と為り専ら緇門の妖怪と謂う可し。
是を以て邪師存生の昔は永く罪条に沈み、滅後の今は亦屍骨を刎らる其の徒・住蓮と安楽とは死を原野に賜い成覚と薩生とは刑を遠流に蒙りぬ此の現罰を以て其の後報を察す可し、方に今且は釈尊の遺法を護らんが為且は
衆生の

304 :名無しさん@入浴中:2014/09/16(火) 18:25:48.08 ID:LScYgElM0
塗炭を救わんが為に宜く諸国の末寺・荘園・神人・寄人等に仰せて重ねて彼の邪法を禁断すべし縦い片時と雖も彼の凶類を寄宿せしむ可からず縦い一言と雖も其の邪説を聴受す可からず、若し又山門所部の内に専修興
行の輩有らば永く重科に処して寛宥有ること勿れ、者れば三千衆徒の僉議に依つて仰す所件の如し。延応二年山門申状近来二つの妖怪有り人の耳目を驚かす所謂達磨の邪法と念仏の哀音となり。
顕密の法門に属せず王臣の祈請を致さず誠に端拱にして世を蔑り暗証にして人を軽んず小生の浅識を崇めて見性成仏の仁と為し耆年の宿老を笑うて螻蟻〓〓の類に擬す論談を致さざれば才の長短を表さず決択
に交らざれば智の賢愚を測らず、唯牆壁に向うて独り道を得たりと謂い三依纔に紆い七慢専ら盛なり長く舒巻を抛つ附仏法の外道吾が朝に既に出現す、妖怪の至り慎まずんばあるべからず何ぞ強ちに亡国流浪の僧を撰んで伽藍伝持の主と為さんや。
御式目に云く右大将家以後・代代の将軍並に二位殿の御時に於ての事・一向に御沙汰を改ること無きか、追加の状に云く嘉禄元年より仁治に至るまで御成敗の事・正嘉二年二月十日評定、右自今以後に於ては三代
の将軍並に二位家の御成敗に準

305 :名無しさん@入浴中:2014/09/16(火) 18:26:47.44 ID:LScYgElM0
じて御沙汰を改むるに及ばずと云云。
念仏停廃の事、宣旨御教書の趣き南都北嶺の状粗此くの如し、日蓮〓弱為りと雖も勅宣並に御下知の旨を守りて偏に南北明哲の賢懐を述ぶ猶此の義を棄置せらるるに非ずんば綸言徳政を故らる可きか将た御下知
を仰せらるる可きか、称名念仏の行者又賞翫せらると雖も既に違勅の者なり関東の御勘気未だ御免許をも蒙らず何ぞ恣に関東の近住を企てんや、就中武蔵前司殿の御下知に至りては三代の将軍並に二位家の御沙
汰に準じて御沙汰を改むること有る可からずと云云。然るに今念仏者何の威勢に依つてか宣旨に背くのみに非ず御下知を軽蔑して重ねて称名念仏の専修を結構せん人に依つて事異なりと云う此の謂在るか、何ぞ恣に華夷縦横の経回を致さんや。
勘文篇念仏者追放宣旨御教書の事念仏無間地獄抄 /建長七年 三十四歳御作念仏は無間地獄の業因なり法華経は成仏得道の直路なり早く浄土宗を捨て法華経を持ち生死を離れ菩提を得可き事法華経第二譬喩品に
云く「若人信ぜずして此の経を毀謗せば、即ち一切世間の仏種を断ぜん、其の人命終して阿鼻獄に入らん、一劫を具足して劫尽きなば更生れん、是くの如く展転して無数劫に至らん」云云 此の文

306 :名無しさん@入浴中:2014/09/16(火) 22:09:35.91 ID:LScYgElM0
の如くんば方便の念仏を信じて真実の法華を信ぜざらん者は無間地獄に堕つ可きなり念仏者云く我等が機は法華経に及ばざる間信ぜざる計りなり毀謗する事は
なし何の科に地獄に堕つ可きか、法華宗云く信ぜざる条は承伏なるか、次に毀謗と云うは即不信なり信は道の源功徳の母と云へり菩薩の五十二位には十信を本と為し十信の位
には信心を始と為し諸の悪業煩悩は不信を本と為す云云、然ば譬喩品の十四誹謗も不信を以て体と為せり今の念仏門は不信と云い誹謗と云い争か入阿鼻獄の句を遁れんや、其の上浄土
宗には現在の父たる教主釈尊を捨て他人たる阿弥陀仏を信ずる故に五逆罪の咎に依つて必ず無間大城に堕つ可きなり、経に今此の三界は皆是我有なりと説き給うは主君の義なり其の中の衆生
悉く是れ吾子と云うは父子の義なり而るに今此の処は諸の患難多し、唯我一人能く救護を為すと説き給うは師匠の義なり而して釈尊付属の文に此法華経をば付属有在と云云何れの機か漏る可
き誰人か信ぜざらんや、而るに浄土宗は主師親たる教主釈尊の付属に背き他人たる西方極楽世界の阿弥陀如来を憑む故に主に背けり八逆罪の凶徒なり違勅の咎遁れ難し即ち朝敵なり争か咎
無けんや、次に父の

307 :名無しさん@入浴中:2014/09/16(火) 22:10:40.15 ID:LScYgElM0
釈尊を捨つる故に五逆罪の者なり豈無間地獄に堕ちざる可けんや、次に師匠の釈尊に背く故に七逆罪の人なり争か悪道に堕ちざらんや此の如く教主釈尊は娑婆世界の
衆生には主師親の三徳を備て大恩の仏にて御坐す此の仏を捨て他方の仏を信じ弥陀薬師大日等を憑み奉る人は二十逆罪の咎に依つて悪道に堕つ可きなり、浄土の三部経とは釈尊
一代五時の説教の内第三方等部の内より出でたり、此の四巻三部の経は全く釈尊の本意に非ず三世諸仏出世の本懐にも非ず唯暫く衆生誘引の方便なり譬えば塔をくむに足代
をゆふが如し念仏は足代なり法華は宝塔なり法華を説給までの方便なり法華の塔を説給て後は念仏の足代をば切り捨べきなり、然るに法華経を説き給うて後念仏に執著するは塔をくみ立
て後足代に著して塔を用ざる人の如し豈違背の咎無からんや、然れば法華の序分 ・無量義経には四十余年未顕真実と説給て念仏の法門を打破り給う、正宗法華経には正直捨方便・但説無
上道と宣べ給て念仏三昧を捨て給う之に依て阿弥陀経の対告衆長老・舎利弗尊者・阿弥陀経を打捨て法華経に帰伏して華光如来と成り畢んぬ、四十八願付属の阿難尊者も浄土の三部経
を抛て法華経を受持して山海慧自

308 :名無しさん@入浴中:2014/09/16(火) 22:11:25.14 ID:LScYgElM0
在通王仏と成り畢んぬ、阿弥陀経の長老舎利弗は千二百の羅漢の中に智慧第一の上首の大声聞・閻浮提第一の大智者なり肩を並ぶる人なし、
阿難尊者は多聞第一の極聖・釈尊一代の説法を空に誦せし広学の智人なり、かかる極位の大阿羅漢すら尚往生成仏の望を遂げず仏在世の祖師此くの如し祖師の跡を踏む可くば三部経を
抛ちて法華経を信じ無上菩提を成ず可き者なり仏の滅後に於ては祖師先徳多しと雖も大唐楊州の善導和尚にまさる人なし唐土第一の高祖なり云云、始は楊州の明勝と云える聖人を師と為して法
華経を習たりしが道綽禅師に値つて浄土宗に移り法華経を捨て念仏者と成れり一代聖教に於て聖道浄土の二門を立てたり法華経等の諸大乗経をば聖道門と名く自力の行と嫌えり聖
道門を修行して成仏を願わん人は百人にまれに一人二人千人にまれに三人五人得道する者や有んずらん乃至千人に一人も得道なき事も有るべし観経等の三部経を浄土門と
名け此の浄土門を修行して他力本願を憑んで往生を願わん者は十即十生百即百生とて十人は十人百人は百人決定往生す可しとすすめたり、観無量寿経を所依と為して四巻の疏を
作る玄義分・序分義・定善義・散善義是なり、其の外法事讃上

309 :名無しさん@入浴中:2014/09/17(水) 06:02:44.96 ID:hUhrnDT20
下・般舟讃・往生礼讃・観念法門経此等を九帖の疏と名けたり、善導念仏し給へば口より仏の出給うと云つて称名念仏一遍を作すに三体づつ口より出給けりと伝へたり、毎日の所作には阿弥陀経六十巻
・念仏十万遍是を欠く事なし、諸の戒品を持つて一戒も破らず三依は身の皮の如く脱ぐ事なく鉢〓は両眼の如く身を離さず精進潔斎す女人を見ずして一期生不眠三十年なりと自歎す、凡そ善導の行儀法
則を云へば酒肉五辛を制止して口に齧まず手に取らず未来の諸の比丘も是くの如く行ずべしと定めたり、一度酒を飲み肉を食い五辛等を食い念仏申さん者は三百万劫が間地獄に堕す可しと禁しめたり、善導
が行儀法則は本律の制に過ぎたり、法然房が起請文にも書載たり、一天四海善導和尚を以て善知識と仰ぎ貴賤上下皆悉く念仏者と成れり・但し一代聖教の大王・三世諸仏の本懐たる法華の文には若し法を
聞くこと有らん者は無一不成仏と説き給へり、善導は法華経を行ぜん者は千人に一人も得道の者有る可からずと定む何れの説に付く可きか、無量義経には念仏をば未顕真実とて実に非ずと言ふ法華経には正直
捨方便但説無上道とて正直に念仏の観経を捨て無上道の法華経を持つ可しと言ふ此の両説

310 :名無しさん@入浴中:2014/09/17(水) 06:03:24.11 ID:hUhrnDT20
水火なり何れの辺に付く可きや善導が言を信じて法華経を捨つ可きか法華経を信じて善導の義を捨つ可きか如何、夫れ
一切衆生皆成仏道の法華経、一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜんの妙典善導が一言に破れて千中無一虚妄の法と成り、無得道教と云はれ平等大慧の巨益は虚妄と成り多宝如来の皆是真
実の証明の御言妄語と成るか十方諸仏の上至梵天の広長舌も破られ給ぬ、三世諸仏の大怨敵と為り十方如来成仏の種子を失う大謗法の科甚重し大罪報の至り無間大城の業因なり、之に依つて忽に物狂
いにや成けん所居の寺の前の柳の木に登りて自ら頚をくくりて身を投げ死し畢んぬ邪法のたたり踵を回さず冥罰爰に見たり、最後臨終の言に云く此の身厭う可し諸苦に責められ暫くも休息無しと即ち所居の寺の前の柳
の木に登り西に向い願つて曰く仏の威神以て我を取り観音勢至来つて又我を扶けたまえと唱え畢つて青柳の上より身を投げて自絶す云云、三月十七日くびをくくりて飛たりける程にくくり縄や切れけん柳の枝や折れけん大旱魃の堅土
の上に落て腰骨を打折て、二十四日に至るまで七日七夜の間悶絶躄地しておめきさけびて死し畢ぬ、さればにや是程の高祖をば往生の人の内には

311 :名無しさん@入浴中:2014/09/17(水) 06:04:28.21 ID:hUhrnDT20
入れざるらんと覚ゆ此事全く余宗の誹謗に非ず法華宗の妄語にも
非ず善導和尚自筆の類聚伝の文なり云云、而も流を酌む者は其の源を忘れず法を行ずる者は其の師の跡を踏む可し云云浄土門に入つて師の跡を踏む可くば臨終の時善導が如く自害有る可きか、念仏者として頚をくくらずんば師に背く咎有る可きか如何。
日本国には法然上人浄土宗の高祖なり十七歳にして一切経を習極め天台六十巻に渡り、八宗を兼学して一代聖教の大意を得たりとののしり、天下無雙の智者山門第一の学匠なり云云、然るに天魔や其の身
に入にけん広学多聞の智慧も空く諸宗の頂上たる天台宗を打捨て八宗の外なる念仏者の法師と成りにけり大臣公卿の身を捨て民百姓と成るが如し、選択集と申す文を作つて一代五時の聖教を難破し念仏往生の一
門を立てたり、仏説法滅尽経に云く五濁悪世には魔道興盛し魔沙門と作つて我が道を壊乱し悪人転た海中の沙の如く善人甚だ少くして若は一人若は二人ならん云云即ち法然房是なりと山門の状に書かれたり、我が浄土宗
の専修の一行をば五種の正行と定め権実顕密の諸大乗をば五種の雑行と簡て浄土門の正行をば善導の如く決定往生と勧めたり、観経等の浄土の三部経の外・一代

312 :名無しさん@入浴中:2014/09/17(水) 19:52:06.86 ID:hUhrnDT20
顕密の諸大乗経・大般若経を始と為して終り法常住経に至るまで貞元録に載する所の六百三十七部・二千八百八十三巻は皆是千中無一の徒物なり永く得道有る可からず、難行・
聖道門をば門を閉じ之を抛ち之を閣き之を捨て・浄土門に入る可しと勧めたり、一天の貴賤首を傾け四海の道俗掌を合せ或は勢至の化身と号し或は善導の再誕と仰ぎ一天四海になび
かぬ木草なし、智慧は日月の如く世間を照して肩を並ぶる人なし名徳は一天に充ちて善導に超え曇鸞・道綽にも勝れたり貴賤・上下・皆選択集を以て仏法の明鏡なりと思い道俗・男女悉
く法然房を以て生身の弥陀と仰ぐ、然りと雖も恭敬供養する者は愚癡迷惑の在俗の人・帰依渇仰する人は無智放逸の邪見の輩なり、権者に於ては之を用いず賢哲又之に随うこと無し。
然る間斗賀尾の明慧房は天下無雙の智人・広学多聞の明匠なり、摧邪輪三巻を造つて選択の邪義を破し、三井寺の長吏・実胤大僧正は希代の学者・名誉の才人なり浄土決疑集三巻
を作つて専修の悪行を難じ、比叡山の住侶・仏頂房・隆真法橋は天下無雙の学匠・山門探題の棟梁なり弾選択上下を造つて法然房が邪義を責む、しかのみならず南都・山門・三井より度度奏
聞を経て

313 :名無しさん@入浴中:2014/09/17(水) 19:52:44.47 ID:hUhrnDT20
法然が選択の邪義亡国の基為るの旨訴え申すに依つて人王八十三代・土御門院の御宇・承元元年二月上旬に専修念仏の張本たる安楽・住蓮等を捕縛え忽ちに頭を刎ねられ畢んぬ、法
然房源空は遠流の重科に沈み畢んぬ、其の時・摂政左大臣家実と申すは近衛殿の御事なり此の事は皇代記に見えたり誰か之を疑わん。
しかのみならず法然房死去の後も又重ねて山門より訴え申すに依つて人皇八十五代・後堀河院の御宇嘉禄三年京都六箇所の本所より法然房が選択集・並に印版を責め出して大講堂の庭
に取り上げて三千の大衆会合し三世の仏恩を報じ奉るなりとて之れを焼失せしめ法然房が墓所をば犬神人に仰せ付けて之れを掘り出して鴨河に流され畢んぬ。
宣旨・院宣・関白殿下の御教書を五畿・七道に成し下されて、六十六箇国に念仏の行者・一日片時も之れを置く可からず対馬の島に追い遣る可きの旨諸国の国司に仰
せ付けられ畢んぬ、此等の次第・両六波羅の注進状・関東相模守の請文等明鏡なる者なり。嘉禄三年七月五日に山門に下さるる宣旨に云く。
専修念仏の行は諸宗衰微の基なり、〓に因つて代代の御門・頻に厳旨を降され殊に禁遏を加うる所なり、而るを頃年又興行を構へ山門訴え申

314 :名無しさん@入浴中:2014/09/17(水) 19:53:28.11 ID:hUhrnDT20
さしむるの間・先符に任せて仰せ下さるること先に畢んぬ、其の上且は仏法の
陵夷を禁ぜんが為且は衆徒の欝訴を優に依つて其の根本と謂うを以て隆寛・成覚・空阿弥陀仏等其の身を遠流に処せしむ可きの由・不日に宣下せらるる所なり、余党に於ては其の
在所を尋ね捜して帝土を追却す可きなり、此の上は早く愁訴を慰じて蜂起を停止す可きの旨・時刻を回さず御下知有る可く候、者綸言此の如し頼隆・誠恐・頓首謹言。
七月五日酉刻 右中弁頼隆奉わる進上天台座主大僧正御房政所同七月十三日山門に下さるる宣旨に云く。専修念仏興行の輩を停止す可きの由・五畿七道に宣下せられ畢んぬ、且御存知有る可く候綸言此の如く之を悉にす・頼隆・誠恐・頓首謹言。
七月十三日 右中弁頼隆奉わる進上天台座主大僧正御房政所殿下御教書専修念仏の事、五畿七道に仰せて永く停止せらる可きの由・先日宣下せられ候い畢んぬ、而るを諸国に尚其
の聞え有り云云、宣旨の状を守つて沙汰致す可きの由・地頭守護所等に仰せ付けらる可きの旨・山門訴え申し候、御存知有る可く候、此の旨を以て沙汰申さしめ給う可き由・殿下の御気色候所なり、仍て執達件の如し。
嘉禄三年十月十日 参議範輔在り判武

315 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 06:23:45.25 ID:snaupOW/0
判武 蔵 守 殿永尊竪者の状に云く、此の十一日に大衆僉議して云く法然房所造の選択は謗法の書なり天下之を止め置く可か
らず、仍て在在所所の所持並に其の印板を大講堂に取り上げて三世の仏恩を報ぜんが為に之を焼失せしめ畢んぬ、又云く法然上人の墓所をば感神院の犬神人に仰せ付けて破却せしめ畢んぬ。
嘉禄三年十月十五日・隆真法橋申して云く専修念仏は亡国の本為る可き旨文理之有りと。
山門より雲居寺に送る状に云く、邪師源空・存生の間には永く罪条に沈み滅後の今は且死骨を刎ねられ、其の邪類・住蓮・安楽・死を原野に賜い成覚・薩生は刑を遠
流に蒙る殆ど此の現罰を以て其の後報を察す可し云云。
嗚呼世法の方を云えば違勅の者と成り帝王の勅勘を蒙り今に御赦免の天気之れ無し心有る臣下万民・誰人か彼の宗に於て布施供養を展ぶ可きや、仏法の方を云えば正法誹謗
の罪人為り無間地獄の業類なり何れの輩か念仏門に於て恭敬礼拝を致す可きや、庶幾くば末代今の浄土宗・仏在世の祖師・舎利弗・阿難等の如く浄土宗を抛つて法華経を持ち菩
提の素懐を遂ぐ可き者か。日 蓮 花 押当世念仏者無間地獄事
安房の国・長狭郡・東条花房の郷蓮華寺に於て浄円房

316 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 06:26:28.70 ID:snaupOW/0
に対して日蓮阿闍梨之を註るす、文永元年甲子九月二十二日。
問うて曰く当世の念仏者・無間地獄と云う事其の故如何、答えて云く法然の選択に就いて云うなり、問うて云く其の選択の意如何、答えて曰く後鳥羽院
の治天下・建仁年中に日本国に一の彗星出でたり名けて源空法然と曰う選択一巻を記して六十余紙に及べり、科段を十六に分つ第一段の意は道綽禅師の安楽集に依つて聖道浄土の名目を立つ、其の聖道門とは浄土
の三部経等を除いて自余の大小乗の一切経殊には朝家帰依の大日経・法華経・仁王経・金光明経等の顕密の諸大乗経の名目阿弥陀仏より已外の諸仏・菩薩・朝家御帰依の真言等の八宗の名目之を挙げて聖道門
と名く、此の諸経諸仏諸宗は正像の機に値うと雖も末法に入つて之を行ぜん者は一人も生死を離る可からずと云云、又曇鸞法師の往生論註に依つて難易の二行を立つ第二段の意は善導和尚の五部九巻の書に依つ
て正雑二行を立つ、其の雑行とは道綽の聖道門の料簡の如し、又此の雑行は末法に入つては往生を得る者の千中に一も無きなり、下の十四段には或は聖道・難行・雑行をば小善根・随他意・有上功徳等と名け念仏等
を以ては大善根・随自意・無上功徳等と名け

317 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 06:28:49.06 ID:snaupOW/0
て、念仏に対して末代の凡夫此れを捨てよ此の門を閉じよ之を閣けよ之を抛てよ等の四字を以て之を制止す、而て日本国中の無智の道俗を始めて大風に草木の従うが如く皆
此の義に随つて忽に法華真言等に随喜の意を止め建立の思を廃す、而る間人毎に平形の念珠を以て弥陀の名号を唱え或は毎日三万遍・六万遍・十万遍・四十八万遍・百万遍等唱る間又他の善根も無く
念仏堂を造ること稲麻竹葦の如く、結句は法華真言等の智者とおぼしき人人も皆或は帰依を受けんが為に或は往生極楽の為に皆本宗を捨てて念仏者と成り或は本宗にして念仏の法門を仰げるなり。
今云く日本国中の四衆の人人は形は異り替ると雖も意根は皆一法を行じて悉く西方の往生を期す、仏法繁昌の国と見えたる処に一の大なる疑を発する事は念仏宗の亀鏡と仰ぐ可き智者達・念仏宗の大檀那と為る大名・小
名並びに有徳の者多分は臨終思う如くならざるの由之を聞き之を見る、而るに善導和尚・十即十生と定め十遍乃至一生の間・念仏者は一人も漏れず往生を遂ぐ可しと見えたり人の臨終と善導の釈とは水火なり。

318 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 19:59:12.99 ID:snaupOW/0
爰に念仏者会して云く往生に四つ有り、一には意念往生・般舟三昧経に出でたり、二には正念往生・阿弥陀経に出でたり、三には無記往生・群疑論に出でたり、四には狂乱往生・観経の下品下生に
出でたり、詰つて曰く此の中の意・正の二は且く之を置く無記往生は何れの経論に依つて懐感禅師・之を書けるや、経論に之無くば信用取り難し、第四の狂乱往生とは引証は観経の下品下生の文
なり、第一に悪人臨終の時妙法を覚れる善知識に値つて覚る所の諸法実相を説かしめて之を聞く者正念存し難く十悪・五逆・具諸不善の苦に逼め被れて覚ることを得ざれば善知識実相の初門と
為る故に称名して阿弥陀仏を念ぜよと云うに音を揚げて唱え了んぬ、此れは苦痛に堪え難くして正念を失う狂乱の者に非るか狂乱の者争か十念を唱う可き、例せば正念往生の所摂なり全く狂乱の
往生には例す可からず、而るに汝等が本師と仰ぐ所の善導和尚は此の文を受けて転教口称とは云えども狂乱往生とは云わず、其の上汝等が昼夜十二時に祈る所の願文に云く願くは弟子等命終
の時に臨んで心顛倒せず心錯乱せず心失念せず身心諸の苦痛無く身心快楽禅定に入るが如し等云云、此の中に錯乱とは狂乱か而るに十悪五逆

319 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 19:59:59.54 ID:snaupOW/0
を作らざる当世の念仏の上人達並に大檀那等
の臨終の悪瘡等の諸の悪重病並に臨終の狂乱は意を得ざる事なり、而るに善導和尚の十即十生と定め又定得往生等の釈の如きは疑無きの処に十人に九人往生すと雖も一人往生せざれば猶不審発る可し、
何に況や念仏宗の長者為る善慧・隆観・聖光・薩生・南無・真光等・皆悪瘡等の重病を受けて臨終に狂乱して死するの由之を聞き又之を知る、其の已下の念仏者の臨終の狂乱其の数を知らず、
善導和尚の定むる所の十即十生は闕けて嫌える所の千中無一と成んぬ、千中無一と定められし法華・真言の行者は粗ぼ臨終の正念なる由之を聞けり、念仏の法門に於ては正像末の中には末法に
殊に流布す可し、利根・鈍根・善人・悪人・持戒破戒等の中には鈍根・悪人・破戒等殊に往生す可しと見えたり、故に道綽禅師は唯有浄土一門と書かれ、善導和尚は十即十生と定め往生要集には
濁世末代の目足と云えり、念仏は時機已に叶えり行ぜん者空しかる可からざるの処に是くの如きの相違は大なる疑なり、若し之に依つて本願を疑わば仏説を疑うに成んぬ進退惟谷れり此の疑を以て念
仏宗の先達並びに聖道の先達に之を尋るに一人として答うる人之れ無し、念仏者

320 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 20:01:32.36 ID:snaupOW/0
救うて云く、汝は法然上人の捨閉閣抛の四字を謗法と過むるか汝が小智の及ばざる所なり、故に上人此の四字を私に
之を書くと思えるか、源曇鸞・道綽・善導の三師の釈より之を出したり、三師の釈又私に非ず、源浄土の三部経・竜樹菩薩の十住毘婆沙論より出ず、雙観経の上巻に云く設い我仏を得乃至十念等と
云云、第十九の願に云く設い我仏を得て諸の功徳を修め菩提心を発す等と云云、下巻に云く乃至一念等と云云、第十八の願成就の文なり、又下巻に云く「其の上輩者○一向専念・其中輩者○一
向専念・其下輩者○一向専念」と云云、此れは十九願成就の文なり、観無量寿経に云く「仏阿難に告ぐ汝好く是の語を持て是の語を持つ者は即ち是れ無量寿仏の名を持つ」等と云云、阿弥陀経に
云く小善根を以てす可からず乃至一日七日等と云云、先ず雙観経の意は念仏往生・諸行往生と説けども一向専念と云つて諸行往生を捨て了んぬ、故に弥勒の付属には一向に念仏を付属し了んぬ、観
無量寿経の十六観も上の十五の観は諸行往生、下輩一観の三品は念仏往生なり、仏・阿難尊者に念仏を付属するは諸行を捨つる意なり、阿弥陀経には雙観経の諸行・観無量寿経の前十五観を束ねて小
善根と名

321 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 20:50:47.05 ID:snaupOW/0
け往生を得ざるの法と定め畢んぬ、雙観経の念仏をば
無上功徳と名けて弥勒に付属し、観経念仏をば芬陀利華と名けて阿難に付属し、阿弥陀経の念仏をば大善根と名けて舎利弗に付属す、終の付属は一経の肝心を付属するなり又一経の名を付属
するなり、三部経には諸の善根多しと雖も其の中に念仏最なり、故に題目には無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経等と云えり、釈摩訶衍論・法華論等の論を以て之れを勘うるに一切経の初には必ず南無
の二字有り、梵本を以て之を言わば三部経の題目には南無之れ有り、雙観経の修諸の二字に念仏より外の八万聖教残る可からず、観無量寿経の三福九品等の読誦大乗の一句に一切経残る可からず、阿弥
陀経の念仏の大善根に対する小善根の語に法華経等漏る可きや、総じて浄土の三部経の意は行者の意楽に随わんが為に暫く諸行を挙ぐと雖も、再び念仏に対する時は諸行の門を閉じて捨閉閣抛する事
顕然なり、例せば法華経を説かんが為に無量義経を説くの時に四十余年の経を捨てて法華の門を開くが如し、竜樹菩薩十住毘婆沙論を造つて一代聖教を難易の二道に分てり、難行道とは三部経の外の諸
行なり易行道とは念仏なり、経論此くの如く分明なりと

322 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 20:52:30.23 ID:snaupOW/0
雖も震旦の人師此の義を知らず唯善導一師のみ此の義を発得せり、所以に雙観経の三輩を観念法門に書いて云く「一切衆生・根性不同にして上中下有
り其の根性に随つて仏皆無量寿仏の名を専念することを勧む」等云云、此の文の意は発菩提心・修諸功徳等の諸行は他力本願の念仏に値わざりし以前に修する事よと有りけるを忽に之を捨てよと云うとも行者
用ゆ可からず故に暫く諸行を許すなり、実には念仏を離れて諸行を以て往生を遂ぐる者之無しと書きしなり、観無量寿経の仏告阿難等の文を善導の疏の四に之れを受けて曰く「上来に定散両門を説くと雖も
仏の本願に望めば意衆生の一向に専ら阿弥陀の名を称するに在り」云云、定散とは八万の権実・顕密の諸経を尽して之を摂して念仏に対して之れを捨つるなり、善導の法事讃に阿弥陀経の大小善根の故を釈
して云く「極楽は無為涅槃界なり随縁の雑善恐らくは生じ難し故に如来要法を選んで教えて弥陀専修を念ぜしむ」等と云云、諸師の中に三部経の意を得たる人は但導一人のみ、如来の三部経に於ては是くの
如く有れども正法像法の時は根機猶利根の故に諸行往生の機も之有りけるか。然るに機根衰えて末法と成る間・諸行の機漸く失い念仏の

323 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 20:54:23.42 ID:snaupOW/0
機と成れり、更に阿弥陀如来・善導和尚と生れて震旦に此の義を顕し、
和尚日本に生れて初は叡山に入つて修行し後には叡山を出でて一向に専修念仏して三部経の意を顕し給いしなり、汝捨閉閣抛の四字を謗法と咎むる事未だ導和尚の釈並びに三部経の文を窺わざるか、狗
の雷を齧むが如く地獄の業を増す汝知らずんば浄土家の智者に問え。
不審して云く上の所立の義を以て法然の捨閉閣抛の謗言を救うか実に浄土の三師並に竜樹菩薩・仏説により此の三部経の文を開くに念仏に対して諸行を傍と為す事粗経文に之見えたり、経文に嫌われし程の
諸行念仏に対して之を嫌わんこと過む可きに非ず、但不審なる処は雙観経の念仏已外の諸行・観無量寿経の念仏以外の定散・阿弥陀経の念仏の外の小善根の中に法華・涅槃・大日経等の極大乗経を入れ
念仏に対して不往生の善根ぞと仏の嫌わせ給いけるを竜樹菩薩・三師並に法然之を嫌わば何の失有らん但三部経の小善根等の句に法華・涅槃・大日経等は入る可しとも覚えざれば三師並に法然の釈を用いざ
るなり、無量義経の如きは四十余年・未顕真実と説いて法華八箇年を除きて以前四十二年に説く所の大小・権実の諸経は一字一点も未顕真実の語に

324 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 22:59:42.65 ID:snaupOW/0
漏る可しとも覚えず、しかのみならず四十二年の間に説く所の阿含・方等・般若・華厳の名目之を出だせり、既に大小の諸経を出して生滅無常を説ける諸の小乗経を
阿含の句に摂し、三にして無差別の法門を説ける諸大乗経を華厳海空の句に摂し、十八空等を説ける諸大乗経を般若の句に摂し、弾呵の意を説ける諸大乗経を方
等の句に摂す、是くの如く年限を指し経の題目を挙げ無量義経に依つて法華経に対して諸経を嫌い・嫌える所の諸経に依れる諸宗を下すこと天台大師の私に非ず、
汝等が浄土の三部経の中には念仏に対して諸行を嫌う文は之有りとも嫌わるる諸行は浄土の三部経よりの外の五十年の諸経なりと云う現文は之無し、又無量義経の
如く阿含・方等・般若・華厳等をも挙げず
誰か知る三部経には諸の小乗経並に歴劫修行の諸経等の諸行を仏・小善根と名け給うと云ふ事を、左右無く念仏よりの外の諸行を小善等と云えるを法華涅槃等
の一代の教なりと打ち定めて捨閉閣抛の四字を
ず民が所従には諸人諸国の主は入る可からざるが如し、誠に浄土の三部経等が一代超過の経ならば五十年の諸経を嫌うも其の謂れ之有りなん三部経の文より事起つて
一代を摂す可しとは

325 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 23:00:32.85 ID:snaupOW/0
見えず、但一機一縁の小事なり何ぞ一代を摂して之を嫌わん、三師並に法然此の義を弁えずして諸行の中に法華・涅槃並に一代を摂して末代に於
て之を行ぜん者は千中無一と定むるは近くは依経に背き遠くは仏意に違う者なり、但し竜樹の十住毘婆沙論の難行の中に法華真言等を入ると云うは論文に分明に之有
りや、設い論文に之有りとも慥なる経文之無くば不審の内なり、竜樹菩薩は権大乗の論師為りし時の論なるか、又訳者の入れたるかと意得可し、其の故は仏は無量義
経に四十余年は難行道・無量義経は易行道と定め給う事金口の明鏡なり、竜樹菩薩仏の記文に当つて出世して諸経の意を演ぶ豈仏説なる難易の二道を破つて私に
難易の二道を立てんや、随つて十住毘婆沙論の一部始中終を開くに全く法華経を難行の中に入れたる文之無く只華厳経の十地を釈するに第二地に至り畢つて宣べず、
又此の論に諸経の歴劫修行の旨を挙ぐるに菩薩難行道に堕し二乗地に堕して永不成仏の思を成す由見えたり法華已前の論なる事疑無し、竜樹菩薩の意を知らずして此
の論の難行の中に法華真言を入れたりと料簡するか、浄土の三師に於ては書釈を見るに難行・雑行・聖道の中に法華経を入れたる意粗

326 :名無しさん@入浴中:2014/09/18(木) 23:01:28.48 ID:snaupOW/0
之有り、然りと雖も法然が如き放言
の事之無し、しかのみならず仏法を弘めん輩は教機時国教法流布の前後を〓む可きか。
如来在世に前の四十余年には大小を説くと雖も説時至らざるの故に本懐を演べ給わず、機有りと雖も時無ければ大法を説き給わず、霊山八年の間誰か円機ならざる時も来
る故に本懐を演べたもうに権機移つて実機と成る、
法華経の流通並に涅槃経には実教を前とし権教を後とす可きの由見えたり、在世には実を隠して権を前にす滅後には実を前として権を後と為す可き道理顕然なり、然
りと雖も天竺国には正法一千年の間は外道有り、一向小乗の国有り、又一向大乗の国有り、又大小兼学の国有り、漢土に仏法渡つても又天竺の如し、日本国に於ては外
道も無く小乗の機も無く唯大乗の機のみ有り、大乗に於ても法華よりの外の機無し、但し仏法日本に渡り始めし時暫く小乗の三宗・権大乗の三宗を弘むと雖も桓武の
御宇に伝教大師の御時六宗情を破つて天台宗と成りぬ、倶舎・成実・律の三宗の学者も彼の教の如く七賢三道を経て見思を断じ二乗と成らんとは思わず、只彼の宗を習つて
大乗の初門と為し彼の極を得んとは思わず、権大乗の三宗を習える者も

327 :名無しさん@入浴中:2014/09/19(金) 20:13:52.62 ID:AM/8clXX0
五性各別等の宗義を捨てて一念三千・五輪等の妙観を窺う、大小・権実を知らざる在家の檀那等も一向に法華真言の学者の教に随つて之を供養する間・日本一洲は印
度震旦には似ず一向純円の機なり、恐くは霊山八年の機の如し、之を以て之を思うに浄土の三師は震旦・権大乗の機に超えじ、法然に於ては純円の機・純円の教・純円の国を
知らず、権大乗の一分為る観経等の念仏、権実をも弁えざる震旦の三師の釈之を以て此の国に流布せしめ実機に権法を授け、純円の国を権教の国と成し醍醐を嘗むる者に蘇味を与うるの失誠に甚だ多し。
題目弥陀名号勝劣事南無妙法蓮華経と申す事は唱えがたく南無阿弥陀仏・南無薬師如来なんど申す事は唱えやすく又文字の数の程も大旨は同けれども功徳の勝劣は遥に替りて候なり、天竺の習
ひ仏出世の前には二天・三仙の名号を唱えて天を願ひけるに仏世に出させ給いては仏の御名を唱ふ、然るに仏の名号を二天・三仙の名号に対すれば天の名は瓦礫のごとし仏の名号は金銀・如意宝珠
等のごとし、又諸仏の名号は題目の妙法蓮華経に対すれば瓦礫と如意宝珠の如くに侍るなり、然るを仏教の中の大小権実をも弁へざる人師なんどが仏教を知りがほにして仏の名

328 :名無しさん@入浴中:2014/09/19(金) 20:14:24.42 ID:AM/8clXX0
号を外
道等に対して如意宝珠に譬へたる経文を見・又法華経の題目を如意宝珠に譬へたる経文と喩の同きをもつて念仏と法華経とは同じ事と思へるなり、同じ事と思う故に又世間に貴と思う人の只弥
陀の名号計を唱うるに随つて・皆人一期の間一日に六万遍・十万遍なんど申せども法華経の題目をば一期に一遍も唱へず、或は世間に智者と思はれたる人人・外には智者気にて内には仏
教を弁へざるが故に念仏と法華経とは只一なり南無阿弥陀仏と唱うれば法華経を一部よむにて侍るなんど申しあへり是は一代の諸経の中に一句一字もなき事なり、設ひ大師先徳の釈の中より出た
りとも且は観心の釈か且はあて事かなんど心得べし、法華経の題目は過去に十万億の生身の仏に値ひ奉つて功徳を成就する人・初めて妙法蓮華経の五字の名を聞き始
めて信を致すなり、諸仏の名号は外道・諸天・二乗・菩薩の名号にあはすれば瓦礫と如意宝珠の如くなれども法華経の題目に対すれば又瓦礫と如意宝珠との如し、当世の学者は法華経
の題目と諸仏の名号とを功徳ひとしと思ひ又同じ事と思へるは瓦礫と如意宝珠とを同じと思ひ一と思うが如し、止観の五に云く「設い世を厭う者も下劣の乗を翫び枝葉に攀

329 :名無しさん@入浴中:2014/09/19(金) 20:15:32.50 ID:AM/8clXX0
付し狗作務に狎れ〓猴を敬いて帝釈と為し瓦礫を崇めて是明珠なりとす此の黒闇の人豈道を論ず可けんや」等云云、文の心は設ひ世をいとひて出家遁世して山林に身を
かくし名利名聞をたちて一向後世を祈る人人も法華経の大乗をば修行せずして権教下劣の乗につきたる名号等を唱うるを瓦礫を明珠なんどと思いたる僻人に譬へ闇き悪道
に行くべき者と書れて侍るなり、弘決の一には妙楽大師・善住天子経をかたらせ給いて法華経の心を顕はして云く「法を聞いて謗を生じ地獄に堕するは恒沙の仏を供養する者に勝
る等」云云、法華経の名を聞いてそしる罪は阿弥陀仏・釈迦仏・薬師仏等の恒河沙の仏を供養し名号を唱うるにも過ぎたりされば当世の念仏者の念仏を六万遍・乃至十万遍申すなん
ど云へども彼にては終に生死をはなるべからず、法華経を聞くをば千中無一・雑行・未有一人得者なんど名けて或は抛よ或は門を閉じよなんど申す謗法こそ設ひ無間大城に堕るとも後に
必生死は離れ侍らんずれ、同くは今生に信をなしたらばいかによく候なん。
問う世間の念仏者なんどの申す様は此身にて法華経なんどを破する事は争か候べき念仏を申すもとくとく極楽世界に参りて法華経をさとらんが

330 :名無しさん@入浴中:2014/09/19(金) 20:33:48.67 ID:AM/8clXX0
為なり、又或は云く法華経は不浄の身にて
は叶ひがたし恐れもあり念仏は不浄をも嫌はねばこそ申し候へなんど申すはいかん、答えて云く此の四五年の程は世間の有智無智を嫌はず此の義をばさなんめりと思いて過る程に日蓮一代聖
教をあらあら引き見るにいまだ此の二義の文を勘へ出さず詮ずるところ近来の念仏者並に有智の明匠とおぼしき人人の臨終の思うやうにならざるは是大謗法の故なり、人ごとに念
仏申して浄土に生れて法華経をさとらんと思う故に穢土にして法華経を行ずる者をあざむき又行ずる者もすてて念仏を申す心は出来るなりと覚ゆ謗法の根本此の義より出たり、法華経こそ此
の穢土より浄土に生ずる正因にては侍れ念仏等は未顕真実の故に浄土の直因にはあらず、然るに浄土の正因をば極楽にして後に修行すべき物と思ひ極楽の直因にあらざる念仏をば浄
土の正因と思う事僻案なり、浄土門は春沙を田に蒔いて秋米を求め天月をすてて水に月を求るに似たり人の心に叶いて法華経を失ふ大術此の義にはすぎず、次に不浄念仏の事・一切念仏
者の師とする善導和尚・法然上人は他事にはいわれなき事多けれども此の事にをいてはよくよく禁められたり、善導の観念法門経に

331 :名無しさん@入浴中:2014/09/19(金) 20:34:48.72 ID:AM/8clXX0
云く酒肉五辛を手に取らざれ口にかまざれ手にとり口にもかみ
て念仏を申さば手と口に悪瘡付くべしと禁め法然上人は起請を書いて云く酒肉五辛を服して念仏申さば予が門弟にあらずと云云、不浄にして念仏を申すべしとは当世の念仏者の大妄語なり。
問うて云く善導和尚・法然上人の釈を引くは彼の釈を用るや否や、答えて云くしからず念仏者の師たる故に彼がことば己が祖師に相違するが故に彼の祖師の禁めをもて彼を禁るなり、例せば世間
の沙汰の彼が語の彼の文書に相違するを責るが如し、問うて云く善導和尚・法然上人には何事の失あれば用いざるや、答えて云く仏の御遺言には我が滅度の後には四依の論師たりといへども
法華経にたがはば用うべからずと涅槃経に返す返す禁め置かせ給いて侍るに法華経には我が滅度の後末法に諸経失せて後殊に法華経流布すべき由・一所二所ならずあまたの所に説かれて侍り、随つて天
台・妙楽・伝教・安然等の義に此事分明なり、然るに善導・法然・法華経の方便の一分たる四十余年の内の未顕真実の観経等に依つて仏も説かせ給はぬ我が依経の読誦大乗の内に法華経をまげ
入れて還つて我が経の名号に対して読誦大乗の一句をすつる時法華経を抛

332 :名無しさん@入浴中:2014/09/20(土) 07:43:49.35 ID:N3aRkbUw0
てよ門を閉じよ千中無一なんど書いて侍る僻人をば眼あらん人是をば用うべしやいなや。疑つて云く善導和尚は三昧発得の人師・本地阿弥陀仏の化身・口より化仏を出せり、法然上人は本
地大勢至菩薩の化身既に日本国に生れては念仏を弘めて頭より光を現ぜり争か此等を僻人と申さんや、又善導和尚・法然上人は汝が見る程の法華経並に一切経をば見給はざらんや定めて
其の故是あらんか、答えて云く汝が難ずる処をば世間の人人・定めて道理と思はんか、是偏に法華経並に天台・妙楽等の実経・実義を述べ給へる文義を捨て善導・法然等の謗法の者にたぼらかされて年
久くなりぬるが故に思はする処なり、先ず通力ある者を信ぜば外道天魔を信ずべきか或る外道は大海を吸干し或る外道は恒河を十二年まで耳に湛えたり第六天の魔王は三十二相を具足して仏身
を現ず、阿難尊者・猶魔と仏とを弁へず善導・法然が通力いみじしというとも天魔外道には勝れず、其の上仏の最後の禁しめに通を本とすべからずと見えたり、次に善導・法然は一切経・並に法華経をば
おのれよりも見たりなんどの疑ひ是れ又謗法の人のためにはさもと思ひぬべし、然りといへども如来の滅後には先の人は多分賢きに似て後の

333 :名無しさん@入浴中:2014/09/20(土) 07:45:22.74 ID:N3aRkbUw0
人は大旨ははかなきに似たれども又先の世の人の世に
賢き名を取りてはかなきも是あり、外典にも三皇・五帝・老子・孔子の五経等を学びて賢き名を取れる人も後の人にくつがへされたる例是れ多きか、内典にも又かくの如し、仏法漢土に渡りて五百年
の間は明匠国に充満せしかども光宅の法雲・道場の慧観等には過ぎざりき、此等の人人は名を天下に流し智水を国中にそそぎしかども・天台智者大師と申せし末の人・彼の義どもの僻
事なる由を立て申せしかば初には用ひず後には信用を加えし時始めて五百余年の間の人師の義どもは僻事と見えしなり、日本国にも仏法渡りて二百余年の間は異義まちまちにして何れを正義
とも知らざりし程に伝教大師と申す人に破られて前二百年の間の私義は破られしなり、其の時の人人も当時の人の申す様に争か前前の人は一切経並に法華経をば見ざるべき定めて様こそあるら
めなんと申しあひたりしかども叶はず経文に違ひたりし義どもなれば終に破れて止みにき、当時も又かくの如し此の五十余年が間は善導の千中無一・法然が捨閉閣抛の四字等は権者
の釈なれば・ゆへこそあらんと思いてひら信じに信じたりし程に日蓮が法華経の或は悪世末法時或は於

334 :名無しさん@入浴中:2014/09/20(土) 08:45:41.98 ID:N3aRkbUw0
後末世或は令法久住等の文を引きむかへて相違をせむる時我が師の私義破れて疑いあへるなり、詮ずるところ後五百歳の経文の誠なるべきかの故に念仏者の念仏をもて法華経を失ひつるが還つて法華経の弘まらせ
給うべきかと覚ゆ、但し御用心の御為に申す世間の悪人は魚鳥鹿等を殺して世路を渡る、此等は罪なれども仏法を失ふ縁とはならず懺悔
をなさざれば三悪道にいたる、又魚鳥鹿等を殺して売買をなして善根を修する事もあり、此等は世間には悪と思はれて遠く善となる事もあり、仏教をもつて仏教を失ふこそ失ふ人も失ふとも思はず只善を修すると打ち思う
て又そばの人も善と打ち思うてある程に思はざる外に悪道に堕つる事の出来候なり、当世には念仏者なんどの日蓮に責め落されて我が身は謗法の者なりけりと思う者も是あり、聖道の人人の御中にこそ実の謗法の人
人は侍れ彼の人人の仰せらるる事は法華経を毀る念仏者も不思議なり念仏者を毀る日蓮も奇怪なり、念仏と法華とは一体の物なり、されば法華経を読むこそ念仏を申すよ念仏申すこそ法華経を読むにては侍れと
思う事に候なりとかくの如く仰せらるる人人・聖道の中にあまたをはしますと聞ゆ、随つて檀那も此の義を存

335 :名無しさん@入浴中:2014/09/20(土) 08:46:17.44 ID:N3aRkbUw0
じて日蓮並に念仏者をおこがましげに思へるなり先日蓮が是れ程の事をしらぬと思へるははかなし。
仏法漢土に渡り初めし事は後漢の永平なり渡りとどまる事は唐の玄宗皇帝・開元十八年なり、渡れるところの経律論・五千四十八巻・訳者一百七十六人其の経経の中に南無阿弥陀仏は即南無妙法
蓮華経なりと申す経は一巻一品もおはしまさざる事なり、其の上阿弥陀仏の名を仏説き出し給う事は始め華厳より終り般若経に至るまで四十二年が間に所所に説かれたり、但し阿含経をば除く一代聴聞の者・
是を知れり、妙法蓮華経と申す事は仏の御年七十二・成道より已来四十二年と申せしに霊山にましまして無量義処三昧に入り給いし時・文殊・弥勒の問答に過去の日月燈明仏の例を引いて我燈明
仏を見る乃至法華経を説かんと欲すと先例を引きたりし時こそ南閻浮提の衆生は法華経の御名をば聞き初めたりしか、三の巻の心ならば阿弥陀仏等の十六の仏は昔大通智勝仏の御時・十六の王子として法
華経を習つて後に正覚をならせ給へりと見えたり、弥陀仏等も凡夫にてをはしませし時は妙法蓮華経の五字を習つてこそ仏にはならせ給ひて侍れ、全く南無阿弥陀仏と申して正覚をならせ給いたりとは


336 :名無しさん@入浴中:2014/09/20(土) 16:58:54.63 ID:N3aRkbUw0
えず、妙法蓮華経は能開なり南無阿弥陀仏は所開なり、能開所開を弁へずして南無阿弥陀仏こそ南無妙法蓮華経よと物知りがほに申し侍るなり、日蓮幼少の時・習いそこなひの天台宗・真言宗に教へら
れて此の義を存じて数十年の間ありしなり、是れ存外の僻案なり但し人師の釈の中に一体と見えたる釈どもあまた侍る、彼は観心の釈か或は仏の所証の法門につけて述たるを今の人弁へずして全体一なりと
思いて人を僻人に思うなり、御 迹あるべきなり、念仏と法華経と一つならば仏の念仏説かせ給いし観経等こそ如来出世の本懐にては侍らめ、彼をば本懐ともをぼしめさずして法華経を出世の本懐と説かせ給
うは念仏と一体ならざる事明白なり、其の上多くの真言宗・天台宗の人人に値い奉りて候し時・此の事を申しければされば僻案にて侍りけりと申す人是れ多し、敢て証文に経文を書いて進ぜず候はん限り
は御用ひ有るべからず是こそ謗法となる根本にて侍れ、あなかしこ・あなかしこ。日 蓮 花 押法華浄土問答抄即名字即 三諦の名を聞く穢土 観行即 五品を明す八十八使の見惑を断ず
法華宗立六即 相似即 八十一品の思惑を断ず九品の塵沙を断ず分真即 四十一品の無明を断ず報土究竟即 一

337 :名無しさん@入浴中:2014/09/20(土) 16:59:46.80 ID:N3aRkbUw0
品の無明を断ず中品戒行世善等穢土 理即浄土下品名字即浄土宗の所立観行即
報土 相似即分真即究竟即弁成の立、我が身叶い難きが故に且く聖道の行を捨閉し閣抛し浄土に帰し浄土に往生して法華を聞いて無生を悟ることを得べきなり。日蓮難じて云く、我が身叶い難ければ穢土に
於て法華経等・教主釈尊等を捨閉し閣抛し浄土に至つて之を悟る可し等云云、何れの経文に依つて此くの如き義を立つるや、又天台宗の報土は分真即・究竟即・浄土宗の報土は名字即・乃至・究竟即等とは
何れの経論釈に出でたるや、又穢土に於ては法華経等・教主釈尊等を捨閉し閣抛し浄土に至つて法華経を悟る可しとは何れの経文に出でたるや。
弁成の立に、余の法華等の諸行等を捨閉し閣抛して念仏を用ゆる文は観経に云く「仏・阿難に告ぐ汝好く是の語を持て是の語を持つ者は即ち是れ無量寿仏の名を持つ」文、浄土に往生して
法華を聞くと云う事は文に云く「観世音・大勢至・大悲の音声を以つて其れが為に広く諸法実相除滅罪法を説く、聞き已つて歓喜し時に応じて即菩提の心を発す」文、余は繁き故に且く之を置く。
又日蓮難じて云く、観無量寿経は如来成道・四十余年の内なり法華経は後八箇年の

338 :名無しさん@入浴中:2014/09/20(土) 18:27:23.80 ID:N3aRkbUw0
説なり如何んが已説の観経に兼ねて未説の法華経の名を載せて捨閉閣抛の可説と為す可きや、随つて「仏告阿難」
等の文に至つては只弥陀念仏を勧進する文なり未だ法華経を捨閉し閣抛することを聞かず、何に況や無量義経に法華経を説かんが為に先ず四十余年の已説の経経を挙げて未顕真実と定め畢んぬ、豈未顕
真実の観経の内に已顕真実の法華経を挙げて捨て乃至之を抛てと為す可きや、又云く「久しく此の要を黙して務めて速かに説かず」等云云、既に教主釈尊四十余年の間・法華の名字を説かず何ぞ已説観
経の念仏に対して此の法華経を抛たんや、次ぎに「下品下生・諸法実相・除滅罪法等」云云、夫れ法華経已前の実相其の数一に非ず先ず外道の内の長爪の実相・内道の内の小乗
乃至爾前の四教・皆所詮の理は実相なり、何ぞ必ずしも已説の観経に載する所の実相のみ法華経に同じと意得べきや、今度慥なる証文を出して法然上人の無間の苦を救わるべきか。
又弁成の立に、観経は已説の経なりと雖も未来を面とする故に未来の衆生は未来に有る所の経巻之を読誦して浄土に往生すべし、既に法華等の諸経・未来流布の故に之れを読誦して往生すべきか、其の法華を捨
閉閣抛し観経の持無

339 :名無しさん@入浴中:2014/09/20(土) 18:29:16.22 ID:N3aRkbUw0
量寿仏の文に依つて法然是くの如く行じ給うか、観経の持無量寿仏の文の上に諸善を説き一向に無量寿仏を勧持せる故に申せしめ候、実相に於いても多く有りと云う難、彼は浄土の故
に此の難来るべからず、法然上人・聖道の行機堪え難き故に未来流布の法華を捨閉閣抛す、故に是れ慈悲の至進なれば此の慈悲を以て浄土に往生し全く地獄に堕すべからざるか。
日蓮難じて云く、観経を已説の経なりと云云、已説に於ては承伏か、観経の時未だ法華経を説かずと雖も未来を鑒みて捨閉閣抛すべしと法然上人は意得給うか云云、仏・未来を鑒みて已説の経に未来の経を載
せて之を制止すと云わば已説の小乗経に未説の大乗経を載せて之を制止すべきか、又已説の権大乗経に未説の実大乗経を載せて未来流布の法華経を制止せば、何が故に仏爾前経に於て法華の名を載せざる由、之を説きたまうや。
法然上人慈悲の事、慈悲の故に法華経と教主釈尊とを抛つなりと云わば所詮上に出す所の証文は未だ分明ならず慥なる証文を出して法然上人の極苦を救わる可きか、上の六品の諸行往生を下の三品の念仏に
対して諸行を捨つ豈法華を捨つるに非ずや等云云、観無量寿経の上六品の諸行は法華已前の諸行なり、設

340 :名無しさん@入浴中:2014/09/22(月) 19:12:31.23 ID:TlAPn9wo0
い下の三品の念仏に対して上六品の諸行之を抛つとも但法華経は諸行に入らず何ぞ之を閣かんや、又法華の意は爾前の諸行と観経の念仏と共に之を捨て畢りて如来出世の本懐を遂げ給うなり、日
蓮管見を以て一代聖教並びに法華経の文を勘うるに未だ之を見ず、法華経の名を挙げて或は之を抛ち或は其の門を閉ずる等と云う事を、若し爾らば法然上人の憑む所の弥陀本願の誓文並びに法
華経の入阿鼻獄の釈尊の誡文・如何ぞ之を免る可けんや、法然上人・無間獄に堕せば所化の弟子並びに諸檀那等共に阿鼻大城に堕ちんか、今度分明なる証文を出して法然上人の阿鼻の炎を消さる可し云云。
文永九年太歳壬申正月十七日日 蓮 花 押 弁 成 花 押法華真言勝劣事法華真言勝劣事東寺の弘法大師空海の所立に云く法華経は猶華厳経に劣れり何に況や大日経等に於いてをや
と云云、慈覚大師円仁・智証大師円珍・安然和尚等の云く法華経の理は大日経に同じ印と真言との事に於ては是れ猶劣れるなりと云云其の所釈は余処に之を出す。空海は大日経・菩提心論等に依
つて十住心を立てて顕密の勝劣を判ず、其の中に第六に他縁大乗心は法相宗・第七に覚心不生心は三論宗・第八に如実一道心は天台宗・第九に極

341 :名無しさん@入浴中:2014/09/22(月) 20:26:39.38 ID:TlAPn9wo0
無自性心は華厳宗・第十に秘密荘厳心は真言宗なり、此の所立の次第は浅き従り深きに至る其の証文は大日経の住心品と菩提心論とに出づと云えり、然るに出す所の大日経の住心
品を見て他縁大乗・覚心不生・極無自性を尋ぬるに名目は経文に之有り然りと雖も他縁・覚心・極無自性の三句を法相・三論・華厳に配する名目は之無し、其の上覚心不生と極無自
性との中間に如実一道の文義共に之無し、但し此の品の初に「云何なるか菩提・謂く如実に自心を知る」等の文之有り、此の文
を取つて此の二句の中間に置いて天台宗と名づけ華厳宗に劣るの由之を存す、住心品に於ては全く文義共に之無し、有文有義・無文有義の二句を虧く信用に及ばず、菩提心論の文に
於ても法華・華厳の勝劣都て之を見ざる上、此の論は竜猛菩薩の論と云う事上古より諍論之れ有り、此の諍論絶えざる已前に亀鏡に立つる事は竪義の法に背く、其の上善無畏・金剛智
等評定有つて大日経の疏義釈を作れり一行阿闍梨の執筆なり、此の疏義釈の中に諸宗の勝劣を判ずるに法華経と大日経とは広略の異なりと定め畢んぬ、空海の徳貴しと雖も争か先師
の義に背く可きやと云う難此れ強し此れ安然の難なり、之に依つ   

342 :名無しさん@入浴中:2014/09/22(月) 20:27:47.48 ID:TlAPn9wo0
て空海の門人之を陳ずるに旁陳答之有り或は守護経或は六波羅蜜経或は楞伽経或は金剛頂経等に見ゆと多く会通すれ
ども総じて難勢を免れず、然りと雖も東寺の末学等大師の高徳を恐るるの間強ちに会通を加えんとすれども結句会通の術計之無く問答の法に背いて伝教大師最澄は弘法大師の弟子なりと
云云、又宗論の甲乙等旁論ずる事之有りと云云。
日蓮案じて云く華厳宗の杜順・智厳・法蔵等・法華経の始見今見の文に就いて法華・華厳・斉等の義之を存す、其の後澄観始今の文に依つて斉等の義を存すること祖師に違せず其の上一
往の弁を加えて法華と華厳と斉等なりと云えり、但し華厳は法華経より先なり華厳経の時仏最初に法慧功徳林等の大菩薩に対して出世の本懐之を遂ぐ、然れども二乗並に下賤の凡夫等・根機
未熟の故に之を用いず、阿含・方等・般若等の調熟に依つて還つて華厳経に入らしむ此れを今見の法華経と名づく、大陣を破るに余残堅からざる等の如し、然れば実に華厳経法華経に勝れたり等
と云云、本朝に於て勤操等に値いて此の義を習学す後に天台真言を学すと雖も旧執改まらざるが故に此の義を存するか、何に況や華厳経法華経に勝るの由は陳隋より已前・南三・北七

343 :名無しさん@入浴中:2014/09/22(月) 21:16:34.41 ID:TlAPn9wo0
皆此の義を存す、天台已後も又諸宗此の義を存せり但だ弘法一人に非ざるか、但し澄観始見今見の文に依つて華厳経は法華経より勝ると料簡する才覚に於
ては天台智者大師涅槃経の「是経出世乃至如法華中」等の文に依つて法華涅槃斉等の義を存するのみに
非ず又勝劣の義を存するは此の才覚を学びて此の義を存するか此の義若し僻案ならば空海の義も又僻見なる可きなり、天台真言の書に云く法華経と大日経と
は広略の異なり略とは法華経なり、大日経と斉等の理なりと雖も印真言之を略する故なり、広とは大日経なり極理を説くのみに非ず印真言をも説く故なり、又法華経
と大日経とに同劣の二義有り、謂く理同事劣なり、又二義有り一には大日経は五時の摂なり是れ与の義なり、二には大日経は五時の摂に非ず是れ奪の義なり、又云
く法華経は譬えば裸形の猛者の如し大日経は甲冑を帯せる猛者なり等と云云、又云く印真言無きは其の仏を知る可からず等と云云。
日蓮不審して云く何を以て之を知る理は法華経と大日経と斉等なりと云う事を、答えて云く疏と義釈並に慈覚・智証等の所釈に依るなり。
求めて云く此等の三蔵大師等は又何を以て之                  

344 :名無しさん@入浴中:2014/09/22(月) 21:17:23.61 ID:TlAPn9wo0
を知るや理は斉等の義なりと、答えて云く三蔵大師等をば疑う可からず等と云云、難じて云く此の義・論義
の法に非ざる上仏の遺言に違背す慥に経文を出す可し若し経文無くんば義分無かる可し如何、答う威儀形色経・瑜祇経・観智儀軌等なり、文は口伝す可し、問うて
云く法華経に印・真言を略すとは仏よりか経家よりか訳者よりか、答えて云く或は仏と云い或は経家と云い或は訳者と云うなり、不審して云く仏より真言・印を略し
て法華経と大日経と理同事勝の義之有りといわば此の事何れの経文ぞや文証の所出を知らず我意の浮言ならば之を用ゆ可からず若し経家・訳者より之を略すといわば
仏説に於ては何ぞ理同事勝の釈を作る可きや法華経と大日経とは全躰斉なり能く能く子細を尋ぬ可きなり。
私に日蓮云く威儀形色経・瑜祇経等の文の如くば仏説に於ては法華経に印真言有るか、若し爾らば経家・訳者之を略せるが、六波羅蜜経の如きは経家之を略
す、旧訳の仁王経の如きは訳者之を略せるか、若し爾らば天台真言の理同事異の釈は経家並に訳者の時より法華経・大日
経の勝劣なり、全く仏説の勝劣に非ず此れ天台真言の極なり、                      

345 :名無しさん@入浴中:2014/09/22(月) 21:18:20.88 ID:TlAPn9wo0
天台宗の義勢才覚の為に此の義を難ず、天台真言の僻見此くの如し、東寺所立の義勢は且く之を置く僻見眼前の故なり、抑天台真言宗の所立・理同事勝に二難有り、一には
法華経と大日経と理同の義其の文全く之無し、法華経と大日経と先後如何、既に義釈に二経の前後之を定め畢つて法華経は先き大日経は後なりと云へり、若し爾らば大日経は法
華経の重説なる流通なり、一法を両度之を説くが故なり若し所立の如くば法華経の理を重ねて之を説くを大日経と云う、然れば則ち法華経と大日経と敵論の時は大日経の理之を奪つて法
華経に付く可し、但し大日経の得分は但印真言計りなり、印契は身業・真言は口業なり身口のみにして意無くば印・真言有る可からず、手口等を奪つて法華経に付けなば手無くして印を結び
口無くして真言を誦せば虚空に印真言を誦結す可きか如何、裸形の猛者と甲冑を帯せる猛者との譬の事、裸形の猛者の進んで大陣を破ると甲冑を帯せる猛者の退いて一陣をも破らざるとは
何れが勝るるや、又猛者は法華経なり甲冑は大日経なり、猛者無くんば甲冑何の詮か之有らん此れは理同の義を難ずるなり、次に事勝の義を難ぜば法華経には印・真言無く大日経には印真
  

346 :名無しさん@入浴中:2014/09/22(月) 22:40:07.09 ID:TlAPn9wo0
言之有りと云云、印契真言の有無に付て二経の勝劣を定むるに大日経に印真言有つて法華経に之無き故に劣ると云わば、阿含経には世界建立・賢聖の地位是れ分明なり、大日経には之無し、彼の
経に有る事が此の経に無きを以て勝劣を判ぜば大日経は阿含経より劣るか、雙観経等には四十八願是れ分明なり大日経に之無し、般若経には十八空是れ分明なり大日経には之無し、此等の諸経に劣
ると云う可きか、又印・真言無くんば仏を知る可からず等と云云、今反詰して云く理無くんば仏有る可からず仏無くんば印契真言・一切徒然と成るべし。
彼難じて云く賢聖並に四十八願等をば印真言に対す可からず等と云云、今反詰して云く最上の印真言之無くば法華経は大日経等よりも劣るか、若し爾らば法華経には二乗作仏・久遠実成之有り大日
経には之無し印真言と二乗作仏・久遠実成とを対論せば天地雲泥なり、諸経に印真言を簡わざるに大日経に之を説いて何の詮か有る可きや、
二乗若し灰断の執を改めずんば印真言も無用なり、一代の聖教に皆二乗を永不成仏と簡い随つて大日経にも之を隔つ、皆成仏までこそ無からめ三分が二之を捨て百分が六十余分得道せずんば仏の大              

347 :名無しさん@入浴中:2014/09/22(月) 22:41:30.10 ID:TlAPn9wo0
悲何かせん、凡そ理の三千之有つて成仏すと云う上には何の不足か有る可き成仏に於ては〓なる仏・中風の覚者は之有る可からず、之を以て案ずるに印真言は規模無きか、又諸経には始成正覚の旨を
談じて三身相即の無始の古仏を顕さず、本無今有の失有れば大日如来は有名無実なり、寿量品に此の旨を顕す釈尊は天の一月・諸仏菩薩は万水に浮べる影なりと見えたり、委細の旨は且く之を置く。
又印・真言無くんば祈祷有る可からずと云云、是れ又以ての外の僻見なり、過去現在の諸仏・法華経を離れて成仏す可からず法華経を以て正覚を成じ給う、法華経の行者を捨て給わば諸仏還つて凡夫と
成り給うべし恩を知らざる故なり、又未来の諸仏の中の二乗も法華経を離れては永く枯木敗種なり、今は再生の華果なり、他経の行者と相論を為す時は華光如来・光明如来等は何れの方に付く可きや、
華厳経等の諸経の仏・菩薩・人天・乃至四悪趣等の衆は皆法華経に於て一念三千・久遠実成の説を聞いて正覚を成ず可し何れの方に付く可きや、真言宗等と外道並に小乗・権大乗の行者等と敵対
相論を為すの時は甲乙知り難し、法華経の行者に対する時は竜と虎と師子と兎との闘いの如く諍論分絶えたる者  

348 :名無しさん@入浴中:2014/09/22(月) 23:45:09.02 ID:akXYPeGZ0
たのしいかい??

349 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 05:03:32.39 ID:6q3fFMPo0
なり、慧亮脳を破りし時・次第位に即き相応加持する時・真済の悪霊伏せらるる等是なり、一向真言の行者は法華経の行者に劣れる証拠是なり、問うて云く
義釈の意は法華経・大日経共に二乗作仏・久遠実成を明かすや如何、答えて云く共に之を明かす、義釈に云く「此の経の心の実相は彼の経の諸法実相なり」と云云、又云く「本初は是れ寿量の義なり」等と云云。
問うて云く華厳宗の義に云く華厳経には二乗作仏・久遠実成之を明かす、天台宗は之を許さず、宗論は且く之を置く人師を捨てて本経を存せば華厳経に於ては二乗作仏・久遠実成の相似の文之有りと雖も実には之無し、
之を以て之を思うに義釈には大日経に於て二乗作仏・久遠実成を存すと雖も実には之無きか如何、答えて云く華厳経の如く相似の文之有りと雖も実義之無きか、私に云く二乗作仏無くば四
弘誓願満足す可からず、四弘誓願満たずんば又別願も満す可からず、総別の二願満せずんば衆生の成仏も有り難きか能く能く意得可し云云。
問うて云く大日経の疏に云く大日如来は無始無終なり遥に五百塵点に勝れたりと如何、答う毘廬遮那の無始無終なる事華厳・浄名・般若等の諸大乗経に之を説く独り大日経のみに非ず、問うて云

350 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 05:04:16.06 ID:6q3fFMPo0

若し爾らば五百塵点は際限有れば有始有終なり無始無終は際限無し、然れば則ち法華経は諸経に破せらるるか如何、答えて云く他宗の人は此の義を存す天台一家に於て此の難を会通する者有り難き
か、今大日経並に諸大乗経の無始無終は法身の無始無終なり三身の無始無終に非ず、法華経の五百塵点は諸大乗経の破せざる伽耶の始成之を破りたる五百塵点なり、大日経等の諸大乗経には全く此
の義無し、宝塔の涌現・地涌の涌出・弥勒の疑・寿量品の初の三誡四請・弥勒菩薩・領解の文に「仏希有の法を説きたもう昔より未だ曾つて聞かざる所なり」等の文是なり、大日経六巻並に供養法の巻・金剛
頂経・蘇悉地経等の諸の真言部の経の中に未だ三止四請・三誡四請・二乗の劫国名号・難信難解等の文を見ず。
問うて云く五乗の真言如何、答う未だ二乗の真言を知らず四諦・十二因縁の梵語のみ有るなり、又法身平等に会すること有らんや。
問うて云く慈覚・智証等・理同事勝の義を存す争か此等の大師等に過ぎんや、答えて云く人を以て人を難ずるは仏の誡なり何ぞ汝・仏の制誡に違背するや但経文を以て勝劣の義を存す可し、難じて云く
末学の身として祖師の言に背かば之を     

351 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 05:05:30.76 ID:6q3fFMPo0
難ぜざらんや、答う末学の祖師に違する之を難ぜば何ぞ智証慈覚の天台・妙楽に違するを何ぞ之を難ぜざるや、問うて云く相違如何、答えて云く天台妙楽の意は已今
当の三説の中に法華経に勝れたる経之れ有る可からず、若し法華経に勝れたる経之有りといわば一宗の宗義之を壊る可きの由之を存す、若し大日経・法華経に勝るといわば天台妙楽の宗義忽に破る可きをや。
問うて云く天台妙楽の已今当の宗義証拠経文に有りや、答えて云く之れ有り法華経法師品に云く「我が所説の経典は無量千万億已に説き今説き当に説かん而も其の中に於て此の法華
経最も為れ難信難解なり」等と云云、此の経文の如くんば五十余年の釈迦所説の一切経の内には法華経は最第一なり、難じて云く真言師の云く法華経は釈迦所説の一切経の中に第一なり、大
日経は大日如来所説の経なりと、答えて云く釈迦如来より外に大日如来閻浮提に於て八相成道して大日経を説けるか是一、六波羅蜜経に云く過去現在並に釈迦牟尼仏の所説の諸経を分ちて五
蔵と為し其の中の第五の陀羅尼蔵は真言なりと真言の経・釈迦如来の所説に非ずといわば経文に違す是二、「我所説経典」等の文は釈迦如来の正直捨方便の説なり大日如来の証

352 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 07:28:42.64 ID:6q3fFMPo0
明分身の諸仏広長舌相の経文なり是三、五仏の章・尽く諸仏皆法華経を第一なりと説き給う是四、「要を以て之を言わば・如来の一切の所有の法・乃至皆此
の経に於て宣示顕説す」等と云云、此の経文の如くならば法華経は釈迦所説の諸経の第一なるのみに非ず、大日如来・十方無量諸仏の諸経の中に法華経第一なり、此の外
一仏二仏の所説の諸経の中に法華経に勝れたるの経之有りと云わば信用す可からず是五、大日経等の諸の真言経の中に法華経に勝れたる由の経文之れ無し是六、仏より外の天竺・震
旦・日本国の論師・人師の中に天台大師より外の人師の所釈の中に一念三千の名目之無し、若し一念三千を立てざれば性悪の義之無し性悪の義之無くんば仏菩薩の普現色身・不動愛
染等の降伏の形・十界の曼荼羅・三十七尊等・本無今有の外道の法に同じきか是七。
問うて云く七義の中に一一の難勢之有り然りと雖も六義は且く之を置く第七の義如何、華厳の澄観・真言の一行等・皆性悪の義を存す何ぞ諸宗に此の義無しと云うや、答えて云く華厳の澄
観・真言の一行は天台所立の義を盗んで
自宗の義と成すか、此の事余処に勘えたるが如し、問うて云く天台大師の玄         

353 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 07:29:12.59 ID:6q3fFMPo0
義の三に云く「法華は衆経を総括す乃至舌口中に爛る人情を以て彼の大虚を局ること莫れ」等と云云、釈籤の三
に云く「法華宗極の旨を了せずして声聞に記する事相のみ華厳・般若の融通無礙なるに如かずと謂う諌暁すれども止まず舌の爛れんこと何ぞ疑わん、乃至已今当の妙〓に於て固く迷えり舌
爛れて止まざるは猶為れ華報なり謗法の罪苦・長劫に流る」等と云云、若し天台妙楽の釈実ならば南三・北七並に華厳・法相・三論・東寺の弘法等・舌爛れんこと何の疑有らんや、乃至苦
流長劫の者なるか、是は且く之を置く慈覚・智証等の親り此の宗義を承けたる者法華経は大日経より劣の義存す可し、若し其の義ならば此の人人の「舌爛口中苦流長劫」は
如何、答えて云く此の義は最上の難の義なり口伝に存り云云。文永元年甲子七月二十九日之を記す。日 蓮 花 押真言七重勝劣事/文永七年 四十九歳御作与富木常忍
一 法華・大日二経の七重勝劣の事。一 尸那・扶桑の人師・一代聖教を判ずるの事。一 鎮護国家の三部の事。一 内裏に三宝有り内典の三部に当るの事。一 天台宗に帰伏する人人の四句の事。
一 今経の位を人に配するの事。一 三塔の事。一 日本国仏神の座         

354 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 07:30:29.26 ID:6q3fFMPo0
席の事。法華・大日二経の七重勝劣の事。今当第一本門第一法華経第一迹門第二「薬王今汝に告ぐ・諸経の中に於いて最も其の上に在り」
涅槃経第二 「是経出世」無量義経第三 「次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く・真実甚深・真実甚深」華厳経第四般若経第五蘇悉地経第六 上に云く「三部の中に於て此
の経を王と為す」、中に云く「猶成就せずんば当に此の法を作すべし決定として成就せん、所謂乞食・精勤・念誦・大恭敬・巡八聖跡・礼拝行道なり、或は復大般若経七遍或は一百遍を転読す」、下に云く「三時に常に大乗般若等の経を読め」
大日経第七 三国に未だ弘通せざる法門なり。尸那・扶桑の人師一代聖教を判ずるの事華厳経第一涅槃経第二 南北の義 晋・斉等五百余年・三百六十余人光宅を以て長と為す。
法華経第三般若経第一 吉蔵の義 梁代の人なり。法華経第一 南岳の御弟子なり。涅槃経第二 天台智者大師の御義 陳隋二代の人なり。華厳経第三 妙楽等之を用う。
深密経第一法華経第二 玄奘の義 唐の始め太宗の御宇の人なり。般若経第三華厳経第一法華経第二 法蔵・澄観等の義 唐の半ば則天皇后の御宇の人なり。涅槃経第三
大日経第一法華経第二 善無畏・ 

355 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 13:47:05.31 ID:6q3fFMPo0
不空等の義 唐の末・玄宗の御宇の人なり。諸経第三法華経第一涅槃経第二 伝教の御義 人王五十代桓武の御宇及び平城・嵯峨の御代の人、比叡山延暦寺なり。
諸経第三大日経第一 華厳経第二 弘法の義 人王五十二代嵯峨・淳和二代の人、東寺・高野等なり。法華経第三大日経第一
法華経第二 慈覚の義 善無畏を以て師と為す、仁明・文徳・清和の三代、叡山講堂総持院なり。諸経第三 智証之に同ず、園城寺なり。鎮護国家の三部の事
法華経密厳経 不空三蔵 大暦に法華寺に之を置く、大暦二年護摩寺を改めて法華寺を立つ、中央に法華経・脇士に両部の大日なり。仁王経法華経
浄名経 聖徳太子 人王三十四代推古天皇の御宇、四天王寺に之を置く摂津の国難波郡仏法最初の寺なり。勝鬘経法華経金光明経 伝教大師 人王五十代
桓武天皇の御宇、比叡山延暦寺止観院に之を置く、年分得度者一人は遮那業一人は止観業なり。仁王経大日経金剛頂経 慈覚大師 人王五十四
代仁明天皇の御宇、比叡山東塔の西総持院に之を置かる、御本尊は大日如来、金蘇の二疏十四巻安置せらる。
蘇悉地経内裏に三宝有り内典の三部に当るの事。神 璽 国の手験なり。宝 剣 国敵を禦ぐ財なり、平家     

356 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 13:48:41.08 ID:6q3fFMPo0
の乱の時に海に入りて見えず。
内侍所 天照太神影を浮かべ給う神鏡と云う、左馬頭頼茂に打たれて焼失す。天台宗に帰伏する人人の四句の事三論の嘉祥大師一に身心倶に移る華厳の澄観法師
真言の善無畏・不空二に心移りて身移らず 華厳の法蔵法相の慈恩三に身移りて心移らず 慈覚大師智証大師四に身心倶に移らず 弘法大師今経の位を人に配するの事
征夷将軍 鎌倉殿 無量義経摂政 涅槃経院 迹門十四品天子 本門十四品三塔の事中 堂 伝教大師の御建立 止観・遮那の二業を置く、御本尊は薬師如来なり、延暦年中の
御建立・王城の丑寅に当る、桓武天皇の御崇重、天子本命の道場と云う。止観院 本院 天竺には霊鷲山と云い震旦には天台山と云い扶桑には比叡山と云う、三国伝灯の仏法此に極まれり。
講 堂 総持院 慈覚大師の建立 鎮護国家の道場と云う、御本尊は大日如来なり、承和年中の建立、止観院の西に真言の三部を置き是を東塔と云うなり、伝教の御弟子第三の座主なり。
西塔釈迦堂 宝幢院 円澄の建立 伝教の御弟子なり。横川 観音堂 楞厳院 慈覚の建立日本国仏神の座席の事問う吾が朝には何れの仏を以て一の座と為し何れの法を以て一の座と為し何
         

357 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 14:01:22.62 ID:6q3fFMPo0
れの僧を以て一の座と為すや、答う観世音菩薩を以て一の座と為し真言の法を以て一の座と為し東寺の僧を以て一の座と為すなり。
問う日本には人王三十代に仏法渡り始めて後は山寺種種なりと雖も延暦寺を以て天子本命の道場と定め鎮護国家の道場と定む、然して日本最初の本尊釈迦を一の座と為す然らずんば
延暦寺の薬師を以て一の座と為すか、又代代の帝王起請を書いて山の弟子とならんと定め給ふ故に法華経を以て法の一の座と為し延暦寺の僧を以て一の座と為す可し、何
ぞ仏を本尊とせず菩薩を以て諸仏の一の座と為すや、答う尤も然る可しと雖も慈覚の御時・叡山は真言になる東寺は弘法の真言を建立す故に共に真言師なり、共に真言師なるが
故に東寺を本として真言を崇む真言を崇むる故に観音を以て本尊とす真言には菩薩をば仏にまされりと談ずるなり、故に内裏に毎年正月八日の内道場の法行わる東寺の一の長者を召して行
わる若し一の長者暇有らざれば二の長者行うべし三までは及ぼす可からず云云、故に仏には観音・法には真言・僧には東寺法師なり、比叡山をば鬼門の方とて之を下す譬えば武士の如しと云
うて崇めざるなり故に日本国は亡国とならんとするなり。問う神の

358 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 16:05:49.45 ID:6q3fFMPo0
次第如何、答う天照太神を一の座と為し八幡大菩薩を第二の座と為す是より已下の神は三千二百三十二社なり。真言天台勝劣事 /文永七年 四十九歳御作問う何なる経論に依つて真言宗を立つるや、答う大日
経・金剛頂経・蘇悉地経並びに菩提心論此の三経一論に依つて真言宗を立つるなり、問う大日経と法華経と何れか勝れたるや、答う法華経は或は七重或いは八重の勝なり大日経は七八重の劣なり、難じて云く驚い
て云く古より今に至るまで法華より真言劣ると云う義都て之無し之に依つて弘法大師は十住心を立てて法華は真言より三重の劣と釈し給へり覚鑁は法華は真言の履取に及ばずと釈せり打ち任せては密教勝れ顕教劣るな
りと世挙つて此を許す七重の劣と云う義は甚珍しき者をや、答う真言は七重の劣と云う事珍しき義なりと驚かるるは理なり、所以に法師品に云く「已に説き今説き当に説かん而も其の中に於て此の法華経は最も為れ難信難解な
り」云云、又云く「諸経の中に於て最も其の上に在り」云云、此の文の心は法華は一切経の中に勝れたり此其一、次に無量義経に云く「次に方等十二部経摩訶般若華厳海空を説く」云云、又云く「真実甚深甚深甚深なり」云
           

359 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 16:06:21.55 ID:6q3fFMPo0
云、此の文の心は無量義経は諸経の中に勝れて甚深の中にも猶甚深なり然れども法華の序分にして機もいまだなましき故に正説の法華には劣るなり此其二、次に涅槃経の九に云く「是の経の世に出ずるは彼の果実の利益
する所多く一切を安楽ならしむるが如く能く衆生をして仏性を見せしむ、法華の中の八千の声聞記〓を得授するが如く大果実を成じ秋収冬蔵して更に所作無きが如し」云云、籤の一に云く「一家の義意謂く二部同味なれども
然も涅槃尚劣る」云云、此の文の心は涅槃経も醍醐味・法華経も醍醐味同じ醍醐味なれども涅槃経は尚劣るなり法華経は勝れたりと云へり、涅槃経は既に法華の序分の無量義経よりも劣り醍醐味なるが故に華厳経に
は勝たり此其三、次に華厳経は最初頓説なるが故に般若には勝れ涅槃経の醍醐味には劣れり此其四、次に蘇悉地経に云く「猶成ぜざらん者は或は復大般若経を転読すること七遍」云云、此の文の心は大般若経は華厳経には劣
り蘇悉地経には勝ると見えたり此其五、次に蘇悉地経に云く「三部の中に於て此の経を王と為す」云云、此の文の心は蘇悉地経は大般若経には劣り大日経金剛頂経には勝ると見えたり此其六、此の義を
以て大日経は法華経    

360 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 16:07:00.13 ID:6q3fFMPo0
より七重の劣とは申すなり法華の本門に望むれば八重の劣とも申すなり。次に弘法大師の十住心を立てて法華は三重劣ると云う事は安然の教時義と云う文に十住心の立様を破して云く五つの失
有り謂く一には大日経の義釈に違する失・二には金剛頂経に違する失・三には守護経に違する失・四には菩提心論に違する失・五には衆師に違する失なり、此の五つの失を陳ずる事無くしてつまり給へり、然る間法華は真
言より三重の劣と釈し給へるが大なる僻事なり謗法に成りぬと覚ゆ、次に覚鑁の法華は真言の履取に及ばずと舎利講の式に書かれたるは舌に任せたる言なり証拠無き故に専ら謗法なる可し、次に世を挙げて密教勝れ顕教
劣ると此を許すと云う事是れ偏に弘法を信じて法を信ぜざるなり、所以に弘法をば安然和尚五失有りと云うて用いざる時は世間の人は何様に密教勝ると思ふ可き抑密教勝れ顕教劣るとは何れの経に説きたるや是又証拠無
き事を世を挙げて申すなり、猶難じて云く大日経等は是中央大日法身無始無終の如来法界宮或は色究竟天他化自在天にして菩薩の為に真言を説き給へり法華は釈迦応身霊山にして二乗の為に説き給へり或は釈迦は
大日の化身なりとも云へり、成道の時は大日 

361 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 16:54:00.85 ID:6q3fFMPo0
の印可を蒙て〓字の観を教えられ後夜に仏になるなり大日如来だにもましまさずば争か釈迦仏も仏に成り給うべき此等の道理を以て案ずるに法華より真言勝れたる事は云うに及ばざるなり、答て
云く依法不依人の故にいかやうにも経説のやうに依る可きなり、大日経は釈迦の大日となつて説き給へる経なり故に金光明と最勝王経との第一には中央釈迦牟尼と云へり又金剛頂経の第一
にも中央釈迦牟尼仏と云へり大日と釈迦とは一つ中央の仏なるが故に大日経をば釈迦の説とも云うべし大日の説とも云うべし、又毘盧遮那と云うは
天竺の語大日と云うは此の土の語なり釈迦牟尼を毘盧遮那と名づくと云う時は大日は釈迦の異名なり加之旧訳の経に盧舎那と云うをば新訳の経には毘盧遮那と云う然る間・新訳の経の毘
盧遮那法身と云うは旧訳の経の盧舎那他受用身なり、故に大日法身と云うは法華経の自受用報身にも及ばず況や法華経の法身如来にはまして及ぶ可からず法華経の自受用身と法身とは
真言には分絶えて知らざるなり法報不分二三莫弁と天台宗にもきらはるるなり、随つて華厳経の新訳には或は釈
しに別の仏とは意得可きや、次に法身の説法と云う事何れの経の説ぞや弘法大師の二教   

362 :名無しさん@入浴中:2014/09/23(火) 16:54:34.66 ID:6q3fFMPo0
論には楞伽経に依つて法身の説法を立て給へり、其の楞伽経と云うは釈迦の説にして未顕真実の
権教なり法華経の自受用身に及ばざれば法身の説法とはいへどもいみじくもなし此の上に法は定んで説かず報は二義に通ずるの二身の有るをば一向知らざるなり、故に大日法身の説法と云
うは定んで法華の他受用身に当るなり、次に大日無始無終と云う事既に「我昔道場に坐して四魔を降伏す」とも宣べ又「四魔を降伏し六趣を解脱し一切智智の明を満足す」等云云、此等の
文は大日は始て四魔を降伏して始て仏に成るとこそ見えたれ全く無始の仏とは見えず、又仏に成りて何程を経ると説かざる事は権経の故なり実経にこそ五百塵点等をも説きたれ、次に法界宮
とは色究竟天か又何れの処ぞや色究竟天或は他化自在天は法華宗には別教の仏の説処と云うていみじからぬ事に申すなり又菩薩の為に説くとも高名もなし例せば華厳経は一向菩薩の為
なれども尚法華の方便とこそ云はるれ、只仏出世の本意は仏に成り難き二乗の仏に成るを一大事とし給へりされば大論には二乗の仏に成るを密教と云ひ二乗作仏を説かざるを顕教と云
へり、此の趣ならば真言の三部経は二乗作仏の旨無きが故に還つて顕教と云

363 :名無しさん@入浴中:2014/09/24(水) 18:55:05.16 ID:jmaaAUnN0
ひ法華は二乗作仏を旨とする故に密教と云う可きなり、随つて諸仏秘密の蔵と説けば子細なし世間の人密教勝ると云うはいかやうに意得たるや但し「若し顕教に於て修行する者は久く三大無数劫を経」等と云えるは既に三大無数劫と云う故に是三蔵四阿含経を
指して顕教と云いて権大乗までは云わず況や法華実大乗までは都て云わざるなり。次に釈迦は大日の化身〓字を教えられてこそ仏には成りたれと云う事此は偏に六波羅蜜経の説なり、彼の経一部十巻は是れ釈迦の説なり大日の説
には非ず是れ未顕真実の権教なり随つて成道の相も三蔵教の教主の相なり六年苦行の後の儀式なるをや、彼の経説の五味を天台は盗み取つて己が宗に立つると云う無実を云い付けらるるは弘法大師の大なる僻事なり、所以に天
台は涅槃経に依つて立て給へり全く六波羅蜜経には依らず況んや天台死去の後百九十年あつて貞元四年に渡る経なり何として天台は見給うべき不実の過弘法大師にあり、凡そ彼の経説は皆未顕真実なり之を以て法華経を下さ
ん事甚だ荒量なり、猶難じて云く如何に云うとも印真言・三摩耶尊形を説く事は大日経程法華経には之無く事理倶密の談は真言ひとりすぐれたり、其の上真言の三部       

364 :名無しさん@入浴中:2014/09/24(水) 18:55:35.18 ID:jmaaAUnN0
経は釈迦一代五時の摂属に非ずされば弘法大師の宝鑰には
釈摩訶衍論を証拠として法華は無明の辺域・戯論の法と釈し給へり・爰を以て法華劣り真言勝ると申すなり、答う凡そ印相尊形は是れ権経の説にして実教の談に非ず設い之を説くとも権実大小の差別浅深有るべし、所以に阿含
経等にも印相有るが故に必ず法華に印相尊形を説くことを得ずして之を説かざるに非ず説くまじければ是を説かぬにこそ有れ法華は只三世十方の仏の本意を説いて其形がとあるかうあるとは云う可からず、例せば世界建立の相を説か
ねばとて法華は倶舎より劣るとは云う可からざるが如し、次に事理倶密の事・法華は理秘密・真言は事理倶密なれば勝るとは何れの経に説けるや抑法華の理秘密とは何様の事ぞや、法華の理とは迹門・開権顕実の理か其の理は真言には
分絶えて知らざる理なり、法華の事とは又久遠実成の事なり此の事又真言になし真言に云う所の事理は未開会の権教の事理なり何ぞ法華に勝る可きや、次に一代五時の摂属に非ずと云う事是れ往古より諍なり唐決には四教有るが故に
方等部に摂すと云へり、教時義には一切智智・一味の開会を説くが故に法華の摂と云へり、二義の中に方等の摂と云うは吉き 

365 :名無しさん@入浴中:2014/09/24(水) 18:56:13.72 ID:jmaaAUnN0
義なり、所以に一切智智・一味の
文を以て法華の摂と云う事甚だいはれなし彼は法開会の文にして全く人開会なし争か法華の摂と云わるべき、法開会の文は方等般若にも盛んに談ずれども法華に等き事なし彼の大日経の始終を見るに四教の旨具にあり尤も方等の摂
と云う可し、所以に開権顕実の旨有らざれば法華と云うまじ一向小乗三蔵の義無ければ阿含の部とも云う可からず、般若畢竟空を説かねば般若部とも云う可からず、大小四教の旨を説くが故に方等部と云わずんば何れの部とか云わん、又
一代五時を離れて外に仏法有りと云う可からず若し有らば二仏並出の失あらん、又其の法を釈迦統領の国土にきたして弘む可からず、次に弘法大師釈摩訶衍論を証拠と為て法華を無明の辺域戯論の法と云う事是れ以ての外の事なり、釈摩
訶衍論は竜樹菩薩の造なり、是は釈迦如来の御弟子なり争か弟子の論を以て師の一代第一と仰せられし法華経を押下して戯論の法等と云う可きや、而も論に其の明文無く随つて彼の論の法門は別教の法門なり権経の法門なり是円教に及ば
ず又実教に非ず何にしてか法華を下す可き、其の上彼の論に幾の経をか引くらんされども法華経を引く事は都て之無し権論の故なり、地

366 :名無しさん@入浴中:2014/09/24(水) 20:28:02.95 ID:jmaaAUnN0
体弘法大師の華厳より法華を下されたるは遥に仏意にはくひ違いたる心地なり、用ゆべからず用ゆべからず。
日 蓮 花 押真言諸宗違目 /文永九年五月 五十一歳御作与富木常忍 土木殿等の人人御中日 蓮 空に読み覚えよ老人等は具に聞き奉れ早早に御免を蒙らざる事は之を歎く可からず定めて天之を抑うるか、藤河入道を以て之を知れ去年流
罪有らば今年横死に値う可からざるか彼を以て之を惟うに愚者は用いざる事なり、日蓮が御免を蒙らんと欲するの事を色に出す弟子は不孝の者なり、敢て後生を扶く可からず、各各此の旨を知れ。
真言宗は天竺より之無し開元の始に善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵等・天台大師己証の一念三千の法門を盗んで大日経に入れて之を立て真言宗と号す、華厳宗は則天皇后の御宇に之を始む、澄観等天台の十乗の観法を盗んで華
厳経に入れて之を立て華厳宗と号す、法相三論は言うに足らず、禅宗は梁の世に達磨大師楞伽経等を以てす大乗の空の一分なり、其の学者等大慢を成して教外別伝等と称し一切経を蔑如す天魔の所為なり、浄土宗は善導等・観経等を
見て一分の慈悲を起し摂地二論の人師に向つて一向専修の義を立て畢んぬ、日本の法然之を〓り天台真言 

367 :名無しさん@入浴中:2014/09/24(水) 20:28:57.45 ID:jmaaAUnN0
等を以て雑行に入れ末代不相応の思いを為して国中を誑惑して長夜に迷わしむ、之を明めし導師は但日蓮一人なるのみ。
涅槃経に云く「若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵嘖し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり」等云云、潅頂章安大師云く「仏法を壊乱するは仏法の中の怨なり慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり彼が為に悪
を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、法然が捨閉閣抛・禅家等が教外別伝・若し仏意に叶わずんば日蓮は日本国の人の為には賢父なり聖親なり導師なり、之を言わざれば一切衆生の為に「無慈詐親即是彼怨」の重禍脱れ難し、日蓮
既に日本国の王臣等の為には「為彼除悪即是彼親」に当れり此の国既に三逆罪を犯す天豈之を罰せざらんや、涅槃経に云く「爾の時に世尊・地の少しの土を取つて之を抓の上に置いて迦葉に告げて言わく是の土多きや十方世界の地土多
きや、迦葉菩薩仏に白して言さく世尊抓の上の土は十方所有の土の比ならざるなり○四重禁を犯し五逆罪を作つて○一闡提と作つて諸の善根を断じ是の経を信ぜざるものは十方界所有の地土の如し○五逆罪を作らず○一闡提と作らず善
                     

368 :名無しさん@入浴中:2014/09/24(水) 20:29:54.24 ID:jmaaAUnN0
根を断ぜず是くの如き等の涅槃経典を信ずるは抓の上の土の如し」等云云、経文の如くんば当世日本国は十方の地土の如く日蓮は抓の上の土の如し。
法華経に云く「諸の無智の人有つて悪口罵詈」等云云、法滅尽経に云く「吾・般泥〓の後五逆濁世に魔道興盛なり魔沙門と作つて吾が道を壊乱す○悪人転た多くして海中の沙の如し劫尽きんとする時・日月転た短く善者甚だ少くして若しは
一若しは二人」等云云、又云く「衆魔の比丘・命終の後精神当に無択地獄に堕つべし」等云云、今道隆が一党・良観が一党・聖一が一党・日本国の一切の四衆等は是の経文に当るなり、法華経に云く「仮使い劫焼に乾れたる草を担い負
いて中に入つて焼けざらんも亦未だ難しとせず我が滅度の後に若し此の経を持つて一人の為にも説かん是れ則ち為れ難し」等云云、日蓮は此の経文に当れり、「諸の無智の人有つて悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者あらん」等云云、仏陀記
して云く後の五百歳に法華経の行者有つて諸の無智の者の為に必ず悪口罵詈・刀杖瓦礫・流罪死罪せられん等云云、日蓮無くば釈迦・多宝・十方の諸仏の未来記は当に大妄語なるべきなり。                             

369 :名無しさん@入浴中:2014/09/24(水) 21:54:09.78 ID:jmaaAUnN0
疑つて云く汝当世の諸人に勝るることは一分爾る可し真言・華厳・三論・法相等の元祖に勝るとは豈に慢過慢の者に非ずや過人法とは是なり汝必ず無間大城に堕つ可し、故に首楞厳経に説いて云く「譬えば窮人妄りに帝王と号して自ら誅滅
を取るが如し況んや復法王如何ぞ妄りに竊まん因地直からざれば果紆曲を招かん」等云云、涅槃経に云く「云何なる比丘か過人法に堕する○未だ四沙門果を得ず云何んぞ当に諸の世間の人をして我は已に得たりと謂わしむべき」等云云、答えて云く法華経に
云く「又大梵天王の一切衆生の父の如く」又云く「此の経は○諸経の中の王なり最も為れ第一なり能く是の経典を受持すること有らん者は亦復是くの如し一切衆生の中に於て亦為れ第一なり」等云云、伝教大師の秀句に云く「天台法華宗の
諸宗に勝れたるは所宗の経に拠るが故なり自讃毀他ならず庶くは有智の君子経を尋ねて宗を定めよ」等云云、星の中に勝れたる月・星月の中に勝れたるは日輪なり、小国の大臣は大国の無官より下る傍例なり、外道の五通を得るより仏弟子の小乗の三賢
の者の未だ一通を得ざるは天地猶勝る、法華経の外の諸経の大菩薩は法華の名字即の凡夫より下れり何ぞ汝始         

370 :名無しさん@入浴中:2014/09/24(水) 21:54:47.96 ID:jmaaAUnN0
めて之を驚かんや教に依つて人の勝劣を定む先ず経の勝劣を知らずんば何ぞ人の高下を論ぜんや。
問うて云く汝法華経の行者為らば何ぞ天汝を守護せざるや、答えて云く法華経に云く「悪鬼其の身に入る」等云云、首楞厳経に云く「修羅王有り世界を執持して能く梵王及び天の帝釈四天と権を諍う此の阿修羅は変化に因つて有り天趣の所摂なり」等云云。
能く大梵天王・帝釈・四天と戦う大阿修羅王有りて禅宗・念仏宗・律宗等の棟梁の心中に付け入つて次第に国主国中に遷り入つて賢人を失う、是くの如き大悪は梵釈も猶防ぎ難きか何に況んや日本守護の小神をや但地涌千界の大菩薩・釈迦・多
宝・諸仏の御加護に非ざれば叶い難きか、日月は四天の明鏡なり、諸天定めて日蓮を知りたまうか日月は十方世界の明鏡なり諸仏も定めて日蓮を知りたまうか、一分も之を疑う可からず、但し先業未だ尽きざるなり日蓮流罪に当れば教主釈尊衣を以
て之を覆いたまわんか、去年九月十二日の夜中には虎口を脱れたるか「必ず心の固きに仮りて神の守り即ち強し」等とは是なり、汝等努努疑うこと勿れ決定して疑い有る可からざる者なり、恐恐謹言。五月五日 日蓮 花押 此の書を以て諸人に触れ示し        

371 :名無しさん@入浴中:2014/09/24(水) 21:55:48.12 ID:jmaaAUnN0
て恨を残すこと勿れ。土木殿真言見聞真言見聞 / 文永九年七月 五十一歳御作与三位房日行問う真言亡国とは証文何なる経論に出ずるや、答う法華誹謗・正法向背の故なり、問う亡国の証文之無くば云何に信ず可きや、答う謗法の段は勿論なるか若し謗法ならば亡
国堕獄疑い無し、凡そ謗法とは謗仏・謗僧なり三宝一体なる故なり是れ涅槃経の文なり、爰を以て法華経には「則ち一切世間の仏種を断ず」と説く是を即ち一闡提と名づく涅槃経の一と十と十一とを委細に見る可きなり、罪に軽重有れば獄に浅深を構え
たり、殺生・偸盗等乃至一大三千世界の衆生を殺害すれども等活黒繩等の上七大地獄の因として無間に堕つることは都て無し、阿鼻の業因は経論の掟は五逆・七逆・因果撥無・正法誹謗の者なり、但し五逆の中に一逆を犯す者は無間に堕つ
と雖も一中劫を経て罪を尽して浮ぶ、一戒をも犯さず道心堅固にして後世を願うと雖も法華に背きぬれば無間に堕ちて展転無数劫と見えたり、然れば則ち謗法は無量の五逆に過ぎたり、是を以て国家を祈らんに天下将に泰平なるべしや、諸法は現
量に如かず承久の兵乱の時・関東には其の用意もなし国主として調伏を企て四十一人の貴僧に仰せて十五壇の秘法

372 :名無しさん@入浴中:2014/09/25(木) 05:28:16.91 ID:7QsEquS80
を行はる、其の中に守護経の法を紫宸殿にして御室始めて行わる七日に満ぜし日・京方負け畢んぬ亡国の現証に非ずや、是は僅に今生の小事なり権教・邪法に依つて悪道に堕ちん事浅〓かるべし。
問う権教邪宗の証文は如何既に真言教の大日覚王の秘法は即身成仏の奥蔵なり、故に上下一同に是の法に帰し天下悉く大法を仰ぐ海内を静め天下を治むる事偏に真言の力なり、権教・邪法
と云う事如何、答う権教と云う事・四教含蔵・帯方便の説なる経文顕然なり、然れば四味の諸教に同じて久遠を隠し二乗を隔つ況んや尽形寿の戒等を述ぶれば小乗権教なる事疑無し、爰を以て遣唐の疑
問に禅林寺の広修・国清寺の維〓の決判分明に方等部の摂と云うなり、疑つて云く経文の権教は且く之を置く唐決の事は天台の先徳・円珍大師之を破す、大日経の指帰に「法華すら尚及ばず況や自余の教をや」
云云、既に祖師の所判なり誰か之に背く可きや、決に云く「道理前の如し」依法不依人の意なり但し此の釈を智証の釈と云う事不審なり、其の故は授決集の下に云く「若し法華・華厳・涅槃等の
経に望めば是れ摂引門」と云へり、広修・維〓を破する時は法華尚及ばずと書き授決集には是れ摂引門と云つて二義  

373 :名無しさん@入浴中:2014/09/25(木) 05:28:53.05 ID:7QsEquS80
相違せり指帰が円珍の作ならば授決集は智証の釈に非ず、授決集が実なら
ば指帰は智証の釈に非じ、今此の事を案ずるに授決集が智証の釈と云う事天下の人皆之を知る上、公家の日記にも之を載せたり指帰は人多く之を知らず公家の日記にも之無し、此を以つて彼を思うに後
の人作つて智証の釈と号するが能く能く尋ぬ可き事なり、授決集は正しき智証の自筆なり、密家に四句の五蔵を設けて十住心を立て論を引き伝を三国に寄せ家家の日記と号し我が宗を厳るとも皆是れ妄
語胸臆の浮言にして荘厳己義の法門なり、所詮法華経は大日経より三重の劣・戯論の法にして釈尊は無明纒縛の仏と云う事慥なる如来の金言経文を尋ぬ可し、証文無くんば何と云うとも法
華誹謗の罪過を免れず此の事当家の肝心なり返す返す忘失する事勿れ、何れの宗にも正法誹謗の失之有り対論の時は但此の一段に在り仏法は自他宗異ると雖も翫ぶ本意は道俗・
貴賤・共に離苦得楽・現当二世の為なり、謗法に成り伏して悪道に堕つ可くば文殊の智慧・富楼那の弁説一分も無益なり無間に堕つる程の邪法の行人にて国家を祈祷せんに将た善事を成す可
きや、顕密対判の釈は且らく之を置く華厳に法華劣ると云う事能く能く 

374 :名無しさん@入浴中:2014/09/25(木) 05:29:37.96 ID:7QsEquS80
思惟す
可きなり、華厳経の十二に云く四十華厳なり「又彼の所修の一切功徳六分の一常に王に属す○是くの如く修及び造を障る不善所有の罪業六分の一還つて王に属す」文、六波羅蜜経の六に云く「
若し王の境内に殺を犯す者有れば其の王便ち第六分の罪を獲ん偸盗・邪行・及び妄語も亦復是くの如し何を以ての故に若しは法も非法も王為れ根本なれば罪に於いても福に於いても第六の一分は皆王に
属するなり」云云、最勝王経に云く「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に他方の怨賊来り国人喪乱に遭わん」等云云、大集経に云く「若し復諸の刹利国王・諸の非法を作し世尊の声聞の弟子を
悩乱し若しは以て毀罵し刀杖もて打斫し及び衣鉢種種の資具を奪い若しは他の給施に留難を作す者有らば、我等彼をして自然に卒に他方の怨敵を起さしめ及び自の国土にも亦兵起・疫病・饑饉・非時風雨
・闘諍言訟せしめ又其の王久しからずして復当に己が国を亡失すべからしむ」云云、大三界義に云く「爾の時に諸人共に聚りて衆の内に一の有徳の人を立て名けて田主と為して各所収の物六分の一を以
て以て田主に貢輸す一人を以て主と為し政法を以て之を治む、〓に因つて以後・刹利種を立て大衆欽

375 :名無しさん@入浴中:2014/09/25(木) 18:13:13.15 ID:7QsEquS80
仰して恩率土に流る復・大三末多王と名ずく」已上倶舎に依り之を出すなり。
顕密の事、無量義経十功徳品に云く第四功徳の下「深く諸仏秘密の法に入り演説す可き所違無く失無し」と、抑大日の三部を密説と云ひ法華経を顕教と云う事金言の所出を知らず、所詮真言
を密と云うは是の密は隠密の密なるか微密の密なるか、物を秘するに二種有り一には金銀等を蔵に篭むるは微密なり、二には疵・片輪等を隠すは隠密なり、然れば則ち真言を密と云うは隠密なり其の故は始成
と説く故に長寿を隠し二乗を隔つる故に記小無し、此の二は教法の心髄・文義の綱骨なり、微密の密は法華なり、然れば則ち文に云く四の巻法師品に云く「薬王此の経は是れ諸仏秘要の蔵なり」云云、五の巻
安楽行品に云く「文殊師利・此の法華経は諸仏如来秘密の蔵なり諸経の中に於て最も其の上に在り」云云、寿量品に云く「如来秘密神通之力」云云、如来神力品に云く「如来一切秘要之蔵」云云、
しかのみならず真言の高祖・竜樹菩薩・法華経を秘密と名づく二乗作仏有るが故にと釈せり、次に二乗作仏無きを秘密とせずば真言は即ち秘密の法に非ず、所以は何ん大日経に云く「仏・不思議真言相道
の法を説いて一切 

376 :名無しさん@入浴中:2014/09/25(木) 18:14:12.22 ID:7QsEquS80
の声聞・縁覚を共にせず亦世尊普く一切衆生の為にするに非ず」云云、二乗を隔つる事前四味の諸教に同じ、随つて唐決には方等部の摂と判ず経文には四教含蔵と見えたり、大論第
百巻に云く第九十品を釈す「問うて曰く更に何れの法か甚深にして般若に勝れたる者有つて般若を以て阿難に嘱累し而も余の経をば菩薩に嘱累するや、答えて曰く般若波羅蜜は秘密の法に非ず而も法華等の
諸経に阿羅漢の受決作仏を説いて大菩薩能く受用す譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」等云云、玄義の六に云く「譬えば良医の能く毒を変じて薬と為すが如く二乗の根敗反た復すること能わず之を名づけ
て毒と為す今経に記を得るは即ち是れ毒を変じて薬と為す、故に論に云く余経は秘密に非ずとは法華を秘密と為せばなり、復本地の所説有り諸経に無き所後に在つて当に広く明すべし」云云、籤の六に云く「第四に引証の中
・論に云く等と言うは大論の文証なり秘密と言うは八経の中の秘密には非ず但是れ前に未だ説かざる所を秘と為し開し已れば外無きを密と為す」文、文句の八に云く「方等般若に実相の蔵を説くと雖も亦未だ五乗の作
仏を説かず亦未だ発迹顕本せず頓漸の諸経は皆未だ融会せず故に  

377 :名無しさん@入浴中:2014/09/25(木) 18:56:28.12 ID:7QsEquS80
名づけて秘と為す」文、記の八に云く「大論に云く法華は是れ秘密・諸の菩薩に付すと、今の下の文の如きは下方を召すに尚本眷属を待つ験
けし余は未だ堪えざることを」云云、秀句の下に竜女の成仏を釈して「身口密なり」と云えり云云、此等の経論釈は分明に法華経を諸仏は最第一と説き
秘密教と定め給へるを経論に文証も無き妄語を吐き法華を顕教と名づけて之を下し之を謗ず豈大謗法に非ずや。
抑も唐朝の善無畏金剛智等法華経と大日経の両経に理同事勝の釈を作るは梵華両国共に勝劣か、法華経も天竺には十六里の宝蔵に有れば無量の事有れども流沙・葱嶺等の険難・五万八千里・
十万里の路次容易ならざる間・枝葉をば之を略せり、此等は併ながら訳者の意楽に随つて広を好み略を悪む人も有り略を好み広を悪む人も有り、然れば則ち玄弉は広を好んで四十巻の般若経
を六百巻と成し、羅什三蔵は略を好んで千巻の大論を百巻に縮めたり、印契・真言の勝るると云う事是を以て弁え難し、羅什所訳の法華経には是を宗とせず不空三蔵の法華の儀軌には印・真言之
有り、仁王経も羅什の所訳には印・真言之無し不空所訳の経には之を副えたり知んぬ是れ訳者の意楽なりと、其の上    

378 :名無しさん@入浴中:2014/09/25(木) 18:57:12.90 ID:7QsEquS80
法華経には「為説実相印」と説いて合掌の印之有り、譬喩品には「我が此の法印・
世間を利益せんと欲するが為の故に説く」云云、此等の文如何只広略の異あるか、又舌相の言語・皆是れ真言なり、法華経には「治生の産業は皆実相と相違背せず」と宣べ、亦「是れ前仏経中に説く所
なり」と説く此等は如何、真言こそ有名無実の真言・未顕真実の権教なれば成仏得道跡形も無く始成を談じて久遠無ければ性徳本有の仏性も無し、三乗が仏の出世を感ずるに三人に二人を捨て三十人
に二十人を除く、「皆令入仏道」の仏の本願満足す可からず十界互具は思いもよらず・まして非情の上の色心の因果争か説く可きや。
然らば陳隋二代の天台大師が法華経の文を解りて印契の上に立て給へる十界互具・百界千如・一念三千を善無畏は盗み取つて我が宗の骨目とせり、彼の三蔵は唐の第七玄宗皇帝の開元四年に来
る如来入滅より一千六百六十四年か、開皇十七年より百二十余年なり何ぞ百二十余年已前に天台の立て給へる一念三千の法門を盗み取つて我が物とするや、而るに己が依経たる大日経には衆生の
中に機を簡ひ前四味の諸経に同じて二乗を簡へり、まして草木成仏は思いもよらずされば理    

379 :名無しさん@入浴中:2014/09/25(木) 20:07:47.42 ID:7QsEquS80
を云う時は盗人なり、又印契・真言何れの経にか之を簡える若し爾れば大日経に之を説くとも規模ならず、一代に
簡われ諸経に捨てられたる二乗作仏は法華に限れり、二乗は無量無辺劫の間・千二百余尊の印契真言を行ずとも法華経に値わずんば成仏す可からず、印は手の用・真言は口の用なり其の主が成仏せざ
れば口と手と別に成仏す可きや、一代に超過し三説に秀でたる二乗の事をば物とせず事に依る時は印真言を尊む者・劣謂勝見の外道なり。無量義経説法品に云く「四十余年・未顕真実」文、一の巻に
云く「世尊は法久くして後要ず当に真実を説きたもうべし」文、又云く「一大事の因縁の故に世に出現したもう」文、四の巻に云く「薬王今汝に告ぐ我が所説の諸経あり而も此の経の中に於て法華最も第一な
り」文、又云く「已に説き今説き当に説かん」文、宝塔品に云く「我仏道を為つて無量の土に於て始より今に至るまで広く諸経を説く而も其の中に於て此の経第一なり」文、安楽行品に云く「此の法華経は是れ
諸の如来第一の説なり諸経の中に於て最も為甚深なり」文、又云く「此の法華経は諸仏如来秘密の蔵なり諸経の中に於て最も其の上に在り」文、薬王品に云く「此の法      

380 :名無しさん@入浴中:2014/09/25(木) 20:09:01.95 ID:7QsEquS80
華経も亦復是くの如し諸経の
中に於て最も為其の上なり」文、又云く「此の経も亦復是くの如し諸経の中に於て最も為其の尊なり」文、又云く「此の経も亦復是の如し諸経の中の王なり」文、又云く「此の経も亦復是の如し一切の如来の
所説若しは菩薩の所説若しは声聞の所説諸の経法の中に最為第一なり」等云云、玄の十に云く「又・已今当の説に最も為れ難信難解・前経は是れ已説なり」文、秀句の下に云く「謹んで案ずるに法
華経法師品の偈に云く薬王今汝に告ぐ我が所説の諸経あり而も此の経の中に於て法華最も第一なり」文、又云く「当に知るべし已説は四時の経なり」文、文句の八に云く「今法華は法を論ずれば」云云、記
の八に云く「鋒に当る」云云、秀句の下に云く「明かに知んぬ他宗所依の経は是れ王中の王ならず」云云、釈迦・多宝・十方の諸仏・天台・妙楽・伝教等は法華経は真実・華厳経は方便なり、「未だ真実
を顕さず正直に方便を捨てて余経の一偈をも受けざれ」「若し人信ぜずして乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と云云。
弘法大師は「法華は戯論・華厳は真実なり」と云云、何れを用う可きや、宝鑰に云く「此くの如き乗乗は自乗に名を得れども後に望めば戯

381 :名無しさん@入浴中:2014/09/26(金) 21:34:59.56 ID:AlM8cC7p0
論と作る」文、又云く「謗人謗法は定めて阿鼻獄に堕せん」文、記の五に云く「故に実相の外は皆戯論と名づく」文、梵網経の疏に云く「第十に謗三宝戒亦は謗菩薩戒と云い或は邪見と云う謗は是れ乖背
の名なり〓て是れ解・理に称わず言は実に当らずして異解して説く者を皆名づけて謗と為すなり」文、玄の三に云く「文証無き者は悉く是れ邪偽・彼の外道に同じ」文、弘の十に云く「今の人他の所引の経論
を信じて謂いて憑み有りと為して宗の源を尋ねず謬誤何ぞ甚しき」文、守護章上の中に云く「若し所説の経論明文有らば権実・大小・偏円・半満を簡択す可し」文、玄の三に云く「広く経論を引いて己義を荘厳す」文。
抑弘法の法華経は真言より三重の劣・戯論の法にして尚華厳にも劣ると云う事大日経六巻に供養法の巻を加えて七巻三十一品・或は三十六品には何れの品何れの巻に見えたるや、しかのみならず蘇
悉地経三十四品・金剛頂経三巻三品或は一巻に全く見えざる所なり、又大日経並びに三部の秘経には何れの巻・何れの品にか十界互具之有りや都て無きなり、法華経には事理共に
有るなり、                                          

382 :名無しさん@入浴中:2014/09/26(金) 21:36:23.07 ID:AlM8cC7p0
所謂久遠実成は事なり二乗作仏は理なり、善無畏等の理同事勝は臆説なり信用す可からざる者なり。凡そ真言の誤り多き中一、十住心に第八法華・第九華厳・第十真言云云何れの経論に出でたるや。
一、善無畏の四句と弘法の十住心と眼前違目なり何ぞ師弟敵対するや。一、五蔵を立つる時・六波羅蜜経の陀羅尼蔵を何ぞ必ず我が家の真言と云うや。一、震旦の人師争つて醍醐を盗むと云う年紀
何ぞ相違するや、其の故は開皇十七年より唐の徳宗の貞元四年戊辰の歳に至るまで百九十二年なり何ぞ天台入滅百九十二年の後に渡れる六波羅蜜経の醍醐を盗み給う可きや顕然
の違目なり、若し爾れば謗人謗法定堕阿鼻獄というは自責なるや。一、弘法の心経の秘鍵の五分に何ぞ法華を摂するや能く能く尋ぬ可き事なり。真言七重難。一、真言は法華経より外に大日如来の所説なり
云云、若し爾れば大日の出世成道・説法利生は釈尊より前か後か如何、対機説法の仏は八相作仏す父母は誰れぞ名字は如何に娑婆世界の仏と云はば世に二仏無く国に
二主無きは聖教の通判なり、涅槃経の三十五の巻を見る可きなり、若し他土の仏なりと云はば何ぞ我が主師親の釈尊を蔑にして他方・疎縁の仏を崇む        

383 :名無しさん@入浴中:2014/09/26(金) 21:37:14.64 ID:AlM8cC7p0
るや不忠なり不孝なり逆路伽耶陀なり、若し一体と云はば何ぞ別仏と云うや若し別仏ならば何ぞ我が重恩の仏を捨つるや、唐尭は老い衰へたる母を敬ひ虞舜は頑なる父を崇む是一、六波羅蜜経に云く「所謂過去無量〓伽沙の諸
仏世尊の所説の正法・我今亦当に是の如き説を作すべし所謂八万四千の諸の妙法蘊なり○而も阿難陀等の諸大弟子をして一たび耳に聞いて皆悉く憶持せしむ」云云、此の中の陀羅尼蔵を弘法
我が真言と云える若し爾れば此の陀羅尼蔵は釈迦の説に非ざるか此の説に違す是二、凡そ法華経は無量千万億の已説・今説・当説に最も第一なり、諸仏の所説・菩薩の所説・声聞の所説
に此の経第一なり諸仏の中に大日漏る可きや、法華経は正直無上道の説・大日等の諸仏長舌を梵天に付けて真実と示し給う是三、威儀形色経に「身相黄金色にして常に満月輪に遊び定慧智拳の
印法華経を証誠す」と、又五仏章の仏も法華経第一と見えたり是四、「要を以て之を云わば如来の一切所有の法乃至皆此の経に於て宣示顕説す」云云、此等の経文は釈迦所説の諸経の中に第一な
るのみに非ず三世の諸仏の所説の中に第一なり此の外・一仏二仏の所説の経の中に法華経に勝れたる経有りと云はば用  

384 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 07:50:25.33 ID:OMiDag3C0
ゆ可からず法華経は三世不壊の経なる故なり是五、又大日経等の諸経の中に法華経に勝るる経文之無し是六、釈尊御入滅より已後天竺の論師二十四人の付法蔵・其の外大権の垂迹・震旦の人師・
南三北七の十師・三論法相の先師の中に天台宗より外に十界互具・百界千如・一念三千と談ずる人之無し、若し一念三千を立てざれば性悪の義之無し性悪の義無くば仏菩薩の
普現色身・真言両界の漫荼羅・五百七百の諸尊は本無今有の外道の法に同ぜんか、若し
十界互具・百界千如を立てば本経何れの経にか十界皆成の旨之を説けるや、天台円宗見聞の後・邪智荘厳の為に盗み取れる法門なり、才芸を誦し浮言を吐くには依る可からず正しき経文・金言を尋ぬ可きなり是七。
涅槃経の三十五に云く「我処処の経の中に於て説いて言く一人出世すれば多人利益す一国土の中に二の転輪王あり一世界の中に二仏出世すといわば是の処有ること無し」文、大論の九に云く「十方恒河沙の三千大千
世界を名づけて一仏世界と為す是の中に更に余仏無し実には一りの釈迦牟尼仏なり」文、記の一に云く「世には二仏無く国には二主無し一仏の境界には二の尊号無し」文、持地論に云く「世に二仏無く国に二主無く一仏の境 

385 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 07:51:23.39 ID:OMiDag3C0
界に二の尊号無し」文。七月 日日 蓮 花 押蓮盛抄蓮盛抄 / 建長七年 三十四歳御作禅宗云く涅槃の時・世尊座に登り拈華して衆に示す迦葉・破顔微笑せり、仏の言く吾に正法眼蔵・涅槃の妙心・実相無相・微妙の法門有り文字を
立てず教外に別伝し摩訶迦葉に付属するのみと、問うて云く何なる経文ぞや、禅宗答えて云く大梵天王問仏決疑経の文なり、問うて云く件の経何れの三蔵の訳ぞや貞元・開元の録の中に曾つて此の経無し如何、禅宗
答えて云く此の経は秘経なり故に文計り天竺より之を渡す云云、問うて云く何れの聖人何れの人師の代に渡りしぞや跡形無きなり此の文は上古の録に載せず中頃より之を載す此の事禅宗の根源なり尤も古録に載すべ
し知んぬ偽文なり、禅宗云く涅槃経の二に云く「我今所有の無上の正法悉く以て摩訶迦葉に付属す」云云此の文如何、答えて云く無上の言は大乗に似たりと雖も是れ小乗を指すなり外道の邪法に対すれば小乗をも
正法といはん、例せば大法東漸と云えるを妙楽大師解釈の中に「通じて仏教を指す」と云いて大小権実をふさねて大法と云うなり云云、外道に対すれば小乗も大乗と云われ下〓なれども分には殿と云はれ上〓と云はるるが
ごとし、   

386 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 07:51:57.41 ID:OMiDag3C0
涅槃経の三に云く「若し法宝を以て阿難及び諸の比丘に付属せば久住を得じ何を以ての故に一切の声聞及び大迦葉は悉く当に無常なるべし彼の老人の他の寄物を受くるが如し、是の故に応に無上の仏法を以て諸
の菩薩に付属すべし諸の菩薩は善能問答するを以て是くの如きの法宝則ち久住することを得・無量千世増益熾盛にして衆生を利安せん彼の壮なる人の他の寄物を受くるが如し是の義を以ての故に諸大菩薩乃ち能く問う
のみ」云云、大小の付属其れ別なること分明なり、同経の十に云く「汝等文殊当に四衆の為に広く大法を説くべし今此の経法を以て汝に付属す乃至迦葉阿難等も来らば復当に是くの如き正法を付属すべし」云云故に知んぬ文殊
迦葉に大法を付属すべしと云云、仏より付属する処の法は小乗なり悟性論に云く「人心をさとる事あれば菩提の道を得る故に仏と名づく」菩提に五あり何れの菩提ぞや得道又種種なり何れの道ぞや余経に明す
所は大菩提にあらず又無上道にあらず経に云く「四十余年未顕真実」云云。
問うて云く法華は貴賤男女何れの菩提の道を得べきや、答えて云く「乃至一偈に於ても皆成仏疑い無し」云云、又云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」云云、是に知んぬ

387 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 11:18:19.19 ID:OMiDag3C0
無上菩提なり「須臾も之を聞いて即ち阿耨菩提を究竟することを得るなり」此の菩提を得ん事須臾も此の法門を聞く功徳なり、問うて云く須臾とは三十須臾を一日一夜と云う「須臾聞之」の須臾は之を指すか如何、答う件の如し天
台止観の二に云く「須臾も廃すること無かれ」云云、弘決に云く「暫くも廃することを許さざる故に須臾と云う」故に須臾は刹那なり。
問うて云く本分の田地にもとづくを禅の規模とす、答う本分の田地とは何者ぞや又何れの経に出でたるぞや法華経こそ人天の福田なればむねと人天を教化し給ふ故に仏を天人師と号す此の経を信ずる者は己身の仏を見る
のみならず過・現・未の三世の仏を見る事・浄頗梨に向ふに色像を見るが如し、経に云く「又浄明鏡に悉く諸の色像を見るが如し」云云。
禅宗云く是心即仏・即身是仏と、答えて云く経に云く「心は是れ第一の怨なり此の怨最も悪と為す此の怨能く人を縛り送つて閻羅の処に到る汝独り地獄に焼かれて悪業の為に養う所の妻子兄弟等・親属も救う
こと能わじ」云云、涅槃経に云く「願つて心の師と作つて心を師とせざれ」云云、愚癡無懺の心を以て即心即仏と立つ豈未得謂得・未証謂証の人に非ずや。          

388 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 11:18:57.71 ID:OMiDag3C0
問う法華宗の意如何、答う経文に「具三十二相・乃是真実滅」云云、或は「速成就仏身」云云、禅宗は理性の仏を尊んで己れ仏に均しと思ひ増上慢に堕つ定めて是れ阿鼻の罪人なり、故に法華経に
云く「増上慢の比丘は将に大坑に墜ちんとす」禅宗云く毘盧の頂上を〓むと、云く毘盧とは何者ぞや若し周遍法界の法身ならば山川・大地も皆是れ毘盧の身土なり是れ理性の毘盧なり、此の身土に於て
は狗・野干の類も之を〓む禅宗の規模に非ず・若し実に仏の頂を〓まんか梵天も其の頂を見ずと云えり薄地争でか之を〓む可きや、夫れ仏は一切衆生に於いて主師親の徳有り若し恩徳広き慈父を〓まん
は不孝逆罪の大愚人・悪人なり、孔子の典籍尚以て此の輩を捨つ況んや如来の正法をや豈此の邪類・邪法を讃めて無量の重罪を獲んや云云、在世の迦葉は頭頂礼敬と云う滅後の闇禅は頂上を〓むと云う恐る可し。
禅宗云く教外別伝不立文字、答えて云く凡そ世に流布の教に三種を立つ、一には儒教此れに二十七種あり、二には道教此れに二十五家あり、三には十二分教・天台宗には四教・八教を立つるなり此
等を教外と立つるか、医師の法には本道の外を外経師と云う人間の言には姓のつづかざるをば外戚と云

389 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 11:19:38.63 ID:OMiDag3C0
う仏教には経論にはなれたるをば外道と云う、涅槃経に云く「若し仏の所説に順わざる者有らば当に知るべし是の人は是れ魔の眷属なり」云云、弘決九に云く「法
華已前は猶是れ外道の弟子なり」云云、禅宗云く仏祖不伝云云、答えて云く然らば何ぞ西天の二十八祖東土の六祖を立つるや、付属摩訶迦葉の立義已に破るるか自語相
違は如何、禅宗云く向上の一路は先聖不伝云云、答う爾らば今の禅宗も向上に於ては解了すべからず若し解らずんば禅に非ざるか凡そ向上を歌つて以て〓慢に住し未だ妄心を治せずして見性に
奢り機と法と相乖くこと此の責尤も親し旁がた化儀を妨ぐ其の失転多し謂く教外と号し剰さえ教外を学び文筆を嗜みながら文字を立てず言と心と相応せず豈天魔の部類・外道の弟子に非ずや、仏は文字に
依つて衆生を度し給うなり、問う其の証拠如何、答えて云く涅槃経の十五に云く「願わくは諸の衆生悉く皆出世の文字を受持せよ」文、像法決疑経に云く「文字に依るが故に衆生を度し菩提を得」云云、若し文字
を離れば何を以てか仏事とせん禅宗は言語を以て人に示さざらんや若し示さずといはば南天竺の達磨は四巻の楞伽経に依つて五巻の疏を作り慧可に伝うる時我漢地を見るに

390 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 12:39:35.68 ID:OMiDag3C0
但此の経のみあつて人を度す可し汝此れに依つて世を度す可し云云、若し爾れば猥に教外別伝と号せんや、次に不伝の言に至つては冷煖二途・唯自覚了と云つて文字に依るか其れ
も相伝の後の冷煖自知なり是を以て法華に云く「悪知識を捨て善友に親近せよ」文、止観に云く「師に値わざれば邪慧日に増し生死月に甚し稠林に曲木を曵くが如く出づる期有こと無けん」
云云、凡そ世間の沙汰尚以て他人に談合す況んや出世の深理寧ろ輙く自己を本分とせんや、故に経に云く「近きを見る可からざること人の睫の如く遠きを見る可からざること空中の鳥の跡の如し」云
云、上根上機の坐禅は且く之を置く当世の禅宗は瓮を蒙つて壁に向うが如し、経に云く「盲冥にして見る所無し大勢の仏及び断苦の法を求めず深く諸の邪見に入つて苦を以て苦を捨てんと欲す」云云、弘決に云
く「世間の顕語尚識らず況んや中道の遠理をや円常の密教寧ろ当に識る可けんや」云云、当世の禅者皆是れ大邪見の輩なり、就中三惑未断の凡夫の語録を用いて四智円明の如来の言教を軽んずる返す返す
過てる者か、疾の前に薬なし・機の前に教なし・等覚の菩薩すら尚教を用いき                       

391 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 12:40:06.39 ID:OMiDag3C0
底下の愚人何ぞ経を信ぜざる云云、是を以て漢土に禅宗興ぜしかば其の国忽ちに亡びき本朝の滅す可き瑞相に闇証の禅師充満す、止観に云く「此れ則ち法滅の妖怪なり亦是れ時代の妖怪なり」云云。
禅宗云く法華宗は不立文字の義を破す何故ぞ仏は一字不説と説き給うや、答う汝楞伽経の文を引くか本法自法の二義を知らざるか学ばずんば習うべし其の上彼の経に於いては未顕真実と破られ畢んぬ何ぞ指南と為ん。
問うて云く像法決疑経に云く「如来の一句の法を説きたもうを見ず」云云如何、答う是は常施菩薩の言なり法華経には「菩薩是の法を聞いて疑網皆已に除く千二百の羅漢悉く亦当に作仏すべし」と云つて八万の菩
薩も千二百の羅漢も悉く皆列座し聴聞随喜す、常施一人は見えず何れの説に依る可き法華の座に挙ぐる菩薩の上首の中に常施の名之無し見えずと申すも道理なり、何に況や次下に「然るに諸の衆生出没有るを
見て法を説いて人を度す」云云、何ぞ不説の一句を留めて可説の妙理を失う可き、汝が立義一一大僻見なり執情を改めて法華に帰伏す可し、然らずんば豈無道心に非ずや。
八宗違目抄八宗違目抄 /文永九年二月 五十一歳御作与富木常忍記の九に云く「若し其       

392 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 13:35:27.04 ID:OMiDag3C0
れ未だ開せざれば法報は迹に非ず若し顕本し已れば本迹各三なり」文句の九に云く「仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」
法身如来 正因仏性仏 報身如来 衆生 了因仏性応身如来 縁因仏性小乗経には仏性の有無を論ぜず。衆生の仏性 華厳・方等・般若・大日経等には衆生本より正因仏性有つて了因・縁因無し。
法華経には本より三因仏性有り。文句の十に云く「正因仏性法身の性なりは本当に通亙す、縁・了仏性は種子本有なり今に適むるに非ざるなり」今此の三界は皆是れ我が有なり 主国王世尊なり
法華経第二に云く其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり 親父なり而も今此の処は諸の患難多し導師なり唯我一人のみ能く救護をなす主 国王 報身如来寿量品に云く我も亦為世の父文 師 応身如来
親 法身如来五百問論に云く「若し父の寿の遠を知らずして復父統の邦に迷わば徒らに才能と謂うとも全く人の子に非ず」又云く「但恐らくは才一国に当るとも父母の年を識らざらんや」
古今仏道論衡道宣の作に云く「三皇已前は未だ文字有らず但其の母を識つて其の父を識らず禽獣に同じ鳥等なり」等云云、慧遠法師周の武帝を詰る語なり
倶舎宗成実宗 一向に釈尊を以て本尊

393 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 13:39:14.42 ID:OMiDag3C0
と為す爾りと雖も但応身に限る。律宗華厳宗三論宗 釈尊を以て本尊と為すと雖も法身は無始無終・報身は有始無終・応身は有始有終なり。
法相宗一義に云く大日如来は釈迦の法身なり。真言宗 一向に大日如来を以て本尊と為す二義有り一義に云く大日如来は釈迦の法身には非ず。
但し大日経には大日如来は釈迦牟尼仏なりと見えたり人師よりの僻見なり。浄土宗 一向に阿弥陀如来を以て本尊と為す。法華宗より外の真言等の七宗・並
に浄土宗等は釈迦如来を以て父と為すことを知らず、例せば三皇已前の人・禽獣に同ずるが如し鳥の中に鷦鷯鳥も鳳凰鳥も父を知らず獣の中には兎も師子も父
を知らず、三皇以前は大王も小民も共に其の父を知らず天台宗よりの外真言等の諸宗の大乗宗は師子と鳳凰の如く小乗宗は鷦鷯と兎等の如く共に父を知らざるなり。
華厳宗に十界互具一念三千を立つること澄観の疏に之有り。真言宗に十界互具一念三千を立つること大日経の疏に之を出す。天台宗と同異如何、天台宗已前にも十界互
具・一念三千を立つるや、記の三に云く「然るに衆釈を攅むるに既に三乗及び一乗・三一倶に性相等の十有りと許す何すれぞ六道の十を語らざるや」此の釈の如くんば天台已

394 :名無しさん@入浴中:2014/09/27(土) 13:40:05.34 ID:OMiDag3C0
前五百余年の人師三蔵等の法華経に依る者一念三千の名目を立てざるか。
問うて云く華厳宗は一念三千の義を用いるや華厳宗は唐の則天皇后の御宇に之を立つ、答えて云く澄観の疏三十三清涼国師に云く「止観の第五に十法成乗を明す中の
第二に真正発菩提心○釈して云く然も此の経の上下の発心の義は文理淵博にして其の撮略を見る故に取つて之を用い引いて之を証とす」と、二十九に云く「法華経に云く
唯仏与仏等と天台云く○便ち三千世間を成すと彼の宗には此れを以つて実と為す○一家の意理として通ぜざる無し」文。
華厳経に云く旧訳には功徳林菩薩之を説くと、新訳には覚林菩薩之を説くと、弘決には如来林菩薩と引く「心は工なる画師の種種の五陰を画くが如く一切世間の中に法とし
て造らざること無し心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然なり心と仏と及び衆生と是の三差別無し若し人三世一切の仏を了知せんと欲せば当に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造ると」
法華経に云く此れは略開三の文なり仏の自説なり「所謂諸法とは如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等」又云く「唯一大事の因縁
を以ての故に世に

395 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 09:08:17.62 ID:s2IejQ6D0
出現したもう諸仏世尊は衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」蓮華三昧経に云く「本覚心・法身常に妙法の心蓮台に住して本より来た三身の徳を具足し三十七尊金剛界の三十
七尊なり心城に住したまえるを帰命したてまつる・心王大日遍照尊・心数恒沙・諸の如来も普門塵数・諸の三昧・因果を遠離して法然として具す無辺の徳海・本より円満還つて我・心
の諸仏を頂礼す」、仏蔵経に云く「仏一切衆生心中に皆如来有して結跏趺坐すと見そなわす」文。
問うて云く真言宗は一念三千を用いるや、答えて云く大日経の義釈善無畏・金剛智・不空・一行に云く此の文に五本有り十巻の本は伝教弘法之を見ず智証之を渡す「此の経は是
れ法王の秘宝なり妄りに卑賤の人に示さざれ釈迦出世して四十余年に舎利弗の慇懃なる三請に因りて方に為に略して妙法蓮華の義を説きたまいしが如し、今此の本地の身又是れ
妙法蓮華最深の秘処なるが故に、寿量品に云く常在霊鷲山・及余諸住処・乃至・我浄土不毀・而衆見焼尽と即ち此の宗の瑜伽の意ならくのみ又補処の菩薩の慇懃の三請に因つて
                                                    

396 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 09:09:24.21 ID:s2IejQ6D0
方に為に之を説けり」と、又云く「又此の経の宗は横に一切の仏教を統ぶ唯蘊無我にして世間の心を出で蘊の中に住すと説くが如きは即ち諸部の小乗三蔵を摂す、蘊の阿頼耶を観じて自
心の本不生を覚ると説くが如きは即ち諸経の八識・三性・無性の義を摂す、極無自性心と十縁生の句を説くが如きは即ち華厳・般若の種種の不思議の境界を摂して皆其の中に入
る、如実知自心を一切種智と名づくと説くが如きは則ち仏性涅槃経なり一乗法華経なり如来秘蔵大日経なり皆其の中に入る種種の聖言に於て其の精要を統べざること無し、毘盧遮那経
の疏伝教弘法之を見る第七の下に云く天台の誦経は是れ円頓の数息なりと謂う是れ此の意なり」と。
大宋の高僧伝巻の第二十七の含光の伝に云く「代宗光を重んずること玄宗代宗の御宇に真言わたる含光は不空三蔵の弟子なり不空を見るが
                  
                                                                                                                             

397 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 09:10:48.90 ID:s2IejQ6D0
如し勅委して五台山に往いて功徳を修せしむ、時に天台の宗学湛然妙楽・天台第六の師なり禅観を解了して深く智者天台なりの膏腴を得たりと、嘗つて江淮の僧四十余人と清涼の境界に
入る、湛然・光と相見て西域伝法の事を問う、光の云く一国の僧空宗を体得する有りと問うて智者の教法に及ぶ梵僧云く曾て聞く此の教邪正を定め偏円を暁り止観を明して功第一と推す再
三・光に嘱す或は因縁あつて重ねて至らば為に唐を翻して梵と為して附し来れ某願くは受持せんと屡屡手を握つて叮嘱す、詳かにするに其の南印土には多く竜樹の宗見を行ず故に此の流布を
願うこと有るなりと、菩提心義の三に云く一行和上は元是れ天台一行三昧の禅師なり能く天台円満の宗趣を得たり故に凡そ説く所の文言義理動もすれば天台に合す、不空三蔵の門人含光
・天竺に帰るの日・天竺の僧問わく伝え聞く彼の国に天台の教有りと理致・須ゆ可くば翻訳して此の方に将来せんや云云、此の三蔵の旨も亦天台に合す、今或る阿闍梨の云く真言を学せんと
欲せば先ず共に天台を学せよと而して門人皆瞋る」云云。問うて云く華厳経に一念三千を明すや、答えて云く「心仏及衆生」等云云、止観の一に云く「此の一念の心は縦な

398 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 11:02:39.34 ID:s2IejQ6D0
らず横ならず不可思議なり但己のみ爾るに非ず仏及び衆生も亦復是くの如し、華厳に云く心と仏と及び衆生と是の三差別無しと当に知るべし己心に一切の法を具することを」文、弘の一に云く「華
厳の下は引いて理の斉きことを証す、故に華厳に初住の心を歎じて云く心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然り心と仏と及び衆生と是の三差別無し諸仏は悉く一切は心に従つて転ずと了知したまえ
り、若し能く是くの如く解すれば彼の人真に仏を見たてまつる、身亦是れ心に非ず心も亦是れ身に非ず一切の仏事を作すこと自在にして未曾有なり、若し人・三世一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの
如き観を作すべし心・諸の如来を造すと、若し今家の諸の円文の意無くんば彼の経の偈の旨・理として実に消し難からん」と。
小乗の四阿含経三蔵教 心生の六界 心具の六界を明さず。大乗通教 心生の六界 亦心具を明さず。別教 心生の十界 心具の十界を明さず。思議の十界爾前・華厳等の円円教 不思議の十界互具。
法華の円止の五に云く「華厳に云く心は工なる画師の種種の五陰を造るが如く一切世間の中に心より造らざること莫しと種種の五陰とは前の十法界の五陰の如きなり」又云く「又十種の五 

399 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 11:03:47.51 ID:s2IejQ6D0
陰・一一に各十法を具す謂く如是相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等なり」文、又云く「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界には即
ち三千種の世間を具す此の三千・一念の心に在り」文、弘の五に云く「故に大師・覚意三昧・観心食法及び誦経法・小止観等の諸の心観の文に但自他等の観を以て三仮を推せり並びに未だ一念三千具
足を云わず、乃至観心論の中に亦只三十六の問を以て四心を責むれども亦一念三千に渉らず、唯四念処の中に略して観心の十界を云うのみ、故に止観に正しく観法を明すに至つて並びに三千を
以て指南と為せり、乃ち是れ終窮究竟の極説なり、故に序の中に説己心中所行法門と云う良に以有るなり請う尋ね読まん者心に異縁無かれ」、止の五に云く「此の十重の観法は横竪に収束し微妙精巧
なり初は則ち境の真偽を簡び中は則ち正助相添い後は則ち安忍無著なり、意円かに法巧みに該括周備して初心に規矩し将に行者を送つて彼の薩雲に到らんとす初住なり闇証の禅師・誦文の法師の能く
知る所に非ざるなり、蓋し如来積劫の懃求したまえる所・道場の妙                  

400 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 11:04:40.94 ID:s2IejQ6D0
悟したまえる所・身子の三請する所・法譬の三たび説く所正しく〓に在るに由るか」、弘の五に云く「四教の一十六門乃至八教の一期の始
終に遍せり今皆開顕して束ねて一乗に入れ遍く諸経を括りて一実に備う、若し当分を者尚偏教の教主の知る所に非ず況んや復た世間闇証の者をや○、蓋し如来の下は称歎なり十法は既に是れ法華の
所乗なり是の故に還つて法華の文を用いて歎ず迹の説に約せば即ち大通智勝仏の時を指して以て積劫と為し寂滅道場を以て妙悟と為す若し本門に約せば我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し
本成仏の時を以て妙悟と為す、本迹二門只是れ此の十法を求悟せるなり、身子等とは寂場にして説かんと欲するに物の機未だ宜からず其の苦に堕せん事を恐れて更に方便を施す四十余年種種に
調熟し法華の会に至つて初めて略して権を開するに動執生疑して慇懃に三請す五千起ち去つて方に枝葉無し四一を点示して五仏の章を演べ上根の人に被るを名づけて法説と為し、中根は未だ解せざれば
猶譬喩を〓う下根は器劣にして復た因縁を待つ、仏意聯綿として〓の十法に在り、故に十法の文の末に皆大車に譬えたり今の文の憑る所意此に在り、惑者は未だ見ず尚華厳を指す唯華厳 

401 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 12:57:22.13 ID:s2IejQ6D0
円頓の名を知つて而して彼の部の兼帯の説に昧し、全く法華絶待の意を失つて妙教独顕の能を貶挫す、迹本の二文を験して五時の説を〓うれば円極謬らず何ぞ須らく疑を致すべけん
是の故に結して正しく〓に在るかと曰う」、又云く「初に華厳を引くことを者重ねて初に引いて境相を示す文を〓す前に心造と云うは即ち是れ心具なり故に造の文を引いて以て心具を証す、
彼の経第十八の中に功徳林菩薩の偈を説いて云うが如く心は工なる画師の種種の五陰を造るが如く一切世界の中に法として造らざること無し心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然なり心
と仏と及び衆生と是の三差別無し、若し人三世の一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造ると今の文を解せずんば如何ぞ偈の心造一切三無差別を消せん」文、
諸宗の是非之を以て之を糾明す可きなり、恐恐謹言。二月十八日日 蓮 在 御 判早勝問答 /文永八年 五十歳御作浄土宗問答。問う六字の名号は善悪の中には何ぞや、答う一義に云く
今問う所の善悪は世出の中には何ぞや、一義に云く云う所の善悪を治定せば堕獄治定なるか、一義に云く名号悪と治定せば堕獄治定なるか、一義に云く念仏無間治定して其の上 

402 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 13:03:18.23 ID:s2IejQ6D0
に善悪を尋ぬるか、一義に云く汝が依経は権実の中には何れぞや。
問う念仏無間と云わば法華も無間なり、答う一義に云く法華無間とは自義なるか経文なるか、一義に云く念仏無間をば治定して法華無間と云うか、一義に云く祖師の謗法を治定し
て法華も無間と云うか、一義に云く汝が云う所の法華は超過の法華か又弥陀成仏の法華か。
問うて云く念仏無間の証拠二十八品の中には何れぞや、答う一義に云く二十八品の中に証拠有らば堕獄治定なるか、一義に云く法華を誹謗するを証拠とするなり、一義に云く法華
の文を尋ぬるは信じて問うか信ぜずして問うか、一義に云く直に入阿鼻獄の文を出すなり、一義に云く妙法蓮華経其の証拠なり、一義に云く弥陀の本誓に背く故なり、一義に云く弥陀
の命を断つ故なり、一義に云く有縁の釈尊に背く故なり念仏無間は三世諸仏の配立なり。
問う止観の念仏の事、答う一義に云く法然所立の念仏は堕獄治定して止観を問うか、一義に云く西方の念仏と一なるか異なるか、一義に云く止観の念仏は法華を誹謗するか、一
義に云く彼に文段を問う可し、一義に云く止観に依つて浄土宗を建立するか。                        

403 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 13:04:12.80 ID:s2IejQ6D0
問う観経は法華已後の事、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く已前ならば無間は治定なるか、一義に云く汝が謗法は無間をば治定して問うか。
問う観経と法華と同時なり、答う一義に云く同時なる故に法華を謗ずるか、さては返つて観経をも謗ずるなり。
問う先師の謗法は一往なり且くの字を置く故なり、答う一義に云く且く謗ぜよとは自義か経文か、一義に云く始終共に謗ぜば堕獄は治定なるか。
問う未顕真実は往生に非ず成仏の方なり、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く余経は無得道と云う人は僻事か。
問う法華本迹の阿弥陀をば如何、答う一義に云く法華の弥陀は法華経を謗ぜんと誓い給いしか、一義に云く法華の弥陀と三部経と同じきか異なるか、異ならば無間治定なるか。
問う一称南無仏と何んぞ称名を無益と云わんや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く法華を信じて問うか信ぜずして問うか。
問う法華に「諸の如来に於て」「諸仏を恭敬す」と何ぞ弥陀を捨つるや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか大旨上の如し。                                                

404 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 14:25:58.20 ID:s2IejQ6D0
問う「余の深法中に示教利喜す」と何ぞ余経を謗ずるや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるや、一義に云く汝が誹謗は治定して問うか又自義か経文か大旨上の如し。
問う普門品に観世音の称名功徳を挙ぐと見えたり何ぞ余の仏・菩薩を捨てんや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く此の観音は法華を謗ずるか、一
義に云く此の品に依つて念仏を立つるか、私に云く彼が経文釈義を引かん時は先ず文段を一一問う可し、大段万事の問には誹謗の言を先とす可きなり、前の当家の義云云。
禅宗問答。問う禅天魔の故如何、答う一義に云く仏経に依らざる故なり、一義に云く一代聖教を誹謗する故なり。
問う禅とは三世諸仏成道の始は坐禅し給へり如何、答う一義に云く汝が坐禅は仏の出世に背かば天魔治定なるか、又坐禅は大小の中には何れぞや、一義に云く仏の端座六年は法華に無益と云うか。
問う禅法には仏説無益なり、答う一義に云く是自義なるか経文なるか、一義に云くやがて是が天魔の所為なり。
問う経文には「是法不可示」と如何、答う一義に云く此の文は法華無益と云う文なるか、一義に云く爾らば法華に依るか、一義に云く文段を以て責む可きなり。      

405 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 14:26:47.82 ID:s2IejQ6D0
問う竜女は坐禅の成仏なり其の故は経文に「深く禅定に入つて諸法に了達す」と説き給へり、知んぬ法華無益と云うことを、答う一義に云く此の義は自義なるか経文なるか、一義に云く若し法華の成仏な
らば天魔治定なるか、一義に云く文殊海中の教化は論説妙法と宣べたり如何。
問う常に坐禅を好み深く禅定に入つて常に坐禅を貴ぶとも説けり如何、答う一義に云く文段を以て責む可し、一義に云く此の文は法華無益と云う文なるか、一義に云く此の文を以て禅宗を建立するか。
問う唯独り自のみ明了にして余人の見ざる所と云う故に禅宗ひとり真性を見て余人は見ずと云うなり、答う一義に云く文段を以て責む可し経文を見る可し、問う像法決疑経に云く「一字不説」と
爾らば一代は未顕真実と聞きたり真実は只迦葉一人教の外に別伝し給へり如何、答う此の文は仏説か若し仏説ならば汝此の文に依る故に自語相違なり、一義に云く言う所の迦葉は何なる経
にて成仏するや、一義に云く言う所の経文は三説の中には何れぞや、一義に云く楞伽経は仏説なるか。問う三大部に観心之有り何ぞ禅天魔と云うや、答う一義に云く汝は三大部にて宗を立
                       

406 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 14:27:34.08 ID:s2IejQ6D0
つるか、一義に云く三大部の観心は汝が禅と同じきか、一義に云く汝は天台を師とするか、一義に云く三大部の観心は諸経を捨つるか。
問う雙非の禅の事如何、答う一義に云く一度は法華に依り一度は法華無益なり、一義に云く二義共に天魔なり一義に云く此の義に背かん者は僻事なるか。
問う法華宗は妙法の道理を知るや、答う一義に云く汝は天魔を治定して問うか、一義に云く汝は法華を信じて問うか、一義に云く妙法を知つて問うか知らずして問うか、一義に云く汝が問う所
の妙法は今経に付いて百二十の妙有り其の品品を問うか、一義に云く汝は此の妙法に依つて禅を建立するか。
天台宗問答。
問う天台宗を無間という証拠如何、答う一義に云く法華を誹謗する故なり、一義に云く経文に背く故なり。
問う余経無益と云う事は〓を判ずる一往の意なり再往の日は諸乗一仏乗と開会す何ぞ一往を執して再往の義を捨つるや、答う一義に云く今言う所の開会とは何れの教の開会ぞや、一義に云
く今経に於て本迹の十妙の下に各二十の開会あり亦教行人理の四一開会の中には何れぞや、一義に云く能開・所開の中には何れぞや、一義に云く開会の後善悪無しと云うか、一義に云く天台   

407 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 18:47:06.20 ID:s2IejQ6D0
宗は法華を信ずるか、一義に云く開会の後諸宗を簡ばずと云わば天台大師僻事なるか其の故は南三北七云云伝教大師は六宗と云云、一義に云く天台宗は悪行をも致す可きか性悪不断と云うが
故に自語相違なりと責む可きなり、一義に云く開会の後に権実を立つる人は僻事なるか爾らば薬王の十喩・法師の三説超過云云、一義に云く此の故に開会の心を以て慈覚は法華を謗ずるか、一義
に云く汝は慈覚の弟子なるか爾らば謗法治定なるか。問う善悪不二・邪正一如の故に強ちに善悪を云う可からず元意の重是なり、答えて云く天台の出世は悪を息めんが為か又悪を増さんが為か、一義
に云く悪事を致せとは法華経二十八品の中には何れの処に見えたるや。問う絶待妙の事、答う一義に云く先ず文段を問う可し、一義に云く何れの教の絶待ぞや、一義に云く此の故に慈覚は法華を謗ずるか。
問う相待は一往・絶待は再往と見えたり如何、答う自義なるか経文なるか、一義に云く相待妙一往と云うは二十八品の中には何れに見えたるや、一義に云く相待妙は法華に明すか余経に明すか若し法華に明さば法華は一往なるか。
問う約教約部の故に約部の日は一往爾前の円を嫌うなり、答う一義に云く言う所の約教は天

408 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 18:47:50.00 ID:s2IejQ6D0
台の判釈の四種の約教の中には何れぞや、一義に云く約部は落居の釈なるか、一義に云く約部を捨つ可きか、一
義に云く約教の時爾前の円を嫌わば堕獄は治定なるか、一義に云く約教の辺にて今昔円同じとは法華経二十八品の中何れぞや、一義に云く玄文の第一の施開廃の三重の故に開会の後も余経を捨つると云う文をば知るか知らざるか。
山門流の真言宗問答。問う法華第一と云うは顕教の門なり真言に対すれば第一とは云う可からず、答う自義なるか経文なるか爰を以て慈覚大師を無間と申すなり、一義に云く真言に対して法華第一ならば亡国治定なるか
、一義に云く真言は已今・当・の中には何れぞや、若し外と云わば一機一縁の一往にして秘密とは云わる可からざるなり。問う法華と真言とは理同事勝の故に真言に対すれば戯論の法と云うか、答う一義に云くさてこそ汝は無
間治定なれ、一義に云くさては慈覚は真言をも謗ずるなり其の故は理同の法華を謗ずる故なり。問う伝教の本理大綱集の文を以て顕密同と云う事、答う一義に云く此の書は伝教の御作に非ざるなり、一義に云く此の書に依つて法華を慈覚は謗ずるか。
東寺流の問答。問う真言は釈尊の説と云う事其            

409 :名無しさん@入浴中:2014/09/28(日) 18:48:44.73 ID:s2IejQ6D0
の証拠如何、答う若し真言釈尊の説ならば亡国は治定なるか、若し然なりと云わば弘法大師五蔵を立つる時・法華を六波羅蜜経の五蔵の第四般若波羅蜜蔵・第五の陀羅尼蔵をば真言と建立し給へり如何。
問う真言宗を未顕真実とは言うべからず其の故は釈迦の説の外に建立する故なり如何、答えて云く若し釈尊の説教ならば亡国は治定なるか、一義に云く六波羅蜜経は釈迦の説なるか大日の説なるか、若し釈迦の説ならば未顕
真実は治定なるか、他云く釈迦所説の顕教無益なりと。尋ねて云く六波羅蜜経は顕教密教の中には何れぞや、他云く六波羅蜜経は雑部の真言なり我が家の三部は純説の真言なり、答う助証正証と云
う事全く弘法の所判に見えず若し弘法の義ならば堕獄は治定なるか、他云く真言は速疾の教・顕教は迂回歴劫の教なり云云、自ら云く自義なるか経文なるか、他云く五秘密教に云く「若し顕教に於て修行する者
は久しく三大無数劫を経」と説けり是れ其の証拠なり如何、答う、さて此の経は釈迦の説なるか大日の説なるか若し釈迦の説ならば未顕真実は治定なるか。
問う法華宗は何れの経に依つて仏の印契相好を造るや顕教には無し但真言の印を盗むと覚えたり如何、答う之に依つて法

410 :名無しさん@入浴中:2014/09/29(月) 05:42:51.27 ID:P9qKXVXS0
華を謗ずるか、一義に云く汝盗むの義相違せば亡国は治定なるか、一義に云く汝法華宗の建立する所の大段の妙法蓮華経をば本尊と落居して問うか、一義に云く釈尊を三部に依つて建立する故に
驢牛の三身と下すか若し爾なりと云わば返つて汝は真言を誹謗する者なりと責む可し、一義に云く三世の諸仏の印契相好実に妙法蓮華経に依つて具足するの義・落居せば亡国は治定なるか、又盗人
は治定なるか、一義に云く竜女・霊山に即身に印契相好具足し南方に成道を唱えしは真言に依つて建立するか若し爾なりと云わば直に経文を出せと責む可き
なり。問う亡国の証拠如何、答う法華を誹謗する故なり云云、一義に云く三徳の釈尊に背く故なり云云、一義に云く現世安穏・後生善処の妙法蓮華経に背き奉る故に今生には亡国
・後生には無間と云うなり、一義に云く法華経第三の劣とは経文なるか自義なるか若し爾らば亡国治定なるか。
他云く密教に対すれば第三の劣なり、答う一義に云く此の義経文なるか自義なるか、一義に云く顕教の内に法華第一なる事・落居するか、若し爾なりと云はばさては弘法は僻事なり顕教
の内にして法華を華厳に対して第二・真言に対して第三と云う故       

411 :名無しさん@入浴中:2014/09/29(月) 05:43:35.55 ID:P9qKXVXS0
なり、一義に云く真言に対して第一ならば亡国は治定なるか。
他云く印真言を説かざるが故に第三の劣と云うなり、答う此の故に劣とは経文なるか自義なるか、一義に云く若し法華に説かば亡国は治定なるか。
他云く大日・釈迦各別なり、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く若し一仏ならば亡国は治定なるか、一義に云く各別なれば劣とは経文なるか自義なるか。
他云く顕教は応身・密教は法身の説なり此の故に法華は第三の劣なり、自ら云く応身の説の故に法華劣とは経文なるか自義なるか、一義に云く法華法身の説ならば亡国治定
なるか、一義に云く真言は応身の説ならば亡国は治定なるか。
他云く五智・五仏の時は北方は釈迦・中央は大日と見えたり如何、答う一義に云く中央釈迦ならば亡国治定なるか、一義に云く北方釈迦と云う事は三部の内に無し不空の義なり仏説に非ず。
他云く法華は穢土の説なり真言は三界の外の法界宮の説なり、答う一義に云く真言は三界の内の説ならば亡国治定なるか義釈の文。
他云く顕教の内にて大日釈迦一体と説くとも密教の内にては二仏各別なり名は同じけれども義異るなり如何、答う此の故に亡国              

412 :名無しさん@入浴中:2014/09/29(月) 05:44:35.47 ID:P9qKXVXS0
と云うなり、一義に云く此くの如く云う事直に経文を出す可きなり。他云く竜女は真言の成仏・法華には三密闕くる故なり、答う自義なるか経文なるか。
他云く経文なり「陀羅尼を得・不退転を得たり」云云、陀羅尼は三密の加持なり、答う、此の陀羅尼を真言と云うは自義なるか経文なるか、一義に云くさては弘法の僻事なり其の故は此
の陀羅尼を戯論第三の劣と下すなり、一義に云く自語相違なり法華に印有る故なり。
他云く守護経の文に依れば釈迦は大日より三密の法門を習いて成仏するなり、答う此の故に法華を謗ずるか、一義に云く此の文は三説の内なるか外なるか、一義に云く此れに相違せば亡国は治定なるか。
他云く法華経には「合掌を以て敬心し・具足の道を聞かんと欲す」と云へり何ぞ印・真言を捨つるや、答う此の故に法華を謗ずるか、一義に云く自義なるか経文なるか、一義に云く此
の故に真言を捨てずとは経文なるか、一義に云く此の文は真言を持つと云う文なるか、一義に文段を以て責む可し。他云く弘法大師を無間と云うは経文なるか自義なるか、答う経文なり。
他云く二十八品の中には何れぞや、答う二十八品の中に有らば堕獄治定なるか、他云く爾なり、答う法華

413 :名無しさん@入浴中:2014/09/29(月) 18:24:55.61 ID:P9qKXVXS0
を誹謗すること治定なるか若し爾らば経文を出して責む可きなり。宿屋入道への御状 /文永五年八月 四十七歳御作与宿屋光則 於鎌倉其の後は書・絶えて申さず不
審極り無く候、抑去る正嘉元年丁巳八月二十三日戌亥の刻の大地震、日蓮諸経を引いて之を勘えたるに念仏宗と禅宗等とを御帰依有るが故に日本守護の諸大善神瞋恚を作して
起す所の災なり、若し此れを対治無くんば他国の為に此の国を破らる可きの由勘文一通之を撰し正元二年庚申七月十六日御辺に付け奉つて故最明寺入道殿へ之を進覧す、其の後九箇
年を経て今年大蒙古国より牒状之有る由・風聞す等云云、経文の如くんば彼の国より此の国を責めん事必定なり、而るに日本国の中には日蓮一人当に彼の西戎を調伏するの人たる可しと兼
て之を知り論文に之を勘う、君の為・国の為・神の為・仏の為・内奏を経らる可きか、委細の旨は見参を遂げて申す可く候、恐恐謹言。文永五年八月二十一日日 蓮 花 押 宿屋左衛門入道殿
北条時宗への御状北条時宗への御状謹んで言上せしめ候、抑も正月十八日・西戎大蒙古国の牒状到来すと、日蓮先年諸経の要文を集め之を勘えたること立正安国論の如
く少しも違わず普合しぬ、日蓮   

414 :名無しさん@入浴中:2014/09/29(月) 18:26:13.48 ID:P9qKXVXS0
は聖人の一分に当れり未萠を知るが故なり、然る間重ねて此の由を驚かし奉る急ぎ建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿等の御帰依を
止めたまえ、然らずんば重ねて又四方より責め来る可きなり、速かに蒙古国の人を調伏して我が国を安泰ならしめ給え、彼を調伏せられん事日蓮に非ざれば叶う可
からざるなり、諌臣国に在れば則ち其の国正しく争子家に在れば則ち其の家直し、国家の安危は政道の直否に在り仏法の邪正は経文の明鏡に依る。
夫れ此の国は神国なり神は非礼を稟けたまわず天神七代・地神五代の神神・其の外諸天善神等は一乗擁護の神明なり、然も法華経を以て食と為し正直を以て力
と為す、法華経に云く諸仏救世者・大神通に住して衆生を悦ばしめんが為の故に無量の神力を現ずと、一乗棄捨の国に於ては豈善神怒を成さざらんや、仁王経に云く「
一切の聖人去る時七難必ず起る」と、彼の呉王は伍子胥が詞を捨て吾が身を亡し・桀紂は竜比を失つて国位を喪ぼす、今日本国既に蒙古国に奪われんとす豈歎
かざらんや豈驚かざらんや、日蓮が申す事御用い無くんば定めて後悔之有る可し、日蓮は法華経の御使なり経に云く「則ち如来の使如来          

415 :名無しさん@入浴中:2014/09/29(月) 18:27:22.79 ID:P9qKXVXS0
の所遣として如来の事を行ず」と、三世諸仏の事とは法華経なり、此の由方方へ之を驚かし奉る一所に集めて御評議有つて御報に予かる可く候、所詮は万祈を抛つて諸宗を御前に召し合せ仏法の邪正を決し
給え、〓底の長松未だ知らざるは良匠の誤り闇中の錦衣を未だ見ざるは愚人の失なり。三国仏法の分別に於ては殿前に在り所謂阿闍世・陳隋・桓武是なり、敢
て日蓮が私曲に非ず只偏に大忠を懐く故に身の為に之を申さず神の為・君の為・国の為・一切衆生の為に言上せしむる所なり、恐恐謹言。文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押 謹上
宿屋入道殿宿屋左衛門光則への御状宿屋左衛門光則への御状先年勘えたるの書安国論に普合せるに就て言上せしめ候い畢んぬ、抑正月十八日西戎大蒙古国より牒状到来すと、之を以て之を
按ずるに日蓮は聖人の一分に当り候か、然りと雖も未だ御尋に予らず候の間重ねて諌状を捧ぐ、希くば御帰依の寺僧を停止せられ宜しく法華経に帰せしむべし、若し然らずんば後悔何ぞ追わん、此の趣
を以て十一所に申せしめ候なり定めて御評議有る可く候か、偏に貴殿を仰ぎ奉る早く日蓮が本望を遂げしめ給え、十一箇所と申すは平の左衛門尉殿に申せしむる       

416 :名無しさん@入浴中:2014/09/30(火) 05:29:11.89 ID:i/HJfDb90
所なり委悉申し度く候と雖も上書分明なる間省略せしめ候、御気色を以て御披露庶幾せしむる所に候、恐恐謹言。文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押 謹上 宿屋入道殿平左衛門尉頼綱への御状平左衛門尉頼綱への御状
蒙古国の牒状到来に就いて言上せしめ候い畢んぬ、抑先年日蓮立正安国論に之を勘えたるが如く少しも違わず普合せしむ、然る間重ねて訴状を以て愁欝を発かんと欲す爰を以て諌旗を公前に飛ばし争戟を私後に立つ、併
ながら貴殿は一天の屋梁為り万民の手足為り争でか此の国滅亡の事を歎かざらんや慎まざらんや、早く須く退治を加えて謗法の咎を制すべし。
夫れ以れば一乗妙法蓮華経は諸仏正覚の極理・諸天善神の威食なり之を信受するに於ては何ぞ七難来り三災興らんや、剰え此の事を申す日蓮をば流罪せらる争でか日月星宿罰を加えざらんや、聖徳太子は守
屋の悪を倒して仏法を興し秀郷は将門を挫いて名を後代に留む、然らば法華経の強敵為る御帰依の寺僧を退治して宜く善神の擁護を蒙るべき者なり、御式目を見るに非拠を制止すること分明なり、争
でか日蓮が愁訴に於ては御叙い無らん豈御起請の文を破るに非ずや、此の趣を以て方方へ愚状を進らす、所謂        

417 :名無しさん@入浴中:2014/09/30(火) 05:30:02.68 ID:i/HJfDb90
鎌倉殿・宿屋入道殿・建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏殿・長楽寺・多宝寺・浄光明寺・弥源太殿並
びに此の状合せ十一箇所なり、各各御評議有つて速かに御報に預るべく候、若し爾らば卞和が璞磨いて玉と成り法王髻中の明珠此の時に顕れんのみ、全く身の為に之を申さず、神の為君の為国の為一切衆生の為に言上せしむるの処なり件の如し、恐恐謹言。
文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押 平左衛門尉殿北条弥源太への御状北条弥源太への御状去ぬる月御来臨急ぎ急ぎ御帰宅本意無く存ぜしめ候い畢んぬ、抑蒙古国の牒状到来の事・上一人より下万
民に至るまで驚動極り無し然りと雖も何の故なること人未だ之れを知らず、日蓮兼ねて存知せしむるの間既に一論を造つて之を進覧せり徴先達つて顕れ則ち災必ず後に来る、去ぬる正嘉元年丁巳八月廿三日戌
亥の刻の大地震是併ながら此の瑞に非ずや、法華経に云く如是相と天台大師云く「蜘蛛下りて喜事来り〓鵲鳴いて行人来る」と、易に云く吉凶動に於て生ずと此等の本文豈替るべけんや、所詮諸宗の帰依を止めて一乗
妙経を信受せしむべきの由勘文を捧げ候、日本亡国の根源は浄土・真言・禅宗・律宗の邪法悪法より起れり諸宗を召し合せ諸経   

418 :名無しさん@入浴中:2014/09/30(火) 05:30:46.62 ID:i/HJfDb90
勝劣を分別せしめ給え、殊に貴殿は相模の守殿の同姓なり根本滅するに於ては枝葉豈栄えんや、早
く蒙古国を調伏し国土を安穏ならしめ給え、法華を謗ずる者は三世諸仏の大怨敵なり、天照太神・八幡大菩薩等・此の国を放ち給う故・大蒙古国より牒状来るか、自今已後各各生取と成り他国の奴と成る可し、此の趣き方方へ之れを驚かし愚状を進ぜしめ候なり、恐恐謹言。
文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押謹上 弥源太入道殿建長寺道隆への御状建長寺道隆への御状夫れ仏閣軒を並べ法門屋に拒る仏法の繁栄は身毒支那に超過し僧宝の形儀は六通の羅漢の如し、然りと雖も一代
諸経に於て未だ勝劣・浅深を知らず併がら禽獣に同じ忽ち三徳の釈迦如来を抛つて、他方の仏・菩薩を信ず是豈逆路伽耶陀の者に非ずや、念仏は無間地獄の業・禅宗は天魔の所為・真言は亡国の悪法・律宗は国賊の妄説と
云云、爰に日蓮去ぬる文応元年の比勘えたるの書を立正安国論と名け宿屋入道を以て故最明寺殿に奉りぬ、此の書の所詮は念仏・真言・禅・律等の悪法を信ずる故に天下に災難頻りに起り剰え他国より此の国責めらる可きの由之
を勘えたり、然るに去ぬる正月十八日牒状到来すと日蓮が勘えたる所に少しも違

419 :名無しさん@入浴中:2014/09/30(火) 19:51:10.80 ID:i/HJfDb90
わず普合せしむ、諸寺諸山の祈祷威力滅する故か将又悪法の故なるか鎌倉中の上下万人・道隆聖人をば仏の如く之を仰ぎ良観聖人をば羅漢の如く之れを尊む、其の外寿福寺・多宝寺・浄光明寺・長楽
寺・大仏殿の長老等は「 我慢の心充満し、未だ得ざるを得たりと謂う」の増上慢の大悪人なり、何ぞ蒙古国の大兵を調伏せしむ可けんや、剰え日本国中の上下万人悉く生取と成る可く今世には国を亡
し後世には必ず無間に堕せん、日蓮が申す事を御用い無くんば後悔之れ有る可し此の趣鎌倉殿・宿屋入道殿・平の左衛門の尉殿等へ之を進状せしめ候、一処に寄り集りて御評議有る可く候、敢て日蓮
が私曲の義に非ず只経論の文に任す処なり、具には紙面に載せ難し併ながら対決の時を期す、書は言を尽さず言は心を尽さず、恐恐謹言。文永五年戊辰十月十一日日 蓮 花 押 進上 建長寺道隆聖人侍者御中
極楽寺良観への御状西戎大蒙古国簡牒の事に就て鎌倉殿其の外へ書状を進ぜしめ候、日蓮去る文応元年の比勘え申せし立正安国論の如く毫末計りも之に相違せず候、此の事如何、長老忍性速か
に嘲哢の心を翻えし早く日蓮房に帰せしめ給え、若し然らずんば人間を軽賤する者・白衣の与に法を説     

420 :名無しさん@入浴中:2014/09/30(火) 19:52:03.79 ID:i/HJfDb90
くの失脱れ難きか、依法不依人とは如来の金言なり、良観聖人の住処を法華経に説て云く「或は阿練
若に有り納衣にして空閑に在り」と、阿練若は無事と翻ず争か日蓮を讒奏するの条住処と相違せり併ながら三学に似たる矯賊の聖人なり、僣聖増上慢にして今生は国賊・来世は那落に堕在せんこと必定なり、聊か
も先非を悔いなば日蓮に帰す可し、此の趣き鎌倉殿を始め奉り建長寺等其の外へ披露せしめ候、所詮本意を遂げんと欲せば対決に如かず、即ち三蔵浅近の法を以て諸経中王の法華に向うは江河と大海と華
山と妙高との勝劣の如くならん、蒙古国調伏の秘法定めて御存知有る可く候か、日蓮は日本第一の法華経の行者蒙古国退治の大将為り「於一切衆生中亦為第一」とは是なり、文言多端理を尽す能わず併ながら省略せしめ候、恐恐謹言。
文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押 謹上 極楽寺長老良観聖人御所大仏殿別当への御状大仏殿別当への御状去る正月十八日西戎大蒙古国より牒状到来し候い畢んぬ、其の状に云く大蒙古国皇
帝・日本国王に書を上る大道の行わるる其の義〓たり信を構え睦を修す其の理何ぞ異ならん乃至至元三年丙寅正月日と、右此の状の如くんば返牒に依つて日本国を襲う可

421 :名無しさん@入浴中:2014/09/30(火) 19:52:40.48 ID:i/HJfDb90
くの失脱れ難きか、依法不依人とは如来の金言なり、良観聖人の住処を法華経に説て云く「或は阿練
若に有り納衣にして空閑に在り」と、阿練若は無事と翻ず争か日蓮を讒奏するの条住処と相違せり併ながら三学に似たる矯賊の聖人なり、僣聖増上慢にして今生は国賊・来世は那落に堕在せんこと必定なり、聊か
も先非を悔いなば日蓮に帰す可し、此の趣き鎌倉殿を始め奉り建長寺等其の外へ披露せしめ候、所詮本意を遂げんと欲せば対決に如かず、即ち三蔵浅近の法を以て諸経中王の法華に向うは江河と大海と華
山と妙高との勝劣の如くならん、蒙古国調伏の秘法定めて御存知有る可く候か、日蓮は日本第一の法華経の行者蒙古国退治の大将為り「於一切衆生中亦為第一」とは是なり、文言多端理を尽す能わず併ながら省略せしめ候、恐恐謹言。
文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押 謹上 極楽寺長老良観聖人御所大仏殿別当への御状大仏殿別当への御状去る正月十八日西戎大蒙古国より牒状到来し候い畢んぬ、其の状に云く大蒙古国皇
帝・日本国王に書を上る大道の行わるる其の義〓たり信を構え睦を修す其の理何ぞ異ならん乃至至元三年丙寅正月日と、右此の状の如くんば返牒に依つて日本国を襲う可

422 :名無しさん@入浴中:2014/09/30(火) 20:16:36.69 ID:i/HJfDb90
きの由分明なり、日蓮兼ねて勘え申せし立正安国論に少しも相違せず急かに退治を加え給え、然れば日蓮を放て之を叶う可からず、早く我慢を倒して日蓮に帰すべし、今生
空しく過ぎなば後悔何ぞ追わん委しく之を記すこと能わず、此の趣方方へ申せしめ候、一処に聚集して御調伏有る可く候か。文永五年
十月十一日日 蓮 花 押謹上 大仏殿別当御房寿福寺への御状寿福寺への御状風聞の如くんば蒙古国の簡牒・去る正月十八日慥に到来候い畢んぬ、然れば先年日蓮が勘
えし書の立正安国論の如く普合せしむ、恐くは日蓮は未萠を知る者なるか、之を以て之を按ずるに念仏・真言・禅・律等の悪法・一天に充満して上下の師と為るの故に此の如き他
国侵逼の難起れるなり、法華不信の失に依つて皆一同に後生は無間地獄に堕す可し早く邪見を翻し達磨の法を捨てて一乗正法に帰せしむ可し、然る間方方へ披露せしめ候の処なり
、早早一処に集りて御評議有る可く候、委くは対決の時を期す、恐恐謹言。文永五年十月十一日日 蓮 花 押 謹上 寿福寺侍司御中浄光明寺への御状浄光明寺への御状
大蒙古国の皇帝・日本国を奪う可きの由・牒状を渡す、此の事先年立正安国論に勘え申せし如く少しも相違

423 :名無しさん@入浴中:2014/10/01(水) 05:17:41.17 ID:eRV8DFVB0
せしめず内内日本第一の勧賞に行わる可きかと存ぜしめ候の処剰え御称歎に預らず候、是れ併ながら鎌倉中著〓の類・律宗・禅宗等が「向
国王大臣誹謗説我悪」の故なり、早く二百五十戒を抛つて日蓮に帰して成仏を期す可し、
若し然らずんば堕在無間の根源ならん、此の趣き方方へ披露せしめ候い畢んぬ、早く一処に集りて対決を遂げしめ給え日蓮・庶幾せしむる処
なり、敢て諸宗を蔑如するに非ざるのみ、法華の大王戒に対して小乗〓〓戒・豈相対に及ばんや、笑う可し笑う可し。
文永五年十月十一日日 蓮 花 押 謹上 浄光明寺侍者御中多宝寺への御状多宝寺への御状日蓮・故最明寺殿に奉りたるの書・
立正安国論御披見候か未萠を知つて之を勘え申す処なり、既に去る正月蒙古国の簡牒到来す何ぞ驚かざらんや、此の事不審千万なり縦い日蓮
は悪しと雖も勘うる所の相当るに於ては何ぞ用いざらんや、早く一所に集りて御評議有る可し、若し日蓮が申す事を御用い無くんば今世には国を亡し後世は必ず無間大
城に堕す可し、此の旨方方へ之を申せしめしなり敢て日蓮が私曲に非ず委しく御報に預る可く候、言は心を尽さず書は言を尽さず併ながら省略せしめ候、恐恐謹言。     

424 :名無しさん@入浴中:2014/10/01(水) 05:18:44.38 ID:eRV8DFVB0
文永五年十月十一日日 蓮 花 押 謹上 多宝寺侍司御中長楽寺への御状長楽寺への御状蒙古国・調伏の事に就いて方方へ披露せしめ候い畢んぬ、既に日蓮・立正安
国論に勘えたるが如く普合せしむ、早く邪法邪教を捨て実法実教に帰す可し、若し御用い無くんば今生には国を亡し身を失い後生には必ず那落に
堕す可し、速かに一処に集りて談合を遂げ評議せしめ給え日蓮庶幾せしむる所なり、御報に依つて其の旨を存ず可く候の処なり敢て諸宗を蔑如するに非ず但此の国の安泰を存する計りなり、恐恐謹言。
文永五年十月十一日日 蓮 花 押 謹上 長楽寺侍司御中弟子檀那中への御状弟子檀那中への御状大蒙古国の簡牒到来に就いて十一通の書状を以て方方へ申せ
しめ候、定めて日蓮が弟子檀那・流罪・死罪一定ならん少しも之を驚くこと莫れ方方への強言申すに及ばず是併ながら而強毒之の故なり、日蓮庶幾せしむる所に候、各各
用心有る可し少しも妻子眷属を憶うこと莫れ権威を恐るること莫れ、今度生死の縛を切つて仏果を遂げしめ給え、鎌倉殿・宿屋入道・平の左衛門尉・弥源太・建長寺・寿福
寺・極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿・長楽寺已上十一箇所仍つて十一通の状を書して諌訴せ 

425 :うふ〜ん:うふ〜ん ID:DELETED
うふ〜ん

426 :名無しさん@入浴中:2014/10/02(木) 19:34:28.46 ID:mFdXX2Ml0
しめ候い畢んぬ、定めて子細有る可し、日蓮が所に来りて書状等披見せしめ給え、恐恐謹言。文永五年戊辰十月十一日日 蓮 花 押 問注得意抄 /文永六年五月 四十八歳御作与富木入道外二人土木入道殿日 蓮
今日召し合せ御問注の由承り候、各各御所念の如くならば三千年に一度花さき菓なる優曇華に値えるの身か、西王母の薗の桃・九千年に三度之を得たる東方朔が心か一期の幸何事か之に如かん、御成敗の甲乙は且ら
く之を置く前立つて欝念を開発せんか、但し兼日御存知有りと雖も駿馬にも鞭うつの理之有り、今日の御出仕・公庭に望んでの後は設い知音為りと雖も傍輩に向つて雑言を止めらる可し両方召し合せの時・御奉行人・訴陳
の状之を読むの尅何事に付けても御奉行人の御尋ね無からんの外一言を出す可からざるか、設い敵人等悪口を吐くと雖も各各当身の事・一二度までは聞かざるが如くすべし、三度に及ぶの時・顔貌を変ぜず〓言を出さず〓
語を以て申す可し各各は一処の同輩なり私に於ては全く遺恨無きの由之を申さる可きか、又御供雑人等に能く能く禁止を加え喧嘩を出す可からざるか、是くの如き事書札に尽し難し心を以て御斟酌有る可きか、此等の矯言を出
す事恐を存   

427 :名無しさん@入浴中:2014/10/02(木) 19:35:36.49 ID:mFdXX2Ml0
すと雖も仏経と行者と檀那と三事相応して一事を成さんが為に愚言を出す処なり、恐恐謹言。五月九日日 蓮 花 押 三人御中行敏御返事 /文永八年七月 五十歳御作与浄土僧行敏行敏初度の難状
未だ見参に入らずと雖も事の次を以て申し承るは常の習に候か、抑風聞の如くんば所立の義尤も以て不審なり、法華の前に説ける一切の諸経は皆是妄語にして出離の法に非ずと是一、大小の戒律は世間を誑惑して悪道に
堕せしむるの法と是二、念仏は無間地獄の業為と是三、禅宗は天魔の説・若し依つて行ずる者は悪見を増長すと是四、事若し実ならば仏法の怨敵なり、仍て対面を遂げて悪見を破らんと欲す、将又其の義無くんば争でか
悪名を痛ませられざらんや、是非に付き委く示し賜わる可きなり、恐恐謹言。七月八日 僧行敏 花押日蓮阿闍梨御房聖人御返事聖人御返事条条御不審の事・私の問答は事行き難く候か、然れば上奏
を経られ仰せ下さるるの趣に随つて是非を糾明せらる可く候か、此の如く仰せを蒙り候条尤も庶幾する所に候、恐恐謹言。七月十三日 日蓮 花押 行敏御房御返事行敏訴状御会通 /文永八年 五十歳御作
当世日本第一の持戒の僧・良観聖人並びに法然上人の孫弟子念阿弥陀仏・道 

428 :名無しさん@入浴中:2014/10/02(木) 19:44:04.40 ID:mFdXX2Ml0
阿弥陀仏等の諸聖人等日蓮を訴訟する状に云く早く日蓮を召し決せられて邪見を摧破し正義を興隆せんと欲する事云云、
日蓮云く邪見を摧破し正義を興隆せば一眼の亀の浮木の穴に入るならん、幸甚幸甚。彼の状に云く右八万四千の教乃至一を是として諸を非とする理豈に然る可けんや云云、道綽禅師云く当今末法は是れ五濁悪
世なり唯浄土の一門のみ有つて路に通入す可し云云、善導和尚云く千中無一云云、法然上人云く捨閉閣抛云云、念阿上人等の云く一を是とし諸を非とす謗法なり云云、本師三人の聖人の御義に相違す豈に逆路伽耶
陀の者に非ずや、将又忍性良観聖人彼等の立義に与力して此を正義と存せらるるか、又云く而るに日蓮偏えに法華一部に執して諸余の大乗を誹謗す云云、無量義経に云く四十余年未顕真実・法華経に云く要当説真実と・
又云く宣示顕説と・多宝仏証明を加えて云く皆是真実と・十方の諸仏は舌相至梵天と云う云云、已今当の三説を非毀して法華経一部を讃歎するは釈尊の金言なり諸仏の傍例なり敢て日蓮が自義に非ず、其の上此の難は去る延
暦・大同・弘仁の比・南都の徳一大師が伝教大師を難破せし言なり、其の難已に破れて法華宗を建立し畢んぬ。又云く所謂法 

429 :名無しさん@入浴中:2014/10/03(金) 21:11:05.46 ID:k7vJ2cay0
華前説の諸経は皆是れ妄語なりと云云此又日蓮が私の言に非ず、無量義経に云く未だ真実を顕さず未顕真実とは妄語の異名なり 法華経第二に云く寧ろ虚妄有りや不なり云云、第六に云く此
の良医虚妄の罪を説くや不や云云、涅槃経に云く如来虚妄の言無しと雖も若し衆生虚妄の説に因ると知れば云云、天台云く則ち為如来綺語の語云云、四十余年の経経を妄語と称すること又日
蓮が私の言に非ず、又云く念仏は無間の業と云云法華経第一に云く我れ則ち慳貪に堕せん此の事為不可なり云云、第二に云く其の人命終して阿鼻獄に入らん云云、大覚世尊但観経念仏等の四
十余年の経経を説て法華経を演説したまわずんば三悪道を脱れ難し云云、何に況や末代の凡夫一生の間但自らも念仏の一行に留り他人をも進めずんば豈無間に堕せざらんや、例せば民と子との王
と親とに随わざるが如し、何に況や道綽・善導・法然上人等・念仏等を修行する輩・法華経の名字を挙げて念仏に対当して勝劣難易等を論じ未有一人得者・十即十生・百即百生・千中無一等と謂う
は無間の大火を招かざらんや、又云く禅宗は天魔波旬の説と云云、此又日蓮が私の言に非ず
教外別伝の言豈此の科を脱れんや、又云く大小の 

430 :名無しさん@入浴中:2014/10/03(金) 21:11:49.21 ID:k7vJ2cay0
戒律は世間誑惑の法と云云、日蓮が云く小乗戒は仏世すら猶之を破す其の上月氏国に三寺有り、所謂一向小乗の寺と一向大乗の寺と大小兼
行の寺となり云云、一向小と一向大とは水火の如し将又道路をも分隔せり、日本国に去る聖武皇帝と孝謙天皇との御宇に小乗の戒壇を三所に建立せり、其の後・桓武の御宇に伝教大師之を責め破
りたまいぬ、其の詮は小乗戒は末代の機に当らずと云云、護命・景深の本師等其の諍論に負くるのみに非ず六宗の碩徳・各退状を捧げ伝教大師に帰依し円頓の戒体を伝受す云云、其の状今に朽ちず
汝自ら開き見よ、而るを良観上人・当世日本国の小乗は昔の科を存せずという、又云く年来の本尊・弥陀観音等の像を火に入れ水に流す等云云、此の事慥なる証人を指し出し申す可し若し証拠無く
んば良観上人等自ら本尊を取り出して火に入れ水に流し科を日蓮に負せんと欲するか委細は之を糾明せん時・其の隠れ無らんか、但し御尋ね無き間は其の重罪は良観上人等に譲り渡す、二百五十戒
を破失せる因縁此の大妄語に如かず無間大城の人・他処に求ること勿れ、又云く凶徒を室中に集むと云云、法華経に云く或は阿練若に有り等云云、妙楽云く東春云く輔正記云く此    

431 :名無しさん@入浴中:2014/10/03(金) 21:21:24.99 ID:k7vJ2cay0
等の経釈等を以て当
世日本国に引き向うるに汝等が挙る所の建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺・大仏殿・長楽寺・浄光明寺等の寺寺は妙楽大師の指す所の第三
最甚の悪所なり、東春に云く即ち是れ出家処に一切の悪人を摂す云云、又云く両行は公処に向う等云云、又云く兵杖等云云、涅槃経に云く・天台云く・章安云く・妙楽云く法華経守護の為の弓箭
兵杖は仏法の定れる法なり例せば国王守護の為に刀杖を集むるが如し、但し良観上人等弘通する所の法・日蓮が難脱れ難きの間既に露顕せしむ可きか、故に彼の邪義を隠さんが為に諸国の守護・地頭
・雑人等を相語らいて言く日蓮並びに弟子等は阿弥陀仏を火に入れ水に流す汝等が大怨敵なりと云云、頚を切れ所領を追い出せ等と勧進するが故に日蓮の身に疵を被り弟子等を殺害に及ぶこと数百人な
り、此れ偏に良観・念阿・道阿等の上人の大妄語より出たり心有らん人人は驚く可し怖る可し云云、毘瑠璃王は七万七千の諸の得道の人を殺す、月氏国の大族王は卒都婆を滅毀し僧伽藍を廃すること凡そ一
千六百余処乃至大地震動して無間地獄に堕ちにき、毘盧釈迦王は釈種九千九百九十万人を生け取りて並べ従えて殺戮す            

432 :名無しさん@入浴中:2014/10/05(日) 16:52:33.01 ID:2bH5WfBh0
積屍莽の如く流血池を成す、弗沙弥多羅王は四兵を興して五天を回らし僧侶を殺し寺塔を焼く、説賞迦王は仏法を毀壊す、訖利多王は僧徒を斥逐し仏法を毀壊す、欽明・敏達・用明の三王の詔に曰く炳然として
宜く仏法を断ずべし云云、二臣自ら寺に詣で堂塔を斫倒し仏像を毀破し火を縦つて之を焼き所焼の仏像を取つて難波の堀江に棄て三尼を喚び出して其の法服を奪い並びに笞を加う云云、大唐の武宗は四千六
百余処を滅失して僧尼還俗する者計うるに二十六万五百人なり、去る永保年中には山僧・園城寺を焼き払う云云、御願は十五所・堂院は九十所・塔婆は四基・鐘楼は六宇・経蔵は二十所・神社は十三所・僧坊は
八百余宇・舎宅は三千余等云云、去る治承四年十二月二十二日・太政入道浄海・東大・興福の両寺を焼失して僧尼等を殺す、此等は仏記に云く此等の悪人は仏法の怨敵には非ず三明六通の羅漢の如き僧
侶等が我が正法を滅失せん、所謂守護経に云く・涅槃経に云く。日 蓮 花 押一昨日御書 /文永八年九月 五十歳御作与平左衛門尉頼綱一昨日見参に罷入候の条悦び入り候、抑人の世に在る誰
か後世を思わざらん仏の出世は専ら衆生を救わんが為なり、爰に日蓮比丘と成りしより旁 

433 :名無しさん@入浴中:2014/10/05(日) 16:53:07.26 ID:2bH5WfBh0
法門を開き已に諸仏の本意を覚り早く出離の大要を得たり、其の要は妙法蓮華経是なり、一乗の崇重・三国の繁昌の儀・眼前に流
る誰か疑網を貽さんや、而るに専ら正路に背いて偏に邪途を行ず然る間・聖人国を捨て善神瞋を成し七難並びに起つて四海閑かならず、方今世は悉く関東に帰し人は皆士風を貴ぶ、就中日蓮生を此の土に得て豈吾が
国を思わざらんや、仍つて立正安国論を造つて故最明寺入道殿の御時・宿屋の入道を以て見参に入れ畢んぬ、而るに近年の間・多日の程・犬戎浪を乱し夷敵国を伺う、先年勘え申す所・近日符合せしむる者なり
、彼の太公が殷の国に入りしは西伯の礼に依り張良が秦朝を量りしは漢王の誠を感ずればなり、是れ皆時に当つて賞を得・謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり、夫れ未萠を知る者は六正の聖臣
なり法華を弘むる者は諸仏の使者なり、而るに日蓮忝くも鷲嶺・鶴林の文を開いて鵝王・烏瑟の志を覚り剰え将来を勘えたるに粗符合することを得たり先哲に及ばずと雖も定んで後人には希なる可き者なり、法を知り国
を思うの志尤も賞せらる可きの処・邪法邪教の輩・讒奏讒言するの間久しく大忠を懐いて而も未だ微望         

434 :名無しさん@入浴中:2014/10/05(日) 16:54:53.38 ID:2bH5WfBh0
を達せず、剰え不快の見参に罷り入ること偏に難治の次第を愁うる者なり、伏して惟みれば泰山に昇らずんば天の高き
を知らず深谷に入らずんば地の厚きを知らず、仍て御存知の為に立正安国論一巻之を進覧す、勘え載する所の文は九牛の一毛なり未だ微志を尽さざるのみ、抑貴辺は当時天下の棟梁なり何ぞ国中の良材を損
せんや、早く賢慮を回らして須く異敵を退くべし世を安じ国を安ずるを忠と為し孝と為す、是れ偏に身の為に之を述べず君の為仏の為神の為一切衆生の為に言上せしむる所なり、恐恐謹言。文永八年九月十二
日日 蓮 花 押 謹上 平左衛門殿強仁状御返事 /建治元年十二月 五十四歳御作強仁状御返事与真言僧強仁強仁上人・十月二十五日の御勘状・同十二月二十六日に到来す、此の事余も年来欝訴する
所なり忽に返状を書いて自他の疑冰を釈かんと欲す、但し歎ずるは田舎に於て邪正を決せば暗中に錦を服して遊行し澗底の長松・匠を知らざるか、兼ねて又定めて喧嘩出来の基なり、貴坊本意を遂げんと欲せば公
家と関東とに奏聞を経て露点を申し下し是非を糾明せば上一人咲を含み下万民疑を散ぜんか、其の上大覚世尊は仏法を以て王臣に付属せり世・出世の邪正を決断せんこと

435 :名無しさん@入浴中:2014/10/06(月) 18:33:45.74 ID:vhOYDTrJ0
必ず公場なる可きなり、就中当時我が朝の体為る二難を盛んにす所謂自界叛逆難と他国侵逼難となり、此の大難を以て大蔵経に引き向えて之を
見るに定めて国家と仏法との中に大禍有るか、仍つて予正嘉・文永二箇年の大地震と大長星とに驚いて一切経を開き見るに此の国の中に前代未起の二難有る可し所謂自
他叛逼の両難なり、是れ併ながら真言・禅門・念仏・持斎等・権小の邪法を以て法華真実の正法を滅失する故に招き出す所の大災なり、只今他国より我が国を逼む可き由・兼
ねて之を知る故に身命を仏神の宝前に捨棄して刀剣・武家の責を恐れず昼は国主に奏し夜は弟子等に語る、然りと雖も真言・禅門・念仏者・律僧等・種種の誑言を構え重重
の讒訴を企つるが故に叙用せられざるの間・処処に於て刀杖を加えられ両度まで御勘気を蒙る剰え頭を刎ねんと擬する是の事なり、夫れ以れば月支・漢土の仏法の邪正は且らく
之を置く大日本国・亡国と為る可き由来之を勘うるに真言宗の元祖たる東寺の弘法・天台山第三の座主慈覚・此の両大師法華経と大日経との勝劣に迷惑し日本第一の聖人
なる伝教大師の正義を隠没してより已来・叡山の諸寺は慈覚の邪義に付き神護七大寺は弘     

436 :名無しさん@入浴中:2014/10/06(月) 18:34:51.51 ID:vhOYDTrJ0
法の僻見に随う其れより已来王臣邪師を仰ぎ万民僻見に帰す、是くの如き諂曲既に久しく
四百余年を経歴し国漸く衰え王法も亦尽きんとす彼の月支の弗沙弥多羅王の八万四千の寺塔を焚焼し無量仏子の頚を刎ねし、此の漢土の会昌天子の寺院四千六百余所を滅失し九
国の僧尼還俗せしめたる此等大悪人為りと雖も我が朝の大謗法には過ぎず、故に青天は眼を瞋らして我が国を睨み黄地は憤を含んで動もすれば夭〓を発す、国主聖主に非れば謂
れ之を知らず諸臣儒家に非れば事之を勘えず、剰え此の災夭を消さんが為に真言師を渇仰し大難を郤けんが為に持斎等を供養す、譬えば火に薪を加え冰に水を増すが如く悪法は弥
貴まれ大難は益々来る只今此の国滅亡せんとす。
予粗先ず此の子細を勘うるの間・身命を捨棄し国恩を報ぜんとす、而るに愚人の習い遠きを尊び近きを蔑るか将又多人を信じて一人を捨つるかの故に終に空しく年月を送る、今幸に
強仁上人・御勘状を以て日蓮を暁諭す然る可くは此の次でに天聴を驚かし奉つて決せん、誠に又御勘文の体為非を以て先と為し若し上人黙止して空しく一生を過せば定めて師檀共
に泥梨の大苦を招かん、一期の大慢を以て永劫の迷因を殖ること 

437 :名無しさん@入浴中:2014/10/06(月) 18:35:39.64 ID:vhOYDTrJ0
勿れ速速天奏を経て疾疾対面を遂げ邪見を翻えし給え、書は言を尽さず言は心を尽さず悉悉公場を期す、恐恐謹言。
十二月廿六日日 蓮 花 押 強仁上人座下開目抄上 /文永九年二月 五十一歳御作与門下一同 於佐渡塚原夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂主師親これなり、又習学すべき物三あり、所謂儒外内これなり。
儒家には三皇・五帝・三王・此等を天尊と号す諸臣の頭目・万民の橋梁なり、三皇已前は父をしらず人皆禽獣に同ず五帝已後は父母を弁て孝をいたす、所謂重華はかたくなは
しき父をうやまひ沛公は帝となつて大公を拝す、武王は西伯を木像に造り丁蘭は母の形をきざめり、此等は孝の手本なり、比干は殷の世の・ほろぶべきを見て・しゐて帝をいさめ頭をは
ねらる、公胤といゐし者は懿公の肝をとつて我が腹をさき肝を入て死しぬ此等は忠の手本なり、尹寿は尭王の師・務成は舜王の師・大公望は文王の師・老子は孔子の師なり此等を四聖
とがうす、天尊・頭をかたぶけ万民・掌をあわす、此等の聖人に三墳・五典・三史等の三千余巻の書あり、其の所詮は三玄をいでず三玄とは一には有の玄・周公等此れを立つ、二には無の玄
・老子等・三には亦有亦無等・荘子が玄これ

438 :名無しさん@入浴中:2014/10/07(火) 22:55:46.66 ID:g05o3MdI0
なり、玄とは黒なり父母・未生・已前をたづぬれば或は元気よりして生じ或は貴賤・苦楽・是非・得失等は皆自然等云云。かくのごとく巧に立つといえども・いまだ過去・未来を一分も
しらず玄とは黒なり幽なりかるがゆへに玄という但現在計りしれるににたり、現在にをひて仁義を制して身をまほり国を安んず此に相違すれば族をほろぼし家を亡ぼす等いう、此等の賢
聖の人人は聖人なりといえども過去を・しらざること凡夫の背を見ず・未来を・かがみざること盲人の前をみざるがごとし、但現在に家を治め孝をいたし堅く五常を行ずれば傍輩も・うや
まい名も国にきこえ賢王もこれを召して或は臣となし或は師とたのみ或は位をゆづり天も来て守りつかう、所謂周の武王には五老きたりつかえ後漢の光武には二十八宿来つて二十八
将となりし此なり、而りといえども過去未来をしらざれ
ば父母・主君・師匠の後世をもたすけず不知恩の者なり・まことの賢聖にあらず、孔子が此の土に賢聖なし西方に仏図という者あり此聖人なりといゐて外典を仏法の初門となせしこ
れなり、礼楽等を教て内典わたらば戒定慧をしりやすからせんがため・王臣を教て尊卑をさだめ父母を教て孝の高きをしらし 

439 :名無しさん@入浴中:2014/10/07(火) 22:56:55.06 ID:g05o3MdI0
め師匠を教て帰依をしらしむ、妙楽大師云く「仏教の流化
実に〓に頼る礼楽前きに馳せて真道後に啓らく」等云云、天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因る、若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」等云云、止
観に云く「我れ三聖を遣わして彼の真丹を化す」等云云、弘決に云く「清浄法行経に云く月光菩薩彼に顔回と称し光浄菩薩彼に仲尼と称し迦葉菩薩彼に老子と称す天竺より此の震旦を指して彼と為す」等云云。
二には月氏の外道・三目八臂の摩醯首羅天・毘紐天・此の二天をば一切衆生の慈父・悲母・又天尊・主君と号す、迦毘羅・〓楼僧〓・勒娑婆・此の三人をば三仙となづく、此等
は仏前八百年・已前已後の仙人なり、此の三仙の所説を四韋陀と号す六万蔵あり、乃至・仏・出世に当つて六師外道・此の外経を習伝して五天竺の王の師となる支流・九十五六
等にもなれり、一一に流流多くして我慢の幢・高きこと非想天にもすぎ執心の心の堅きこと金石にも超えたり、其の見の深きこと巧みなるさま儒家には・にるべくもなし、或は過去・二生
・三生・乃至七生・八万劫を照見し又兼て未来・八万劫をしる、其の所説の法門の極理・或は因中有果・或は因中無 

440 :名無しさん@入浴中:2014/10/07(火) 22:57:44.42 ID:g05o3MdI0
果・或は因中亦有果・亦無果等云云、此れ外道の極理なり所謂善
き外道は五戒・十善戒等を持つて有漏の禅定を修し上・色・無色をきわめ上界を涅槃と立て屈歩虫のごとく・せめのぼれども非想天より返つて三悪道に堕つ一人として天に留るものなし而
れども天を極むる者は永くかへらずと・をもえり、各各・自師の義をうけて堅く執するゆへに或は冬寒に一日に三度・恒河に浴し或は髪をぬき或は巌に身をなげ或は身を火にあぶり或は五
処をやく或は裸形或は馬を多く殺せば福をう或は草木をやき或は一切の木を礼す、此等の邪義其の数をしらず師を恭敬する事・諸天の帝釈をうやまい諸臣の
皇帝を拝するがごとし、しかれども外道の法・九十五種・善悪につけて一人も生死をはなれず善師につかへては二生・三生等に悪道に堕ち悪師につかへては順次生に悪道に堕つ、外道の所詮は
内道に入る即最要なり或外道云く「千年已後・仏出世す」等云云、或外道云く「百年已後・仏出世す」等云云、大涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説にして外道の説に非
ず」等云云、法華経に云く「衆に三毒有りと示し又邪見の相を現ず我が弟子是くの如く方便して衆生を度す」等云云。     

441 :名無しさん@入浴中:2014/10/09(木) 05:48:36.02 ID:vQGtFQXt0
三には大覚世尊は此一切衆生の大導師・大眼目・大橋梁・大船師・大福田等なり、外典・外道の四聖・三仙其の名は聖なりといえども実には三惑未断の凡夫・其の名は賢なりとい
えども実に因果を弁ざる事嬰児のごとし、彼を船として生死の大海をわたるべしや彼を橋として六道の巷こゑがたし我が大師は変易・猶を・わたり給へり況や分段の生死をや元品の無明の
根本猶を・かたぶけ給へり況や見思枝葉の〓惑をや、此の仏陀は三十成道より八十御入滅にいたるまで五十年が間・一代の聖教を説き給へり、一字一句・皆真言なり一文一偈・妄語にあ
らず外典・外道の中の聖賢の言すらいうこと・あやまりなし事と心と相符へり況や仏陀は無量曠劫よりの不妄語の人・されば一代・五十余年の説教は外典外道に対すれば大乗なり大人
の実語なるべし、初成道の始より泥〓の夕にいたるまで説くところの所説・皆真実なり。
但し仏教に入て五十余年の経経・八万法蔵を勘たるに小乗あり大乗あり権経あり実経あり顕教・密教・〓語・〓語実語・妄語・正見・邪見等の種種の差別あり、但し法華経計り教
主釈尊の正言なり三世・十方の諸仏の真言なり、大覚世尊は四十余年の年限を指して其の内の恒河

442 :名無しさん@入浴中:2014/10/09(木) 19:08:47.32 ID:vQGtFQXt0
の諸経を未顕真実・八年の法華は要当説真実と定め給しかば多宝仏・大地より出現して皆是真実と証明す、分身の諸仏・来集して長舌を梵天に付く此の言赫赫たり明明たり晴天の日よりも・あきらかに
夜中の満月のごとし仰いで信ぜよ伏して懐うべし。但し此の経に二箇の大事あり倶舎宗・成実宗・律宗・法相宗・三論宗等は名をもしらず華厳宗と真言宗との二宗は偸に盗んで自宗の骨目とせり、一念三千の法
門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり、竜樹・天親・知つてしかも・いまだ・ひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり。一念三千は十界互具よりことはじまれり、法相と三論とは八界を立てて十界
をしらず況や互具をしるべしや、倶舎・成実・律宗等は阿含経によれり六界を明めて四界をしらず、十方唯有一仏と云つて一方有仏だにもあかさず、一切有情・悉有仏性とこそ・とかざらめ一人の仏性猶ゆるさず、而る
を律宗・成実宗等の十方有仏・有仏性なんど申すは仏滅後の人師等の大乗の義を自宗に盗み入れたるなるべし、例せば外典・外道等は仏前の外道は執見あさし仏後の外道は仏教をききみて自宗の非をしり
巧の心・出現して仏教を盗             

443 :名無しさん@入浴中:2014/10/09(木) 19:09:37.90 ID:vQGtFQXt0
み取り自宗に入れて邪見もつとも・ふかし、附仏教・学仏法成等これなり、外典も又又かくのごとし漢土に仏法いまだ・わたらざりし時の儒家・道家は・いういうとして嬰児のごとく・はかなか
りしが後漢・已後に釈教わたりて対論の後・釈教やうやく流布する程に釈教の僧侶・破戒のゆへに或は還俗して家にかへり或は俗に心をあはせ儒道の内に釈教を盗み入れたり、止観の第五に云く「今世多く悪魔の比丘
有つて戒を退き家に還り駈策を懼畏して更に道士に越済す、復た名利を邀て荘老を誇談し仏法の義を以て偸んで邪典に安き高を押して下に就け尊を摧いて卑に入れ概して平等ならしむ」云云、弘に云く「比丘
の身と作つて仏法を破滅す若しは戒を退き家に還るは衛の元嵩等が如し、即ち在家の身を以て仏法を破壊す、此の人正教を偸竊して邪典に助添す、押高等とは道士の心を以て二教の概と為し邪正をして等し
からしむ義是の理無し、曾つて仏法に入つて正を偸んで邪を助け八万十二の高きを押して五千二篇の下きに就け用つて彼の典の邪鄙の教を釈するを摧尊入卑と名く」等云云、此の釈を見るべし次上の心なり。
仏教又かくのごとし、後漢の永平に漢土に仏法わたりて邪         

444 :名無しさん@入浴中:2014/10/09(木) 19:10:16.97 ID:vQGtFQXt0
典やぶれて内典立つ、内典に南三・北七の異執をこりて蘭菊なりしかども陳隋の智者大師にうちやぶられて仏法二び群類をすくう、其の後・法相宗・真言宗・天
竺よりわたり華厳宗又出来せり、此等の宗宗の中に法相宗は一向・天台宗に敵を成す宗・法門水火なり、しかれども玄奘三蔵・慈恩大師・委細に天台の御釈を見ける程に自宗の邪見ひるがへるかのゆへに自宗をば
・すてねども其の心天台に帰伏すと見へたり、華厳宗と真言宗とは本は権経・権宗なり善無畏三蔵・金剛智三蔵・天台の一念三千の義を盗みとつて自宗の肝心とし其の上に印と真言とを加て超過の心ををこす、其の
子細をしらぬ学者等は天竺より大日経に一念三千の法門ありけりと・うちをもう、華厳宗は澄観が時・華厳経の心如工画師の文に天台の一念三千の法門を偸み入れたり、人これをしらず。
日本・我朝には華厳等の六宗・天台・真言・已前にわたりけり、華厳・三論・法相・諍論水火なりけり、伝教大師・此の国にいでて六宗の邪見をやぶるのみならず真言宗が天台の法華経の理を盗み取て自宗の極と
する事あらはれ・をはんぬ、伝教大師・宗宗の人師の異執をすてて専ら経文を前として責めさせ給しかば六宗の     

445 :名無しさん@入浴中:2014/10/09(木) 23:11:35.35 ID:vQGtFQXt0
高徳・八人・十二人・十四人・三百余人・並に弘法大師等せめをとされて日本国・一人もなく天台宗に帰伏し南都・東寺・日本一州の山寺・皆叡山の末寺となりぬ、又漢土の諸宗
の元祖の天台に帰伏して謗法の失を・まぬかれたる事もあらはれぬ、又其の後やうやく世をとろへ人の智あさく・なるほどに天台の深義は習うしないぬ、他宗の執心は強盛になるほどに
やうやく六宗・七宗に天台宗をとされて・よわりゆくかの・ゆへに結句は六宗・七宗等にもをよばず、いうにかいなき禅宗・浄土宗にをとされて始めは檀那やうやくかの邪宗にうつる、結句
は天台宗の碩徳と仰がる人人みな・をちゆきて彼の邪宗をたすく、さるほどに六宗・八宗の田畠・所領みなたをされ正法失せはてぬ天照太神・正八幡・山王等・諸の守護の諸大
善神も法味を・なめざるか国中を去り給うかの故に悪鬼・便を得て国すでに破れなんとす。此に予愚見をもつて前四十余年と後八年との相違をかんがへみるに其の相違多しといえども先ず世間の学者も
ゆるし我が身にも・さもやと・うちをぼうる事は二乗作仏・久遠実成なるべし、法華経の現文を拝見するに舎利弗は華光如来・迦葉は光明如来・須菩提は名相         

446 :名無しさん@入浴中:2014/10/09(木) 23:12:16.39 ID:vQGtFQXt0
如来・迦旃延は閻浮那提金光如来・目連
は多摩羅跋栴檀香仏・富楼那は法明如来・阿難は山海慧自在通王仏・羅〓羅は蹈七宝華如来・五百七百は普明如来・学無学二千人は宝相如来・摩訶波闍波提比丘尼・耶輸多羅
比丘尼等は一切衆生喜見如来・具足千万光相如来等なり、此等の人人は法華経を拝見したてまつるには尊きやうなれども爾前の経経を披見の時はけをさむる事どもをほし、其の故は
仏世尊は実語の人なり故に聖人・大人と号す、外典・外道の中の賢人・聖人・天仙なんど申すは実語につけたる名なるべし此等の人人に勝れて第一なる故に世尊をば大人とは・申すぞかし、此の大
人「唯以一大事因縁故・出現於世」となのらせ給いて「未だ真実を顕さず・世尊は法久しうして後・要ず当に真実を説くべし・正直に方便を捨て」等云云、多宝仏・証明を加え分身・舌を出す等は舎利弗が
未来の華光如来・迦葉が光明如来等の説をば誰の人か疑網をなすべき。
而れども爾前の諸経も又仏陀の実語なり・大方広仏華厳経に云く「如来の知慧・大薬王樹は唯二処に於て生長して利益を為作すこと能わず、所謂二乗の無為広大の深坑に堕つると及び善根
を壊る非器の衆生は大邪見・貪愛の  

447 :名無しさん@入浴中:2014/10/09(木) 23:12:59.16 ID:vQGtFQXt0
水に溺るるとなり」等云云、此の経文の心は雪山に大樹あり無尽根となづく此を大薬王樹と号す、閻浮提の諸木の中の大王なり此の木の高さは十六万八千由
旬なり、一閻浮提の一切の草木は此の木の根ざし枝葉・華菓の次第に随つて華菓なるなるべし、此の木をば仏の仏性に譬へたり一切衆生をば一切の草木にたとう、但し此の大樹は火坑と水輪の中に生長せ
ず、二乗の心中をば火坑にたとえ一闡提人の心中をば水輪にたとえたり、此の二類は永く仏になるべからずと申す経文なり、大集経に云く「二種の人有り必ず死して活きず畢竟して恩を知り恩を報ずること能わ
ず、一には声聞二には縁覚なり、譬えば人有りて深坑に堕墜し是の人自ら利し他を利すること能わざるが如く声聞・縁覚も亦復是くの如し、解脱の坑に堕して自ら利し及以び他を利すること能わず」等云云、外典・
三千余巻の所詮に二つあり所謂孝と忠となり忠も又孝の家よりいでたり、孝と申すは高なり天高けれども孝よりも高からず又孝とは厚なり地あつけれども孝よりは厚からず、聖賢の二類は孝の家よりい
でたり何に況や仏法を学せん人・知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしつて知恩報恩をいたすべし、其の上    

448 :名無しさん@入浴中:2014/10/10(金) 05:18:42.37 ID:OPPg7wgD0
舎利弗・迦葉等の二乗は二百五十戒三千の威儀・持整して味・浄・無漏の三静慮・阿含経をきわめ三界の見思を尽せり知恩報恩の人の手本なるべし、然るを不知恩
の人なりと世尊定め給ぬ、其の故は父母の家を出て出家の身となるは必ず父母を・すくはんがためなり、二乗は自身は解脱と・をもえども利他の行かけぬ設い分分の利他あ
りといえども父母等を永不成仏の道に入るれば・かへりて不知恩の者となる。
維摩経に云く「維摩詰又文殊師利に問う何等をか如来の種と為す、答えて曰く一切塵労の疇は如来の種と為る、五無間を以て具すと雖も猶能く此の大道意を発す」等云云
又云く「譬えば族姓の子・高原陸土には青蓮芙蓉衡華を生ぜず卑湿汚田乃ち此の華を生ずるが如し」等云云、又云く「已に阿羅漢を得て応真と為る者は終に復道
意を起して仏法を具すること能わざるなり、根敗の士・其の五楽に於て復利すること能わざるが如し」等云云、文の心は貪・瞋・癡等の三毒は仏の種となるべし殺父等の五逆
罪は仏種となるべし高原の陸土には青蓮華生ずべし、二乗は仏になるべからず、いう心は二乗の諸善と凡夫の悪と相対するに凡夫の悪は仏になるとも二乗の善は仏にならじと
  

449 :名無しさん@入浴中:2014/10/10(金) 05:19:44.78 ID:OPPg7wgD0
なり、諸の小乗経には悪をいましめ善をほむ、此の経には二乗の善をそしり凡夫の悪をほめたり、かへつて仏経とも・をぼへず外道の法門のやうなれども詮するところは二乗の永不
成仏をつよく定めさせ給うにや、方等陀羅尼経に云く「文殊・舎利弗に語らく猶枯樹の如く更に華を生ずるや不や亦山水の如く本処に還るや不や折石還つて合うや不や焦種芽を
生ずるや不や、舎利弗の言く不なり、文殊の言く若し得べからずんば云何ぞ我に菩提の記を得るを問うて心に歓喜を生ずるや」等云云、文の心は枯れたる木・華さかず山水・山にかへらず
破れたる石あはず・いれる種をいず、二乗また・かくのごとし仏種をいれり等となん。
大品般若経に云く「諸の天子今未だ三菩提心を発さずんば応に発すべし、若し声聞の正位に入れば是の人能く三菩提心を発さざるなり、何を以ての故に生死の為に障隔を作す
故」等云云、文の心は二乗は菩提心を・をこさざれば我随喜せじ諸天は菩提心を・をこせば我随喜せん、首楞厳経に云く「五逆罪の人・是の首楞厳三昧を聞いて阿耨菩提心を発
せば還つて仏と作るを得、世尊・漏尽の阿羅漢は猶破器の                            

450 :名無しさん@入浴中:2014/10/10(金) 05:20:24.77 ID:OPPg7wgD0
如く永く是の三昧を受くるに堪忍せず」等云云、浄名経に云く「其れ汝に施す者は福田と名けず、汝を供養する者は三悪道
に堕す」等云云、文の心は迦葉・舎利弗等の聖僧を供養せん人天等は必ず三悪道に堕つべしとなり、此等の聖僧は仏陀を除きたてまつりては人天の眼目・一切衆生の導師とこそ・を
もひしに幾許の人天・大会の中にして・かう度度・仰せられしは本意なかりし事なり只詮するところは我が御弟子を責めころさんとにや、此の外牛驢の二乳・瓦器・金器・螢火・日光等の無
量の譬をとつて二乗を呵嘖せさせ給き、一言二言ならず一日二日ならず一月二月ならず一年二年ならず一経二経ならず、四十余年が間・無量・無辺の経経に無量の大会の諸
人に対して一言もゆるし給う事もなく・そしり給いしかば世尊の不妄語なりと我もしる人もしる天もしる地もしる、一人二人ならず百千万人・三界の諸天・竜神・阿修羅・五天・四洲・六欲・
色・無色・十方世界より雲集せる人天・二乗・大菩薩等皆これをしる又皆これをきく、各各国国へ還りて娑婆世界の釈尊の説法を彼れ彼れの国国にして一一にかたるに十方無辺の世界の
一切衆生・一人もなく迦葉・舎利弗等は永不成仏の者・供養

451 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 06:19:46.05 ID:QB6ipUgS0
しては・あしかりぬべしと・しりぬ。而るを後八年の法華経に忽に悔還して二乗作仏すべしと仏陀とかせ給はんに人天大会・信仰をなすべしや、用ゆべからざる上・先後の経経
に疑網をなし五十余年の説教・皆虚妄の説となりなん、されば四十余年・未顕真実等の経文はあらませしか天魔の仏陀と現じて後八年の経をばとかせ給うかと疑網するところに・げにげに・しげに
劫国・名号と申して二乗成仏の国をさだめ劫をしるし所化の弟子なんどを定めさせ給へば教主釈尊の御語すでに二言になりぬ自語相違と申すはこれなり、外道が仏陀を大
妄語の者と咲いしこと・これなり、人天大会けをさめて・ありし程に爾の時に東方・宝浄世界の多宝如来・高さ五百由旬・広さ二百五十由旬の大七宝塔に乗じて教主釈尊の
人天・大会に自語相違をせめられて・とのべ・かうのべさまざまに宣べさせ給いしかども不審猶をはるべしとも・みへず・もてあつかいて・をはせし時・仏前に大地より涌現して虚空にのぼ
り給う、例せば暗夜に満月の東山より出づるがごとし七宝の塔・大虚にかからせ給いて大地にも・つかず大虚にも付かせ給はず・天中に懸りて宝塔の中より梵音声を出して               

452 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 06:20:53.58 ID:QB6ipUgS0
証明して云く「爾の時に宝塔の中より大音声を出して歎めて云く、善哉善哉・釈迦牟尼世尊・能く平等大慧・教菩薩法・仏所護念の妙法華経を以て大衆の為に説きたもう、是
くの如し是くの如し、釈迦牟尼世尊の所説の如きは皆是れ真実なり」等云云、又云く「爾の時に世尊・文殊師利等の無量百千万億・旧住娑婆世界の菩薩・乃至人非人等一切の衆の前に
於て大神力を現じたもう、広長舌を出して上み梵世に至らしめ一切の毛孔より乃至十方世界・衆の宝樹の下の師子の座の上の諸仏も亦復是くの如く広長舌を出し無量の光を放ち
たもう」等云云、又云く「十方より来りたまえる諸の分身の仏をして各本土に還らしめ乃至多宝仏の塔も還つて故の如くし給うべし」等云云、大覚世尊・初成道の時・諸仏十方に現
じて釈尊を慰諭し給う上・諸の大菩薩を遣しき、般若経の御時は釈尊・長舌を三千にをほひ千仏・十方に現じ給い・金光明経には四方の四仏現せり、阿弥陀経には六方の諸仏・舌を
三千にををう、大集経には十方の諸仏・菩薩・大宝坊にあつまれり、此等を法華経に引き合せて・かんがうるに黄石と黄金と白雲と白山と白冰と銀鏡と黒色と青色とをば翳眼の者・眇目の者・  
     

453 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 06:21:40.19 ID:QB6ipUgS0
一眼の者・邪眼の者は・みたがへつべし、華厳経には先後の経なければ仏語相違なしなにに・つけてか大疑いで来べき、大集経・大品経・金光明経・阿弥陀経等は諸小乗経の二乗を弾呵
せんがために十方に浄土をとき凡夫・菩薩を欣慕せしめ二乗を・わずらはす、
小乗経と諸大乗経と一分の相違あるゆへに或は十方に仏現じ給ひ或は十方より大菩薩をつかはし或は十方世界にも此の経をとくよしをしめし或は十方より諸仏あつまり給う
或は釈尊・舌を三千に・をほひ或は諸仏の舌をいだす・よしをとかせ給う、此ひとえに諸小乗経の十方世界・唯有一仏と・とかせ給いしをもひを・やぶるなるべし、法華経のごとくに先後の諸
大乗経と相違・出来して舎利弗等の諸の声聞・大菩薩・人天等に将非魔作仏と・をもはれさせ給う大事にはあらず、而るを華厳・法相・三論・真言・念
仏等の翳眼の輩・彼彼の経経と法華経とは同じと・うちをもへるは・つたなき眼なるべし。
但在世は四十余年をすてて法華経につき候ものもや・ありけん、仏滅後に此の経文を開見して信受せんこと・かたかるべし、先ず一つには爾前の経経は多言なり法華経は一言なり爾前の
経経は多経なり此の経は一経なり彼彼の

454 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 08:14:02.82 ID:QB6ipUgS0
経経は多年なり此の経は八年なり、仏は大妄語の人・永く信ずべからず不信の上に信を立てば爾前の経経は信ずる事もありなん法華経は永く信ずべからず、当世も法華経をば皆信じたるやうなれども法
華経にては・なきなり、其の故は法華経と大日経と法華経と華厳経と法華経と阿弥陀経と一なるやうを・とく人をば悦んで帰依し別別なるなんど申す人をば用いずたとい用ゆれども本意なき事とをもへり。
日蓮云く日本に仏法わたりて・すでに七百余年・但伝教大師・一人計り法華経をよめりと申すをば諸人これを用いず、但し法華経に云く「若し須弥を接つて他方の無数の仏土に擲置かんも亦未だ為難
しとせず、乃至若し仏滅後に悪世中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為難し」等云云、日蓮が強義・経文に普合せり法華経の流通たる涅槃経に末代濁世に謗法の者は十方の地のごとし正法の者は
爪上の土のごとしと・とかれて候は・いかんがし候べき、日本の諸人は爪上の土か日蓮は十方の土かよくよく思惟あるべし、賢王の世には道理かつべし愚主の世に非道・先をすべし、聖人の世に法華経の実
                                              

455 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 08:15:05.48 ID:QB6ipUgS0
義顕るべし等と心うべし、此の法門は迹門と爾前と相対して爾前の強きやうに・をぼゆもし爾前つよるならば舎利弗等の諸の二乗は永不成仏の者なるべし・いかんが・なげかせ給うらん。
二には教主釈尊は住劫・第九の減・人寿百歳の時・師子頬王には孫・浄飯王には嫡子・童子悉達太子・一切義成就菩薩これなり、御年十九の御出家・三十成道の世尊・始め寂滅道場にして実報
華王の儀式を示現して十玄・六相・法界円融・頓極微妙の大法を説き給い十方の諸仏も顕現し一切の菩薩も雲集せり、土といひ機といひ諸仏といひ始めといひ何事につけてか大法を秘し給うべき、され
ば経文には顕現自在力・演説円満経等云云、一部六十巻は一字一点もなく円満経なり、譬へば如意宝珠は一珠も無量珠も共に同じ一珠も万宝を尽して雨し万珠も万宝を尽すがごとし、華厳経は一字も
万字も但同事なるべし、心仏及衆生の文は華厳宗の肝心なるのみならず法相・三論・真言・天台の肝要とこそ申し候へ、此等程いみじき御経に何事をか隠すべき、なれども二乗闡提・不成仏と・とかれしは珠の
きずと・みゆる上三処まで始成正覚と・なのらせ給いて久遠実成の寿量品を説きかくさせ給いき、          

456 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 08:16:13.40 ID:QB6ipUgS0
珠の破たると月に雲のかかれると日の蝕したるがごとし不思議なりしことなり、阿含・方等・般若・大日経等は仏
説なれば・いみじき事なれども華厳経にたいすれば・いうにかいなし、彼の経に秘せんこと此等の経経にとかるべからず、されば雑阿含経に云く「初め成道」等云云、大集経に云く「如来成道始め十六年」等云
云、浄名経に云く「始め仏樹に坐して力めて魔を降す」等云云、大日経に云く「我昔道場に坐して」等云云、仁王般若経に云く「二十九年」等云云。
此等は言うにたらず只耳目を・をどろかす事は無量義経に華厳経の唯心法界・方等・般若経の海印三昧・混同無二等の大法をかきあげて或は未顕真実・或は歴劫修行等・下す程の御経に我先きに
道場菩提樹の下に端坐すること六年阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たりと初成道の華厳経の始成の文に同せられし不思議と打ち思うところに此は法華経の序分なれば正宗の事をいはずもある
べし、法華経の正宗・略開三・広開三の御時・唯仏与仏・及能究尽・諸法実相等・世尊法久後等・正直捨方便等・多宝仏・迹門八品を指して皆是真実と証明せられしに何事をか隠すべきなれども久遠寿
量をば秘せさせ給いて我始め道場に坐

457 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 13:00:47.40 ID:QB6ipUgS0
し樹を観じて亦経行す等云云、最第一の大不思議なり、されば弥勒菩薩・涌出品に四十余年の未見今見の大菩薩を仏・爾して乃ち之を教化して初めて道心を発さしむ等と・と
かせ給いしを疑つて云く「如来太子為りし時・釈の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たまえり、是より已来始めて四十余年を
過ぎたり世尊・云何ぞ此の少時に於て大いに仏事を作したまえる」等云云、教主釈尊此等の疑を晴さんがために寿量品を・とかんとして爾前迹門のききを挙げて云く「一切世間の天人
及び阿修羅は皆今の釈迦牟尼仏・釈氏の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を得たまえりと謂えり」等と云云、正しく此の疑を答えて云く「然るに善
男子・我実に成仏してより已来無量無辺・百千万億・那由佗劫なり」等云云。
華厳・乃至般若・大日経等は二乗作仏を隠すのみならず久遠実成を説きかくさせ給へり、此等の経経に二つの失あり、一には行布を存するが故に仍お未だ権を開せずとて迹門の一
念三千をかくせり、二には始成を言うが故に尚未だ迹を発せずとて本門の久                     

458 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 13:01:35.83 ID:QB6ipUgS0
遠をかくせり、此等の二つの大法は一代の綱骨・一切経の心髄なり、迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説
いて爾前二種の失・一つを脱れたり、しかりと・いえども・いまだ発迹顕本せざれば・まことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず、水中の月を見るがごとし・根なし草の波の上に浮
べるににたり、本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる、四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ、爾前迹門の十界の因果を打ちやぶつて本門の十界の因果をとき顕す、此即ち
本因本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし、かうて・かへりみれば華厳経の台上十方・阿含経の小釈
迦・方等般若の金光明経の阿弥陀経の大日経等の権仏等は・此の寿量の仏の天月しばらく影を
大小の器にして浮べ給うを・諸宗の学者等・近くは自宗に迷い遠くは法華経の寿量品をしらず水中の月に実の月の想いをなし或は入つて取らんと・をもひ或は縄を・つけて・つなぎと
どめんとす、天台云く「天月を識らず但池月を観ず」等云云。
日蓮案じて云く二乗作仏すら猶爾前づよにをぼゆ、久遠実成は又にるべくも・なき爾前づ  

459 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 13:02:17.38 ID:QB6ipUgS0
りなり、其の故は爾前・法華相対するに猶爾前こわき上・爾前のみならず迹門十四品も一向に爾前
に同ず、本門十四品も涌出・寿量の二品を除いては皆始成を存せり、雙林最後の大般涅槃経・四十巻・其の外の法華・前後の諸大経に一字一句もなく法身の無始・無終はとけども応身・
報身の顕本はとかれず、いかんが広博の爾前・本迹・涅槃等の諸大乗経をばすてて但涌出・寿量の二品には付くべき。
されば法相宗と申す宗は西天の仏滅後・九百年に無著菩薩と申す大論師有しき、夜は都率の内院にのぼり弥勒菩薩に対面して・一代聖教の不審をひらき・昼は阿輸舎国にして法相の
法門を弘め給う、彼の御弟子は世親・護法・難陀・戒賢等の大論師なり、戒日大王・頭をかたぶけ五天幢を倒して此れに帰依す、尸那国の玄奘三蔵・月氏にいたりて十七年印度百三
十余の国国を見ききて諸宗をばふりすて此の宗を漢土にわたして太宗皇帝と申す賢王にさづけ給い肪・尚・光・基を弟子として大慈恩寺並に三百六十余箇国に弘め給い、日本国に
は人王三十七代・孝徳天皇の御宇に道慈・道昭等ならいわたして山階寺にあがめ給へり、三国第一の宗なるべし、此の宗の云く始め華厳経より終り      

460 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 21:45:55.94 ID:QB6ipUgS0
法華・涅槃経にいたるまで無性有情と決定性の二乗は永く仏になるべからず、仏語に二言なし一度・永不成仏と定め給いぬる上は日月は地に落ち給うとも大地は反覆すとも永
く変改有べからず、されば法華経・涅槃経の中にも爾前の経経に嫌いし無性有情・決定性を正くついさして成仏すとは・とかれず、まづ眼を閉じて案ぜよ法華経・涅槃経に決定
性・無性有情・正く仏になるならば無著・世親ほどの大論師・玄奘・慈恩ほどの三蔵・人師これを
みざるべしや此をのせざるべしやこれを信じて伝えざるべしや、弥勒菩薩に問いたてまつらざるべしや、汝は法華経の文に依るやうなれども天台・妙楽・伝教の僻見を信受して其の見
をもつて経文をみるゆえに爾前に法華経は水火なりと見るなり、華厳宗と真言宗は法相・三論にはにるべくもなき超過の宗なり、二乗作仏・久遠実成は法華経に限らず華厳経・
大日経に分明なり、華厳宗の杜順・智儼・法蔵・澄観・真言宗の善無畏・金剛智・不空等は天台・伝教には・にるべくもなき高位の人なり、其の上善無畏等は大日如来より系み
だれざる相承あり、此等の権化の人いかでか〓りあるべき、随つて華厳経には「或は釈迦・仏道を成じ已つて不可思議

461 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 21:46:45.52 ID:QB6ipUgS0
劫を経るを見る」等云云、大日経には「我れは一切の本初なり
」等云云、何ぞ但久遠実成・寿量品に限らん、譬へば井底の蝦が大海を見ず山左が洛中を・しらざるがごとし、汝但寿量の一品を見て華厳・大日経等の諸経をしらざるか、其の上
月氏・尸那・新羅・百済等にも一同に二乗作仏・久遠実成は法華経に限るというか。
されば八箇年の経は四十余年の経経には相違せりというとも先判・後判の中には後判につくべしというとも猶爾前づりにこそをぼうれ、又、但在世計りならば・さもあるべきに滅後に居
せる論師・人師・多は爾前づりにこそ候へ、かう法華経は信じがたき上、世もやうやく末になれば聖賢はやうやく・かくれ迷者はやうやく多し、世間の浅き事すら猶あやまりやすし何に況や
出世の深法〓なかるべしや、犢子・方広が聡敏なりし猶を大小乗経にあやまてり、無垢・摩沓が利根なりし権実・二教を弁えず、正法一千年の内、在世も近く月氏の内なりし・すでに
かくのごとし、況や尸那・日本等は国もへだて音もかはれり人の根も鈍なり寿命も日あさし貪瞋癡も倍増せり、仏世を去つてとし久し仏経みなあやまれり誰れの智解か直かるべき、仏涅
槃経に記して云く「末法に

462 :名無しさん@入浴中:2014/10/11(土) 21:47:59.59 ID:QB6ipUgS0
は正法の者は爪上の土・謗法の者は十方の土」とみへぬ、法滅尽経に云く「謗法の者は恒河沙・正法の者は一二の小石」と記しをき給う、千年・五百年に一
人なんども正法の者ありがたからん、世間の罪に依つて悪道に堕る者は爪上の土・仏法によつて悪道に堕る者は十方の土・俗よりも僧・女より尼多く悪道に堕つべし。
此に日蓮案じて云く世すでに末代に入つて二百余年・辺土に生をうけ其の上下賤・其の上貧道の身なり、輪回六趣の間・人天の大王と生れて万民をなびかす事・大風の小木の枝を吹
くがごとくせし時も仏にならず、大小乗経の外凡・内凡の大菩薩と修しあがり一劫・二劫・無量劫を経て菩薩の行を立てすでに不退に入りぬべかりし時も・強盛の悪縁におとされて仏にもならず
、しらず大通結縁の第三類の在世をもれたるか久遠五百の退転して今に来れるか、法華経を行ぜし程に世間の悪縁・王難・外道の難・小乗経の難なんどは忍びし程に権大乗・実大乗経を
極めたるやうなる道綽・善導・法然等がごとくなる悪魔の身に入りたる者・法華経をつよくほめあげ機をあながちに下し理深解微と立て未有一人得者・千中無一等と・すかししものに無量生が
間・恒河沙の度すかされて

463 :名無しさん@入浴中:2014/10/12(日) 09:32:37.86 ID:nyYyzPkN0
権経に堕ちぬ権経より小乗経に堕ちぬ外道・外典に堕ちぬ結句は悪道に堕ちけりと深く此れをしれり、日本国に此れをしれる者は但日蓮一人なり。
これを一言も申し出すならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来るべし、いはずば・慈悲なきに・にたりと思惟するに法華経・涅槃経等に此の二辺を合せ見るに・いはずば今生は事なくとも
後生は必ず無間地獄に堕べし、いうならば三障四魔必ず競い起るべしと・しりぬ、二辺の中には・いうべし、王難等・出来の時は退転すべくは一度に思ひ止るべしと且くやすらいし程に宝塔品の
六難九易これなり、我等程の小力の者・須弥山はなぐとも我等程の無通の者・乾草を負うて劫火には・やけずとも我等程の無智の者・恒沙の経経をば・よみをぼうとも法華経は一句一偈も末代
に持ちがたしと・とかるるは・これなるべし、今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願しぬ。
既に二十余年が間・此の法門を申すに日日・月月・年年に難かさなる、少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり二度は・しばらく・をく王難すでに二度にをよぶ、今度はすでに我が身命に及
ぶ其の上弟子といひ檀那といひ・わづかの聴聞の俗人な            

464 :名無しさん@入浴中:2014/10/12(日) 09:33:18.58 ID:nyYyzPkN0
んど来つて重科に行わる謀反なんどの者のごとし。
法華経の第四に云く「而も此経は如来の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」等云云、第二に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉して結恨を懐かん
」等云云、第五に云く「一切世間怨多くして信じ難し」等云云、又云く「諸の無智の人の悪口罵詈する有らん」等、又云く「国王・大臣・婆羅門・居士に向つて誹謗し我が悪を説いて是
れ邪見の人なりと謂わん」と、又云く「数数擯出見れん」等云云、又云く「杖木瓦石もて之を打擲せん」等云云、涅槃経に云く「爾の時に多く無量の外道有つて和合して共に摩訶陀の王・阿
闍世の所に往き、今は唯一の大悪人有り瞿曇沙門なり、一切世間の悪人利養の為の故に其の所に往集して眷属と為つて能く善を修せず、呪術の力の故に迦葉及び舎利弗・目〓連を調伏す」等
云云、天台云く「何に況や未来をや理化し難きに在るなり」等云云、妙楽云く「障り未だ除かざる者を怨と為し聞くことを喜ばざる者を嫉と名く」等云云、南三・北七の十師・漢土無量の学者・天台を怨
敵とす、得一云く「咄かな智公・汝は是れ誰が弟子ぞ三寸に足らざる舌根を以て              

465 :名無しさん@入浴中:2014/10/12(日) 09:34:28.18 ID:nyYyzPkN0
覆面舌の所説を謗ずる」等云云、東春に云く「問う在世の時許多の怨嫉あり仏滅度の後此経を説く時・何が故ぞ亦留
難多きや、答えて云く俗に良薬口に苦しと云うが如く此経は五乗の異執を廃して一極の玄宗を立つ、故に凡を斥け聖を呵し大を排い小を破り天魔を銘じて毒虫と為し外道を説いて悪鬼と為し執小を
貶して貧賤と為し菩薩を挫きて新学と為す、故に天魔は聞くを悪み外道は耳に逆い二乗は驚怪し菩薩は怯行す、此くの如きの徒悉く留難を為す多怨嫉の言豈唐しからんや」等云云、顕戒論
に云く「僧統奏して曰く西夏に鬼弁婆羅門有り東土に巧言を吐く禿頭沙門あり、此れ乃ち物類冥召して世間を誑惑す」等云云、論じて曰く「昔斉朝の光統に聞き今は本朝の六統に見る、実な
るかな法華に何況するをや」等云云、秀句に云く「代を語れば則ち像の終り末の始め地を尋ぬれば則ち唐の東羯の西・人を原ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり、経に云く
猶多怨嫉・況滅度後・此の言良に以有るなり」等云云、夫れ小児に灸治を加れば必ず母をあだむ重病の者に良薬をあたうれば定んで口に苦しとうれう、在世猶をしかり乃至像末辺土をや
、山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非を

466 :名無しさん@入浴中:2014/10/13(月) 07:13:23.63 ID:F4IkFDWY0
ますべし、像法の中には天台一人法華経・一切経をよめり、南北これをあだみしかども陳隋・二代の聖主・眼前に是非を明めしかば敵ついに尽きぬ、像の末に伝教一人・法華経一切経を仏説のごとく読
み給へり、南都・七大寺蜂起せしかども桓武・乃至嵯峨等の賢主・我と明らめ給いしかば又事なし、今末法の始め二百余年なり況滅度後のしるしに闘諍の序となるべきゆへに非理を前として濁世のしるし
に召し合せられずして流罪乃至寿にも・をよばんと・するなり。されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれをも・いだきぬべし、定んで
天の御計いにもあづかるべしと存ずれども一分のしるしもなし、いよいよ重科に沈む、還つて此の事を計りみれば我が身の法華経の行者にあらざるか、又諸天・善神等の此の国をすてて去り給えるか・かたが
た疑はし、而るに法華経の第五の巻・勧持品の二十行の偈は日蓮だにも此の国に生れずば・ほとをど世尊は大妄語の人・八十万億那由佗の菩薩は提婆が虚誑罪にも堕ちぬべし、経に云く「諸の無智の人
あつて・悪口罵詈等し・刀杖瓦石を加う」等云云、今の世を見るに日蓮よ      

467 :名無しさん@入浴中:2014/10/13(月) 07:14:15.77 ID:F4IkFDWY0
り外の諸僧たれの人か法華経につけて諸人に悪口罵詈せられ刀杖等を加えらるる者ある、日蓮なくば此の一偈の未来記は妄語とな
りぬ、「悪世の中の比丘は・邪智にして心諂曲」又云く「白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるること六通の羅漢の如し」此等の経文は今の世の念仏者・禅宗・律宗等の法師なくば世尊は又大妄語の人、
常在大衆中・乃至向国王大臣婆羅門居士等、今の世の僧等・日蓮を讒奏して流罪せずば此の経文むなし、又云く「数数見擯出」等云云、日蓮・法華経のゆへに度度ながされずば数数の二字いかん
がせん、此の二字は天台・伝教もいまだ・よみ給はず況や余人をや、末法の始のしるし恐怖悪世中の金言の・あふゆへに但日蓮一人これをよめり、例せば世尊が付法蔵経に記し
て云く「我が滅後・一百年に阿育大王という王あるべし」摩耶経に云く「我が滅後・六百年に竜樹菩薩という人・南天竺に出ずべし」大悲経に云く「我が滅後・六十年に末田地という者・地を竜宮につく
べし」此れ等皆仏記のごとくなりき、しからずば誰か仏教を信受すべき、而るに仏・恐怖悪世・然後末世・末法滅時・後五百歳なんど正妙の二本に正しく時を定め給う、当世・法華の三類の強敵なくば 

468 :名無しさん@入浴中:2014/10/13(月) 07:15:01.74 ID:F4IkFDWY0
誰か仏説を信受せん日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語をたすけん、南三・北七・七大寺等・猶像法の法華経の敵の内・何に況や当世の禅・律・念仏者等は脱るべしや、経文に我が身・普
合せり御勘気をかほれば・いよいよ悦びをますべし、例せば小乗の菩薩の未断惑なるが願兼於業と申して・つくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕ちて大苦を・うくるを見てかたのごとく其の業を造つて
願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に代れるを悦びとするがごとし、此れも又かくのごとし当時の責はたうべくも・なけれども未来の悪道を脱すらんと・をもえば悦びなり。
但し世間の疑といゐ自心の疑と申しいかでか天扶け給わざるらん、諸天等の守護神は仏前の御誓言あり法華経の行者には・さるになりとも法華経の行者とがうして早早に仏前の御誓
言を・とげんとこそをぼすべきに其の義なきは我が身・法華経の行者にあらざるか、此の疑は此の書の肝心・一期の大事なれば処処にこれをかく上疑を強くして答をかまうべし。
季札といひし者は心のやくそくを・たがへじと王の重宝たる剣を徐君が墓にかく・王寿と云いし人は河の水を飲んで金の鵞目を水に入れ・公胤といひし人は腹をさいて主君の肝を

469 :名無しさん@入浴中:2014/10/13(月) 15:30:26.15 ID:F4IkFDWY0
入る・此等は賢人なり恩をほうずるなるべし、況や舎利弗迦葉等の大聖は・二百五十戒・三千の威儀・一もかけず見思を断じ三界を離れたる聖人なり、梵帝・諸
天の導師・一切衆生の眼目なり、而るに四十余年が間・永不成仏と嫌いすてはてられて・ありしが
法華経の不死の良薬をなめて〓種の生い破石の合い・枯木の華菓なんどならんとせるがごとく仏になるべしと許されて・いまだ八相をとなえず・いかでか此の経の重恩を
ば・ほうぜざらん、若しほうぜずば彼彼の賢人にも・をとりて不知恩の畜生なるべし、毛宝が亀はあをの恩をわすれず昆明池の大魚は命の恩をほうぜんと明珠を夜中にささげたり
、畜生すら猶恩をほうず何に況や大聖をや、阿難尊者は斛飯王の次男・羅〓羅尊者は浄飯王の孫なり、人中に家高き上証果の身となつて成仏を・をさへられたりしに八年の霊
山の席にて山海慧・〓七宝華なんと如来の号をさづけられ給う、若し法華経ましまさずば・いかに・いえたかく大聖なりとも誰か恭敬したてまつるべき、夏の桀・殷の紂と申すは万乗の
主・土民の帰依なり、しかれども政あしくして世をほろぼせしかば今に・わるきものの手本には桀紂・桀紂とこそ申せ、       

470 :名無しさん@入浴中:2014/10/13(月) 17:47:20.38 ID:F4IkFDWY0
下賤の者・癩病の者も桀紂のごとしと・いはれぬればのられたりと腹たつなり、千二百・無量の声聞は法華経ましまさずば誰か名をも・き
くべき其の音をも習うべき、一千の声聞・一切経を結集せりとも見る人よもあらじ、まして此等の人人を絵像・木像にあらはして本尊と仰ぐべしや、此偏に法華
経の御力によつて一切の羅漢帰依せられさせ給うなるべし、諸の声聞・法華を・はなれさせ給いなば魚の水をはなれ猿の木をはなれ小児の乳をはなれ民の王を・はなれた
るが・ごとし、いかでか法華経の行者をすて給うべき、諸の声聞は爾前の経経にては肉眼の上に天眼慧眼をう法華経にして法眼・仏眼備われり、十方世界すら猶照見し給
うらん、何に況や此の娑婆世界の中法華経の行者を知見せられざるべしや、設い日蓮・悪人にて一言・二言・一年・二年・一劫・二劫・乃至百千万億劫・此等の声聞を悪口・罵詈し奉り刀
杖を加えまいらする色なりとも法華経をだにも信仰したる行者ならばすて給うべからず、譬へば幼稚の父母をのる父母これを・すつるや、梟鳥が母を食う母これをすてず・破鏡
父をがいす父これにしたがふ、畜生すら猶かくのごとし大聖・法華経の行者を捨つべしや、されば四

471 :名無しさん@入浴中:2014/10/13(月) 17:48:31.03 ID:F4IkFDWY0
大声聞の領解の文に云く「我等今は真に是れ声聞なり仏道の声を以て一切をして聞かしむ我等今は真に阿羅漢なり諸の世間天人・魔・梵に於て普く其の中に於
て・応に供養を受くべし、世尊は大恩まします希有の事を以て憐愍教化して我等を利益し給う、無量億劫にも誰か能く報ずる者あらん手足をもつて供給し頭頂をもつ
て礼敬し一切をもつて供養すとも皆報ずること能わじ、若しは以て頂戴し両肩に荷負して恒沙劫に於て心を尽して恭敬し又美膳・無量の宝衣及び諸の臥具・種種の湯薬を
以てし、牛頭栴檀及び諸の珍宝を以て塔廟を起て宝衣を地に布き斯くの如き等の事を以用て供養すること恒沙劫に於てすとも亦報ずること能わじ」等云云。
諸の声聞等は前四味の経経にいくそばくぞの呵嘖を蒙り人天・大会の中にして恥辱がましき事・其の数をしらず、しかれば迦葉尊者の〓泣の音は三千をひびかし須菩提尊者は亡
然として手の一鉢をすつ、舎利弗は飯食をはき富楼那は画瓶に糞を入ると嫌わる、世尊・鹿野苑にしては阿含経を讃歎し二百五十戒を師とせよなんど慇懃にほめさせ給いて、今
又いつのまに我が所説をば・かうはそしらせ給うと二言・相違の失とも申しぬべし、例      

472 :名無しさん@入浴中:2014/10/13(月) 17:49:21.27 ID:F4IkFDWY0
せば世尊・提婆達多を汝愚人・人の唾を食うと罵詈せさせ給しかば毒箭の胸に入るがご
とく・をもひて・うらみて云く「瞿曇は仏陀にはあらず我は斛飯王の嫡子・阿難尊者が兄・瞿曇が一類なり、いかにあしき事ありとも内内・教訓すべし、此等程の人天・大会に
此程の大禍を現に向つて申すもの大人・仏陀の中にあるべしや、されば先先は妻のかたき今は一座のかたき今日よりは生生・世世に大怨敵となるべし」と誓いしぞかし、此れをもつて
思うに今諸の大声聞は本と外道・婆羅門の家より出でたり、又諸の外道の長者なりしかば諸王に帰依せられ諸檀那にたつとまる、或は種姓・高貴の人もあり或は富福・充満の
やからもあり、而るに彼彼の栄官等をうちすて慢心の幢を倒して俗服を脱ぎ壊色の糞衣を身にまとひ白払・弓箭等をうちすてて一鉢を手ににぎり貧人・乞丐なんどの・ごとくして世尊
につき奉り風雨を防ぐ宅もなく身命をつぐ衣食乏少なりし・ありさまなるに五天・四海・皆外道の弟子・檀那なれば仏すら九横の大難にあひ給ふ、所謂提婆が大石をとばせし阿闍
世王の酔象を放ちし阿耆多王の馬麦・婆羅門城のこんづ・せんしや婆羅門女が鉢を腹にふせし、何に況や所化の弟子の数

473 :名無しさん@入浴中:2014/10/14(火) 05:02:18.13 ID:1cUlpP2e0
難申す計りなし、無量の釈子は波瑠璃王に殺され千万の眷属は酔象にふまれ、華色比丘尼は提婆にがいせられ迦廬提尊者は馬糞にうづまれ目〓尊者は竹杖にがい
せらる、其の上六師同心して阿闍世・婆斯匿王等に讒奏して云く「瞿曇は閻浮第一の大悪人なり、彼がいたる処は三災七難を前とす、大海の衆流をあつめ大山の衆木
をあつめたるが・ごとし、瞿曇がところには衆悪をあつめたり、所謂迦葉・舎利弗・目連・須菩提等なり、人身を受けたる者は忠孝を先とすべし、彼等は瞿曇にすかされて父母
の教訓をも用いず、家をいで王法の宣旨をも・そむいて山林にいたる、一国に跡をとどむべき者にはあらず、されば天には日月・衆星・変をなす地には衆夭さかんなりなんど・う
つたう、堪べしとも・おぼえざりしに又うちそうわざわいと仏陀にもうちそい・がたくて・ありしなり、人天大会の衆会の砌にて時時呵嘖の音をききしかば・いかにあるべしとも・おぼへず
只あわつる心のみなり、其の上大の大難の第一なりしは浄名経の「其れ汝に施す者は福田と名けず汝を供養する者は三悪道に堕す」等云云、文の心は仏・菴羅苑と                                  

474 :名無しさん@入浴中:2014/10/14(火) 05:03:05.28 ID:1cUlpP2e0
申すところに・をはせしに梵天・帝釈・日月・四天・三界諸天・地神・竜神等・無数恒沙の大会の中にして云く須菩提等の比丘等を供養せん天人は三悪道に堕つべし、此等
をうちきく天人・此等の声聞を供養すべしや、詮ずるところは仏の御言を用つて諸の二乗を殺害せさせ給うかと見ゆ、心あらん人人は仏をも・うとみぬべし、されば此等の人人は仏を
供養したてまつりしついでに・こそ・わづかの身命をも扶けさせ給いしか、されば事の心を案ずるに四十余年の経経のみとかれて法華八箇年の所説なくて御入滅ならせ給いたらましか
ば誰の人か此等の尊者をば供養し奉るべき現身に餓鬼道にこそ・をはすべけれ。
而るに四十余年の経経をば東春の大日輪・寒冰を消滅するがごとく無量の草露を大風の零落するがごとく一言一時に未顕真実と打ちけし、大風の黒雲をまき大
虚に満月の処するがごとく青天に日輪の懸り給うがごとく世尊法久後・要当説真実と照させ給いて華光如来・光明如来等と舎利弗・迦葉等を赫赫たる日輪・明明たる月輪のごと
く鳳文にしるし亀鏡に浮べられて候へばこそ如来滅後の人天の諸檀那等には仏陀のごとくは仰がれ給しか、水すまば月・影を・をしむべ      

475 :名無しさん@入浴中:2014/10/14(火) 05:03:55.78 ID:1cUlpP2e0
からず風ふかば草木なびかざるべしや、法華経の行
者あるならば此等の聖者は大火の中をすぎても大石の中を・とをりてもとぶらはせ給うべし、迦葉の入定もことにこそ・よれ、いかにと・なりぬるぞ・いぶかしとも申すばかりなし、後五百歳のあ
たらざるか広宣流布の妄語となるべきか日蓮が法華経の行者ならざるか、法華経を教内と下して別伝と称する大妄語の者をまほり給うべきか、捨閉閣抛と定めて法華経の門をとぢよ巻を
なげすてよと・ゑりつけて法華堂を失える者を守護し給うべきか、仏前の誓いはありしかども濁世の・大難のはげしさ・をみて諸天下り給わざるか、日月・天にまします須弥山いまも・くづれず海
潮も増減す四季も・かたのごとく・たがはず・いかに・なりぬるやらんと大疑いよいよ・つもり候。
又諸大菩薩天人等のごときは爾前の経経にして記〓を・うるやうなれども水中の月を取らんと・するがごとく影を体とおもうがごとく・いろかたち・のみあつて実義もなし、又仏の御恩も深くて深
からず、世尊初成道の時はいまだ説教もなかりしに法慧菩薩・功徳林菩薩・金剛幢菩薩・金剛蔵菩薩等なんど申せし六十余の大菩薩・十方の諸仏の国土より教主釈尊の御前に来

476 :名無しさん@入浴中:2014/10/14(火) 20:34:46.87 ID:1cUlpP2e0
り給いて賢首菩薩・解脱月等の菩薩の請にをもむいて十住・十行・十回向・十地等の法門を説き給いき、此等の大菩薩の所説の法門は釈尊に習いたてまつるにあらず、十方世界の諸の梵天
等も来つて法をとく又釈尊に・ならいたてまつらず、総じて華厳会座の大菩薩・天竜等は釈尊以前に不思議解脱に住せる大菩薩なり、釈尊の過去・因位の御弟子にや有るらん・十方世界の先仏
の御弟子にや有るらん、一代教主・始成の正覚の仏の弟子にはあらず、阿含・方等・般若の時・四教を仏の説き給いし時こそ・やうやく御弟子は出来して候へ、此も又・仏の自説なれども正説にはあ
らず、ゆへ・いかんとなれば方等・般若の別・円・二教は華厳経の別・円・二教
の義趣をいでず、彼の別・円・二教は教主釈尊の別・円・二教にはあらず、法慧等の別円二教なり、此等の大菩薩は人目には仏の御弟子かとは見ゆれども仏の御師とも・いゐぬべし、世尊・彼の
菩薩の所説を聴聞して智発して後・重ねて方等・般若の別・円をとけり、色もかわらぬ華厳経の別・円・二教なり、されば此等の大菩薩は釈尊の師なり、華厳経に此等の菩薩をかずへて善知識
ととかれしはこれなり、善知識と申すは一向・師にもあら

477 :名無しさん@入浴中:2014/10/14(火) 20:36:03.89 ID:1cUlpP2e0
ず一向・弟子にもあらずある事なり、蔵・通・二教は又・別・円の枝流なり別・円・二教をしる人必ず蔵・通・二教をしるべし、人の師と申すは弟子のし
らぬ事を教えたるが師にては候なり、例せば仏より前の一切の人天・外道は二天・三仙の弟子なり、九十五種まで流派したりしかども三仙の見を出でず、教主釈尊もかれに習い伝えて外道の弟子にて・ましませ
しが苦行・楽行・十二年の時・苦・空・無常・無我の理をさとり出してこそ外道の弟子の名をば離れさせ給いて無師智とはなのらせ給いしか、又人天も大師とは仰ぎまいらせしか、されば前四味の間は教主釈尊・法慧
菩薩等の御弟子なり、例せば文殊は釈尊九代の御師と申すがごとし、つねは諸経に不説一字と・とかせ給うも・これなり。
仏・御年・七十二の年・摩竭提国・霊鷲山と申す山にして無量義経を・とかせ給いしに四十余年の経経をあげて枝葉をば其の中におさめて四十余年・未顕真実と打消し給うは此なり、此の時こそ諸大菩
薩・諸天人等はあはてて実義を請せんとは申せしか、無量義経にて実義とをぼしき事一言ありしかども・いまだまことなし、譬へば月の出でんとして其の体東山にかくれて光り西山に及べども諸人月体を見

478 :名無しさん@入浴中:2014/10/14(火) 20:36:52.36 ID:1cUlpP2e0
ざるがごとし、法華経・方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う、始の事なればほととぎすの初音をねをびれたる者の一音ききたるが・やうに月の山の半を出でたれども薄雲の・
をほへるが・ごとく・かそかなりしを舎利弗等・驚いて諸天・竜神・大菩薩等をもよをして諸天・竜神等・其の数恒沙の如し仏を求むる諸の菩薩大数八万有り・又諸の万億国の転輪聖王の至れる合掌して敬心を
以て具足の道を聞かんと欲す等とは請ぜしなり、文の心は四味・三教・四十余年の間
いまだ・きかざる法門うけ給はらんと請ぜしなり、此の文に具足の道を聞かんと欲すと申すは大経に云く「薩とは具足の義に名く」等云云、無依無得大乗四論玄義記に云く「沙とは訳して六と云う胡法
に六を以て具足の義と為すなり」等云云、吉蔵の疏に云く「沙とは翻じて具足と為す」等云云、天台の玄義の八に云く「薩とは梵語此に妙と翻ずるなり」等云云、付法蔵の第十三真言・華厳・諸宗の元祖・本
地は法雲自在王如来・迹に竜猛菩薩・初地の大聖の大智度論千巻の肝心に云く「薩とは六なり」等云云、妙法蓮華経と申すは漢語なり、月支には薩達磨分陀利伽蘇多攬と申す、善無畏三蔵の法華経 

479 :名無しさん@入浴中:2014/10/14(火) 21:58:37.66 ID:1cUlpP2e0
の肝心真言に云く「曩謨三曼陀没駄南帰命普仏陀〓三身如来阿阿暗悪開示悟入薩縛勃陀一切仏枳攘知娑乞蒭毘耶見〓〓曩三娑縛如虚空性羅乞叉〓離塵相也薩哩達磨
正法浮陀哩迦白蓮華蘇駄覧経惹入吽遍鑁住発歓喜縛曰羅堅固羅乞叉〓擁護吽空無相無願娑婆訶決定成就」此の真言は南天竺の鉄塔の中の法華経の肝心の真言なり、此の真
言の中に薩哩達磨と申すは正法なり薩と申すは正なり正は妙なり妙は正なり正法華・妙法華是なり、又妙法蓮華経の上に南無の二字ををけり南無妙法蓮華経これなり、妙とは具足・六とは六
度万行、諸の菩薩の六度万行を具足するやうを・きかんとをもう、具とは十界互具・足と申すは一界に十界あれば当位に余界あり満足の義なり、此の経一部八巻・二十八品・六万九千三百八十
四字・一一に皆妙の一字を備えて三十二相・八十種好の仏陀なり、十界に皆己界の仏界を顕す妙楽云く「尚仏果を具す、余果も亦然り」等云云、仏此れを答えて云く、「衆生をして仏知見を開
か令めんと欲す」等云云、衆生と申すは舎利弗・衆生と申すは一闡提・衆生と申すは九法界・衆生無辺誓願度・此に満足す、「我本誓願を立つ一切の衆をして我が如く
             

480 :名無しさん@入浴中:2014/10/14(火) 21:59:21.03 ID:1cUlpP2e0
等しくして異なること無からしめんと欲す我が昔の願せし所の如き今は已に満足しぬ」等云云。
諸大菩薩・諸天等・此の法門をきひて領解して云く「我等昔より来数世尊の説を聞きたてまつれども未だ曾て是の如き深妙の上法を聞かず」等云云、伝教大師云く「我等昔より来数世尊の
説を聞く・と謂うは昔法華経の開目抄下又今よりこそ諸大菩薩も梵帝・日月・四天等も教主釈尊の御弟子にては候へ、されば宝塔品には此等の大菩薩を仏我が御弟子等とをぼすゆへに諌暁して云く「諸
の大衆に告ぐ我が滅度の後・誰か能く此の経を護持し読誦する今仏前に於て自ら誓言を説け」とは・したたかに仰せ下せしか、又諸大菩薩も「譬えば大風の小樹の枝を吹くが如し」等と吉祥草の大風に随
い河水の大海へ引くがごとく仏には随いまいらせしか。而れども霊山日浅くして夢のごとく・うつつならずありしに証前の宝塔の上に起後の宝塔あつて十方の諸仏・来集せる皆我が分身なりとな
のらせ給い宝塔は虚空に釈迦・多宝坐を並べ日月の青天に並出せるが如し、人天大会は星をつらね分身の諸仏は大地の上宝樹の下の師子のゆかにまします、華厳経の蓮華蔵世界は十方・此
               

481 :名無しさん@入浴中:2014/10/14(火) 22:00:29.74 ID:1cUlpP2e0
土の報仏・各各に国国にして彼の界の仏・此の土に来つて分身となのらず此の界の仏・彼の界へゆかず但法慧等の大菩薩のみ互いに来会せり、大日経・金剛頂経等の八葉九尊・三十七尊等・大日如
来の化身とはみゆれども其の化身・三身円満の古仏にあらず、大品経の千仏・阿弥陀経の六方の諸仏いまだ来集の仏にあらず大集経の来集の仏・又分身ならず、金光明経の四方の四仏は化身なり、総じ
て一切経の中に各修・各行の三身円満の諸仏を集めて我が分身とはとかれず、これ寿量品の遠序なり、始成四十余年の釈尊が一劫・十劫等・已前の諸仏を集めて分身ととかる・さすが平等意趣にもにず
・をびただしくをどろかし、又始成の仏ならば所化・十方に充満すべからざれば分身の徳は備わりたりとも示現して益なし、天台云く「分身既に多し当に知るべし成仏の久しきことを」等云云、大会のをどろきし意をかかれたり。
其の上に地涌千界の大菩薩・大地より出来せり釈尊に第一の御弟子とをぼしき普賢文殊等にも・にるべくもなし、華厳・方等・般若・法華経の宝塔品に来集する大菩薩・大日経等の金剛薩〓等の十
六の大菩薩なんども此の菩薩に対当すれば〓                  

482 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 05:19:01.45 ID:A77kheJW0
猴の群る中に帝釈の来り給うが如し、山人に月卿等のまじはるにことならず、補処の弥勒すら猶迷惑せり何に況や其の已下をや、此の千世界の大菩薩の中に四人の大聖まします
所謂・上行・無辺行・浄行・安立行なり、此の四人は虚空・霊山の諸菩薩等・眼もあはせ心もをよばず、華厳経の四菩薩・大日経の四菩薩・金剛頂経の十六大菩薩等も此
の菩薩に対すれば翳眼のものの日輪を見るが如く海人が皇帝に向い奉るが如し、大公等の四聖の衆中にありしに・にたり商山の四皓が恵帝に仕えしにことならず、巍巍堂堂として尊
高なり、釈迦・多宝・十方の分身を除いては一切衆生の善知識ともたのみ奉りぬべし、弥勒菩薩・心に念言すらく、我は仏の太子の御時より三十成道・今の霊山まで四十二年が
間此の界の菩薩・十方世界より来集せし諸大菩薩皆しりたり、又十方の浄穢土に或は御使い或は我と遊戯して其の国国に大菩薩を見聞せり、此の大菩薩の御師なんどは・いか
なる仏にてや・あるらん、よも此の釈迦・多宝・十方の分身の仏陀にはにるべくもなき仏にてこそ・をはすらめ、雨の猛を見て竜の大なる事をしり華の大なるを見て池のふかきことは・しん
                

483 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 05:19:52.45 ID:A77kheJW0
ぬべし、此等の大菩薩の来る国・又誰と申す仏にあいたてまつり・いかなる大法をか習修し給うらんと疑いし、あまりの不審さに音をも・いだすべくも・なけれども仏力にやありけん、弥勒
菩薩疑つて云く「無量千万億の大衆の諸の菩薩は昔より未だ曾て見ざる所なり是の諸の大威徳の精進の菩薩衆は
誰か其の為に法を説いて教化して成就せる、誰に従つてか初めて発心し何れの仏法をか称揚せる、世尊我昔より来未だ曾つて是の事を見ず、願くは其の所従の国土の名号を説き
たまえ、我常に諸国に遊べども未だ曾つて是の事を見ず、我れ此の衆の中に於て乃し一人をも識らず忽然に地より出でたり願くは其の因縁を説きたまえ」等云云、天台云く「寂場よ
り已降今座已往十方の大士来会絶えず限る可からずと雖も我補処の智力を以つて悉く見悉く知る、而れども此の衆に於て一人をも識らず然るに我れ十方に遊戯して諸仏に覲奉し
大衆に快く識知せらる」等云云、妙楽云く「智人は起を知る蛇は自ら蛇を識る」等云云、経釈の心・分明なり詮ずるところは初成道よりこのかた此の土十方にて此等の菩薩を見たてまつらず・きかずと申すなり。
仏此の疑を答えて云く「阿逸多・汝等昔より     

484 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 05:53:24.25 ID:A77kheJW0
未だ見ざる所の者は我是の娑婆世界に於て阿耨多羅三藐三菩提を得已つて是の諸の菩薩を教化し示導して其の心を調伏して道の意
を発こさしめたり」等、又云く「我伽耶城菩提樹下に於て坐して最正覚を成ずることを得て無上の法輪を転じ爾して乃ち之を教化して初めて道心を発さしむ今皆不退に住せり、乃至我
久遠より来是等の衆を教化せり」等云云、此に弥勒等の大菩薩大に疑いをもう、華厳経の時・法慧等の無量の大菩薩あつまるいかなる人人なるらんと・をもへば我が善知識なりとをほせら
れしかば、さもやと・うちをもひき、其の後の大宝坊・白鷺池等の来会の大菩薩も・しかのごとし、此の大菩薩は彼等にはにるべくもなき・ふりたりげにまします定めて釈尊の御師匠かなんどおぼ
しきを令初発道心とて幼稚のものども・なりしを教化して弟子となせりなんど・をほせあれば・大なる疑なるべし、日本の聖徳太子は人王第三十二代・用明天皇の御子なり、御年六歳の時
・百済・高麗・唐土より老人どものわたりたりしを六歳の太子・我が弟子なりと・をほせありしかば彼の老人ども又合掌して我が師なり等云云、不思議なりし事なり、外典に申す或者道をゆけ

485 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 18:39:16.17 ID:A77kheJW0
ば路のほとりに年三十計りなる・わかものが八十計りなる老人を・とらへて打ちけり、
いかなる事ぞと・とえば此の老翁は我が子なりなんど申すと・かたるにもにたり、されば弥勒菩薩等疑つて云く「世尊・如来太子為りし時・釈の宮を出で伽耶城を去ること遠からずして道場
に坐して阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得給えり、是より已来始めて四十余年を過ぎたり、世尊・云何ぞ此の少時に於て大いに仏事を作し給える」等云云、一切の菩薩始め華厳
経より四十余年・会会に疑をまうけて一切衆生の疑網をはらす中に此の疑・第一の疑なるべし、無量義経の大荘厳等の八万の大士・四十余年と今との歴劫・疾成の疑にも超過せり、観無
量寿経に韋提希夫人の阿闍世王が提婆にすかされて父の王をいましめ母を殺さんとせしが耆婆月光に・をどされて母をはなちたりし時仏を請じたてまつて・まづ第一の問に云く「我れ宿し何の罪
あつて此の悪子を生む世尊・復た何等の因縁有つて提婆達多と共に眷属となり給う」等云云、此の疑の中に「世尊復た何等の因縁有つて」等の疑は大なる大事なり、輪王は敵と共に生れず帝釈
は鬼と・ともならず仏は無量劫の慈悲者なりいかに大怨と共にはま   

486 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 18:43:35.35 ID:A77kheJW0
します還つて仏には・ましまさざるかと疑うなるべし、而れども仏答え給はず、されば観経を読誦せん人・法華経の提婆品へ入らずば・
いたづらごとなるべし、大涅槃経に迦葉菩薩の三十六の問もこれには及ばず、されば仏・此の疑を晴させ給はずば一代の聖教は泡沫にどうじ一切衆生は疑網にかかるべし、寿量の一品の大切なるこれなり。
其の後・仏・寿量品を説いて云く「一切世間の天人及び阿修羅は皆今の釈迦牟尼仏は釈氏の宮を出で伽耶城を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を得給えりと謂え
り」等云云、此の経文は始め寂滅道場より終り法華経の安楽行品にいたるまでの一切の大菩薩等の所知をあげたるなり、「然るに善男子・我れ実に成仏してより已来・無量無辺百千万億
那由佗劫なり」等云云、此の文は華厳経の「三処の始成正覚」阿含経に云く「初成」浄名経の「始坐仏樹」大集経に云く「始十六年」大日経の「我昔坐道場」等・仁王経の「二十九年」無
量義経の「我先道場」法華経の方便品に云く「我始坐道場」等を一言に大虚妄なりと・やぶるもんなり。此の過去常顕るる時・諸仏皆釈尊の分身なり爾前・迹門の時は諸仏・釈尊に肩を
           

487 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 18:44:32.71 ID:A77kheJW0
並べて各修・各行の仏なり、かるがゆへに諸仏を本尊とする者・釈尊等を下す、今華厳の台上・方等・般若・大日経等の諸仏は皆釈尊の眷属なり、仏三十成道の御時は大梵天王・第六天等の
知行の娑婆世界を奪い取り給いき、今爾前・迹門にして十方を浄土と・がうして此の土を穢土ととかれしを打ちかへして此の土は本土なり十方の浄土は垂迹の穢土となる、仏は久遠の仏なれば迹
化・他方の大菩薩も教主釈尊の御弟子なり、一切経の中に此の寿量品ましまさずば天に日月の・国に大王の・山河に珠の・人に神のなからんが・ごとくして・あるべきを華厳・真言等の権宗の智者と
をぼしき澄観・嘉祥・慈恩・弘法等の一往・権宗の人人・且は自の依経を讃歎せんために或は云く「華厳経の教主は報身・法華経は応身」と・或は云く「法華寿量品の仏は無明の辺域・大日経の
仏は明の分位」等云云、雲は月をかくし讒臣は賢人をかくす・人讃すれば黄石も玉とみへ諛臣も賢人かとをぼゆ、今濁世の学者等・彼等の讒義に隠されて寿量品の玉を翫ばず、又天台宗の人人
もたぼらかされて金石・一同のをもひを・なせる人人もあり、仏・久成に・ましまさずば所化の少かるべき事を弁うべきなり、月は影を慳ざ

488 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 19:33:22.94 ID:A77kheJW0
れども水なくば・うつるべからず、仏・衆生を化せんと・をぼせども結縁うすければ八相を現ぜず、例せば諸の声聞が初地・初住には・のぼれども爾前にし
て自調自度なりしかば未来の八相をごするなるべし、しかれば教主釈尊始成ならば今此の世界の梵帝・日月・四天等は劫初より此の土を領すれども四十余年の仏弟子なり、霊山・八年の
法華結縁の衆今まいりの主君にをもひつかず久住の者にへだてらるるがごとし、今久遠実成あらはれぬれば東方の薬師如来の日光・月光・西方阿弥陀如来の観音勢至・乃至十方世界の諸仏
の御弟子・大日・金剛頂等の両部の大日如来の御弟子の諸大菩薩・猶教主釈尊の御弟子なり、諸仏・釈迦如来の分身たる上は諸仏の所化申すにをよばず何に況や此の土の劫初より・このかたの日月・衆星等・教主
而るを天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり、倶舎・成実・律宗は三十四心・断結成道の釈尊を本尊とせり、天尊の太子が迷惑して我が身は民の子とをもう
がごとし、華厳宗・真言宗・三論宗・法相宗等の四宗は大乗の宗なり、法相・三論は勝応身ににたる仏を本尊とす天王の太子・我が父は侍と・をもうがごとし、華厳宗・真
言宗は釈尊を下げて盧舎那の  

489 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 19:34:07.57 ID:A77kheJW0
大日等を本尊と定む天子たる父を下げて種姓もなき者の法王のごとくなるに・つけり、浄土宗は釈迦の分身の阿弥陀仏を有縁の仏とをもうて教主をすてたり、
禅宗は下賤の者・一分の徳あつて父母をさぐるがごとし、仏をさげ経を下す此皆本尊に迷えり、例せば三皇已前に父をしらず人皆禽獣に同ぜしが如し、寿量品をしらざる諸宗の者は畜に同じ不
知恩の者なり、故に妙楽云く「一代教の中未だ曾て遠を顕さず、父母の寿知らずんばある可からず若し父の寿の遠きを知らずんば復父統の邦に迷う、徒に才能と謂うとも全く人の子に非ず」等云
云、妙楽大師は唐の末・天宝年中の者なり三論・華厳・法相・真言等の諸宗・並に依経を深くみ広く勘えて寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷える才能ある畜生とかけるなり、徒謂才能と
は華厳宗の法蔵・澄観・乃至真言宗の善無畏三蔵等は才能の人師なれども子の父を知らざるがごとし、伝教大師は日本顕密の元祖・秀句に云く「他宗所依の経は一分仏母の義有りと雖も
然も但愛のみ有つて厳の義を闕く、天台法華宗は厳愛の義を具す一切の賢聖・学・無学及び菩薩心を発せる者の父なり」等云云、真言・華厳等の経経には種熟脱の三義・名字      

490 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 19:35:26.10 ID:A77kheJW0
すら猶なし何に
況や其の義をや、華厳・真言経等の一生初地の即身成仏等は経は権経にして過去をかくせり、種をしらざる脱なれば超高が位にのぼり道鏡が王位に居せんとせしがごとし。
宗宗・互に種を諍う予此をあらそはず但経に任すべし、法華経の種に依つて天親菩薩は種子無上を立てたり天台の一念三千これなり、華厳経・乃至諸大乗経・大日経等の諸
尊の種子・皆一念三千なり天台智者大師・一人此の法門を得給えり、華厳宗の澄観・此の義を盗んで華厳経の心如工画師の文の神とす、真言・大日経等には二乗作仏・久遠実成・
釈尊の御弟子にあらずや。一念三千の法門これなし、善無畏三蔵・震旦に来つて後・天台の止観を見て智発し大日経の心実相・我一切本初の文の神に天台の一念三千を盗み
入れて真言宗の肝心として其の上に印と真言とをかざり法華経と大日経との勝劣を判ずる時・理同事勝の釈をつくれり、両界の漫荼羅の二乗作仏・十界互具は一定・大日経にあり
や第一の誑惑なり、故に伝教大師云く「新来の真言家は則ち筆受の相承を泯じ、旧到の華厳家は則ち影響の規模を隠す」等云云、俘囚の嶋なんどに・わたて・ほのぼのといううたは
われよみた       

491 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 20:25:45.51 ID:A77kheJW0
りなんど申すは・えぞていの者は・さこそとをもうべし、漢土・日本の学者又かくのごとし、良〓和尚云く「真言・禅門・華厳・三論乃至若し法華等に望めば是接引門」等云
云、善無畏三蔵の閻魔の責にあづからせ給しは此の邪見による後に心をひるがへし法華経に帰伏してこそ・このせめをば脱させ給いしか、其の後善無畏・不空等・法華経を両界の中央
にをきて大王のごとくし胎蔵の大日経・金剛の金剛頂経をば左右の臣下のごとくせし・これなり、日本の弘法も教相の時は華厳宗に心をよせて法華経をば第八にをきしかども事相
の時には実慧・真雅・円澄・光定等の人人に伝え給いし時・両界の中央に上のごとく・をかれたり、例せば三論の嘉祥は法華玄十巻に法華経を第四時・会二破二と定れども天台に
帰伏して七年つかへ廃講散衆して身を肉橋となせり、法相の慈恩は法苑林・七巻・十二巻に一乗方便・三乗真実等の妄言多し、しかれども玄賛の第四には故亦両存等と我が宗を
不定になせり、言は両方なれども心は天台に帰伏せり、華厳の澄観は華厳の疏を造て華厳・法華・相対して法華を方便とかけるに似れども彼の宗之を以て実と為す此の宗の立義・
理通ぜざること無し等とかける 

492 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 20:26:57.19 ID:A77kheJW0
は悔い還すにあらずや、弘法も又かくのごとし、亀鏡なければ我が面をみず敵なければ我が非をしらず、真言等の諸宗の学者等・我が非をしらざりし程に
伝教大師にあひたてまつて自宗の失をしるなるべし。されば諸経の諸仏・菩薩・人天等は彼彼の経経にして仏にならせ給うやうなれども
実には法華経にして正覚なり給へり、釈迦諸仏の衆生無辺の総願は皆此の経にをいて満足す今者已満足の文これなり、予事の由を・をし計るに華厳・観経・大
日経等をよみ修行する人をば・その経経の仏・菩薩・天等・守護し給らん疑あるべからず、但し大日経・観経等をよむ行者等・法華経の行者に敵対をなさば彼の行
者をすてて法華経の行者を守護すべし、例せば孝子・慈父の王敵となれば父をすてて王にまいる孝の至りなり、仏法も又かくのごとし、法華経の諸仏・菩薩・十羅刹・日蓮を守
護し給う上・浄土宗の六方の諸仏・二十五の菩薩・真言宗の千二百等・七宗の諸尊・守護の善神・日蓮を守護し給うべし、例せば七宗の守護神・伝教大師をまほり給いしが如し
と・をもう、日蓮案じて云く法華経の二処・三会の座にましましし、日月等の諸天は法華経の行者出来せば磁石の鉄          

493 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 20:27:39.16 ID:A77kheJW0
を吸うがごとく月の水に遷るがごとく須臾に来つて行者に代り仏前の御誓
をはたさせ給べしとこそをぼへ候にいままで日蓮をとぶらひ給はぬは日蓮・法華経の行者にあらざるか、されば重ねて経文を勘えて我が身にあてて、身の失をしるべし。
疑て云く当世の念仏宗・禅宗等をば何なる智眼をもつて法華経の敵人・一切衆生の悪知識とはしるべきや、答えて云く私の言を出すべからず経釈の明鏡を出して謗法の醜面を
うかべ其の失をみせしめん生盲は力をよばず、法華経の第四宝塔品に云く「爾の時に多宝仏・宝塔の中に於て半座を分ち釈迦牟尼仏に与う、爾の時に大衆二如来の七宝の塔
の中の師子の座の上に在して結跏趺坐し給うを見たてまつる、大音声を以て普く四衆に告げ給わく、誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん、今正しく是れ時
なり、如来久しからずして当に涅槃に入るべし、仏此の妙法華経を以て付属して在ること有らしめんと欲す」等云云、第一の勅宣なり。
又云く「爾の時に世尊重ねて此の義を宣べんと欲して偈を説いて言く、聖主世尊・久しく滅度し給うと雖も宝塔の中に在して尚法の為に来り給えり、諸人云何ぞ勤めて法に為わざら
ん、又我が分身の 

494 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 21:09:31.73 ID:A77kheJW0
無量の諸仏・恒沙等の如く来れる法を聴かんと欲す各妙なる土及び弟子衆・天人・竜神・諸の供養の事を捨てて法をして久しく住せしめんが故に
此に来至し給えり、譬えば大風の小樹の枝を吹くが如し、是の方便を以て法をして久しく住せしむ、諸の大衆に告ぐ我が滅度の後誰か能く此の経を護持し読誦せん今仏
前に於て自ら誓言を説け」、第二の鳳詔なり。
「多宝如来および我が身集むる所の化仏当に此の意を知るべし、諸の善男子・各諦かに思惟せよ此れは為れ難き事なり、宜しく大願を発こすべし、諸余の経典数・恒沙の
如し此等を説くと雖も未だ為れ難しとするに足らず、若し須弥を接つて他方無数の仏土に擲げ置かんも亦未だ為れ難しとせず、若し仏滅後・悪世の中に於て能く此の経を説か
ん是則ち為れ難し、仮使劫焼に乾れたる草を担い負うて中に入つて焼けざらんも亦未だ為れ難しとせず、我が滅度の後に若し此の経を持ちて一人の為にも説かん是則ち為れ
難し、諸の善男子・我が滅後に於て誰か能く此の経を護持し読誦せん、今仏前に於て自ら誓言を説け」等云云、第三の諌勅なり、第四・第五の二箇の諌暁・提婆品にあり下にかくべし。
此の経文の心          

495 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 21:10:16.00 ID:A77kheJW0
は眼前なり青天に大日輪の懸がごとし白面に黶のあるににたり、而れども生盲の者と邪眼の者と一眼のものと各謂自師の者・辺執家の者はみがたし万難をすて
て道心あらん者にしるしとどめてみせん、西王母がそののもも・輪王出世の優曇華よりもあいがたく沛公が項羽と八年・漢土をあらそいし頼朝と宗盛が七年・秋津嶋にたたかひし修
羅と帝釈と金翅鳥と竜王と阿耨池に諍えるも此にはすぐべからずとしるべし、日本国に此の法顕るること二度なり伝教大師と日蓮となりとしれ、無眼のものは疑うべし力及ぶべから
ず此の経文は日本・漢土・月氏・竜宮・天上・十方世界の一切経の勝劣を釈迦・多宝・十方の仏・来集して定め給うなるべし。
問うて云く華厳経・方等経・般若経・深密経・楞伽経・大日経・涅槃経等は九易の内か六難の内か、答えて云く華厳宗の杜順・智儼・法蔵・澄観等の三蔵大師・読んで云く「
華厳経と法華経と六難の内・名は二経なれども所説・乃至理これ同じ四門観別・見真諦同のごとし」、法相の玄奘三蔵・慈恩大師等・読んで云く「深密経と法華経とは同く
唯識の法門にして第三時の教・六難の内なり」三論の吉蔵等読んで云く「般若経と法華経とは名異     

496 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 21:10:56.35 ID:A77kheJW0
体同・二経一法なり」善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵等・読んで云く
「大日経と法華経とは理同じ、をなじく六難の内の経なり」、日本の弘法・読んで云く「大日経は六難・九易の内にあらず大日経は釈迦所説の一切経の外・法身・大日如来の
所説なり」、又或る人云く「華厳経は報身如来の所説・六難・九易の内にはあらず」、此の四宗の元祖等かやうに読みければ其の流れをくむ数千の学徒等も又此の見をいでず、日
蓮なげいて云く上の諸人の義を左右なく非なりといはば当世の諸人面を向くべからず非に非をかさね結句は国王に讒奏して命に及ぶべし、但し我等が慈父・雙林最後の御遺言に云
く「法に依つて人に依らざれ」等云云、不依人等とは初依・二依・三依・第四依・普賢・文殊等の等覚の菩薩が法門を説き給うとも経を手ににぎらざらんをば用ゆべからず、「了義経に
依つて不了義経に依らざれ」と定めて経の中にも了義・不了義経を糾明して信受すべきこそ候いぬれ、竜樹菩薩の十住毘婆沙論に云く「修多羅黒論に依らずして修多羅白論に依
れ」等云云、天台大師云く「修多羅と合う者は録して之を用いよ文無く義無きは信受すべからず」等云云、伝教大師云く「仏説に依  

497 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 22:07:57.67 ID:A77kheJW0
憑して口伝を信ずること莫れ」等云云、円珍智証大師云く「文に依つて伝うべし」等云云、上にあぐるところの諸師の釈・皆一分・経論に依つて勝劣を弁うやうなれども皆自宗を堅く信受し先師の謬
義をたださざるゆへに曲会私情の勝劣なり荘厳己義の法門なり・仏滅後の犢子・方広・後漢已後の外典は仏法外の外道の見よりも三皇五帝の儒書よりも邪見・強盛なり邪法・巧なり、華厳・法相
・真言等の人師・天台宗の正義を嫉ゆへに実経の文を会して権義に順ぜしむること強盛なり、しかれども道心あらん人・偏党をすて自他宗をあらそはず人をあなづる事なかれ。
法華経に云く「已今当」等云云、妙楽云く「縦い経有つて諸経の王と云うとも已今当説最為第一と云わず」等云云、又云く「已今当の妙〓に於て固く迷う謗法の罪苦長劫に流る」等云云、此の経釈にをどろいて一切経・並に
人師の疏釈を見るに狐疑の冰とけぬ今真言の愚者等・印真言のあるを・たのみて真言宗は法華経にすぐれたりとをもひ慈覚大師等の真言勝れたりとをほせられぬれば・なんど・をもえるは・いうにかいなき事なり。
密厳経に云く「十地華厳等と大樹と神通勝鬘及び余経と皆此の経従り出でたり、是くの如きの密厳経 

498 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 22:08:44.37 ID:A77kheJW0
は一切経の中に勝れたり」等云云、大雲経に云く「是の経は即是諸経の転輪聖王なり何を以ての故に是
の経典の中に衆生の実性・仏性・常住の法蔵を宣説する故なり」等云云、六波羅蜜経に云く「所謂過去無量の諸仏・所説の正法及び我今説く所の所謂八万四千の諸の妙法蘊なり、摂して五分と為す一には索
咀纜・二には毘奈耶・三には阿毘達磨・四には般若波羅蜜・五には陀羅尼門となり此の五種の蔵をもつて有情を教化す、若し彼の有情契経調伏対法般若を受持すること能わず或は復有情諸の悪業・四重
・八重・五無間罪方等経を謗ずる一闡提等の種種の重罪を造るに銷滅して速疾に解脱し頓に涅槃を悟ることを得せしむ、而も彼が為に諸の陀羅尼蔵を説く、此の五の法蔵譬えば乳・酪・生蘇・熟蘇及び妙なる醍醐の
如し、総持門とは譬えば醍醐の如し醍醐の味は乳・酪・蘇の中に微妙第一にして能く諸の病を除き諸の有情をして身心安楽ならしむ、総持門とは契経等の中に最も第一と為す能く重罪を除く」等云云、解深
密経に云く「爾の時に勝義生菩薩復仏に白して云く世尊・初め一時に於て波羅〓斯仙人堕処施鹿林の中に在て唯声聞乗を発趣する者の為に四諦の相を以て正法輪を転じ      

499 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 22:09:45.11 ID:A77kheJW0
給いき、是甚だ奇にして甚だ此れ希有な
り一切世間の諸の天人等・先より能く法の如く転ずる者有ること無しと雖も、而も彼の時に於て転じ給う所の法輪は有上なり有容なり是れ未了義なり是れ諸の諍論安足の処所なり、世尊在昔第二時の中に唯発
趣して大乗を修する者の為にして一切の法は皆無自性なり無性無滅なり本来寂静なり自性涅槃なるに依る隠密の相を以て正法輪を転じ給いき、更に甚だ奇にして甚だ為れ希有なりと雖も、彼の時に於て転じ給う所
の法輪亦是れ有上なり容受する所有り猶未だ了義ならず、是れ諸の諍論安足の処所なり、世尊今第三時の中に於て普く一切乗を発趣する
者の為に一切の法は皆無自性・無生無滅・本来寂静・自性涅槃にして無自性の性なるに依り顕了の相を以て正法輪を転じ給う、第一甚だ奇にして最も為れ希有なり、今に世尊転じ給う所の法輪・
無上無容にして是れ真の了義なり諸の諍論安息の処所に非ず」等云云、大般若経に云く「聴聞する所の世・出世の法に随つて皆能く方便して般若甚深の理趣に会入し諸の造作する所の世間の事業も
亦般若を以て法性に会入し一事として法性を出ずる者を見ず」等云云、大日経第一に云く「秘密主大乗行あり   

500 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 22:51:23.38 ID:A77kheJW0
憑して口伝を信ずること莫れ」等云云、円珍智証大師云く「文に依つて伝うべし」等云云、上にあぐるところの諸師の釈・皆一分・経論に依つて勝劣を弁うやうなれども皆自宗を堅く信受し先師
の謬義をたださざるゆへに曲会私情の勝劣なり荘厳己義の法門なり・仏滅後の犢子・方広・後漢已後の外典は仏法外の外道の見よりも三皇五帝の儒書よりも邪見・強盛なり邪法・巧なり、華厳
・法相・真言等の人師・天台宗の正義を嫉ゆへに実経の文を会して権義に順ぜしむること強盛なり、しかれども道心あらん人・偏党をすて自他宗をあらそはず人をあなづる事なかれ。
法華経に云く「已今当」等云云、妙楽云く「縦い経有つて諸経の王と云うとも已今当説最為第一と云わず」等云云、又云く「已今当の妙〓に於て固く迷う謗法の罪苦長劫に流る」等云云、此の経釈にをどろいて一切経・並に
人師の疏釈を見るに狐疑の冰とけぬ今真言の愚者等・印真言のあるを・たのみて真言宗は法華経にすぐれたりとをもひ慈覚大師等の真言勝れたりとをほせられぬれば・なんど・をもえるは・いうにかいなき事なり。
密厳経に云く「十地華厳等と大樹と神通勝鬘及び余経と皆此の経従り出でたり、是くの如きの密厳経は

501 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 22:52:08.21 ID:A77kheJW0
一切経の中に勝れたり」等云云、大雲経に云く「是の経は即是諸経の転輪聖王なり何を以
ての故に是の経典の中に衆生の実性・仏性・常住の法蔵を宣説する故なり」等云云、六波羅蜜経に云く「所謂過去無量の諸仏・所説の正法及び我今説く所の所謂八万四千の諸の妙法蘊なり、
摂して五分と為す一には索咀纜・二には毘奈耶・三には阿毘達磨・四には般若波羅蜜・五には陀羅尼門となり此の五種の蔵をもつて有情を教化す、若し彼の有情契経調伏対法般若を受持すること
能わず或は復有情諸の悪業・四重・八重・五無間罪方等経を謗ずる一闡提等の種種の重罪を造るに銷滅して速疾に解脱し頓に涅槃を悟ることを得せしむ、而も彼が為に諸の陀羅尼蔵を説く、此の五
の法蔵譬えば乳・酪・生蘇・熟蘇及び妙なる醍醐の如し、総持門とは譬えば醍醐の如し醍醐の味は乳・酪・蘇の中に微妙第一にして能く諸の病を除き諸の有情をして身心安楽ならしむ、総持門とは契
経等の中に最も第一と為す能く重罪を除く」等云云、解深密経に云く「爾の時に勝義生菩薩復仏に白して云く世尊・初め一時に於て波羅〓斯仙人堕処施鹿林の中に在て唯声聞乗を発趣する者の為に
四諦の相を以て正法輪を転じ    

502 :名無しさん@入浴中:2014/10/16(木) 22:52:43.90 ID:A77kheJW0
給いき、是甚だ奇にして甚だ此れ希有なり一切世間の諸の天人等・先より能く法の如く転ずる者有ること無しと雖も、而も彼の時に於て転じ給う所の法輪は有上なり有容なり是れ
未了義なり是れ諸の諍論安足の処所なり、世尊在昔第二時の中に唯発趣して大乗を修する者の為にして一切の法は皆無自性なり無性無滅なり本来寂静なり自性涅槃なるに依る隠密の相を以て正法輪を転
じ給いき、更に甚だ奇にして甚だ為れ希有なりと雖も、彼の時に於て転じ給う所の法輪亦是れ有上なり容受する所有り猶未だ了義ならず、是れ諸の諍論安足の処所なり、世尊今第三時の中に於て普く一切乗を発趣する
者の為に一切の法は皆無自性・無生無滅・本来寂静・自性涅槃にして無自性の性なるに依り顕了の相を以て正法輪を転じ給う、第一甚だ奇にして最も為れ希有なり、今に世尊転じ給う所の法輪・無
上無容にして是れ真の了義なり諸の諍論安息の処所に非ず」等云云、大般若経に云く「聴聞する所の世・出世の法に随つて皆能く方便して般若甚深の理趣に会入し諸の造作する所の世間の事業も亦般
若を以て法性に会入し一事として法性を出ずる者を見ず」等云云、大日経第一に云く「秘密主大乗行あり無縁乗   

503 :名無しさん@入浴中:2014/10/18(土) 07:17:47.51 ID:Ap5DrowN0
の心を発す法に我性無し何を以ての故に彼往昔是くの如く修行せし者の如く蘊の阿頼耶を観察して自性幻の如しと知る」等云云、又云く「秘密主彼是くの如く無我を捨て心主自在にして自心の本不生を覚す」等
云云、又云く「所謂空性は根境を離れ無相にして境界無く諸の戯論に越えて虚空に等同なり乃至極無自性」等云云、又云く「大日尊秘密主に告げて言く秘密主云何なるか菩提・謂く実の如く自心を知る」等云云
、華厳経に云く「一切世界の諸の群生声聞乗を求めんと欲すること有ること尠し縁覚を求むる者転・復少し、大乗を求むる者甚だ希有なり大乗を求むる者猶為れ易く能く是の法を信ずる為れ甚だ難し、況や能く受
持し・正憶念し・説の如く修行し・真実に解せんをや、若し三千大千界を以て頂戴すること一劫身動ぜざらんも彼の所作未だ為れ難からず是の法を信ずるは為れ甚だ難し、大千塵数の衆生の類に一劫諸の楽具を
供養するも彼の功徳未だ為れ勝れず是の法を信ずるは為れ殊勝なり、若し掌を以て十仏刹を持し虚空に中に於て住すること一劫なるも彼の所作未だ為れ難からず是の法を信ずるは為れ甚だ難し、十仏刹塵の衆
生の類に一劫諸の楽具を供養せんも彼の功徳       

504 :名無しさん@入浴中:2014/10/18(土) 07:18:35.57 ID:Ap5DrowN0
未だ勝れりと為さず是の法を信ずるは為れ殊勝なり、十仏刹塵の諸の如来を一劫恭敬して供養せん若し能く此の品を受持せん者の功徳彼よりも最勝と為す」等云云
、涅槃経に云く「是の諸の大乗方等経典復無量の功徳を成就すと雖も是の経に比せんと欲するに喩を為すを得ざること百倍千倍百千万倍、乃至算数譬喩も及ぶこと能わざる所なり、善男子譬えば牛従り乳を出し乳
従り酪を出し酪従り生蘇を出し生蘇従り熟蘇を出し
熟蘇従り醍醐を出す醍醐は最上なり、若し服すること有る者は衆病皆除き所有の諸薬も悉く其の中に入るが如し、善男子仏も亦是くの如し仏従り十二部経を出し十二部経従り修多羅を出し修多羅従り方等経
を出し方等経従り般若波羅蜜を出し般若波羅蜜従り大涅槃を出す猶醍醐の如し醍醐と言うは仏性に喩う」等云云。
此等の経文を法華経の已今当・六難・九易に相対すれば月に星をならべ九山に須弥を合せたるににたり、しかれども華厳宗の澄観・法相・三論・真言等の慈恩・嘉祥・弘法等の仏眼のごとくなる人・猶此の文にまど
へり、何に況や盲眼のごとくなる当世の学者等・勝劣を弁うべしや、黒白のごとく・あきらかに須弥・芥子のごとくなる          

505 :名無しさん@入浴中:2014/10/18(土) 07:19:18.47 ID:Ap5DrowN0
勝劣なを・まどへり・いはんや虚空のごとくなる理に迷わざるべしや、教の浅深をしらざれば理の浅深を弁う
ものなし巻をへだて文・前後すれば教門の色弁えがたければ文を出して愚者を扶けんとをもう、王に小王・大王・一切に少分・全分・五乳に全喩・分喩を弁うべし、六波羅蜜経は有情の成仏あつて無性の成仏なし
何に況や久遠実成をあかさず、猶涅槃経の五味にをよばず何に況や法華経の迹門・本門にたいすべしや、而るに日本の弘法大師・此の経文にまどひ給いて法華経を第四の熟蘇味に入れ給えり、第五の総持門の醍醐味
すら涅槃経に及ばずいかにし給いけるやらん、而るを震旦の人師争つて醍醐を盗むと天台等を盗人とかき給へり惜い哉古賢醍醐を嘗めず等と自歎せられたり、此等はさてをく我が一門の者のためにしるす他人は信ぜざれば逆
縁なるべし、一〓をなめて大海のしををしり一華を見て春を推せよ、万里をわたて宋に入らずとも三箇年を経て霊山にいたらずとも竜樹のごとく竜宮に入らずとも無著菩薩のごとく弥勒菩薩にあはずとも二所三会に値わずとも
一代の勝劣はこれをしれるなるべし、蛇は七日が内の洪水をしる竜の眷属なるゆへ烏は年中の吉凶をしれり過去に陰陽師な 

506 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 11:56:07.02 ID:KNJyRymw0
りしゆへ鳥はとぶ徳人にすぐれたり。日蓮は諸経の勝劣をしること華厳の澄観・三論の嘉祥・法相の慈恩・真言の弘法にすぐれたり、天台・伝教の跡をしのぶゆへなり、彼の人人は天台・伝教に帰せ
させ給はずば謗法の失脱れさせ給うべしや、当世・日本国に第一に富める者は日蓮なるべし命は法華経にたてまつり名をば後代に留べし、大海の主となれば諸の河神・皆したがう須弥山の王に
諸の山神したがはざるべしや、法華経の六難九易を弁うれば一切経よまざるにしたがうべし。
宝塔品の三箇の勅宣の上に提婆品に二箇の諌暁あり、提婆達多は一闡提なり天王如来と記せらる、涅槃経四十巻の現証は此の品にあり、善星・阿闍世等の無量の五逆・謗法の者の一を
あげ頭をあげ万ををさめ枝をしたがふ、一切の五逆・七逆・謗法・闡提・天王如来にあらはれ了んぬ毒薬変じて甘露となる衆味にすぐれたり、竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏を
あらはす、法華已前の諸の小乗教には女人の成仏をゆ
るさず、諸の大乗経には成仏・往生をゆるすやうなれども或は改転の成仏にして一念三千の成仏にあらざれば有名無実の成仏往生なり、挙一例諸と申して竜女が成仏は末代の女人の成仏往

507 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 11:57:14.86 ID:KNJyRymw0
生の道をふみあけたるなるべし、儒家の孝養は今生にかぎる未来の父母を扶けざれば外家の聖賢は有名無実なり、外道は過未をしれども父母を扶くる道なし仏道こそ父母の後世を扶くれば聖賢
の名はあるべけれ、しかれども法華経已前等の大小乗の経宗は自身の得道猶かなひがたし何に況や父母をや但文のみあつて義なし、今法華経の時こそ女人成仏の時・悲母の成仏も顕われ・達
多の悪人成仏の時・慈父の成仏も顕わるれ、此の経は内典の孝経なり、二箇のいさめ了んぬ。
已上五箇の鳳詔にをどろきて勧持品の弘経あり、明鏡の経文を出して当世の禅・律・念仏者・並びに諸檀那の謗法をしらしめん、日蓮といゐし者は去年九月十二日子丑の時に頚はねられぬ、此れ
は魂魄・佐土の国にいたりて返年の二月・雪中にしるして有縁の弟子へをくればをそろしくて・をそろしからず・みん人いかに・をぢぬらむ、此れは釈迦・多宝・十方の諸仏の未来日本国・当世をう
つし給う明鏡なりかたみともみるべし。勧持品に云く「唯願くは慮したもうべからず仏滅度の後恐怖悪世の中に於て我等当に広く説くべし、諸の無智の人の悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん
我等皆当に忍ぶべし、悪世の    

508 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 12:53:09.64 ID:KNJyRymw0
中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の心充満せん、或は阿練若に納衣にして空閑に在つて自ら真の道を行ずと謂つて人間を軽賤する
者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるることを為ること六通の羅漢の如くならん、是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮て好んで我等が過を出さん
、常に大衆の中に在つて我等を毀らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん、濁劫悪世の中には多
く諸の恐怖有らん悪鬼其身に入つて我を罵詈毀辱せん、濁世の悪比丘は仏の方便随宜の所説の法を知らず悪口し顰蹙し数数擯出せられん」等云云、記の八に云く「文に三初に一行は通じて邪
人を明す即ち俗衆なり、次に一行は道門増上慢の者を明す、三に七行は僣聖増上慢の者を明す、此の三の中に初は忍ぶ可し次の者は前に過ぎたり第三最も甚だし後後の者は転識り難きを以て
の故に」等云云、東春に智度法師云く「初に有諸より下の五行は第一に一偈は三業の悪を忍ぶ是れ外悪の人なり次に悪世の下の一偈は是上慢出家の人なり第三に或有      

509 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 12:54:01.00 ID:KNJyRymw0
阿練若より下の三偈は
即是出家の処に一切の悪人を摂す」等云云、又云く「常在大衆より下の両行は公処に向つて法を毀り人を謗ず」等云云、涅槃経の九に云く「善男子一闡提有り羅漢の像を作して空処に住し方等
大乗経典を誹謗せん諸の凡夫人見已つて皆真の阿羅漢是大菩薩なりと謂わん」等云云、又云く「爾の時に是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし、是の時に当に諸の悪比丘有つて是の経を抄
略し分ちて多分と作し能く正法の色香美味を滅すべし、是の諸の悪人復是くの如き経典を読誦すと雖も如来の深密の要義を滅除して世間の荘厳の文飾無義の語を安置す前を抄して後に著け後を
抄して前に著け前後を中に著け中を前後に著く当に知るべし是くの如きの諸の悪比丘は是れ魔の伴侶なり」等云云、六巻の般泥〓経に云く
「阿羅漢に似たる一闡提有つて悪業を行ず、一闡提に似たる阿羅漢あつて慈心を作さん羅漢に似たる一闡提有りとは是の諸の衆生方等を誹謗するなり、一闡提に似たる阿羅漢とは声聞を毀呰し広く
方等を説くなり衆生に語つて言く我れ汝等と倶に是れ菩薩なり所以は何ん一切皆如来の性有る故に然も彼の衆生一闡提なりと謂わん」等云云、涅槃経に云く「我涅槃   

510 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 13:50:06.32 ID:KNJyRymw0
の後乃至正法滅して後像法の中に於て当に比丘有るべし持律に似像して少かに経を読誦し飲食を貪嗜し其の身を長養す、袈裟を服ると雖も猶猟師の細視徐行する
が如く猫の鼠を伺うが如し、常に是の言を唱えん我羅漢を得たりと外には賢善を現わし内には貪嫉を懐かん唖法を受けたる婆羅門等の如し、実に沙門に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛にして正法を誹謗せん」等云云。
夫れ鷲峯・雙林の日月・毘湛・東春の明鏡に当世の諸宗・並に国中の禅律・念仏者が醜面を浮べたるに一分もくもりなし、妙法華経に云く「於仏滅度後恐怖悪世中」安楽
行品に云く「於後悪世」又云く「於末世中」又云く「於後末世法欲滅時」分別功徳品に云く「悪世末法時」薬王品に云く「後五百歳」等云云、正法華経の勧説品に云く「然後末
世」又云く「然後来末世」等云云、添品法華経に云く等、天台の云く「像法の中の南三北七は法華経の怨敵なり」、伝教の云く「像法の末・南都・六宗の学者は法華の怨敵なり」
等云云、彼等の時はいまだ分明ならず、此は教主釈尊・多宝仏・宝塔の中に日月の並ぶがごとく十方・分身の諸仏・樹下に星を列ねたりし中にして正法一千年・像法一千年・二千
年すぎて末法の始に

511 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 13:50:48.02 ID:KNJyRymw0
法華経の怨敵・三類あるべしと八十万億那由佗の諸菩薩の定め給いし虚妄となるべしや、当世は如来滅後・二千二百余年なり大地は指ば・はづるとも春は・花
は・さかずとも三類の敵人・必ず日本国にあるべし、さるにては・たれたれの人人か三類の内なるらん又誰人か法華経の行者なりとさされたるらん・をぼつかなし、彼の三類の怨敵に我等入り
てやあるらん又法華経の行者の内にてやあるらん・をぼつかなし、周の第四昭王の御宇二十四年甲寅・四月八日の夜中に天に五色の光気・南北に亘りて昼のごとし、大地・六種に震動し
雨ふらずして江河・井池の水まさり一切の草木に花さき菓なりたりけり不思議なりし事なり、昭王・大に驚き大史・蘇由・占つて云く「西方に聖人生れたり」昭王問て云く「此の国いかん
」答えて云く「事なし一千年の後に彼の聖言・此の国にわたつて衆生を利すべし」彼のわづかの外典の一毫未断・見思の者・しかれども一千年のことをしる、はたして仏教・一千一十五年と
申せし後漢の第二・明帝の永平十年丁卯の年・仏法・漢土にわたる、此は似るべくもなき釈迦・多宝・十方分身の仏の御前の諸菩薩の未来記なり、当世・日本国に三類の法華経の敵人なかるべし 

512 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 14:48:44.48 ID:KNJyRymw0
や、されば仏・付法蔵経等に記して云く「我が滅後に正法一千年が間・我が正法を弘むべき人・二十四人・次第に相続すべし」迦葉・阿難等はさてをきぬ一百年の脇比丘・六百年の馬鳴・七百年の竜樹菩薩等
・一分もたがはず・すでに出で給いぬ、此の事いかんが・むなしかるべき此の事相違せば一経・皆相違すべし、所謂舎利弗が未来の華光如来・迦葉の光明如来も皆妄語となるべし、爾前返つて一定となつて永
不成仏の諸声聞なり、犬野干をば供養すとも阿難等をば供養すべからずとなん、いかんがせん・いかんがせん。
第一の有諸無智人と云うは経文の第二の悪世中比丘と第三の納衣の比丘の大檀那と見へたり、随つて妙楽大師は「俗衆」等云云、東春に云く「公処に向う」等云云、第二の法華
経の怨敵は経に云く「悪世中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の心充満せん」等云云、涅槃経に云く「是の時に当に諸の悪比丘有るべし乃至是の諸の
悪人復是くの如き経典を読誦すと雖も如来深密の要義を滅除せん」等云云、止観に云く「若し信無きは高く聖境に推して己が智分に非ずとす、若し智無きは増上慢を起し己れ仏に均しと謂う」等
云云、道綽禅師が   

513 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 14:49:41.07 ID:KNJyRymw0
云く「二に理深解微なるに由る」等云云、法然云く「諸行は機に非ず時を失う」等云云、記の十に云く「恐くは人謬り解せん者初心の功徳の大なることを識らずして功を上位に推り此
の初心を蔑にせん故に今彼の行浅く功深きことを示して以て経力を顕す」等云云、伝教大師云く「正像稍過ぎ已て末法太はだ近きに有り
法華一乗の機今正しく是其の時なり何を以て知ることを得る安楽行品に云く末世法滅の時なり」等云云、慧心の云く「日本一州円機純一なり」等云云、道綽と伝
教と法然と慧心といづれ此を信ずべしや、彼は一切経に証文なし此れは正しく法華経によれり、其の上日本国・一同に叡山の大師は受戒の師なり何ぞ天魔のつける法
然に心をよせ我が剃頭の師をなげすつるや、法然智者ならば何ぞ此の釈を選択に載せて和会せざる人の理をかくせる者なり、第二の悪世中比丘と指さるるは法然等の無戒・邪見
の者なり、涅槃経に云く「我れ等悉く邪見の人と名く」等云云、妙楽云く「自ら三教を指して皆邪見と名く」等云云、止観に云く「大経に云く此よりの前は我等皆邪見の人と名くるなり、邪
豈悪に非ずや」等云云、弘決に云く「邪は即ち是れ悪なり是の故に当に知        

514 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 17:02:16.38 ID:KNJyRymw0
るべし唯円を善と為す、復二意有り、一には順を以つて善と為し背を以つて悪と為す相待の意なり、著を以つ
て悪と為し達を以つて善と為す相待・絶待倶に須く悪を離るべし円に著する尚悪なり況や復余をや」等云云、外道の善悪は小乗経に対すれば皆悪道小乗の善道・乃至四味三教は法
華経に対すれば皆邪悪・但法華のみ正善なり、爾前の円は相待妙なり、絶待妙に対すれば猶悪なり前三教に摂すれば猶悪道なり、爾前のごとく彼の経の極理を行ずる猶悪道なり、況や
観経等の猶華厳・般若経等に及ばざる小法を本として法華経を観経に取り入れて還つて念仏に対して閣抛閉捨せるは法然並びに所化の弟子等・檀那等は誹謗正法の者にあらずや、釈迦・
多宝・十方の諸仏は法をして久しく住せしめんが故に此に来至し給えり、法然並に日本国の念仏者等は法華経は末法に念仏より前に滅尽すべしと豈三聖の怨敵にあらずや。
第三は、法華経に云く「或は阿練若に有り納衣にして空閑に在つて乃至白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるることを為ること六通の羅漢の如くならん」等云云、六巻の般泥〓経
に云く「羅漢に似たる一闡提有つて悪業を行じ一闡提に似たる阿羅漢あつて慈心を作さん、  

515 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 17:03:21.59 ID:KNJyRymw0
羅漢に似たる一闡提有りとは是諸の衆生の方等を誹謗するなり一闡提に似たる阿羅漢とは声聞を毀呰して広く方等を説き衆生に語つて言く我汝等と倶に是れ菩
薩なり所以は何ん一切皆如来の性有るが故に然かも彼の衆生は一闡提と謂わん」等云云、涅槃経に云く「我れ涅槃の後・像法の中に当に比丘有るべし持律に似像し
て少かに経典を読誦し飲食を貪嗜して其の身を長養せん袈裟を服ると雖も猶猟師の細視徐行するが如く猫の鼠を伺うが如し、常に是の言を唱えん我羅漢を得たりと外に
は賢善を現し内には貪嫉を懐く唖法を受けたる婆羅門等の如く実には沙門に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛にして正法を誹謗せん」等云云、妙楽云く「第三最も甚し後後
の者転識り難きを以つての故に」等云云、東春云く「第三に或有阿練若より下の三偈は即是出家の処に一切の悪人を摂す」等云云、東春に「即是出家の処に一切の悪人を摂す
る」等とは当世・日本国には何れの処ぞや、叡山か園城か東寺か南都か建仁寺か寿福寺か建長寺か・よくよく・たづぬべし、延暦寺の出家の頭に甲冑をよろうを・さすべきか、園城寺の五
分法身の膚に鎧杖を帯せるか、彼等は経文に納衣在空閑と指すにはにず為世  

516 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 17:55:22.32 ID:KNJyRymw0
所恭敬・如六通羅漢と人をもはず又転難識故というべしや華洛には聖一等・鎌倉には良観等ににたり、人を
あだむことなかれ眼あらば経文に我が身をあわせよ、止観の第一に云く「止観の明静なることは前代未だ聞かず」等云云、弘の一に云く「漢の明帝夜夢みし自り陳朝に〓ぶまで禅門に予り厠
て衣鉢伝授する者」等云云、補注に云く「衣鉢伝授とは達磨を指す」等云云、止の五に云く「又一種の禅人乃至盲跛の師徒二倶に堕落す」等云云、止の七に云く「九の意
世間の文字の法師と共ならず、事相の禅師と共ならず、一種の禅師は唯観心の一意のみ有り或は浅く或は偽る余の九は全く此無し虚言に非ず後賢眼有らん者は当に証知す
べきなり」、弘の七に云く「文字法師とは内に観解無くして唯法相を構う事相の禅師とは境智を閑わず鼻膈に心を止む乃至根本有漏定等なり、一師唯有観心一意等とは此は且く与えて
論を為す奪えば則ち観解倶に闕く、世間の禅人偏えに理観を尚ぶ既に教を諳んぜず観を以つて経を消し八邪八風を数えて丈六の仏と為し五陰三毒を合して名けて八邪と為し
六入を用いて六通と為し四大を以つて四諦と為す、此くの如く経を解するは偽の中の偽なり何ぞ浅くして論  

517 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 17:56:03.86 ID:KNJyRymw0
ず可けんや」等云云、止観の七に云く「昔〓洛の禅師名河海に播き
住するときは四方雲の如くに仰ぎ去るときは阡陌群を成し隠隠轟轟亦何の利益か有る、臨終に皆悔ゆ」等云云、弘の七に云く「〓洛の禅師とは〓は相州に在り即ち斉魏の都する所なり
、大に仏法を興す禅祖の一・其の地を王化す、時人の意を護りて其の名を出さず洛は即ち洛陽なり」等云云、六巻の般泥〓経に云く「究竟の処を見ずとは彼の一闡提の輩の究竟の悪業
を見ざるなり」等云云、妙楽云く「第三最も甚だし転識り難きが故に」等、無眼の者・一眼の者・邪見の者は末法の始の三類を見るべからず一分の仏眼を得るもの此れをしるべし、向国王
大臣婆羅門居士等云云、東春に云く「公処に向い法を毀り人を謗ず」等云云、夫れ昔像法の末には護命・修円等・奏状をささげて伝教大師を讒奏す、今末法の始には良観・念阿等偽書を
注して将軍家にささぐ・あに三類の怨敵にあらずや。
当世の念仏者等・天台法華宗の檀那の国王・大臣・婆羅門・居士等に向つて云く「法華経は理深我等は解微法は至つて深く機は至つて浅し」等と申しうとむるは高推聖境・非己智分の
者にあらずや、禅宗の云く「法華経は月をさ    

518 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 18:43:33.02 ID:KNJyRymw0
す指・禅宗は月なり月をえて指なにかせん、禅は仏の心・法華経は仏の言なり仏・法華経等の一切経をとかせ給いて後・最後に一ふさの華をもつて迦葉一人にさづく、其のしるしに仏の御袈裟
を迦葉に付属し乃至付法蔵の二十八・六祖までに伝う」等云云、此等の大妄語・国中を誑酔せしめてとしひさし、又天台・真言の高僧等・名は其の家にえたれども我が宗にくらし、貪欲は深く公
家・武家を・をそれて此の義を証伏し讃歎す、昔の多宝・分身の諸仏は法華経の令法久住を証明す、今天台宗の碩徳は理深解微を証伏せり、かるがゆへに日本国に但法華経の仏語むなしから
ざれば三類の怨敵すでに国中に充満せり、金言のやぶるべきかのゆへに法華経の行者なし・いかがせん・いかがせん、抑たれやの人か衆俗に悪口罵詈せらるる誰の僧か刀杖を加へらるる、誰の僧を
か法華経のゆへに公家・武家に奏する・誰の僧か数数見擯出と度度ながさるる、日蓮より外に日本国に取り出さんとするに人なし、日蓮は法華経の行者にあらず天これを・すて給うゆへに、誰をか当世
の法華経の行者として仏語を実語とせん、仏と提婆とは身と影とのごとし生生にはなれず聖徳太子と守屋とは蓮華の花菓・同時なるがご

519 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 18:44:18.22 ID:KNJyRymw0
とし、法華経の行者あらば必ず三類の怨敵あるべし、三類はすでにあり法華経の行者は誰なるらむ、求めて師とすべし一眼の亀の浮木に値うなるべし。
有る人云く当世の三類はほぼ有るににたり、但し法華経の行者なし汝を法華経の行者といはんとすれば大なる相違あり、此の経に云く「天の諸の童子以て給使を為さん、刀杖も加えず、毒も害する
こと能わざらん」又云く「若し人悪罵すれば口則閉塞す」等、又云く「現世には安穏にして後・善処に生れん」等云云、又「頭破れて七分と作ること阿梨樹の枝の如くならん」又云く「亦現世に於て其
の福報を得ん」等又云く「若し復是の経典を受持する者を見て其の過悪を出せば若しは実にもあれ若しは不実にもあれ此の人現世に白癩の病を得ん」等云云、答えて云く汝が疑い大に吉しついで
に不審を晴さん、不軽品に云く「悪口罵詈」等、又云く「或は杖木瓦石を以て之を打擲す」等云云、涅槃経に云く「若しは殺若しは害」等云云、法華経に云く「而かも此の経は如来の現在すら猶怨嫉
多し」等云云、仏は小指を提婆にやぶられ九横の大難に値い給う此は法華経の行者にあらずや、不軽菩薩は一乗の行者といはれまじきか、目連は竹杖に殺      

520 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 19:37:54.37 ID:KNJyRymw0
さる法華経記〓の後なり、付法蔵の第十四の提婆菩薩・第二十五の師子尊者の二人は人に殺されぬ、此等は法華経の行者にはあらざるか、竺の道生は蘇山に流されぬ法道は火印を面にやいて江南にうつさる・此等は一乗の持者にあらざ
るか、外典の者なりしかども白居易北野の天神は遠流せらる名のみあつて得道の人一人もなし、誰をか法華経の行者とせん、寺塔を焼いて流罪せらるる僧侶は・かずをしらず、公家・武家に諛うて・
にくまるる高僧これ多し、此等を法華経の行者というべきか。賢人にあらざるか、事の心を案ずるに前生に法華経・誹謗の罪なきもの今生に法華経を行ずこれを世間の失によせ或は罪なきをあだすれば忽に現罰あるか・
修羅が帝釈をいる金翅鳥の阿耨池に入る等必ず返つて一時に損するがごとし、天台云く「今我が疾苦は皆過去に由る今生の修福は報・将来に在り」等云云、心地観経に曰く「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を
見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」等云云、不軽品に云く「其の罪畢已」等云云、不軽菩薩は過去に法華経を謗じ給う罪・身に有るゆへに瓦石をかほるとみへたり、又順次生に必ず地獄に堕つべき者
           

521 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 19:39:08.18 ID:KNJyRymw0
は重罪を造るとも現罰なし一闡提人これなり、涅槃経に云く「迦葉菩薩仏に白して言く世尊・仏の所説の如く大涅槃の光一切衆生の毛孔に入る」等云云、又云く「迦葉菩薩仏に白して言く世尊云何んぞ未だ菩提の心を
発さざる者・菩提の因を得ん」等云云、仏・此の問を答えて云く「仏迦葉に告わく若し是の大涅槃経を聞くこと有つて我菩提心を発すことを用いずと言つて正法を誹謗せん、是の人即時に夜夢の中に羅刹の像を見て心中怖
畏す羅刹語つて言く咄し善男子汝今若し菩提心を発さずんば当に汝が命を断つべし是の人惶怖し寤め已つて即ち菩提の心を発す当に是の人是れ大菩薩なりと知るべし」等云云、いたうの大悪人ならざる者が正法を誹謗
すれば即時に夢みて・ひるがへる心生ず、又云く「枯木・石山」等、又云く「〓種甘雨に遇うと雖も」等・又「明珠淤泥」等、又云く「人の手に創あるに毒薬を捉るが如し」等、又云く「大雨空に住せず」等云云、此等多くの
譬あり、詮ずるところ上品の一闡提人になりぬれば順次生に必ず無間獄に堕つべきゆへに現罰なし例せば夏の桀・殷の紂の世には天変なし重科有て必ず世ほろぶべきゆへか、又守護神此国をすつるゆへに現罰なきか謗
      

522 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 20:44:57.33 ID:KNJyRymw0
法の世をば守護神すて去り諸天まほるべからずかるがゆへに正法を行ずるものにしるしなし還つて大難に値うべし金光明経に云く「善業を修する者は日日に衰減す」等云云、悪国・悪時
これなり具さには立正安国論にかんがへたるがごとし。
詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん、身子が六十劫の菩薩の行を退せし乞眼の婆羅門の責を堪えざるゆへ、久遠大通の者の三五の塵をふる悪知識に値うゆへなり、
善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし、大願を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頚を刎ん念仏申さずば、なんどの種種
の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず。
疑つて云くいかにとして汝が流罪・死罪等を過去の宿習としらむ、答えて云く銅鏡は色形を顕わす秦王・験偽の鏡は現在の罪を顕わす仏法の鏡は過去の業因を現ず、般泥〓経に云く「善
男子過去に曾て無量の諸罪種種の悪業を作るに是の諸の罪報は或は軽易せられ・或は形状醜陋・衣     

523 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 20:45:45.14 ID:KNJyRymw0
服足らず・飲食〓疎・財を求むるに利あらず・貧賤の家邪見の家に生れ・或は王難に遭
い・及び余の種種の人間の苦報あらん現世に軽く受るは斯れ護法の功徳力に由るが故なり」云云、此の経文・日蓮が身に宛も符契のごとし狐疑の氷とけぬ千万の難も由なし一一の句を我が身
にあわせん、或被軽易等云云、法華経に云く「軽賤憎嫉」等云云・二十余年が間の軽慢せらる、或は形状醜陋・又云く衣服不足は予が身なり飲食〓疎は予が身なり求財不利は予
が身なり生貧賤家は予が身なり、或遭王難等・此の経文疑うべしや、法華経に云く「数数擯出せられん」此の経文に云く「種種」等云云、斯由護法功徳力故等とは摩訶止観の第五に
云く「散善微弱なるは動せしむること能わず今止観を修して健病虧ざれば生死の輪を動ず」等云云、又云く「三障四魔紛然として競い起る」等云云我れ無始よりこのかた悪王と生れて法華経の
行者の衣食・田畠等を奪いとりせしこと・かずしらず、当世・日本国の諸人の法華経の山寺をたうすがごとし、又法華経の行者の頚を刎こと其の数をしらず此等の重罪はたせるもあり・いまだ・はた
さざるも・あるらん、果すも余残いまだ・つきず生死を離るる時は必ず此の重

524 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 21:37:11.29 ID:KNJyRymw0
罪をけしはてて出離すべし、功徳は浅軽なり此等の罪は深重なり、権経を行ぜしには此の重罪いまだ・をこらず鉄を熱にいたう・きたわざればきず隠れてみ
えず、度度せむれば・きずあらはる、麻子を・しぼるに・つよくせめざれば油少きがごとし、今ま日蓮・強盛に国土の謗法を責むれば此の大難の来るは過去の重罪の今生の
護法に招き出だせるなるべし、鉄は火に値わざれば黒し火と合いぬれば赤し木をもつて急流をかけば波山のごとし睡れる師子に手をつくれば大に吼ゆ。
涅槃経に曰く「譬えば貧女の如し居家救護の者有ること無く加うるに復病苦飢渇に逼められて遊行乞丐す、他の客舎に止り一子を寄生す是の客舎の主駈
逐して去らしむ、其の産して未だ久しからず是の児を〓抱して他国に至らんと欲し、其の中路に於て悪風雨に遇て寒苦並び至り多く蚊虻蜂螫毒虫の〓い食う所となる、恒河
に逕由し児を抱いて渡る其の水漂疾なれども而も放ち捨てず是に於て母子遂に共倶に没しぬ、是くの如き女人慈念の功徳命終の後梵天に生ず、文殊師利若し善男子有つて
正法を護らんと欲せば彼の貧女の恒河に在つて子を愛念するが為に身命を捨つるが如くせよ、善男子護法の菩薩も亦是くの如く 

525 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 21:38:45.34 ID:KNJyRymw0
なるべし、寧ろ身命を捨てよ是くの如きの人解脱を求めずと
雖も解脱自ら至ること彼の貧女の梵天を求めざれども梵天自ら至るが如し」等云云、此の経文は章安大師・三障をもつて釈し給へり、それをみるべし、貧人とは法財のなきなり女
人とは一分の慈ある者なり、客舎とは穢土なり一子とは法華経の信心・了因の子なり舎主駈逐とは流罪せらる其の産して未だ久しからずとはいまだ信じて・ひさしからず、悪風とは流罪
の勅宣なり蚊虻等とは諸の無智の人有り悪口罵詈等なり母子共に没すとは終に法華経の信心をやぶらずして頚を刎らるるなり、梵天とは仏界に生るるをいうなり引業と申すは仏界ま
でかはらず、日本・漢土の万国の諸人を殺すとも五逆・謗法なければ無間地獄には堕ちず、余の悪道にして多歳をふべし、色天に生るること万戒を持てども万善を修すれども散善にて
は生れず、又梵天王となる事・有漏の引業の上に慈悲を加えて生ずべし、今此の貧女が子を念うゆへに梵天に生る常の性相には相違せり、章安の二はあれども詮ずるところは子を念
う慈念より外の事なし、念を一境にする、定に似たり専子を思う又慈悲にも・にたり、かるがゆへに他事なけれども天に生るるか、 

526 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 22:01:45.88 ID:KNJyRymw0
又仏になる道は華厳の唯心法界・三論の八不・法相の唯識・真言の五輪観等も実には叶うべしともみへず、但天台の一念三千こそ仏になるべき道とみゆれ、此の一念三千も我等一分の慧
解もなし、而ども一代経経の中には此の経計り一念三千の玉をいだけり、余経の理は玉に・にたる黄石なり沙をしぼるに油なし石女に子のなきがごとし、諸経は智者・猶仏にならず此の経は愚
人も仏因を種べし不求解脱・解脱自至等と云云、我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我
が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし、妻子を不便と・をもうゆへ現身にわかれん事を・なげくらん、多生曠劫に・し
たしみし妻子には心とはなれしか仏道のために・はなれしか、いつも同じわかれなるべし、我法華経の信心をやぶらずして霊山にまいりて返てみちびけかし。
疑つて云く念仏者と禅宗等を無間と申すは諍う心あり修羅道にや堕つべかるらむ、又法華経の安楽行品に云く「楽つて人及び経典の過を説かざれ亦諸余の法師を軽慢せざれ」 

527 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 22:02:37.75 ID:KNJyRymw0
等云云、汝此
の経文に相違するゆへに天にすてられたるか、答て云く止観に云く「夫れ仏に両説あり一には摂・二には折・安楽行に不称長短という如き是れ摂の義なり、大経に刀杖を執持し乃至首を斬れと
いう是れ折の義なり与奪・途を殊にすと雖も倶に利益せしむ」等云云、弘決に云く「夫れ仏に両説あり等とは大経に刀杖を執持すとは第三に云く正法を護る者は五戒を受けず威儀を修せず、乃至
下の文仙予国王等の文、又新医禁じて云く若し更に為すこと有れば当に其の首を断つべし是くの如き等の文並びに是れ破法の人を折伏するなり一切の経論此の二を出でず」等云云、
文句に云く「問う大経には国王に親付し弓を持ち箭を帯し悪人を摧伏せよと明す、此の経は豪勢を遠離し謙下慈善せよと剛柔碩いに乖く云何ぞ異ならざらん、答う大経には偏に折伏を論ずれども
一子地に住す何ぞ曾て摂受無からん、此の経には偏に摂受を明せども頭破七分と云う折伏無きに非ず各一端を挙げて時に適う而已」等云云、涅槃経の疏に云く「出家在家法を護らんには其の元
心の所為を取り事を棄て理を存して匡に大経を弘む故に護持正法と言うは小節に拘わらず故に不修威儀と言うなり、昔の       

528 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 22:41:26.13 ID:KNJyRymw0
時は平にして法弘まる応に戒を持つべし杖を持つこと勿れ今の時は嶮にして
法翳る応に杖を持つべし戒を持つこと勿れ、今昔倶に嶮ならば倶に杖を持つべし今昔倶に平ならば倶に戒を持つべし、取捨宜きを得て一向にす可からず」等云云、汝が不審をば世間の学者・多分・道
理とをもう、いかに諌暁すれども日蓮が弟子等も此のをもひをすてず一闡提人の・ごとくなるゆへに先づ天台・妙楽等の釈をいだして・かれが邪難をふせぐ、夫れ摂受・折伏と申す法門は水火のごとし火は
水をいとう水は火をにくむ、摂受の者は折伏をわらう折伏の者は摂受をかなしむ、無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品
のごとし、譬へば熱き時に寒水を用い寒き時に火をこのむがごとし、草木は日輪の眷属・寒月に苦をう諸水は月輪の所従・熱時に本性を失う、末法に摂受・折伏あるべし所謂悪国・破法の両国あるべ
きゆへなり、日本国の当世は悪国か破法の国かと・しるべし。
問うて云く摂受の時・折伏を行ずると折伏の時・摂受を行ずると利益あるべしや、答えて云く涅槃経に云く「迦葉菩薩仏に白して言く如来の法身は金剛不     

529 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 22:42:12.99 ID:KNJyRymw0
壊なり未だ所因を知ること能わず云何、仏
の言く迦葉能く正法を護持する因縁を以ての故に是の金剛身を成就することを得たり、迦葉我護持正法の因縁にて今是の金剛身常住不壊を成就することを得たり、善男子正法を護持する者は五戒を
受けず威儀を修せず応に刀剣弓箭を持つべし、是くの如く種種に法を説くも然も故師子吼を作すこと能わず非法の悪人を降伏すること能わず、是くの如き比丘自利し
及び衆生を利すること能わず、当に知るべし是の輩は懈怠懶惰なり能く戒を持ち浄行を守護すと雖も当に知るべし是の人は能く為す所無からん、乃至時に破戒の者有つて是の語を聞き已つて咸
共に瞋恚して是の法師を害せん是の説法の者・設い復命終すとも故持戒自利利他と名く」等云云、章安の云く「取捨宜きを得て一向にす可からず」等、天台云く「時に適う而已」等云云、譬へば秋の
終りに種子を下し田畠をかえさんに稲米をうることかたし、建仁年中に法然・大日の二人・出来して念仏宗・禅宗を興行す、法然云く「法華経は末法に入つては未有一人得者・千中無一」等云云、大
日云く「教外別伝」等云云、此の両義・国土に充満せり、天台真言の学者等・念仏・禅の檀那を・へつら  

530 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 23:18:09.33 ID:KNJyRymw0
いをづる事犬の主にををふり・ねづみの猫ををそるるがごとし、国王・将軍に・みやつかひ破仏法の因縁・破国の因縁を能く説き能くかたるなり、天台・真言の学者等・今生には餓鬼道に堕
ち後生には阿鼻を招くべし、設い山林にまじわつて一念三千の観をこらすとも空閑にして三密の油をこぼさずとも時機をしらず摂折の二門を弁へずば・いかでか生死を離るべき。
問うて云く念仏者・禅宗等を責めて彼等に・あだまれたる・いかなる利益かあるや、答えて云く涅槃経に云く「若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是
の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」等云云、「仏法を壊乱するは仏法中の怨なり慈無くして詐り親しむは是れ彼が怨なり能
く糾治せんは是れ護法の声聞真の我が弟子なり彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり能く呵責する者は是れ我が弟子駈遣せざらん者は仏法中の怨なり」等云云。
夫れ法華経の宝塔品を拝見するに釈迦・多宝・十方分身の諸仏の来集はなに心ぞ「令法久住・故来至此」等云云、三仏の未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・お
ぼしめす御心の中をすいす 

531 :名無しさん@入浴中:2014/10/19(日) 23:19:03.87 ID:KNJyRymw0
るに父母の一子の大苦に値うを見るよりも強盛にこそ・みへたるを法然いたはしとも・おもはで末法には法華経の門を堅く閉じて人を入れじとせき狂児をたぼらかして宝をすてさするやう
に法華経を抛させける心こそ無慚に見へ候へ、我が父母を人の殺さんに父母につげざるべしや、悪子の酔狂して父母を殺すをせいせざるべしや、悪人・寺塔に火を放たんにせいせざるべ
しや、一子の重病を炙せざるべしや、日本の禅と念仏者とを・みて制せざる者は・かくのごとし「慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり」等云云。
日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり一切天台宗の人は彼等が大怨敵なり「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親」等云云、無道心の者生死をはなるる事はなきなり、教主釈尊の一
切の外道に大悪人と罵詈せられさせ給い天台大師の南北・並びに得一に三寸の舌もつて五尺の身をたつと伝教大師の南京の諸人に「最澄未だ唐都を見ず」等といはれさせ給
いし皆法華経のゆへなればはぢならず愚人にほめられたるは第一のはぢなり、日蓮が御勘気を・かほれば天台・真言の法師等・悦ばしくや・をもうらんかつはむざんなり・かつはきくわいな
り、夫れ釈尊は娑婆に入り羅什  

532 :名無しさん@入浴中:2014/10/20(月) 05:10:20.24 ID:C6i9vNte0
は秦に入り伝教は尸那に入り提婆師子は身をすつ薬王は臂をやく上宮は手の皮をはぐ釈迦菩薩は肉をうる楽法は骨を筆とす、天台の云く「適時而已」等云云、仏法は
時によるべし日蓮が流罪は今生の小苦なれば・なげかしからず、後生には大楽を・うくべければ大に悦ばし。本朝沙門日蓮撰 /文永十年 五十二歳御作
摩訶止観第五に云く世間と如是と一なり開合の異なり。「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に即
三千種の世間を具す、此の三千・一念の心に在り若し心無んば而已介爾も心有れば即ち三千を具す乃至所以に称して不可思議境と為す意此に在り」等云云或本に云く一界に 三種の世間を具す。
問うて云く玄義に一念三千の名目を明かすや、答えて曰く妙楽云く明かさず、問うて曰く文句に一念三千の名目を明かすや、答えて曰く妙楽云く明かさず、問うて曰く其の妙楽
の釈如何、答えて曰く並に未だ一念三千と云わず等云云、問うて曰く止観の一二三四等に一念三千の名目を明かすや、答えて曰く之れ無し、問うて曰く其の証如何、答えて
曰く妙楽云く「故に止観に至つて正しく観法を明かす並びに三千を     

533 :名無しさん@入浴中:2014/10/20(月) 05:11:14.11 ID:C6i9vNte0
以て指南と為す」等云云、疑つて曰く玄義第二に云く「又一法界に九法界を具すれば百法界に千如是」等云
云、文句第一に云く「一入に十法界を具すれば一界又十界なり十界各十如是あれば即ち是れ一千」等云云、観音玄に云く「十法界交互なれば即ち百法界有り千種の性相・冥
伏して心に在り現前せずと雖も宛然として具足す」等云云、問うて曰く止観の前の四に一念三千の名目を明かすや、答えて曰く妙楽云く明さず、問うて云く其の釈如何、答う弘決第五
に云く「若し正観に望めば全く未だ行を論ぜず亦二十五法に歴て事に約して解を生ず方に能く正修の方便と為すに堪えたり是の故に前の六をば皆解に属す」等云云、又云く「故に止
観の正しく観法を明かすに至つて並びに三千を以て指南と為す乃ち是れ終窮究竟の極説なり故に序の中に「説己心中所行法門」と云う良に以所有るなり請う尋ね読まん者心に異縁無れ」等云云。
夫れ智者の弘法三十年・二十九年の間は玄文等の諸義を説いて五時・八教・百界千如を明かし前き五百余年の間の諸非を責め並びに天竺の論師未だ述べざるを顕す、章安大師云く「天
竺の大論尚其の類に非ず震旦の人師何ぞ労わしく語るに及ばん此れ誇耀に    

534 :名無しさん@入浴中:2014/10/20(月) 06:15:17.42 ID:C6i9vNte0
非ず法相の然らしむるのみ」等云云、墓ないかな天台の末学等華厳真言の元祖の盗人に一念三千の重宝を盗み取
られて還つて彼等が門家と成りぬ章安大師兼ねて此の事を知つて歎いて言く「斯の言若し墜ちなば将来悲む可し」云云。
問うて曰く百界千如と一念三千と差別如何、答えて曰く百界千如は有情界に限り一念三千は情非情に亘る、不審して云く非情に十如是亘るならば草木に心有つて有情の如く成仏を為す可き
や如何、答えて曰く此の事難信難解なり天台の難信難解に二有り一には教門の難信難解二には観門の難信難解なり、其の教門の難信難解とは一仏の所説に於て爾前の諸経には二乗闡提・
未来に永く成仏せず教主釈尊は始めて正覚を成ず法華経迹本二門に来至し給い彼の二説を壊る一仏二言水火なり誰人か之を信ぜん此れは教門の難信難解なり、観門の難信難解は百界千
如一念三千・非情の上の色心の二法十如是是なり、爾りと雖も木画の二像に於ては外典内典共に之を許して本尊と為す其の義に於ては天台一家より出でたり、草木の上に色心の因果を置かず
んば木画の像を本尊に恃み奉ること無益なり、疑つて云く草木国土の上の十如是の因果の二法は何れの文         

535 :名無しさん@入浴中:2014/10/20(月) 06:16:00.28 ID:C6i9vNte0
に出でたるや、答えて曰く止観第五に云く「国土世間亦十種
の法を具す所以に悪国土・相・性・体・力」等と云云、釈籤第六に云く「相は唯色に在り性は唯心に在り体・力・作・縁は義色心を兼ね因果は唯心・報は唯色に在り」等
云云、金〓論に云く「乃ち是れ一草・一木・一礫・一塵・各一仏性・各一因果あり縁了を具足す」等云云。
問うて曰く出処既に之を聞く観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり、譬えば他人の六根を見ると雖も未だ自面の六根を見ざ
れば自具の六根を知らず明鏡に向うの時始めて自具の六根を見るが如し、設い諸経の中に処処に六道並びに四聖を載すと雖も法華経並びに天台大師所述の摩訶止観等の
明鏡を見ざれば自具の十界・百界千如・一念三千を知らざるなり。
問うて云く法華経は何れの文ぞ天台の釈は如何、答えて曰く法華経第一方便品に云く「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」等云云是は九界所具の仏界なり、寿量品に云
く「是くの如く我成仏してより已来甚大に久遠なり寿命・無量阿僧祇劫・常住にして滅せず諸の善男子・我本菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命今猶未だ尽きず復上の数に倍せり  

536 :名無しさん@入浴中:2014/10/20(月) 18:18:56.73 ID:C6i9vNte0
」等云云此の経文は仏界所具の九界なり、経に云く「提婆達多乃至天王如来」等云云地獄界所具の仏界なり、経に云く「一を藍婆と名け乃至汝等但能く法華の名を護持する者は
福量るべからず」等云云、是れ餓鬼界所具の十界なり、経に云く「竜女乃至成等正覚」等云云此れ畜生界所具の十界なり、経に云く「婆稚阿修羅王乃至一偈一句を聞いて・阿耨多羅
三藐三菩提を得べし」等云云修羅界所具の十界なり、経に云く「若し人仏の為の故に乃至皆已に仏道を成ず」等云云此れ人界所具の十界なり、経に云く「大梵天王乃至我等も亦是く
の如く・必ず当に作仏することを得べし」等云云此れ天界所具の十界なり、経に云く「舎利弗乃至華光如来」等云云此れ声聞界所具の十界なり、経に云く「其の縁覚を求むる者・比丘比丘
尼乃至合掌し敬心を以て具足の道を聞かんと欲す」等云云、此れ即ち縁覚界所具の十界なり、経に云く「地涌千界乃至真浄大法」等云云此れ即ち菩薩所具の十界なり、経に云く「或説
己身或説他身」等云云即ち仏界所具の十界なり。問うて曰く自他面の六根共に之を見る彼此の十界に於ては未だ之を見ず如何が之を信ぜん、答えて曰く法華経法師品に
云く「         

537 :名無しさん@入浴中:2014/10/20(月) 18:20:06.94 ID:C6i9vNte0
難信難解」宝塔品に云く「六難九易」等云云、天台大師云く「二門悉く昔と反すれば難信難解なり」章安大師云く「仏此れを将て大事と為す何ぞ解し易きことを得可け
んや」等云云、伝教大師云く「此の法華経は最も為れ難信難解なり随自意の故に」等云云、夫れ在世の正機は過去の宿習厚き上教主釈尊・多宝仏・十方分身の諸
仏・地涌千界・文殊・弥勒等之を扶けて諌暁せしむるに猶信ぜざる者之れ有り五千席を去り人天移さる況や正像をや何に況や末法の初をや汝之を信ぜば正法に非じ。
問うて曰く経文並に天台章安等の解釈は疑網無し但し火を以て水と云い墨を以て白しと云う設い仏説為りと雖も信を取り難し、今数ば他面を見るに但人界に限つて余界を見
ず自面も亦復是くの如し如何が信心を立てんや、答う数ば他面を見るに或時は喜び或時は瞋り或時は平に或時は貪り現じ或時は癡現じ或時は諂曲なり、瞋るは地獄・貪る
は餓鬼・癡は畜生・諂曲なるは修羅・喜ぶは天・平かなるは人なり他面の色法に於ては六道共に之れ有り四聖は冥伏して現われざれども委細に之を尋ねば之れ有る可し。
問うて曰く六道に於て分明ならずと雖も粗之を聞くに之を備うるに似たり、四聖は全く見えざるは

538 :名無しさん@入浴中:2014/10/20(月) 18:21:08.27 ID:C6i9vNte0
如何、答えて曰く前には人界の六道之を疑う、然りと雖も強いて之を言つて相似の言
を出だせしなり四聖も又爾る可きか試みに道理を添加して万か一之を宣べん、所以に世間の無常は眼前に有り豈人界に二乗界無からんや、無顧の悪人も猶妻子を慈愛
す菩薩界の一分なり、但仏界計り現じ難し九界を具するを以て強いて之を信じ疑惑せしむること勿れ、法華経の文に人界を説いて云く「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」
涅槃経に云く「大乗を学する者は肉眼有りと雖も名けて仏眼と為す」等云云、末代の凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり。
問うて曰く十界互具の仏語分明なり然りと雖も我等が劣心に仏法界を具すること信を取り難き者なり今時之を信ぜずば必ず一闡提と成らん願くば大慈悲を起して之を信ぜしめ阿鼻の苦を救護したまえ。
答えて曰く汝既に唯一大事因縁の経文を見聞して之を信ぜざれば釈尊より已下四依の菩薩並びに末代理即の我等如何が汝が不信を救護せんや、然りと雖も試みに之を
云わん仏に値いたてまつつて覚らざる者・阿難等の辺にして得道する者之れ有ればなり、其れ機に二有り一には仏を見たてまつり法華にして得道        

539 :名無しさん@入浴中:2014/10/20(月) 19:38:25.04 ID:C6i9vNte0
す二には仏を見たてまつらざれども法華にて得道するなり、其の上仏教已前は漢土の道士・月支の外道・儒教・四韋陀等を以て縁と為して正見に入る者之れ有り、又利根
の菩薩凡夫等の華厳・方等・般若等の諸大乗経を聞きし縁を以て大通久遠の下種を顕示する者多々なり例せば独覚の飛花落葉の如し教外の得道是なり、過去の下種結
縁無き者の権小に執着する者は設い法華経に値い奉れども小権の見を出でず、自見を以て正義と為るが故に還つて法華経を以て或は小乗経に同じ或は華厳大日経等に同じ
或は之を下す、此等の諸師は儒家外道の賢聖より劣れる者なり、此等は且らく之を置く、十界互具之を立つるは石中の火・木中の花信じ難けれども縁に値うて出生すれば之を
信ず人界所具の仏界は水中の火・火中の水最も甚だ信じ難し、然りと雖も竜火は水より出で竜水は火より生ず心得られざれども現証有れば之を用ゆ、既に人界の八界之を信
ず、仏界何ぞ之を用いざらん尭舜等の聖人の如きは万民に於て偏頗無し人界の仏界の一分なり、不軽菩薩は所見の人に於て仏身を見る悉達太子は人界より仏身を成ず此
等の現証を以て之を信ず可きなり。問うて曰く教主釈尊は此れより堅固に之を   

540 :名無しさん@入浴中:2014/10/20(月) 19:39:44.64 ID:C6i9vNte0
秘す三惑已断の仏なり又十方世界の国主・一切の菩薩・二乗・人天等の主君なり行の時は梵天左に在り帝釈右に侍べり四衆八部
後に聳い金剛前に導びき八万法蔵を演説して一切衆生を得脱せしむ是くの如き仏陀何を以て我等凡夫の己心に住せしめんや、又迹門爾前の意を以て之を論ずれば教主釈尊
は始成正覚の仏なり、過去の因行を尋ね求れば或は能施太子或は儒童菩薩或は尸毘王或は薩〓王子或は三祇・百劫或は動喩塵劫或は無量阿僧祇劫或は初発心時或は
三千塵点等の間七万・五千・六千・七千等の仏を供養し劫を積み行満じて今の教主釈尊と成り給う、是くの如き因位の諸行は皆我等が己身所具の菩薩界の功徳か、果位
を以て之を論ずれば教主釈尊は始成正覚の仏四十余年の間四教の色身を示現し爾前・迹門・涅槃経等を演説して一切衆生を利益し給う、所謂華蔵の時・十方台上の盧舎
那・阿含経の三十四心・断結成道の仏、方等般若の千仏等、大日・金剛頂の千二百余尊、並びに迹門宝塔品の四土色身、涅槃経の或は丈六と見る或は小身大身と現じ或は盧舎
那と見る或は身虚空に同じと見る四種の身乃至八十御入滅舎利を留めて正像末を利益し給う、本門を以て之れを疑わば教主     

mmpnca
lud20160228132106ca
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